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妖怪シリーズ

口裂け女は妖怪にはいりますか?

作者: 名録史郎

 怪異としての私は自分の存在意義を見いだすため。

 今日も人を驚かす。


 今日のターゲットは、下校中の女の子二人組。

「ちょっといいかな?」

 私は優しく声をかけた。

「はーい!」

 思った以上に片方の女の子がいい返事をしてくれる。

 ふふふ、こんな子ほど脅かしがいがあるというもの。

 私はまずはいつも通りのセリフを言う。

「私きれい?」

 私は、いつもの決まり文句を言った。

 女の子はうーんとなやんで

「ママの方がきれいだよ!」

 とかえしてきた。

 自尊心が崩れる音がした。

 マスクで隠れた口元以外は自信があった。

「えっ、ちょっとまって、ほら目元とかかなりきれいだと思わない」

 くっきりした目元をアピールして見せる。

「めめちゃんどう?」

 元気な女の子は隣のおとなしそうな女の子に聞く。

「ちょっとお化粧濃ゆいし、お母さんかなぁ」

 頑張ったメイクが裏目っている。

 こうなったら、もう強硬突破でいくしかない。

「私きれいだよね」

「えーでも」

「きれいだよね!」

「うーん?」

 もういい。

 きれいと答えてくれたていでいく。

「これでも?」

 私は勢いよくマスクをとると、口を大きくあけてみせた。

 ぎざぎざに裂けた頬をめいいっぱい強調する。

「?」

 元気いっぱいの女の子は疑問符いっぱい頭に浮かべて、何してるんだろうみたいな視線を送ってくる。

 おとなしそうな方の女の子は、にっこり微笑んだ。

「えっ、ほ、ほら」

 何も動じない女の子二人組に、逆に動揺してしまう。

 しばらくすると、おとなしそうな女の子は、ああといったかんじで手をたたくと、私に向かって、頭を向けた。

 今度は私が疑問符をいっぱい浮かべる番。

 黒髪の女の子のきれいなつむじを眺めていると、

 女の子の頭の先端からミシミシミシと大きく割れて、大きな口が覗いた。

「ぎゃあああああ」

 私は大声で叫んでしまった。

 明らかに口裂け女である

 自分の口より大きな口があってはならない場所にある。

 ガチンと鳴らす歯は万力のようで、私を丸のみできそうだった。

「私もやろうっと」

 元気な女の子もそれにあわせて、首をにょろにょろにょろとのばしだすと私の体に巻きつけてくる。

「ひぃいいい」

 柔らかく巻き付いた首は蛇のようにうねり、私は全身おののいた。

「おいお前らなにやってるんだ」

 近くにいた大人の男の人が駆けつけてきた。

「あ、天狗様」

 男の人を見るとあわてて二人は元の可愛らしい女の子の姿に戻った。

 天狗と呼ばれた男の人は少女二人をしかる。

「ろくろ、二口。だから、お前ら普通のひとを脅かすなって何度言ったらわかるんだ?」

「だってその人が口を大きく開けてって言うから」

「そうそう」

「だったら、なんでお前は首伸ばす必要があるんだよ」

「えへへ」

「笑えばごまかせると思っているだろ。お前のところは、母親もそうだからな。まったく。それより」

 腰を抜かしてしまった私を優しく起こしてくれる。

「大丈夫か?」

 男の人は、若くてかっこいいが、派手な龍の刺繍の入った黒の和服を着ており、なんだか時代錯誤な人だった。

 天狗と呼ばれていたが特に鼻も高くない、どのあたりが天狗なのだろう。

「すまなかったな。あんたよそから来たんだろ。びっくりしただろ」

「は、はい」

 普通に驚いた。こんな子供が私以上の化け物だったなんて思いもしなかった。

「それにしても、よくこんな辺鄙な場所までやってきたもんだ。お姉さん何者だい?」

 私は何者?

 脅迫観念ともいえる衝動に突き動かされて行動してきたので、改めて聞かれるとわからなくなる。わかる範囲で答えるなら、そう、

「私は、その化け物です」

 首長の女の子は途端に目をわくわくさせる。

「えー、お姉さん、私たちと同じ妖怪なんだ? なんの妖怪? 天狗様分かる?」

「なんだろ、わからん? 見た目普通系の妖怪なんじゃないか」

 見た目普通と言われ、アイデンティティの崩れる音が聞こえた。

「私は、口裂け女です。ほら口見てください、裂けてますよね!」

 天狗は、覗き込むように私を見つめる。

「ああ、言われてみれば、そうかもしれない」

「言われてみれば!?」

「長さ違う系かあ」

 天狗は雑なジャンル分けをする。

「私の仲間だ」と首長の女の子。

「口の妖怪だから私の仲間だよ」と二口の女の子。

「でもなあ。妖怪ばっかり見てるとよくわかんなくなるが、普通の人間でもそのくらいの大きさありえるんじゃないのか」

 天狗は首をひねった。

「普通ってどうすればわかるんだろう?」と首長の女の子。

「普通って平均とればいいんだよ」と二口の女の子

「そっかぁ。めめちゃんが40cm、私が6cmぐらいだから、普通のおくちは23cmぐらいかな。お姉さんのお口は普通の人より小さいね」

「そんなわけないだろ、比較対象に妖怪を入れるなよ。とりあえず、俺は見た目人間とおなじはずだから、俺よりどれくらい大きいか見てみるか。学校で定規つかうだろ貸してみろ」

 天狗は女の子から定規を借りて、自分の口を計り、私の口をはかる。

「7cmか……」

 数値にされると全然たいしたことがない。

「私は、10m伸びるよ」

 単位でも数値でも負けてる。

「妖怪だって言うなら、役場にいって登録したら、いろいろ融通してくれるんだが」

「天狗様、承認されそう?」

「微妙だな。気合いで1mぐらい裂けないのか」

 天狗がむちゃくちゃ言う。

 そんなに裂けたら頭がとれる。

「物理的に無理です」

 私がそう答えると、ちょうど通りかかった男の子二人組のうちの一人が笑いながら言った。

「お姉さん。妖怪目指すのに物理的に無理とか言うの笑うんだけど、俺なんかいまだに自分が口で食べるとお腹がどうして膨れるのかわかんないよ」

 マフラーを巻いた首から自分の頭をスポーンと持ち上げると、ポーンとジャグリングのようにして遊んでいる。

 首が体につながっていない。

 私のさっきの想像とは切れている箇所が違うが、頭がとれている。

「いやー」

 私は絶叫した。

 そんな男の子をみて、天狗も子供たちもだれも驚かない。

「お姉さん。驚きすぎだよ」

 首長の女の子と二口の女の子はクスクス笑っている。

 天狗は呆れながら言った。

「まあ、仕方ない。他のところで、妖怪っぽいところないか確認してみるか。歳はいくつだ?」

「40ぐらいです」

「歳の割にはきれいだね」と首長の子。

「若く見えてきれいだね」と二口の子。

「お願いだから、このタイミングで答えないで」

 この子たち無邪気に邪気だらけ。

「40ぐらいじゃ、俺みたいに不老かどうかもわからんな」

「あなたはいくつですか」

「千五百」

 桁が二つも違いました。

「なんか特技ないのか」

「足が速いです」

「足が速いといえば、天狗様、この間ね。私の家の近所のおばあちゃんがね。ようやく足の速さで妖怪認定されたんだよ」

「それはよかったな。ちょうどいい認定される目安になるな。どのくらいの速さだったんだ」

「音速ようやく越えれたんだって」

「なるほどな」

 まるで自分も音速ぐらい越えれると言わんばかりだ。

「あんた音速越えれるか?」

「む、無理です。で、でも頑張れば人間よりは速く走れます」

「そういや、普通の人間ってどのくらいで走れるものなんだろうな」

「このあいだ私ね。100m7秒で走れたよ」

「えっ? 50mではなくて」私は思わず聞き返す。

「100mだよ。50mそのくらいで走ってたら笑われちゃうよ」

「私、足が速いなんて嘘つきました」

 なんてこの子達化け物なの。

 うん。もう知ってる。

 この子たちに比べたら、私なんか情けないほど、人間に近い。

「私の存在意義って」

「お姉さん存在意義なんて気にしてるの」

 いままで黙っていたメガネをかけた男の子が体中の目を見開いて言った。

「ひぃ」

 全身についたいくつもの目玉が私を見つめる。

「僕なんか百目鬼なのに、視力0.1しかないから、何も見えないよ。お父さんはメガネ一組しか買ってくれないから、他の目玉はなんのやくにもたたないし」

 何個かの目玉は涙で潤んでいる。

 そういう子もいるんだね。

「はい。ごめんなさい。ち、ちなみに君は足の速さは」

「100m9秒だよ。僕は足も遅いんだ」

 それでも人間の世界記録よりは速いんだね。

「きっとお前らと違って第一世代だろ。最近の妖怪なりたての奴は弱いから」

「そういえばこの間、赤いマントきた変なおじさんがいたんだけど、あのおじさんもそうだったのかな」

「ああ、この間捕まったやつか? お前ら襲われたのか、大丈夫だったか」

「襲われたけど弱そうだったから、みんなで協力してボコボコにしたよ」

「大変だったよね」

 二口の女の子がうなずく。

「お前ら変質者に襲われたら、逃げるって選択肢持とうな。普通に危ないから」

 天狗は呆れている。

 赤マントが捕まったということは、

「私も捕まりますか」

 そういうことになるのだろう。

「あんたは子供らになにしたんだ?」

「ええと、私きれい?ってききました。あとは口を開けて見せました」

「じゃあ注意だけな。そういうことは、恋人にきこうな。それとあまり言いたくはないが、口が大きいからって、口を大きくあけるのははしたないぞ」

 普通の注意をうけた。

「はい……」

 人を驚かそうなんて自分にはおこがましい。

 自信のかけらも残っていなかった。

 しょぼくれている私に首長の女の子は元気に言った。

「じゃあ、お姉さん役場に行って登録しよう」

「でも、私は妖怪に入らないんじゃ」

「大丈夫だよ。私達も一緒について行くから! ダメかもしれないけど、やるだけやってみようよ」

 えいえいおーとこぶしを振り上げる。二口の女の子と目がいっぱいの男の子もあわててこぶしを上げる。

 首なしの男の子もやれやれといった雰囲気だ。

 こぶしを上げたりはしなかったが、この子もついて来てくれるようだ。

「ほら天狗様もきてよ」

 首長の女の子は天狗様を引っ張る。

「わかったいくから、おい引っ張んな。お前も押すな」

 二口の女の子も天狗様を後ろから押す。

 みんなでぞろぞろ役場に行くことになった。


 役場までは、マスクは外していた。

 それなのに、だれも驚いてくれなかった。

 それもそのはず、頭の上の耳を押し込もうとかんばっている女の人や、帽子から角を生やした男の人など、

 すれ違う十人に一人ぐらいは、どうみても妖怪だった。

 子供たちも普通の子供らしい恰好にもどっていた、一番見た目が妖怪らしい首なしの男の子も首にマフラーを巻いたらただの寒がりの男の子にしか見えない。

 普通にしてたら普通に人にしか見えない妖怪はきっともっと多いのだろう。

 役場の受付の女性は、私の提出した書類と私を見比べて露骨にいやそうな顔をした。

「それ自分で切ったんじゃないの? 最近多くて困るのよね。突然変異ぐらいで登録したら、私が上司におこられるんだけど」

 子供達がわあわあ騒いでも全然、聞き入れてくれない。

 私と子供達が諦めかけたとき、天狗が別の人をつれてきた。

 すると、

「はい。今から登録しますね!」

 さっきまでの対応が嘘のように女の人は登録してくれた。

 天狗が連れてきたのは、受付の女の人の上司だったようだ。

 子供に雑に扱われていたから、実感なかったけど、天狗様って本当に偉い人だったらしい。

 私も今後はちゃんと様付で呼ぼう。

 それから役場の登録はほとんど天狗様がしてくれた。

 それどころか住むところの斡旋までしてくれた。

 案内してくれたアパートは年季が入っていたが、悪くはなくて、敷金礼金がないどころか、最初の2ヶ月は家賃もいらないとのこと。

 求人も山ほど持ってきてくれて、いろいろ教えてくれる。

 恐ろしく面倒見がいい。

 子供たちが慕っているのもよくわかる。


数日後送られてきた、登録証にはしっかり


妖怪 口裂け女 

口美路くちびろ なな


と、書かれていた。


 登録証をみていると勝手に涙が流れてきて、

 ああ、そっかと思う。


 多分私は、驚いて欲しいのではなく誰かに自分の存在を認めて欲しかっただけなのだ。

 名無しはつらいだろうと天狗様は、名前も付けてくれた。

 名前も自分らしくてすごく気に入っている。

 名は体を表すという。

 私はようやく自分の存在意義を見つけたのだ。

 もう自分の中にあるわけのわからない衝動に突き動かされて、子供を脅かしたりしたいと思わない。

 今度からあの子たちにあったら、『こんにちは』と言おう。

 きっと普通に『こんにちは』と返してくれるに違いない。

 随分騒がしく、常識がなかったが、私のことに親身になってくれるあんなよい子達と一緒にいられたら楽しいだろう。

 私は、一つ夢を持った。

「よし教師を目指してみよう」

 あの子達は小学校高学年だと言っていた。

 頑張って今から目指し高校教師になれば、あの子達に教えることができるかもしれない。

 高校の教室で再会できれば驚いてくれるかもしれない。

 今度はそういうことで驚いてほしい。


 怪異から妖怪になった私は、自身の意志で歩み始めるのだった。

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