★★★テンプレで女性を助けるのはお約束だよね★★★
方向性が決まった。外部からの刺激がそのまま無かったらまだ暫く俺はこの場から動けなかっただろう。
俺はその悲鳴の聞こえた方向に思わず走り出した。小さく叫びながら。
「ヒャッハー!テンプレだぁ!・・・って言うか!俺はえええええええええ!?」
終わった。今の俺の力は多分ヤバい。恐らくは俺が育てたドラドラクエストの主人公のステータスをそのまま引き継いでいる。
そしてそうなると、俺の「パワー」は周囲に迷惑が掛かるレベルである。
「こんなに走るのが速いのに体のコントロールが効くのはチート!だけども!俺の!平衡感覚が!付いて来れてねぇ!?ひええええええぇえ!?・・・おえぇぇぇぇ!」
酔った。余りの速度に。俺の「スピード」はそれこそF1マシン級。どれだけの最高速度が出ているのか?しかも追加で瞬発力までソレに合わせて化物級で、反射神経も有り得ない位な身体能力。信じたくないが、今俺はソレを実際にこの身で体験してしまっている。
森の中で足場も悪く、木々が目の前を塞ぐのにも関わらずスイスイとそれらを躱して、しかし前へと進む速度は落とさずに悲鳴が聞こえた場所まで五秒で到着。
余りの速度と到着時間の短さで俺は途中で速度を落とすという意識を立ち上げたりできず、そのまま止まれずに一気にここまで来てしまった。
「・・・おえぇぇぇぇ。何で俺こんな目に合ってんのおぉぉぉお?オロロロロロロ・・・」
俺はえづいて吐く寸前。だけどもそんな俺の目の前にはこれから女性を縄で縛ろうとしている八人の男たち。
その手には全員が刃物。剣、ナイフ、短槍を持っていた。
「あぁん?何だぁ?テメエは?」
男たちの代表?リーダー?であろう男がそんな顔色青くした俺に対してドスの利いた声で睨んで来る。
「おえぇ・・・そんなの俺が知りたいよ・・・」
「はっ!大方悲鳴を聞いて正義面して助けに来た間抜けって所か。みすぼらしいそんな駆け出しの装備で俺らとやろうってか?ぎゃはははっは!オイお前ら。女で遊ぶ前にコイツで楽しむぞ。」
どうやら俺の姿を見て侮った様だ。まあ確かに俺だって何の知識も無ければこの見た目ではこいつらと同じ反応をすると思う。
(俺のこの姿の強さが育成済みの代物だって事はだ。この「サイキョウソウビシリーズ」もその効果そのままって可能性が高い。いや、本当に過剰だろうが、それは)
この最強装備、見た目が革鎧、革の盾、革のマント、革のヘッドギア、鋼の剣、なのだ。全体的に薄茶色コーディネートである。
コレは後に出たこのゲームの公式攻略本に載っている正式イラストで紹介されている。頭おかしいデザインだ。
だからこそ俺を見て男たちは刃物をこちらに向けてニヤニヤ笑いをしてきている。どこぞの初心冒険者、とか思っているんだろう。
と言うか、この世界に冒険者とか言った組織はあるのだろうか?
ソレはさておき、コレを返り討ちにしてしまえばテンプレ大成功だ。だけどもソレが難しい。当たって砕けろ状態である。
(この姿であれば死にはしない、と思う。だけども頬を抓って痛かったんだから、刃物で急所をやられたらハッキリ言って一撃で死ぬんじゃないのか?そんな生きるか死ぬかの緊張感でマトモに俺は剣を振って、斬って、こいつらを倒す?問題だらけだよ・・・冗談じゃねえや。ゲームみたいに「HP」管理でやらせてくれよ。と言うか、俺は、殺人なんてできるのか?)
俺自身の戦闘能力が問題だ。喧嘩は小さい頃に幾度かやった経験はあっても、こんな殺し合いを現代日本で経験する事何てありはしないのである。
だから、俺は自然と自分の腕が剣を引き抜いた事にびっくりした。
「え?何で身体が勝手に動いてんの?と言うか、これ別に俺の意識を無視して勝手に動いてる訳じゃ無いな・・・どう言う理屈だ?」
殺されて堪るか、そんな事を思ったらいつの間にかそうなっていたのである。
生存本能、防衛本能のなせる業なのか、それともこの「ゲームキャラ」の身体に染み込んだ一種の反射行動がここで出たのか。
「何をゴチャゴチャと言ってやがる?剣を抜いた所でこの数にテメエは囲まれてんだ。どうせ末路は死ぬだけだ。とは言え、こっちも遊びたいからなぁ。ある程度は歯ごたえってモノがあった方が楽しめるってもんだぜ。」
既に野盗か、人攫いかの男たちには囲まれてしまっていた。ここで俺はほんの少し後悔した。
「・・・テンプレだって喜んで走り出したのがいけないんだよなぁ。でもさ?あそこで放っておいたら後々でその点で苛まれるじゃん?悲鳴を聞いたのに無視した俺最低って。そんなのずっと抱えて生きていくくらいなら、こうしてここで殺される方がマシだよなぁ。何せ、夢でも見てる気分なんだからまだ今の俺ってば。俺なのに俺じゃないって感覚、アンタらに分かるか?もうどうにでもなれって思ってる部分が大きいんだよ。」
悲鳴を無視していたらきっとその被害者はどうなったのかと言った妄想に駆られるのは分かっていた。
当然酷い目に遭うのだろう。それが一体どれ程に酷いかは関係無く、俺が助けに行かなかったばかりに出来上がった一つの不幸を考えて俺の精神が蝕まれるのが嫌だった。
「ほら、ソレにそんな精神になってるからさ?どうせあんたら悪党だろ?なら今後の俺がどんな風に生きて行けば良いかの試金石にさせて貰うし?」
コレは夢だ、そんな風に思いたい俺は吹っ切れていた。ここで「人を殺す」事を。
最低でも俺の今見ている現実は「女性に刃物を突き付けて脅し、縄で縛って攫おうとする男が八人」が確定なのだ。
「おいおい、さっきから何をブツブツと?恐怖でオツムがイッちまったかぁ?さて、準備は良いか?覚悟は?それじゃあボチボチ楽しませて貰おうか?精々俺たちを楽しませる命乞いをしてくれよなぁ?」
そんな世界で軽く人殺しくらいはできなければ世渡りできないだろう。
そして「こいつら全殺ししたら元に全て戻らないかな?」と言った淡い期待を込めて俺は一歩を踏み出す。
で、踏み込んだらヤバかった。走る時とは感覚が違った。
持続的に走るつもりで踏み込む一歩と、短距離を詰める為に踏み込んだ一歩とでは性質が違うのは当たり前。
そして俺はまるで「コマ落とし」でもしたかの様。もしくはワープか。俺はいつの間にか男たちの囲いの外に居た。
「へ?」
そんな声を漏らした男の胴が真っ二つ。その上半身が派手にぶっ飛んで辺りに血をまき散らした。
そいつは俺の目の前に立っていた、さっきから俺に向けて喋っていたあの男だった。
「え?嘘?」
思わずそう溢してしまったのは俺だ。俺もこれは予想外だった。
踏み込みの一歩、と同時に俺は剣をまるでバットでも振るかの様に動かしていた。
走った時のあの速さを知っていたのだから速度が相当に出るのは分かっていた。
だから男の方に踏み込んだ時に剣を振り遅れない様にと思っての行動だった。
だけど結果はこうなった。誰がこんな結末を分かっていたと言うのか?
「え?マジ何これ無理ゴメン。」
俺は自分が成した光景に咄嗟に受け入れ拒否の言葉を吐き出してしまった。だけどどうやらソレは却下されてしまう様だ。
ドサリと地に倒れるド派手に血を吹き出す下半身。その血だまりにベシャっと音を立てて斑に赤い上半身が落下する。随分と上半身が滞空していた時間が長い。
じわじわとその死体から流れ出る血の量が増えていくにつれて他の男たちが目の前の現実を受け入れ始めた。そして。
「・・・ひ!?ひゃ!ひゃああああああ!?」
「班長が!?」
「い、いちげ・・・一撃でこんなぁ!?」
「だ!誰か今の見えた奴は!?」
「な、何がどうなったらこんな殺し方になるんだ!?」
「くそ!こんなの想定してねーぞ!」
「や、奴は!?」
「・・・おおうっふ。ヤベエよヤベエよ・・・もしかしなくてもこれじゃあ俺って「兵器だもん!」じゃねーかマジもんで・・・」
このドラドラ主人公、実を言うと必殺技と言うのをレベルを上げていくと覚えるのだが、恐らくこの分だとソレを使ったらこの辺り一面がぶっ飛ぶ。それこそまさに「広範囲破壊兵器」である。
「・・・スラッシュ・・・そう!スラッシュだけはここで!攻撃範囲を一度確かめておかないと後々で使う場面があった場合に不味い!どうなちゃうんだ!?コレはしかし今この場面で使って良い威力か!?」
ゲーム序盤で覚える主人公の必殺技である。いわゆる「全体攻撃」であり、ダメージの基礎はステータスの「パワー」の値から算出されるのだが。
「俺が手塩を掛けて育て上げたドラドラ主人公の「パワー」はもうこの一撃で怖い程に、恐ろしい程に理解できた。なら、スラッシュは封印するべきか?と言うかこれ以降に覚える必殺技は全て封印決定!」
俺がこの手で一人惨殺してしまった事実は頭の中からすっぽ抜けてしまった。
それよりも大事だと思ったのは今の俺の強さの方だと考えたからだ。
このスラッシュと言う必殺技が現実になった場合、それを使用した後の被害がどの様になるか想像するとロクでも無い結果だと言うのが直ぐに結論されたからだ。
しかしそれを一度は確かめておかねば後で事故を起こすかもしれないのだ。
ぶっつけ本番で使って余計な死人が出しました、しかもその人は善良です、何て事は御免被る。そんな事になったら俺は自殺を試みる事だろう。
そんな悩みで動けずにいる俺に対して男たちは逃げるか、戦うかを言い合っていた。
「・・・スラッシュ。」
そんな男たちは時間を掛け過ぎた。俺が先に決めてしまった。スラッシュを使用する事を。
そしてやはり俺は使ってから後悔した。男たち全員が胴体真っ二つ。誰もが漏れなく上半身と下半身がさようならしてしまった。
それだけなら後悔なんてしない。いや、するけどしない。そもそも問題はその背後だ。男たちの背後にあった木々が、半円、目視でその範囲10mくらいだろうか?
スパーン!と切れて轟音を出しつつ地に倒れたのだ。横一文字に剣を振った故にこの結果だ。
コレをもし唐竹割で振っていたら縦に10m届く斬撃になっていたんだろうか?
「何処の無双アクションですか?・・・ちなみにこの必殺技は連発できるんだよ?駄目じゃない?俺ツエエエにしても過剰も過剰・・・過ぎるでしょ?」
必殺技にはクールタイムが存在していた。そしてこの必殺技の基礎の基礎であるスラッシュだけはそのクールタイムが存在しない。
ゲーム内では非常にお世話になるモノであり、そしてゲームバランスを崩す必殺技でもある。
「この世界をぶっ壊しちゃわないか不安にさせられるよ・・・」
このスラッシュを連発するだけで俺は今居るこの森を致命的なまでに破壊する事が可能なのだ。出来てもソレをする気は無い、破壊神になる予定は無い。
「・・・あ、忘れてた。女性は大丈夫か!?」
縄で縛られそうだった女性の事を今更に思いだして俺はそちらに意識を向けた。そこには顔を青褪めさせた女性が倒れていた。
「・・・コリャ目が覚めるまでは話が聞けないなぁ。どうすりゃ良いんだ・・・」