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★★★選択を間違えた★★★

 フラグだった。侯爵代理様の言った「父親は寛容である」と言うのは。


「貴様か、マリエーの言っていた「友人」と言うのは?」


 めっちゃ物凄い形相で睨まれた。誰にか?それは侯爵家当主様からである。

 夕食の席にやって来た当主様は開口一番俺にそう言って来たのだ。一々俺の目の前にまでやって来て。一々俺の目の前までやって来て。

 そう、大事な事だから三回目。一々俺の目の前までやって来て、そう言ったのだ。鬼の形相とはこの事である。


 そうして俺から視線を外してリーを見れば。


「チャン・リーよ。今回は危ない橋を渡って貰って済まなかったな。改めて礼を言わせて貰う。ありがとう。メデスにも苦労を掛けたな。」


 その時の当主様の表情は温和、優しい、と言った表現と言っても良い柔らかい物であった。


 赤い髪をオールバックに撫でつけてカイゼル髭の立派な御仁で、渋いイケおじである。

 そんな当主様が俺に向けて来る視線はこれでもかと言わんばかりに「殺してやる!」と言った感情がありありと乗っているのに、他の奴らに対して向ける顔は何とも穏やかなのは納得できない。


(これは傭兵組長と同じか似たパターン・・・死ねる)


 溺愛している娘を取られた気分、当主様の心情はそう言った内面なのだろうきっと。

 どこの馬の骨とも知れ無い、いきなりのポッと出の傭兵風情を娘の口から「友人」として父親に紹介とか。当主様の心情を慮れば仕方が無い事なのかもしれないが。


 どんな無理難題を吹っ掛けられるか分からない。俺の判断は早まった事だったと、今なら判断せざるを得ない。

 金の事などドウでも良い、とまでは言わないが、やはり逃げるべきだった。

 当主様が娘に対して「目を覚まさせる」と言う名目で俺の事を散々に貶めす為の罠を仕掛けて来る事が大いに予想される。


(逃げたい・・・いや、寧ろここはチャンスか?ここで物凄く悪い態度で当主様に接して今後二度と侯爵代理様と接触しない様にと、より一層に嫌われた方が・・・)


 俺はこの考えを良い案だと思えた。しかしこれを実行するには俺の身の安全が、保障がされている状態で無ければ実行できない。

 いきなり「不敬罪」を突き付けられて罪人として手配されてしまえば俺のこの先の人生裏街道を歩く羽目になる。それはちょっと避けたい。

 まあ生きていけない程では無いかもしれないのだが、やはりお天道様の下を堂々と歩ける身なままでいたいと思うのは当たり前だ。

 しかしこれだけは言わせて貰わねばならない。


「初めまして御当主様。私の名はタクマと申します。以後、お見知りおきを。」


 綺麗な一礼をして見せる。以前に俺が読んだ事のあるラノベ主人公がしていた頭の下げ方の描写を再現したモノだ。

 相手に対して過剰に下手にでず、声をハッキリと、姿勢は美しく綺麗に真っすぐに、しかし敬う態度は滲ませて。

 へその位置に両手を重ねてそこを視点に背を曲げる。その際は背中を余り丸くしない様に気を付ける。


(これがそもそもこの世界のしっかりとした礼儀作法なのかは全く分からんけどな!)


 そう、俺の知る常識がこの世界の常識、様式と一致する保証など何処にも無いのだ。

 ならばこんなモノは雑、かつ、テキトーで良い。他から間違っていると指摘されたら「あっそ、俺の知識ではコレなんだよ」と開き直れば良いのだ。

 そうすれば俺の存在を他人は勝手に「この国や地域の者では無い」と勘違いしてくれる流れである。

 国が変われば礼儀作法の一つや二つは似ていたり、或いは違っていたりしてもおかしくないのだ。


 俺がその一礼から顔を上げればそこには非常に驚いた顔の当主様が。


(わー・・・ヤベエや。逆に好印象を与えちまった。うん、何で?)


 俺はこの一礼で当主様に対して良い印象を与えてしまうとは思っていなかった。

 ファーストコンタクトでこれ程までに当主様に良く思われて無さそうだったのだから、この一礼では「傭兵如きが生意気な」と言った感想を持たれると思ったのだ。

 侯爵代理様から俺のどの様な話を当主様が聞かされていたのかは分からない。

 けれどもそれならソレで構わないと考えて少しづつ当主様から穏便に嫌われつつ「屋敷から出ていけ」の言葉を頂戴しようと画策したのだが。


「ふっ、まあまあ及第点か。だが、調子に乗らない事だ。」


 当主様からそんな評価を頂いてしまった。俺の計画は初手から盛大に躓いて修正の利かない所まで行ってしまった事が当主様の表情から読み取れてしまった。

 先程の俺へと向けた鬼の形相は何処へやら?当主様の顔は困ったような、ちょっと嬉しい様な?苦笑いと共に発せられた「ふっ」と言った小さく鼻で笑った様子が、もう俺がこの屋敷から逃げ出せなくなった事を感じさせた。


 そうして食事会となったのだが、ここで当主様は「食事マナーに関しては別段気にせずに気楽に」などと言って来てくれた。

 どうやら本当に当主様は懐の深い人物らしい。これにメデスがホッとした表情を見せていた。


(おい、メデス。何でお前が俺よりも安心してんだよ?)


 俺などよりもよっぽどテーブルマナーを知らないのか、メデスは出て来た食事を慎重に恐る恐る口に運んでいる。


 さて最初に出て来たのはコーンスープの様な物だ。ここで俺は「あれ?前菜は?」と思ったが、寧ろソレは俺の中の常識であり、こちらの世界は全く持ってして別世界、ファンタジーなのだからやって来る料理の順番が俺の記憶と同じでは無くてもおかしくは無いので心を落ち着かせる。

 口から零れ出そうだったツッコミはスープと共にゆっくりと呑み込んだ。コース料理的に順番に品が出てくる所は同じなのかよ、と。


(えーっと、確かスプーンで掬って、それを口元に運んで、付けて、傾けて口に流し込むんだよな?)


 背筋を伸ばして自分なりに美しいと思う所作でスープを飲む。これは別にふざけている訳では無い。

 どうせだったら嫌われても、バカにされても、妙な奴だと受け止められても良いから、俺はここで朧げにしか覚えていない「コース料理の作法」とやらを実践してやろうと思ったのだ。

 そしてここで俺はスープの美味さに驚かされる。


(フツーに缶のじっくりコトコトなコーンスープと近い味なんだが?・・・さて、スープが少なくなってきたらパンを付けて食べたりしても良いんだったか?)


 残り僅かになったスープに少し俺は名残惜し気な視線を送りつつも、テーブルに置かれた籠の中に入っている小さいロールパンの様な物を一つ手に取て千切り、それを使って丁寧に皿に残ったスープの残りを付けて食べる。

 どうにも俺は意外にも最初に出て来たこのスープの美味さに夢中になっていて周囲の様子を見れていなかった。

 俺が一息ついた所で周りを見てみれば俺の皿だけが物凄く綺麗になっていたのである。


「あれ?俺、何かやっちゃいました?」


「タクマの食事の所作が物凄く綺麗だったからつい見とれてしまったよ?もしかして、タクマは何処かの王族に類する人なのかな?」


「いや、一般人も一般人、クソ面白くも無いフツーの中の普通なんだが?え?何その思い違い?王族?何それオイシイノ?」


 侯爵代理様が変な事を言ってくるモノだから、俺はかなりガチで真面目にソレを否定した。

 いや、ホント、王族ってオイシイんですか?


「タクマが増々何者なのか分からなくなってきたわ。本当に何なのかしら?」


 リーが呆れた感じで俺に向けてそう言ってくる。そう言った視線は本当にやめて貰いたい。俺だって好きで今ここにこうして存在している訳では無いのだから。

 言うなれば、文句はこの世界の「神」とやらに付けて貰いたい所である。まあ恐れ多いかもしれない。そんな事はこの世界の住民にとっては。


 さて、当主様はこれに別段何も言っては来ない。言及してこないが、寧ろ逆にそれが今は怖い。

 当主様の中で俺と言う存在がどの様に捉えられているのか?ちょっと調子に乗り過ぎたかもしれない。

 だけど今更引けないのだ。最後まで俺はこのまま食事をし続ける所存である。


 と言う事で次、また次と出て来る食事を俺は気を引き締めながら記憶の引き出しを必死に開き漁って最後まで料理を食べきった。自己評価として高い点を取れたのではないかと思う。

 と言うか、異世界にまで来てテーブルマナーもクソも無かった。そもそも俺はこちらの世界の御貴族様の食事時のマナー何て知りもしないし、知りたくも無い。

 それこそ元の世界とこちらとでマナーやら所作何てのが同じで有る訳が無いので俺のやった事は意味の無いおふざけの領域を出ないのだ。

 だって持ってこられた料理と共にそれに使用するナイフとフォークがセットで運ばれて来たので俺が必死こいて思い出そうと頑張っていたカトラリーの使う順番とか全く意味が無かった。


(と言うか、ナイフは分る。けど、こっちにもフォークあるんだな)


 妙な部分に気が行ってしまう俺はまだまだ余裕があるんだろう。料理の味が全く頭に入って来ない、何て事も無く冷静に俺は食事をできていた。


 さて、そうやってサラダに魚料理に肉料理に口直しにデザートにと。それらを俺は全てキッチリと平らげた。

 デザートは果物が出て来ている。カットフルーツと言う奴か。まあこの世界の物であるのでソレの種類なんて俺には一切分からなかったのだが。結構甘さが強くて最後の締めとしては俺には疑問の残るものであったが。


 出されていた飲み物は何と驚きのコーヒー?いや、微妙に違う感じの黒い飲み物だった。俺の口に絶妙に合わない微妙な味だった。もちろんブラック?こちらの世界でもブラックの呼び方で合っているのか?そのまま俺は飲んだのだが。

 リーも侯爵代理様も小さじ一杯の白い顆粒を入れ溶かし、白い液体を少量入れて混ぜて飲んでいた。

 メデスと当主様は白い顆粒の方だけ入れて飲んでいて、そのままストレートで飲んでいたのは俺だけと言った光景だった。

 これにも妙な視線を全員から送られて俺は「解せぬ」と心の中だけで呟いた。


「さて、食事も終えた事だから別室で休憩を取ろう。そうだな、その際には、タクマ君。君の話が聞きたい。一体君は、何者かね?」


 言い方もキツく無い、声音も穏やか。しかし当主様の目の奥は笑っちゃいない。本気で俺の素性を「晒せ」と命令をしている。選んだ言葉のチョイスも「ド・ストレート」過ぎるし直接過ぎる。


 俺の中のこうしたファンタジー貴族は言い回しとやらが物凄く面倒で遠くて、裏を読まねばいけない、と言ったイメージなのだが。それからかけ離れたド直球な質問である。


「あー、別に説明しても良いけどさー。御当主様?信用ならない奴の口から出る言葉を正直に、素直に信じる事、できます?疑わない、なんて事、できます?取り合えず、今ここでそれを神様に誓えます?って事ですよ。」


「・・・何が言いたいのかね?それが何だと?」


 ここで当主様の醸し出す空気が変わった事を俺は感じ取ったが、態度を変えずにそのままもう一言付け加える。


「娘に付いた悪い虫、と思っている相手の言った事が真実であったとしても、それを受け入れようとはしないでしょ?当主様は。俺がちゃんと説明してもソレをしっかりと「本当の話」として受け止めない。口から出まかせを吐いていると判断するんじゃないですか?話をまともに聞いてくれている様でいて、聞いてくれてない相手に話しても無駄なんですよねー。煙に巻かれた、と思われたらそれもソレ、俺の方もそうやって判断されると説明した意味を感じられないですしね。」


 俺は挨拶の一礼をした時とは全く違うふざけた態度と言葉遣いで当主様へと断りの言葉を投げつけた。

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