★★★逃げた先の★★★
蹴散らしたと言っても誰一人として殺してはいなかった。まあでも全員重傷だが。
組合長とのバトルで身体能力の制御的な事を出来なかったのでここでやってみたのだ。
そしてソレはまあまあ満足の行く結果を引き出せた事をここに述べさせて貰う。
「全く力を込めないでふざけた感じで殴っただけで骨折っちゃうとか、ドンダケ異常なんだよ・・・」
驚いて咄嗟に動いた、なんて言った場合にはもしかしたらそれだけで相手をワンパンで殺してしまう可能性が出て来た。これは非常に恐ろしい事だ。
ドッキリを仕掛けて来て脅かして来たりした奴が居たりした場合、ソレに反射で動いた俺がその時に相手をどうしてしまうか、どうなってしまうか分からない。
ビクッとして軽く振っただけの俺の腕がその相手にぶつかっただけで殺人になる可能性、そんなモノを抱えて生きて行かねばならないなんて恐ろし過ぎると言うモノだ。
「あのー、スマンが、考え中の所、申し訳無い。助けて、頂けないでしょうかね?」
小さい声で、そしてもの凄く申し訳なさそうな感じでブサイクなオッサン、この襲撃で土砂に埋もれて動けなくなっている馬車の主が俺にそんな感じで声を掛けて来た。
「あ、スイマセン。で、ちょっと、もうちょっと待っていて貰えます?・・・はい、じゃあ今助けますね。」
このまま放置で去っていく、などと言った事もできずに俺はそのオッサンを土の中から助け出す。
土を掻き分け、掘り出し、オッサンを引っ張り出した。
(土の属性の魔法をここで使った場合はどうなったかな?・・・止めよう。何だか最悪な結末しか思いつかんし)
「有難うございます。奴らを倒すその手並み、凄まじかったですなぁ。もしやどこぞの達人の方で御座いましたか?あいや、申し遅れました、わたくし、パンチョウと申します。助かりました。貴方が居なければ私はきっと殺されていた事でしょう。」
「あの、護衛は付けて無いんですか?無防備過ぎやしませんか?」
「情けない事に、その護衛は・・・その・・・そこに転がっている奴らの仲間だった様でして。ええ、まあ、はい。」
「・・・え?ソレは・・・」
何とも俺には言えなかった。襲撃者と護衛がグル。コレはもの凄くダメなアレである。
「じゃ!俺は急ぐんで!馬車!はい!ハイハイハイハイハイハイ!ササッと!ババッと!」
俺はこのパンチョウと言う男にそれ以上何も言わせない様、埋もれた馬車を掘り出す作業を開始する。
そしてソレをモノの一分で全力を出して終わらせて即行でその場を「じゃ!」と短い別れの言葉を告げて去った。
「アッぶねー!あれって絶対にあの後で「護衛として町まで付いて来て貰えませんか」展開になったじゃん!ソレは有り得ねーよ!」
その場合はそのまま元の町に舞い戻ってしまうパターンと、別の町に向かうパターンになると思われる。二択だ。
元の町に戻るなんて事は絶対に無しだし、別の町に行くとなってもその後にはきっとまた面倒な展開になるに決まっているのだ。
お礼をさせてくださいと言われてズルズルとその場に引き留められ続けてしまうパターンである。
俺の今やらねばならない事は隣国に入り、侯爵代理様の影響下から脱する事なのである。チンタラとしていられない。
さてちなみにだが襲撃者の脚は全部折ってある。ついでに腕の一本も。全員。なので馬車が再び走り出せばオッサンは無事に追手を心配せずに進む事が出来るだろう。
因みに馬車を引く馬は幸運にも土に埋もれたりはせずにいたので出発の再開は直ぐに出来るだろう。因みにこの馬は六本脚でした。いわゆるスレイプニル?馬の魔物?的なモノだったんだろう。
あのオッサンは多分お金持ちの商売人かなにかと言った感じだったのだろうか?まあそれを思うのも今更だ。俺はあの場からさっさと逃げたのだから。
そうして逃げた先には二手に分かれる道が現れた。左には草原、右向けばどうにも彼方に山が見える。
決断の時である。
「・・・右!」
分かり易い方へと俺は決める。ここで山越えなどというモノをすれば大きく時間を稼げるのではないかと考えるからだ。
町で傭兵に対して依頼を出してまで俺を探させる様な真似をする侯爵代理様である。追手を差し向けてきていると見なしても良さげである。
なので俺はここでワンチャン、それを撒くのにこの山は使えるかもしれないと考えた。
「まあ現地に行って見ない事には分からんけどなぁ。」
登山なんてこの身体のスペックがあれば余裕で熟せてしまうだろう。だからここで一気に距離を突き離す事は可能だと判断した。追跡から逃れられる確率アップだ。
(まだまだ力加減とか全く掴めてないけど、多少の危険があってもそこに飛び込んだりしても大丈夫そうだしな)
楽観的と言ってしまえばそれまでなんだろう。だけども俺はそもそもまだ今の自分の置かれている状況を「現実」として受け止め切れていない。何処か他人事の様に考えている部分があった。
「あ、野盗どもの金を奪うの忘れてた。あー、勿体無かったなぁ。」
犯罪者を捕まえて突き出せばきっと追加で報奨金も手に入れられていたかもしれない。
けれどもそんな手間と時間と労力を俺は掛けていられないのである。金だけ巻き上げられる時間はあったかもしれないがそれよりも今大事なのは。
「・・・逃げねば。」
きっと野盗たちを突き出せばその事が侯爵代理様の耳に入って俺の行方を知られてしまう事になっただろう。
改めて自分の置かれている現状を把握してそんな呟きを漏らした俺は山へと続く道を走り出した。
そうして一時間。人っ子一人としてすれ違わない。コレは不味い展開じゃないか?と脳内で警鐘が鳴る。
この場合、この先に町が無い、或いは非常に遠いという事を示している。
もしくは最悪、人の住んでいる土地が無いとか言った場合もあったりする。
「どっちだ?交易が全く無いとか、旅人が一人も居ないとか、そう言ったパターンになると、もしかしたらあるとしても限界集落?孤立している辺境とか?人が住めない土地?排他的な風習で人を寄せ付けない?危険な領域があって人が寄り付かない?」
取り敢えず幾つか思い付くネタを思い出したりして警戒心を上げていたのだが。
「食糧確保と水の補給・・・ヤベェ、今日の飯の確保を考え無いと。」
村から出た時には町に着けばお金は多少なりともあるから食事も宿も数日は大丈夫だろうと考えていた。
しかしフタを開けてみれば濃い一日になっている。まだ今日と言う時間はたっぷり残っているのだ、コレだけの事があったのに。
「一息つきたい・・・俺が一体何をしたって言うんだよ・・・」
まだ終わらぬ今日の残りでこの後には一体何が待ち受けているのかと想像するだけで精神がゴソッと削られる。
「無事に今日の夕飯にありつけると良いんだが・・・」
そう思い続けて道を行けば到着したのは。
「廃村かよ・・・はぁ~。水だけは確保の為に井戸を探すか・・・」
人の気配が一切しない棄てられた村。どんな理由で人が住みつかなくなったのかは知らないが、それでも屋根がある場所で雨風凌いで寝る事が出来そうであるのでここで今日は残りを過ごす事にした。
一軒の家に入る。それは一番マシと言える形が崩れていない廃屋だった。そこで寝転がって俺はぼやく。
「あのオッサンに頼んで馬車に乗せて貰えば良かった?あのままもしかしたら別の町に向かったかもしれない?何の引き留めも無く、問題も起きずに食事と宿に到着できた可能性?」
切なくなってきた。俺の判断は間違っていたのだろうか?そう考えても今更遅いのである。とは言ってもオッサンに付いて行ったが為に侯爵代理様に捕捉されるかもしれなかった事を考えれば今の状況の方がまだマシと思えるのだからしょうがない。
何処をどう受け入れれば俺の様な者にあそこ迄の執着を出来るというのか?不気味に思えるその侯爵代理様の性格が俺には恐ろしいのでこれ以上の関係はノーセンキューである。
さて一応はこの廃村の井戸はまだ死んでいなかったので水の確保は出来た。コレで俺の精神は多少の落ち着きを取り戻せた。しかし腹が減っていて少々イラついている。
そんな状態で考える。この廃村がどうしてこの様に滅んだのかの理由が分からない。
「周辺から魔物が頻繁にやって来るようになって住めなくなったとか?・・・その場合、今、俺、ヤバイ?」
どれだけの数を俺一人で相手にできるのかをまだ全然把握できてない。危険だ。今この場所に魔物が大軍で現れるようであれば俺は今最大の危機と言える状況にある。
「・・・まあそんな事がいきなりやって来る訳無いよな。非現実的だ、そんなの。ふぅ~。寝よう。この廃村の側で何処かに狩場が存在していたりすると助かるんだがなあ。」
非常食すら用意できていない。あの村から出て真っすぐに進めば町にその日の内に着くと言った感じだったのだ当初は。
だから旅に出る際の食事の事など考えて荷造りしていない。しかしフタを開けてみればこの様な状況である。詐欺だ。肉が食いたい。
「・・・ある程度歩き回ってみたけど、不自然な足跡を大量に見つけた場所があるんだよなぁ・・・ハハハ、きっと気のせいか、見間違いだ、そうに決まってる。」
まだ就寝するには早過ぎる時間だが、もう今日はこれ以上動く気が起きなかったので早々に寝てしまって明日からまた活動しようと思って目を瞑ったのだが、妙に気がソワソワして意識は覚醒したまま。
「寝ようと思った所で変な事考えちゃったから寝れねーんだよ・・・クソッ!確かめて来るか・・・」
心がようやっと落ち着いて来たからこそ、と言っても良いんだろう。
こうして細かい部分を思い出すと気になって眠れやしない。こうした神経質な部分と言うのは誰もが持っているものだと思う。
「確認しなければ良かった・・・」
気のせいでも見間違いでも無かったのだ、その足跡は。疲れていた俺が見た幻であって欲しかった。
小さい裸足の足跡。それがかなり大量にある。しかも結構新しいのと古いのが混じっている様に見える。
「そこから考えるとこの足跡のヌシはここ等辺を縄張りとして見回っている可能性があるんだよなぁ・・・」
この廃村にやって来た時には地面の方に視線も気も向けていなかった。偶々見つけたこれらはそこではまだ精神が疲れていた俺には全く気にも留め無い、些細な事であったのだ。
しかしここでそれも大きく大きく膨れ上がる。村に居た時に話に聞いた事がある。
「これ、もしかしなくてもゴブリン、って奴か?まだ俺一回も見た事無いんだよなぁ。」
ファンタジーと言えばコレ!と言った代表の様なモンスターだ。しかし俺が村に居た時には森に狩りに出かけた時でも一度もお目に掛かれていなかった。
ソレがここにはこれ程に多く居る様子。何となくコレで察する事が出来た。
「まあアレか。スタンピードとか言うヤツか。そうじゃ無くてもゴブリンの脅威があってこの村は・・・」
しかしそう考えるとこう言ったパターンだと傭兵組合に依頼を出してそのゴブリンの掃討をお願いするのではないのだろうか?
この村で搔き集められるだけの金で、ソレで傭兵を雇う、そんな流れが起きていたはず。
それなのに今ここは廃村である。依頼をそもそも出していないのか、それとも依頼が失敗して放棄されたのだろうか?
どんな理由があったにせよ、俺が今ここに居る事は変わらない。そうなると。
「・・・これ、絶対に俺がゴブリンのその集団とドンパチする展開じゃないですか、ヤダー。」
何が悲しくて俺は腹が減っている状態でそんな奴らと戦わねばならないのか?そんなの俺は望んじゃいない。
「そうだ、希望は捨てるな!そう、俺は明日の朝に何事も無く目が覚めてゴブリンなんかと一切出会う事も無くこの廃村を出・・・見つかっちゃったよ・・・」