★★★想像を超えるのは何時でも困難だ★★★
町を出た結果、やはり街道途中で夜営をしなくちゃならなくなった。けれどもそもそもが俺たちはその準備ができちゃいない。
何故なら当初の予定では町の宿泊施設に入って夜を越す予定だったからだ。
それを大幅に変えてこうして進んで来てしまったのだ。道具や食事などを用意できていない。
「相手の意表を突く行動になったから向こうも警戒をして近づいてこない、っていう風になったら良いんだけどな。」
何かあった時の為の緊急用の非常食、干し肉を噛み噛みしながら俺はそんなボヤキを吐き出す。
「お嬢、先に寝ちゃってください。俺とタクマで交代で見張りはするんで。」
メデスがそう言って馬車の中のリーへと寝る様に促す。
「まだ寝るには時間早いネ!今後の向こうの出方を今の内にちょっとでも話合っておいた方が良いアルヨ!」
そんな提案によって俺たちは敵がどの様に動き出してくるかの予想を立てる事に。
「で、やっぱりタクマがここは思いついた事を先ず聞かせて貰えるか?」
メデスがそう言って俺に意見を求めて来た。どうにも俺を信用しての事なのだろうが、俺だって思い至らない部分も出て来る事もある。
「いや、想像付かないぞ?考えて見りゃそもそもこうして飛び出してきた事も良い事だったのか、悪い事だったのかの判断が付かないしな。とは言え、それじゃあ話が先に進まないだろうし。まあ、順当にいけば今日の夜にでも襲撃を受けるかも、って所だな。」
俺は敵が切羽詰まってると仮定してそんな意見を述べた。
「向こうからしてみれば目撃者が居ない今みたいな街道のど真ん中、しかも夜だからな。襲うのにこれ程整った機会は見逃せないだろうよ。けど、俺たちの動きを警戒して慎重に動こうと判断した際は襲撃は中止だな。俺よりも先ずそこら辺の人物像はメデスの方が分るんじゃないか?」
「ああ、そうだなワイロイロ伯爵は小者だ。三度も連続で失敗している事で次も撃退されるかもと高確率で思うだろうな。そうすればもう少し様子見をしてみる、と言った決断をする可能性が高い。俺たちがこうして町を急に飛び出した事で疑う気持ちがより大きく成り、動かない、と言った流れもあるだろ。」
しかしここでリーが反対の事を言い出す。
「アイヤー、エゴチヤ商会は多分逆になると思うアルヨ。次にあるかどうかも知れ無い機会を逃す様な相手じゃないアルネ。そう言った点で見ると今の場合は宿に素直に泊まっていた方が安全だったかもしれないアルヨ。今回の場合はどちらが主体として動いているかに因るアルヨ。そこが大事だって事が今更分かって来たアルネ。」
リーはどうやら「可能性の追求」「想像の拡大」「視点の変更」「思考の柔軟性」と言った考え方を少しだけ理解できたと言う。
「タクマは言ったネ!現実の最悪は想像の最悪を超えるって。だから私も今後は少しでもあらゆる状況を、無駄になるかもしれないけど考えていく癖をつけていく事に決めたアルヨ!」
「じゃあこの後で最適、とは言わずとも、取った方が良い行動は?」
俺がそう言ってリーに尋ねてみたのだが。
「・・・思いつかないアル・・・」
これには俺もメデスもずっこけそうになる。しかしまあ、しょうがないだろう。俺だってそんなのは直ぐにパッと思いつけない。
「なあ?ならちょっと良いか?俺の思い付き、聞いてくれ。それと、それをもし実行に移すとしたら、誰にもその事を喋ったりしないでくれるか?」
ここで俺はその思い付きを説明し二人に「んなアホな」と言った目を向けられた。しかし実際に俺の身体能力を見せつけて二人を黙らせた。
こうして俺の思い付きは実行する事となった。ここで俺はリーに追加で説明する。
「相手の裏を掻くには絶対に有り得ない、って事をこちらがやるか。或いは相手に知られていない切り札を使って出し抜くかしか無いんだよ。まぁ、有り得ないって事をする際にはこちらも失敗する可能性を背負う博打になる事ってのが多くなるだろうけどね。成功すれば大きく差を付けられる。その時にはちゃんと成功する確率が高いって作戦じゃないと実行には移せないだろうけど。」
「それにしてもこんな事は普通思いつかないアルヨ・・・やっぱりタクマはオカシイアルネ!」
「はいはい、ツッコミありがとう。俺もコレはどうかしてるって思うけどさ。しょうがないでしょ?出し惜しみしてるとリーの危険が増すじゃん?」
俺はかなりの速度を出して走っている。しかも、あの透明になれるマントで姿を消したリーを背負って。
メデスは馬車の方に居る。そのまま夜中も大蜥蜴を歩かせてずっと進ませる作戦だ。
大蜥蜴の心配は要らないと言う。疲れに強く、一晩歩かせ続けても大丈夫な体力を持っているそうで。
「タクマが私を背負って走り続けて次の町まで私を運ぶなんて、多分相手は思い付きもしないアルヨ、きっと・・・それに、この速度、あり得ないネ・・・有り得ないネ・・・」
呆れた感じでそう感想を漏らすリーに俺は「舌噛むぞ」と軽く注意しておく。
メデスは囮でそのまま夜営も無しで進ませ続ける。夜営をしないのは俺も同じでリーを背負って先行し次の町へと目指す。
こんな事は普通は考え付かないだろう。そんな事をしても途中で人を背負っている方が疲れてバテてしまってそこまで長距離など進めるはずが無いと、そう考えるのが普通だ。
(だけどこれぐらいで俺の体力は尽きないんだよなぁ。しかも、速度も・・・あー、めっちゃ速い。しかも神様、ちょっとコレは・・・ズルし過ぎなんじゃないのかな?)
なるべく背負っているリーに揺れが無い様にと気を使って走ってはいるが、それでも100mを全力疾走するアスリートと同等の速度が出ていると思う。それを今既に15分程保持して進んでいるのだが。
全然俺は疲れ無い。本当に、疲れ無い。逆に俺が心配になるくらいに、疲れが見えてこない。
それをリーは有り得ないと連呼し続けている。まあ、俺だって正直言って、同じ気持ちだ。有り得ないだろ、こんなの。
だって周囲は真っ暗、そんな中で俺は一切躓いたりコケたりせずに、街道を逸れずに走り続けているのだから。
(いや、今の俺には有り得るかもしれないのか。なんせ俺はその・・・「普通」とはかけ離れてるんだからなぁ)
俺はどうやら意識を集中するとまるで暗視ゴーグルでも掛けている様に闇夜が見渡せるのだ。
そもそもドラドラクエストの主人公にその様な能力は無い。無いけど使えている。これには疑うべくもない、神様の「やらかし」である。チートをガン積みするのも大概にして欲しい所である。ズルい事山の如し、積み放題のバーゲンセールである。
(だけどまぁ、今の状況じゃ有難い事なんだけどな)
本当は真っ暗でも多少俺の身体能力で無理やりに街道を進むつもりだった。闇夜に覆われる前にまだ夕日の微かに残る時間になるべくだけ距離を稼ぐ事を考えていたのだが。
それも蓋を開けてみればこれである。最初は俺だってこれには「有り得ねーよ」と思った。
だがそもそも俺がこの世界に存在している事自体が、前提となる根本的な所が、先ず「有り得ない」のだった。
それを思い出して俺は「しょうがねぇ・・・」と諦めた。どう追及しても俺にはその「有り得ない」を説明できないのだから。
そうして俺たちは進み続け、目指す次の町の門の前に到着してしまう。まだ朝は来ない。門の側に焚かれた篝火の明かりで俺の姿が浮かび上がる。
当然これに門番には何者かと驚かれ槍をこちらに向けられる。ここで俺はテンパって「旅の者だ」としてしか返せなかった。情けない。情けないがどうしようもない。咄嗟に気の利いたリアクション何て取れる訳が無い。
だけどもここでリーが姿隠しのマントを取って門番に説明を始めた。首都に急ぎの用があって昼夜を問わずに進んできた、と。
そしてチャン商会の身分証を呈示したらあっさりとソレは信じて貰えたらしく兵士からの警戒を含んだ刺々しい空気は無くなった。
だけども今は夜、まだ朝日も昇らない時間であるので門を開けて町の中には入れられないと言われてしまった。まぁコレは町の安全を守るための決まりなんだろう。仕方が無い。門限と言うやつだ。
ここで俺たちはやっと一息つく。ここには門番も居る。襲撃者が現れる可能性は極端に下がったと見た。
余計な騒ぎにしない為にも刺客が俺たちを襲ってくると言うのは無いだろうと。もし万が一にも門番に応援を呼ばれて刺客がそれに捕縛され様ものならば問題がより大きくなってしまい今後の動きにも制限が付くだろうから。
こうして門番の視界に入る位置で俺たちは地面に座って待つ事に。何かあれば門番が騒いで気づくだろうと言う事で多少の仮眠を取る事にした。
門の隣の壁部分に体を寄りかからせてそのまま目を瞑って朝を待つ事にする。
とは言ってもそれはリーだけ。俺は起きたままだ。襲われる事は無いだろうと決めつけてしまうのは余りにも良くない。問題の根本の解決がまだできていないのだ。油断ができる状況じゃない。
(一応はより安全を取る為にと思って相手の予想外な行動をしてみる、って実験みたいな事を試しているだけに過ぎないからなぁ。俺が寝られる訳が無いんだよねェ)
追手の存在があったとしたなら、多分今はソレを完全に撒けていると思う。だけどもソレで気を余り抜き過ぎるのも問題だと思える。
だけどもそろそろ俺もしっかりとした休息が欲しい所だ。なのでリーには朝一で宿を取ってそこで少し長めに眠らせて欲しいとお願いしてみるつもりだ。
こうして待つ時間と言うのは少々長い体感時間になるものだ。何も無くずっと座り続けるのはシンドイ。
なので時々立ち上がって体をほぐしたり、門番にこの町の名物と良い宿の話を聞いて時間を潰す工夫をしてみる。
そうしてやっと夜明けがやって来た。地平から登ってくる朝日が次第に周囲を照らし始める。
ここで門が開いた。俺はリーを直ぐに起こして町の中へと入る様に促す。
「メデスは大丈夫アルカ?心配ネ。」
「まあ大丈夫じゃないか?とは言ってもこんなセリフは気休めにもならないか。」
もしメデスの方に襲撃があったとしたら、その身が危ない。しかし今の最優先事項はリーの身の安全の確保である。
メデスもリーもこの作戦の危険性は承知の上でこうして今の現状である。なので今更だ。メデスだって覚悟の上である。
ここで俺は門番から聞いていたおすすめの宿への道を進んでいく。リーはどうやらその宿を既に知っていた様で俺の横に並んで歩いていた。一応は姿隠しのマントは外している状態だ。
「ここの宿に泊まるアルカ?・・・ん?休憩に留める?夜にまた出発するアルカ?食事と睡眠?確かにタクマには充分に休息させないと働き過ぎでバテちゃうアルネ!」
こうして宿に入った俺は早速宿の食事を貰ってそれを平らげて宿のベッドで爆睡した。ちなみにリーと同室である。
とは言っても俺は部屋に入って即座にグッスリしたので「一つ屋根の下のラッキースケベイベント」など発生したりはしない。と言うか、しても困る。今みたいなシリアスな流れでそんな余裕は俺には無い。
そうして昼を過ぎて三時のオヤツって感じの時間になってリーに起こされる。その理由はメデスが宿にやって来たからだ。
「お嬢の泊った宿を探すのに苦労しましたよ。打ち合わせも何もしなかったから町に到着して先ず門番に二人の事を見かけたかと話を聞いて勧めた宿が此処だって。場所を聞いたけど道に迷ってやっと見つけたら、その間にどうにも俺に追跡者が付いて回ってたらしくて。やらかしちまった。居場所がバレちまった。」
メデスは少々申し訳無さそうにしてそう報告をしてきた。けれども俺はこれはこれで使えるシチュエーションだと捉えて二人にその案を説明をした。そして。
「これに成功しても良し、失敗しても良しだ。いっちょこちらから仕掛けるのも良いだろ?取り合えず、夜まで待とう。」
「・・・仕掛けるって言っても私たちの安全は大丈夫アルカ?」
「まあお嬢の事は俺が命に代えても守るが・・・タクマ、お前は良いのかソレで?」
「まあ向こうが俺の想定した通りに動いてくれたら今よりもっと安全確保に繋がるよ。」
こうしてまた今夜も相手の裏を掻く為の作戦を決行する事となった。