★★★互いに自己紹介を★★★
女性の目が覚めるまでに俺は一仕事を終える。何をしていたかって?ソレは。
「剥ぎ取り剥ぎ取り~。どうせ死人には要らないモノだろうしな。金も武器も貰って行くぞーっと。」
今後俺がこの世界で生きて行かねばならないのであれば先立つ物が必要だ。悪党どもの身に着けていた武器や装備、後は財布らしきものを取り上げていく。
「とは言っても、こんなグロイ死体を漁ってるのに何で俺は吐き気も無ければ気分も悪くならないんだ?俺の意識ってのはもしかして「改変」されてるって事か?」
そもそも元の俺は「グロ耐性」を持ち合わせていなかったはずだった。
けれどもこの胴が上下に分かれてしまっている死体を扱っても別に何ら気持ち悪くならない。
「もしかしたらチート精神耐性を得てるのかもな。分からんけど。分からんならソレはそれでしょうが無い。」
こうなると俺の精神はもしかすると改変されている可能性が出てきている。しかしそれを気にすると夜眠れなくなりそうなので思考に蓋をした。
考えない様にして、そしてそれが簡単にできてしまっている事そもそもが、精神を弄られている証拠であったりするのだが、それも深くは考えない様にしないと何時か俺は心を病んでしまいそうだ。
考えてもどうしようも無い事はもっとある。この先も俺は幾つも目の前に立ちふさがる疑問に蓋をして進むしかないんだろう。
そんな問題の一つがコレ。俺がこうしてこちらの世界に突然転移したのだから、もしかしたらそれと同じ様に元の世界に突然戻れる可能性だ。
けれどもそんな可能性は幾ら考えても考えるだけ無駄というやつである。
こうして俺は「バカの考え休むに似たり」を繰り返していくに違いない。
「帰れるのか、帰れないのか分からないならその時が来るまでは結局この世界で生活してかなきゃならないんだから金は必要だ。」
死体から漁った事で得られた物は「銅貨」「銀貨」「金貨」「大きな金貨」の四種類。
「うーん、これもテンプレと言えばテンプレかぁ。とは言っても貨幣価値はまだこの時点では分からんしな。情報を早めにゲットしたいのに、目覚めてくれないんだもんなぁ。」
まだ気絶した女性は気が付かない。なので揺すって無理矢理意識を覚醒させようかなと思った所で来て欲しく無かったお客様が二十体。
「・・・まあ血の臭いがコレだけ充満してりゃ鼻が良いのは集まって来ちゃうよなぁ・・・」
いわゆる代表的なアレ、ウルフである。森狼だ。これもまたテンプレだ。勘弁して欲しい所だね。
「血の処理何てこの数だよ?一人で出来るはず無いじゃん?しかも剥ぎ取るのに夢中になってたしね!間抜けだね!俺!」
テンプレに次ぐテンプレ、それをこうして体験していてこうした展開になる事を失念していた俺はどれだけ間抜けなんだろうか?
「火葬にもできたはず!だってこのドラドラ主人公って魔法剣士だしね!魔法の事なんてすっかりと忘れてたからね!」
ドラドラクエストは高めた「パワー」で、物理で殴るのが最強である。なのでそこにばかり意識が行っていて魔法が使えた事を忘れていた。
「だけど!この世界が!もしかして剣「だけ」の世界だった場合は魔法が使えないパターンもあったと思うの俺!」
俺は叫びながら一撃ずつ確実にウルフを仕留めつつ独り言を叫ぶ。
「でも!ここは!森の中だしね!不用意に魔法を!しかも火を使った日には森林火災が心配な訳ですよ!」
使用すると永続的にステータスアップするアイテムを集中的にこの主人公に使いまくって育てていた。
「パワー」だけでは無い。素早さも、魔法力もだ。その為に費やした時間と労力は果てしない。
「コレは!メラ●ーマでは無い!メ◯だ!がリアル発動してしまうだろうからね!今使っちゃったら!絶対不味いんだよ!」
育てた主人公はステータスの数値をカンストしている。そしてソレが今現実となって、そして俺がその身体を動かしている訳で。
「さっきの!スラッシュは!使わないから!あんなの!連発してたら事故が起きるわ絶対に!」
こう言った群れで襲って来る存在に対してスラッシュは使うのが一番効率的、効果的なのだが。
既に俺はソレを使った場合の破壊の後を見てしまっている。結果を知ってしまっている。だから今ソレを使えない。むやみやたらとあんなものを使うモノじゃない。
「これで終わり!」
気絶している女性を守りながらと言うか、俺が一歩踏み込んで剣を振り下ろせば一瞬で確実に一体殺している状況である。守るとか、守らないとかそう言った次元では無かった。
俺が好きに暴れるだけでウルフはどんどんと首を落とされ倒れていく光景である。
「いやー、ウルフの革ってきっと売れるよね?それと、肉は・・・食べられるのか?まあ良いや。そこら辺を考えて一刀の元に首を落として行ったけど。・・・解体どうしよう?」
そんな知識も経験も無い俺である。そしてドラドラクエストには倒したモンスターを「剥ぎ取り」なんてのは無かった訳で。
あの頃の時代のRPGはどれもこれも敵のモンスターを倒したら経験値とお金が勝手に得られたものである。
リアルではそうやって倒したからってその場でお金を自動で得られる訳では無い。
狩った獲物を処理して、売り払って、初めてソレでお金に変える手はずを整えて。
そしてここはファンタジーであるのだろうが、ゲームの中では無い。
この二十体のウルフの処理は俺がやらねば金には変えられない、と。
「こういう時はアイテムボックスとか、マジックポーチとか、或いはインベントリ?ストレージ?・・・無えな・・・」
絶望した。俺の腰には小さなポーチが付いている。しかし中を開けて手を入れてみたり石を放り込んでみても普通の、それこそ何ら変哲も無い「こんなちっちゃいのに何を入れるの?」と問いたいポーチでしかない。
空間魔法とかが付与されていて何でも入る、とか言ったファンタジー物のライトノベルの展開になってくれない事で泣きたい気持ちになる。
「イージーモード?ハードモード?今の俺は確かに「ツエエエ」できるけど。何でこう言う所がテンプレじゃ無いんだよ・・・」
目の前の混沌、惨状、地獄絵図に俺の心の耐久値は非常にゴリゴリと削られて底辺にまで擦り減ろうとしていた。
血の臭いでストレス、死体の山でストレス、ウルフの死骸を綺麗に並べてストレス、と言った感じで俺の精神がついに、と言った所で気を失っていた女性が目を覚ました。
「・・・うっ。わ、私、どうなって・・・ひっ!?」
現状把握、所では無い光景にその女性は呼吸を止めてしまった。
これでまた呼吸困難で気絶されても困るので俺はなるべく優しく、そして女性から距離を取った状態で話しかけた。
「落ち着いて、先ずは息を吸って。血生臭いだろうけど我慢をお願いします。はい、吐いて~、吸って~、吐いて~、吸って~・・・多少は落ち着けた?」
「あ、アナタは、だ、誰?」
俺が女性に対して、近づかない、優しく語り掛ける、離れた位置の地面に座っている事で、警戒はしつつも俺の言葉に耳を傾けて素直に呼吸を整えた女性はそう質問してきたのだが。しかしこれに即座に続けて女性は言う。
「あ、アナタの口の動き、変・・・それなのに何故?」
「・・・あー、もしかしてコレもやはりテンプレかー。御都合主義はやっぱり偉大だな。」
女性が言おうとした事の内容を直ぐに俺は把握した。どうせ言語関連の事だろう。
俺は日本語を喋っている。しかし女性の方は当然この世界の言語で喋っていたんだろう。
そしてそれなのにこうして互いに通じ合っているのだ。意思の疎通ができるのが不思議、不可思議、摩訶不思議と女性は言いたい訳だ。
コレは俺がこちらに来た際に付与された異世界言語チートだろうか?
「と言うか、鋭いなあんた!?この状況で読唇術とかヤベエ観察眼してるぞソレ!?」
驚く所はそこだ。俺の読んできたラノベでもいきなりこう言った展開になったモノは読んだ事が無い。
「神経図太いのか、繊細なのか分からんね?いや、そう言う事が言いたい訳でも、聞きたい事でも無いんだけども。うーん?もうちょっとお互いに落ち着こうか。と言うか、まあ、こんな状況で落ち着けってのは無理だとは思うけどもさー。ねえ、俺が君を助けた、ってのは、覚えてる?分かってる?」
互いにまだ時間が必要っぽかったのだが、一応は「ここが大事!」って所だけはしっかりと聞いておいた。
違う言語で意思疎通ができている事なんてソレに比べたら今は些細な事である。
「・・・はい、私が、縛られ攫われそうになっていた所に駆けつけてくださったのは分かっています。あの、けれど、その・・・その後は、男が一人、斬られたのを見て気分が悪くなって。次に、いきなり残りの全員が・・・真っ二つ・・・うっ。」
どうやらそこで余りの光景に耐えられずに気絶した様だ。そこまでかなりハッキリと覚えてるのは凄い。
「なら俺が敵じゃ無い、って事は分かってくれてる?オッケーオッケー。じゃあ互いに自己紹介から始めようか。あ、ちゃんと最初に言葉にしておくね。俺は君に危害を加えるつもりは無いから。それじゃあ。俺はタクマ、って言うんだ。宜しく。」
「・・・私は、レーナです。」
コミュニケーションの滑り出しは順調に進められていると思えた。俺には。
だけどもこのレーナの顔色はまだ青い。どうやら俺に対する警戒心と言うよりも恐怖心の方が勝っている様だ。
「よしよし、じゃあ次だ。えーっと、何を聞けば良いんだろうか?寧ろ俺の方の事情を先に話して相談に乗って貰った方が良いか?いや、そもそもここでそんな大問題な話をするってのはおかしいか。もっと落ち着いた場所で話しがしたいねぇ。そうだな、レーナ、君の住んでいる場所に案内してくれないか?ソレでもってゆっくりと腰を据えて話し合いができる場所で説明をしたんだけど。」
「・・・わ、分かりました。あの、それじゃあこっちです・・・」
「あ、ごめん待って。このウルフ、売れる?」
「あ、はい・・・」
「良し!じゃあどうあってもこれ全部運ぶぞー!うっし!じゃあ縄か何かで縛って一纏めにしてしまおう。お金、大事。」
俺は男たちが持っていたロープを使ってウルフの死体を一纏めにして丸めてソレが崩れない様に縛り上げた。
妙な所でこの「パワー」が役に立ったのが微妙な気持ちにさせられる。けれども金を得る為なら使わない手は無い。この場で俺の手で解体できないのだから。
そして相当大きな団子状になったそのウルフの死体玉を抱え持つ俺。それをドン引きな青い顔で見つつ俺から離れたそうに後ずさるレーナ。
この場に何度も足を運んでウルフの死体を回収するのは手間だし面倒だ。一度で終わらせたいと思ったその結果がこれである訳で。
(嫌われて無いだけマシだろうな。危ない所を助けられた恩人だから無碍な態度は取れないってだけだろうけども)
顔を引くつかせながらもゆっくりと、しかし確実に歩むレーナはチラチラと俺の方に振り返りながらも前を行く。
そしてその途中で大きめの籠が見つかった。それをレーナは拾って行く。
ソレを見て俺は事情を悟る。恐らくだがこの森に山菜でも取りに入っていたんだろう。そこであの男たちに襲われたのではないだろうか、と。
暫く歩き続ければどうやらレーナの住む村だろう場所に出て来た。
「あー、やっぱ中世ヨーロッパ的な世界観かぁ~。牧歌的風景オツ。」
建っている家がどれもこれもテンプレな作りと見た目で俺はそんな感想をぼそりと溢した。
しかし次にやって来たのは大勢のこの村の住民だろう人々だ。
「レーナ!無事だったか!・・・ぎょ!?」
「ちょっと!なんだソレは!?コレは一体どうしたってんだ!?」
「襲われなかったのか?後ろの、その男は誰だ?」
「お前が森に入った後に緊急連絡が回って来て気が気じゃ無かったんだ。怪我は無かったか?」
「ねぇ・・・これってウルフの?しかもコレだけの数を一気に持って来たの?・・・怪力の化物?」
俺とレーナがセットで村にやって来た事で住民たちは困惑からか口々に不安そうに好き勝手喋っている。
そこに鶴の一声が。
「お前たち!解散しろ!後は村長が事情を聴く。お前たちは仕事に戻れ!」
そう言ったのは金髪碧眼の細マッチョなイケメンだった。