★★★危機!・・・危機?★★★
俺たちはチャン商会の経営する宿とは別の宿を取った。誰の息も掛かってい無さそうな、それこそ小さな小さな個人で経営している宿である。
大蜥蜴と馬車が止まれる場所がその裏庭くらいしか無い小さな宿であったが、一応はこの日俺たちしか客が居ないと言う事でそこに止めさせて貰っている。もちろん追加料金を払っている。
馬車の中の荷物を運び出したりは重労働なので盗難防止として俺が残る事になった。
(こういう時にアイテムボックス的な物があれば良いのに・・・なんで俺は持ってないんだよ)
チャン商会もそう言った道具は持っていないと言う話である。
そう言ったいわゆる「魔道具」なる物は王侯貴族やら侯爵辺りが持っているそうで。
まだまだそれを所持できるだけの資金力と言うモノをチャン商会は得られていないそうだ。
(怪しい奴が近づいてきたら俺が真っ先にそれを警戒できる様にと思ってこうして馬車に残ったとこもあるけどさ。もしかしたら、インビジブル?迷彩?透明化?とか言った事ができる暗殺者とか来られたらどうしよう?)
俺は今夜、徹夜での見張りを買って出た。戸締りをしっかりとやって、宿の中へと入れる扉を一か所だけにしてあるのだ。
コレは簡易的な罠である。取り合えず今できる事はこれ位だ。敵は一か所しか攻め入れる場所が無かったらそこへと殺到する形となるはずだ。
そうなったら俺が警戒する部分はそこだけに集中していればいいと言った感じである。
(これにはちょっと穴があるんだけど、敵さんは、さて、その手を取ってくるのかね?)
俺はまだリーからもメデスからも敵の正体を知らされてはいない。
だから傾向と言うモノを得られていない。敵のそう言った「偏り」と言うのが少しでも分かっていれば他の方法も考え付くかもしれないのだが。
(まあ余り迂闊に名前を出せない相手なのかね?襲撃を仕掛けて来た相手は。それだと俺に何にも説明してこない事に説明がつくけど)
もし敵が俺にも看破できない手を持っていたら、この作戦は危険だと言う可能性もある。
でも俺にはこれ以上の案は出せなかった。何せチャン商会の宿でもし泊っていた場合の「裏切者」の事を考えたらそっちの方が危険だからだ。
その裏切者が居た場合の最悪のパターンとしては手引きをして刺客を宿の中へと入れ、そのまま従業員に見せかけてリーに近づき、始末、と言った流れになるだろうか。
それは防ぎ難いのだ。俺が幾ら注意をリーにした所で警戒をふと落とす時があったりする場面もあるだろう。そこを狙われると危ないのだ。そうなればリーの暗殺が成功してしまう。
俺はこんな異常なスペックを持った体ではあるが、その中身の精神は一般人と変わらない。歴戦の戦士などでは無いのだ。
そう言った害意を持つ輩の見極め何て特技を持っている訳じゃ無い。だから、こうして今回の事に何ら関係無いだろう宿を一々探し出してそこに泊る事に決めたのだ。
これにはメデスもリーも納得してくれている。
(・・・うっわ!なんだアレ!?ちょ!マジでそんなのあんのかよ!)
俺は即座に馬車から降りて一気に踏み込んだ。そして拳を前に突き出す。
その慌てた俺の一撃は俺の全力なんて込められてはいない。しかしこれが見事に「ボグリ」と何かにめり込んだ感触を俺の手に伝えている。
しかし俺のその拳は何も無い場所を殴っているのだ。もちろんこれは罠を張った一か所だけ開けられる扉の前で。
扉は軽く隙間が開いている程度。しかしそんなのは自然と起きる訳が無い。俺は集中力をずっとその扉の方へ向けていたから直ぐに気づけたのだ。
そう、何も無していない扉が勝手に開く何てあり得ないのだ。
(襲撃者!・・・見えない!クッソマジかよ!チートじゃん!マジコレをやられると危険!一番危惧していた展開とかドキドキが止まらないんですけど!)
俺は敵が透明である事に戦慄する。こういったシチュエーションはファンタジー物ではよくある話だ。
異能系バトルとかのローファンタジー物でもよく見かけるものだが。
(敵が見えないとか厄介過ぎる!それをこの身で直に実感するとかスゲー複雑!)
姿が見えない、消えるタイプとはこれ程にヤバいのかと、現実になるとこれ程の恐怖なのかと。
そして追加でこうも思う。
(人の認識を曖昧にしたり、認識させなくする魔法とか能力とかもっとヤバいんだろうな・・・)
もし今敵がその様な力を発揮してきたら、それは俺の命の危険を意味する。
いや、俺だけじゃ無く、そもそもリーの命も危ういのだ。気が抜けない。
(ドアの開き具合はちょっとだけだから、この隙間から中に今入った、って事は無いと思うんだけど・・・)
俺が何も無い所を殴った時に感じた手応えの後は敵のリアクションが来ない。
不安になりつつも俺はここで魔法を使うかどうかを悩んだ。
(広範囲に効果が及ぶ魔法なら、ここで放てば多分それに敵は巻き込まれてぶっ飛ばせる。安全を確保できる。だけど、だけど・・・)
威力があり過ぎて大蜥蜴も、馬車も、俺も、宿も、全部に被害が及ぶ危険があってそもそも使えない場面だ。当然そうなると宿の中に居るリーとメデスもぶっ飛ぶ。おまけでこの宿の主人も。
俺だけが逃げる事が出来ないシチュエーションである。今の俺の心境としては本気でケツ捲って逃げたいのだが。
(リーを殺されるのは勘弁なんだよ。だけど俺も死にたく無いんだよ。どうする?どうする!?)
透明化した敵がいつ俺に攻撃してくるか分からない緊張感。それにジッと耐える時間が続く。
ドアの前で俺はずっと立ち続けていた。宿の中へと刺客を入り込ませない様にする為だ。
中に入ろうと思えば俺を排除しなくちゃならない状況にしてあるので敵が動くなら俺を真っ先に無効化する必要がある。
だけども来ないのだ。幾ら待っても来ない。
手応えがあったと言う事はその一撃で倒した可能性もあるのだが、そいつ一人だけとは限らない。その仲間が居ないとも限らないのだ。
(こっちの緊張感が切れた所を狙ってるのか?それとも、気を抜いた瞬間を?どちらにしろ、集中力は切らせないって事か・・・あ?)
俺はじりじりと立ち位置をすり足でずらしながら、右からでも左からでも襲撃に対処できる様な体勢を取ろうとした。その時だ。
「何だ?コレ?・・・あー・・・」
俺はやっと気づけた。俺の立っていた直ぐ傍の足元だ。それは恐らく俺が殴った相手。
「・・・死んで、るな?じゃあ、何だったの?この今までの俺の苦悩は?」
何も無い空中を殴ったあの時の手応えで暗殺者は事切れていたのだ。一撃食らってその場を離脱したとか言った話じゃ無かった。
どうやらその時に音も出さずに地に倒れていたようでずっとそれに俺は気づけなかったと。
それはまあ何とも間抜けな話であった。独り相撲をずっと俺はしていたと言う事になる。
そしてこれ程までにずっと警戒していても他に襲撃が無かったと言う事はこいつ一人しか刺客は来ていないと、それで確定で良いのだろう。
この死んでいる暗殺者に気を取られている俺に襲い掛かってくる者が居ないのがその証拠であろう。
「恥ずかしいわー。なんだコレ?あっけな。」
俺はその暗殺者のマントを取り上げた。
「おー?これで姿を消してたのかー。・・・戦利品として俺が貰っておいて良いよな?あ、でもこの死体・・・どうすっべ?」
こんな「天狗の隠れ蓑」みたいなアイテム欲しく無い訳が無い。ならば俺がパクるしか無いだろう。
しかしここでふと気づいた事がある。それはこの暗殺者の死体の処理だ。このまま朝まで放っておいてリーとメデスが起きた後に相談すればいいだろうか?
「・・・もうダメだ。俺みたいな凡人凡百がこんな即座に解決できる案を思いつくはずねぇや。馬車の中で大人しくしてるかぁ。」
俺はそのままだったドアの隙間を閉じて再び馬車の中に戻る。
再び襲撃が無いとも限らないので俺はゲットした「透明マント」を身に着けて朝までジッと警戒する事にした。
そうして翌朝。アレからは再度の襲撃も無く無事に朝を迎える事が出来た。しかしここで俺は今回の事に正直言って。
「眠くならなかったのおかしくね?幾ら緊張感で体が眠りを弾いていたとしてもだよ?朝が来てホッとしたら眠気って急激に襲ってくるモノじゃない?」
まさかと思ったのだが、どうにもこの身体、そうした睡眠欲すら完全に抑え込める超人体である可能性まで出て来た。
幾ら何でも人の持つ三大欲求までは流石にどうにもならないモノだろうと、そうぼんやりと俺は思っていたのだが。
この肉体は何処まで「人」と言うモノを超越しているのか?その点をいつかは確かめてみないといけないと強く感じた。
だが今はそれは、と言うか、しばらくは後回しになるだろう。そんな事を確かめる余裕など今は無いのだ。
「静かだけど、他の襲撃者が別の場所から入り込んで暗殺を成功させてるとか、無いよな?」
一抹の不安を覚える静かな清々しい朝である。まあこんな朝日が昇ったばかりの時間に宿の主人もリーも起きては来ないだろう。
不安になりながらもまだ俺は馬車の中で見張りを続けている。
すると宿のドアがゆっくりと内側から開かれた。そこから出て来たのは。
「おう、タクマ、ご苦労さん。俺が代わるから少しの時間眠っとけ。」
メデスだった。これに俺はホッとする。
「侵入者を許さなかった、って事で良いのか?リーは無事か?」
「うん?無事も何も、何も無かったぞ?・・・まさか?」
「あー、そのまさかだよ。そっち見てくれ。アレ、どう処分したら良いのか分からんのだけども?」
俺はメデスに一言告げて死体を指し示す。するとメデスはぎょっとした感じで目を見開いてそれを見た。
「うおッ!?昨夜にまさか?」
「うん、そうなんだよねぇ・・・一撃で仕留めちゃって生きて捕まえて情報を吐かせられなかったんだけども。でもソレで良かったと判断してるよ俺は。結構ヤバかった。それを考えると、ね?コレ見てくれ。」
俺はメデスにマントを見せた。きらきらと朝日に照らされているのだが、半透明なそのマントの存在感は異常だ。
「おいおい・・・マジもんじゃねーかよ。確かにこれは・・・」
俺の言いたかった事がメデスには通じたらしい。そして俺の見せたマントが何なのかをどうやら知っているみたいだった。
そう、もしかしたらこの姿を消した刺客が俺の事に真っ先に気づいて襲って来ていたら、俺がそもそも殺されていた可能性があるのだ。
それがもし成っていれば、刺客はそのまま誰にも邪魔をされずに宿の中へと侵入してリーの殺害を成功させていたかもしれないのだ。
「タクマ、そのマントはちょっと荷物の中に隠しといてくれ。出発の際にお嬢に羽織って貰って馬車の中で隠れて居て貰うから。それとこの死体を入れられる大きさの袋かなんかそこら辺に無いか?」
メデスはこの状況を冷静に捌く為にテキパキと俺に指示をくれる。
どうやらこのマントを使用してリーの身の安全の確保をより確実にしようと言う考えらしい。
そしてついでにこの暗殺者の死体の処理も隠密にしてしまいたい所なのだろう。
まあこの町の兵士に通報してより事が大きくなってここで足止めを食うなどと言う流れにしたくは無い。
まだまだ目的の首都にはかなりの距離、日数が掛かる。ここで無駄に足踏みしていたいとは思えない。旅の予定と言うモノがある。
ここ以外にも後二つの町を経由せねば首都には到着しないのだ。ここで進みを止めてはいられない。
俺はメデスと一緒に馬車の中を漁って袋を見つけると協力して死体をその中へと入れる。
旅の途中で人気のない場所にコレを放置して行く事を俺とメデスは相談して決めた。
「多分お嬢も俺と同じ判断を下すだろうさ。こいつを差し向けて来た奴らへの牽制にも使えるだろうからな。」
中々にメデスもえげつない手を思いつくモノである。でもその考えには賛成だ。
俺たちを追う途中で、敵が差し向けた暗殺者が逆に死体として転がされればそれを危険だと判断して警戒を上げて暫くは襲撃を抑える、と言った期待もできる。
この一連の作業が終わった後も俺は馬車の見張りを続ける事をメデスに告げる。
「俺はこのままでいいからリーを起してきてくれ。早めに出発して次の町を目指そう。ここには余り長いしない方が良いだろ?」
「うーん、そうだな。タクマが大丈夫って言うならその辺りをお嬢に伝えておく。確かにさっさとこの町は出た方が良さそうだ。」
メデスは盗賊に見せかけた襲撃に、こうして深夜の暗殺と言った連続を考えて俺の意見に同意してくれた。
このままこの町に不必要に長居をしても敵のこちらへの襲撃の準備を助長するだけだと思い至ってくれた様だ。
町の狭い路地で戦うよりかは広く開けた場所でやり合う方が俺の戦い方にも都合が良いと思うのだ。
いざとなったら俺は魔法を使う覚悟もしておかなきゃならない。なのでこんな町中でドンパチしたら被害がどれだけに及ぶか想像も付かない。
こうしてメデスは宿の中へと戻って行ってリーに出発を促しに戻った。