★★★こちらも罠を張って相手を削る★★★
そうして夜を迎える。止まっている宿の窓から外を覗けば暗い路地裏にぽつりと人影が一つ。恐らく敵の見張りだろう。
俺の目は集中すると闇夜も見通す暗視ゴーグルな性能を発揮する。物凄いズルい。神様、やり過ぎですと訴えれるレベルである。
「じゃあ、行ってくる。」
俺はそう言って宿を出る。その背中には透明になれるマント。しかしそれを俺が羽織っている訳じゃ無い。
そのまま宿の扉を出て町の大通りに出ると真っすぐに首都に向かう方面の街道へと向かって走り出す。
しかし門は既に閉まっている。門番が二人立っているのだが、そこに俺は近づいた。
「チャン商会の者だ。緊急の手紙を首都に運ばねばならない。通れる隙間を開けては貰え無いだろうか?もちろんその分の手間賃は出す。門の外にも見張りが居たよな?コレはあんた等の分、外の者たちにも払う。いきなり門を開くと驚かれるだろうから、連絡を入れてやってくれ。」
俺はリーから預かった証明書を見せる。そして銀に煌めく硬貨を取り出して見せた。
そう、賄賂だ。いや、別にそう言った事に対し法で罰する文言があったりしなければコレは犯罪でも何でもないのだが。
この町の法が、と言うか、俺にはこの世界の法自体を全く知らないのでコレは只の賭けである。
門番が俺の求めを跳ね除けて来たならば、俺の作戦はここで失敗だ。
だけどもにっこり笑顔になった門番は俺の求めに素直に動いてくれた。門が人が通れるくらいに開かれる。
これに俺は銀貨をその門番に渡して町の外に出た。そして外での監視仕事に従事していた門番にもそれぞれ銀貨を一枚渡して即座に走り出す。
(外に出る事は上手くいった。けれど・・・付いて来るかね?)
俺の思いついた作戦に食いついて来てくれたなら向こうの戦力を大幅に削る、或いはまた痛手を負わせる事もできるのだが。
(少し速度を落とすか。段々と疲れた様にして、徐々に、徐々に・・・っと)
人を一人背負って走る。これは相当な体力と力が要る。だけども俺にはそんな事は関係無かった。
疲れないのだ。全く。だからそこら辺の演技を俺は一々せねばならなかった。
そうして3分も走った所で俺の横目に黒い影が入ってくる。どうやらホイホイと俺の作戦に嵌まってくれたらしい。
黒い影が見えた所で俺は速度をさらに落として道のど真ん中で立ち止まった。
すると俺を五つの黒い影が囲って来た。どうやら闇に紛れて俺を殺すつもりで黒い装束で揃えてあるらしい。暗殺者のテンプレな衣装である。
「その背負う人物をこちらに素直に引き渡せば、貴様の命は見逃してやる。」
代表者だろう男はそう言って腰の剣を抜いてこちらに向けて来た。
その男の目は真剣であったのだが、他の四人の目が笑っているのはバレバレだ。
顔を頭巾で覆って目元だけを出している格好である。目は口ほどにモノを言う、とはこの事だろう。
こいつらは言っている事を守る気は無い。俺をも殺す気だ。
「どうせ俺も一緒に始末する気なんだろ?そんな嘘を口にしなくたって良いよ。さて、俺も殺されたく無いんで抵抗はするけど。逆に俺が聞くよ。素直に今直ぐ逃げればその後を追わない。死にたく無かったらさっさと消えてくれ。俺はあんまり人殺しとかしたく無いんだ。それが悪党の類だってね。だって、グロいじゃん?気分悪くなるんだよね。」
「ふざけるなよ貴様・・・」
既にもう遅い。俺は「スラッシュ」を発動させてしまった。これで三人が胴を切り離されて真っ二つだ。
振り向きざまに俺は背後の残り二人目掛けてまた「スラッシュ」を放つ。その二人の末路は先に殺された三人と同じ。これであっという間に敵は全滅した。
「スラッシュのクールタイム全く無し・・・バランスブレイカーだよ、ぶっ壊れだよ、この世界じゃコレは無双ゲーにナッチャウヨ・・・」
俺は背中の荷物を地面に下ろして少しだけ背伸びをして体のコリをほぐす。
そう、背負っていたのはリーでは無い。それに見せかけた何らの仕掛けも無い木箱である。
おびき寄せて刺客を始末する。こちらが仕掛けた罠を見抜けなかったのが向こうの運の尽きだ。
「まあ、見抜けるはずは無いよな。こいつら相当に自分たちの腕前に自信があったみたいだし?さて、宿に戻るか。」
木箱の中には何も入ってはいない。空箱だ。それをそのまま現地に置きっぱなしで透明マントだけはそのまま持って帰る。
町の外、外壁の前まで戻って来た俺は門番に見つからない様に別の場所に隠れる。
(前に壁を飛び越えた事があったからな。これ位の高さなら前回よりも低いし、力の籠め方に注意しないとな)
門からまた入る事は出来ない。門番に要らぬ疑いを持たれてしまう。
さっき出たばかりなのに何で直ぐに戻って来たのかと。そう理由を問われると面倒だから。
なので俺はこの町の防壁を飛び越えて中に入る事にしたのだ。侯爵代理様から逃げたあの町の壁よりもここは低いので余裕で超えられると計算しての事である。
それはちゃんと成功した。人気の無い道にちゃんと着地できた。けれども今回もまた飛び過ぎた。
(うう、落ちる時のあの無重力が心臓に悪い・・・気を取り直して宿に戻ろう)
こうして俺は宿へと戻りこの作戦の成否をメデスとリーに報告をする。
「・・・まさか上手く行くとはなぁ。タクマにはあれか?豪運ってのがあるのかね?」
「アイヤー、こうもまんまとタクマの案が嵌まると、今後の事が何だか怖くなってくるアルネー・・・」
呆れられた。何故この様な評価を受けなければならないのだろうか?解せぬ。
豪運と言う点は何だか「ご都合主義」と遠回しに言われている様で何だか妙に良い気分では無い。
リーが言う今後が怖いと言うのが何を言いたいのか伝わってこないのがモヤッとする。
「多分もう今夜は襲撃をしてくるような事は無いと思うから、ゆっくりと休もう。俺は寝させて貰うよ。まだなんか、こう、心が休息を求めてるわー。お休み。」
二人の微妙な感想を俺は半ば無理やりスルーしてさっさと寝てしまう事にした。
そうして翌朝、いきなりツッコミを入れられた。メデスに。
「で、タクマ、証拠品になりそうな物は取って来なかったのか?」
「え?・・・そこら辺は全く考えて無かったなー。でも、相手もその筋の熟練者だし、自分たちの身分を明かす様な物は身に着けていたりはしないんじゃない?取りあえず死体は道にそのまま転がしてきたし、街道を行く途中で調べてみる?」
俺がこう言ったらメデスは「いや、それは止めておこう」と返してきた。それは。
「俺たちがいきなり死体漁りなんてしてる光景を他の誰かに見られたらチャン商会の評判が下がる。」
真っ当な理由だった。確かにそうだ。俺はそう言った点に思考が行かなかった。そこでちょっと気になる部分を此処で質問しておいた。
「空の木箱をその傍に置いてきちゃったけど、それは大丈夫だった?」
「あれにはチャン商会の焼き印などが入ってはいないから大丈夫だ。木箱を置いていくと言うのはタクマのアイデアだったな?」
「あれを見て敵はどう思うかね?只の嫌がらせなんだけどさ。正体不明の箱、どうして殺した刺客の側に置いていくのか?何かの伝言か、或いは警告か?ってね。他にも何か情報が無いか、罠か、何故空っぽなのか?とか、意味の無い事に思考の負担を強いらせるって訳だ。」
「アイヤー、変な事をタクマは思いつくアルヨ。それと、もうとっくに死体は片づけられてると思うアルヨ。街道にそのまま死体を晒したままにしておくのは向こうにも都合が悪いアルネ。襲撃の報告が何時までも来なければ奴らの仲間が様子を見に行くはずアルヨ。」
ここでリーがツッコミを入れて来た。向こうも報連相が途切れた事で即座に動いているだろうと。
これも納得行く理由だ。奴らの放った刺客がアレだけとは限らない。保険として数名が襲撃に参加せずにどこかで待機していたりするかもしれないのだ。
こうして本日は宿から普通に出発である。御者はメデス。俺は馬車の中。リーも馬車の中。だけどリーはやっぱり透明になるマントを羽織って隠れる。
そのまま俺たちは何の引き止めやら立ち塞がりなどはされずにスムーズに町を出た。
もしかしたら何かしらの邪魔が入るかと三人で覚悟はしていたのだが、結構あっさりと出る事に成功してホッとする。
「後は首都に着くだけアルネ!・・・あー、でも到着しただけではまだまだ不安が一杯残るアルネ・・・」
此処までは、まあ、順調?順調と表現していいかは議論の余地があるが、それでも被害はゼロで進んで来れている。
しかしここから先は何事も無い、とはならないだろう。いよいよ向こうの方も俺たちの排除になりふり構ってはいられない、と言った様相となるはずだ。
(総力戦、そんな事になれば刺客、なんて言わずに傭兵雇って汚れ仕事、なんて事をしてくるかね?)
真正面から数を揃えた傭兵で押し潰す。そんな事をしてくるパターンも予想しておかねばならない。
向こうはこれまでに大分出費をしているはずだ。出血大サービス。失敗に次ぐ失敗で後が無いはず。
ここで赤字覚悟で金を出せる器量も無い奴であればこのままリーは首都での役目を終えてハイ解決、で終われるのだろうが。
(そうはならんよな。ここで止められなくちゃ敵さんは身の破滅だ、犯罪してるのは確定だから裁かれる。ならソレを回避するのに金を出さない、なんて事は無いはず。・・・あーでも)
そう言った思考の硬直をさせるのは予想外が起きた場合に一瞬であっても隙を生む事に繋がりかねない。そのできた隙に最悪の事態に追い詰められるとも限らない。
なので別のパターンも考えておくことにした。一番されたく無い事の真逆、こうなるパターンが一番楽だな、と言った下らない妄想である。
考え方の柔らかさを確保しておくために想像の幅は大きく取っておく。
(ワイロイロ伯爵が諦めて夜逃げするとか?エゴチヤ商会の代表が夜逃げ?いや、どっちも夜逃げってなんなんだよ、笑うぞ?)
ここで自分の単純さに馬鹿馬鹿しくなった。楽な方に考えたらここまで俺はアホ臭い妄想をするのかと。
こんな状況で夜逃げを選ぶ様な弱気で腰が全開で引けてる奴らであったならば、そもそも犯罪になど走ったりする度胸を最初から持ち得ないだろう。
そうであったならば要するに俺たちがこんな目に最初からあう事など無かったと言う事だ。
「タクマ、奇妙な顔つきになってるアルネ?どうしたアルカ?」
「いや、世の中って複雑だなぁー、って。改めて思ってた所だよ。いや、ホントやってらんねーなぁ。」
どうやらリーに尋ねられてしまう程に俺の考え事をしていた顔は渋い表情を浮かべていたらしい。
その後は街道を進む道程に何らのトラブルは起きなかった。
出発前にリーから指摘された様に刺客の死体は見かけなかった。地面に染みた血の跡は土が被されてパッと一目では分からない様にされていた。
微かに血の臭いが漂うくらいで集中していないとそれにも気づかない程度である。証拠隠滅、徹底的。
多分こう言った事に敏感な者で無ければ気づけない、普通の一般人には全く分からずにスルーされる所だろう。
置いて行った空の木箱も無くなっている。恐らくは何かしらの情報に繋がらないかを疑って回収をしたのだろう。ご苦労様である。
こうして進む事、暫し。しかし刺客も襲撃も無く順調だ。一応この街道は俺たちだけじゃ無く他の旅人やら商人も通行しているので敵の方も下手な動きはできないと言った感じで控えているのだろうか?
とは言え油断をしているとどんな事で足を掬われるか分からない。周囲への警戒を怠らない様に集中して相手の出方に集中した。