★★★ぶっちゃけ戻るの怠いよね★★★
あれから一時間で俺たちは既に十五階層に到達していた。もちろん俺が試練獣を時間も掛けずに一発で倒すからだ。
此処までの時間が掛かったのは敵の強さが上がったからでも、絡め手を使って来たと言った厄介さがあった訳でも無い。
単純に次階層に降りる為の階段を見つけるのに時間を取ったからだ。
九階層までの地図はある。けれども九階層全体の地図は無い。だからここから苦戦したのだ。道に迷った事少々。
「うん、タクマは想像を遥かに超えた強さを持っているよね。友達になれて良かったよ。」
マリがそんな事を口にしつつ遠い目をしている。今は休憩中だ。
「・・・十階層の主を一撃で倒せりゃ、そりゃ、なぁ・・・と言うか、一撃じゃねーけども。」
項垂れてそんな言葉を吐いたのはバリーダである。どうやら俺の強さを認めてくれたらしいのだが。
「だって、お前、何だよ、アレは。扉を開けてデッケー鼠を視認した瞬間に、撃ち込んでただろ。しかも連射って・・・」
もちろん階層主もサーチアンドデストロイ。保険を掛けてウォーターガン連射である。
光と変わって完全に消えて無くなる迄は安心は出来ない。俺はここまで余裕のよっちゃんイカであったが、自分の命は惜しいのでボスを速攻で殺すのは「アリ」としている。ゲームの演出ムービーをスキップして相手の動き出し前に先制攻撃を決めさせて貰うと言った感じだ。
そもそもこの世界は俺にとってファンタジーだが、それと同時に現実である認識も脳内の隅にちゃんと存在している。「舐めた事してたら一瞬で死」くらいは覚悟している。だからボスを目の前にして油断行動はせずに世知辛い事をするのだ。
散々悪党どもをこれまで俺はぶち殺して来ている。その時に鼻に入って来ていた血の臭いは俺の生存本能をいくらか刺激していて物事をある程度はシビアに見れる様にしてくれている。
「穴だらけになった相手が気の毒になったわね・・・幾ら階層主だったとしても、アレは哀れだわ・・・何もさせて貰え無い何て、ちょっと、ね。」
「いや、だってあのまま放っておいたら、きっと小さい鼠を大量に呼ばれて対処が面倒になりそうだったからさ。」
アリーエがちょっとだけげんなりした様子で階層主の姿を回想していた。そこに俺は自分の予想、と言うか、ラノベの事を思い出しながらそんな事を答える。
大体ああいった鼠系のモンスターの多くは自身の部下を召喚すると言ったパターンで戦ってくる事が大いに予想されるのだ。であればそれを阻止して速攻で倒さねば只々面倒な事になるだけに。
だから1も2も無く「悪・即・斬」。いや、試練獣はそもそも「悪」のカテゴリーに入るのかどうかはさておいて。
そしてここで運も良かった。俺の魔法は階層主にも通用したのだ。しかも初級魔法。そして連射。
ハチの巣になった3m程の巨大な鼠はこうして俺たちに対して断末魔の叫びしか残せなかった結果に終わっている。
「改めて確認させて貰いましたがね?本当にコレ、我々が受け取っても宜しいモノでしょうか?完全炎熱耐性のマントですよ?全身を覆える程の大きさですからね、幾らの値が付くかも想像でき無い程の代物ですよ?」
ポンスは荷物持ちなのでその階層主からドロップしたソレを持って貰っている。
そして俺はそのマントの所有権を放棄していた。なのでコレを騎士団に譲っている。
「まあ良いじゃ無いか。貰えるモノは貰っておこう。ずっとここまで私たちは付いて来たが、彼の、タクマの目的は明らかに我々とは違うとお前たちも理解は出来ているだろう?本人が要らないと言っているのならばそれで良いじゃ無いか。その代わりに私たちが彼にやってあげられる事をしてあげよう。それを代価で良いじゃ無いか。」
ジェーウがそう言って団員達を慰め?慰めると言う事で良いのだろうか?納得しろと説得の言葉を並べている。
「そうだったね!タクマはこの試練場の攻略を目的としていたんだった!余りにもタクマが試練獣をポンポンと倒し続ける光景に気を取られてそこを忘れてた!」
気を取り戻したマリがそんな事を言って俺の方を向く。どうやら本気でその事を忘れていたらしい。
「そうか、本気なのだな。この強さならば納得だ。」
ここで喋っていなかったバルツがうんうんと頷いている。どうやら彼はここに来るまで本気で俺の事を疑っていた様だ。
「タクマのこの強さなら確かに攻略は夢じゃないね!・・・だけど、やっぱりそれでも最下層を目指すならかなりの長い日数を潜っていなければならないから、やはりそこは一人での攻略は無謀と言わざるを得ないね。試練場内で野営をしなければならないから、その専用の仲間は最低でも一人必要と言えるんじゃないかな?」
要するにマリはポンスの様な荷物持ちが必要だと言っていると。最低限の生命線を維持するくらいの物資を運ぶ者が必要だと訴えて来る。最深部までの潜る日数を考えれば必須となると。
(まあ確かに大荷物背負ったままでは戦い辛いよなぁ。でもそれって「普通」の挑戦者基準だろ?俺にはウォーターガンが有るからそんなの関係無さそうだけどなぁ)
とは言えそう言った者を雇えば俺の負担は大きく減る。必要かと言われると、本気で考えたならば俺の場合微妙な所ではあるが。
俺にはこの世界の常識では「規格外」と言える魔法の使い手である。ここまで何百発と、幾ら初級とは言え魔法を使い続けていてMP切れと言った様子が無いのだ。オカシイのである。
これでは荷物を抱えていた所で何らの障害にもならい。両手がフリーになっていれば二丁拳銃の無限撃ちができると言っても過言じゃ無い今の俺である。
「今日はこれまでにして欲しいですけどねぇ。換金する為に戻らねばなりません。もうほら、こんなに、ですよ?コレを持ったままにこの先もずっと潜るのは勘弁して貰え無いでしょうかね?」
ポンスはそう言って大きく膨らんだ袋を二つ掲げる。それらには試練獣を倒した後にドロップする小粒の魔石が入っているのだ。
此処までに来る間に俺はこの試練場の知識をアレコレと教わっていた。そしてやはりドロップする小石は魔石で合っていた。
俺が騎士団に回収をお願いしていたのでどれくらい溜まっていたのかをここまで気にしても居なかった。
しかしここでポンスがソレを見せて来た事で、やっと俺はそこで「ああ、コレは一度戻った方が良いな」と考える思考が生まれた。
「あー、山登りってそうだけど、頂上に辿り着いたら、そこから下りるのもセット何だよなぁ。ショートカットしてぇ・・・」
此処からそのまま来た道を戻るのは物凄く時間の無駄に思えてしまう。
だからここで俺は帰還の魔法陣の事を皆に話した。無い?って。
「無いな。」
「見つかったって報告は、無いわね。」
「そんなモン簡単に見つかってりゃ俺たちがここの試練場の最下層まで行けてるぜ。」
「発見者には国が莫大な報酬を支払うと宣伝しているのですがねぇ?」
ジェーウとマリ以外がこう言っている。どうやら存在はするけど容易に見つけられるモノじゃ無いと。
そう言ったモノを見つけられるのはよっぽどの運だと言う事なのだろう。
そうで無ければもう既に国へと発見報告が入っていてもおかしくない訳だ。賞金が掛かっていると言うのだから。
国が出す報酬、それこそポンスが一々「莫大」などと付けるのだ。多分この世界で一生を慎ましやかな生活であれば送れる程の金額なのだろうと予想は付く。
「よし、じゃあちょっと戻るべ。十階層と十一階層を探すか。基本だよね、うん。」
俺のこの提案に全員が「は?」と言った顔をする。ここで俺は「あ、やば」となってしまった。
(このままだと「あれ?何かやっちゃいました俺?」ルートまっしぐら!?)
そんな方に舵を取りたくは無い俺はここでどうしようか口を噤んだ。しかし吐いた唾は飲めない。
ここはひとつ階層ワープの魔法陣を探すのを押し切る事に決断する。
ぶっちゃけ、また地上に戻るのに元の道を辿って戻るのが凄く面倒臭い。
ここで考える。もしこれで最下層が百も本当にあったりすれば、本気で試練場を攻略するとなれば補給路の確保、安全地帯の作成、の拠点製作にソレを守る防衛も、となってそれこそ膨大な国家予算を必要とする事になるだろう。
しかしコレは今の試練場が「金を生み出す場所」になっている事から現実的では無いとされる案となっているはず。
試練場から生み出される価値、経済はもう各国手放せない物となって世の中に深く食い込んでいるはずだ。
そして攻略をさせたりしない様にコントロールするのならば帰還の魔法陣は発見されない方が管理しやすいハズ。
(まさか試練場を一度でもクリアするとその試練場は「死ぬ」何て事は無いよな?)
そんな金の生る木を一度でも攻略してしまうと二度と利用できなくなるとなれば?
コレは俺のラノベあるあるの中に入っているパターンである。
(未だ誰も攻略していないって事だからやってみない事には分からんが・・・はて?じゃあ実験してみるなら誰も見つけていない未発見の試練場でやってみないとダメって事だよな?)
金の生る木を枯らした大罪人として国から指名手配とか勘弁して欲しい所である。
俺がやろうとしている目的は今の所「試練場の攻略」だ。しかもそれを最低でも十か所が取り合えずの目標となる。
一応は図書館で調べた情報でしか無いが、それ以外をいつまでも見つけられませんと言った事をして無為に時間を無駄に使いたく無くてコレを目的にしているが。
ソレをやったら犯罪と分かっているのならば直ぐに俺はこの目的を破棄するつもりである。
「よし、やってみない事には分からないなら、ここは侯爵様に責任を取って貰うとしよう。そうしよう。」
「アレ?タクマ、何だか不穏に聞こえたそのセリフは一体何?」
マリが俺のボヤキに反応してきたが、コレを俺はスルーしてここまで来た道を戻る。休憩時間は終わりだ。
俺がスタスタと来た道を戻るので騎士団のみんなもマリも怪訝な顔で付いて来る。
今は俺の好きな様に動いて、それに騎士団がついて行くと言った話になっている。俺のこの行動に疑惑を生じてもそのまま付いて来ざるを得ないのだ皆は。
そうしてまた俺たちは十階層と十一階層を繋ぐ階段の所に戻って来た。またここでちょっとだけ休憩を取る。
「で、タクマ、どうするんだい?本当に帰還の魔法陣を見つける為に動くのかい?」
「そうだな。俺もぶっちゃけ見つかるのかどうかは分からん。でもやってみない事には始まらないからな。」
マリはそんな俺の事を「ヤレヤレ」なジェスチャーで返して来た。俺はこれに「オイ」と言ってやりたい事があったのだがソレをアリーエに遮られた。
「ねえ?どうして此処なの?その根拠を貴方は持っているからここまで戻って来たのよね?」
「ふっ・・・勘の良い女は嫌い・・・じゃない。寧ろ良い。ベリーグッド!」
俺がそんなセリフをぶっ放す物だからアリーエは「ぇぇ・・・?」と困惑の表情になる。
(煙に撒けたか?まあ良いや。先ずは十階層に戻って部屋の隅々まで調べるか)
俺はその後に黙って十階層へと入った。