7.呪われた第二王子の婚約者②
――パタパタパタッ!!
柔らかい羽毛に覆われている小さな羽を必死に羽ばたかせながらジャンプして、イーライの上半身に飛びつく。それから器用に嘴を使ってイーライの洋服のボタンを『ブチッ、ブチッ…』と2つ続けて毟り取る。
そして作った隙間からさっと彼の胸元に潜り込み、ちょこんと顔だけ出して終了。
――その間わずか十二秒。
もし胸元に潜り込む大会があったら、ぶっちぎりで優勝している。 しかしそんな無意味な大会は残念ながらない。
「ぴぴるぴぃぃ‥(離れちゃだめ…)」
なんだかんだと言っても、殿下にとってイーライは信頼できる従者で心を許せる存在なのだろう。
「殿下は、さっきの提案はまたにしようと言っていますわ。今日はひよこ視点でカンガルーの気持ちを学ぶことにしたそうです」
殿下に恥をかかせないように通訳してみる。
かなり無理がある設定だけれども、これしか思い付かなかったのだから仕方だない。
あとは任せたわね、イーライ。
目に涙を滲ませながらイーライを見上げるひよこ殿下。
そんな殿下を見て彼は苦笑いしているが、自分の胸元から追い出すことはしない。
「殿下、カンガルーの気持ちが分かるといいですね」
「ぴう!……ピピ(うん!……アリガトウ)」
イーライの言葉にひよこ殿下は元気に返事をしてから、小さな声で呟く。
意地っ張りだけど素直な殿下は今日ももれなく可愛かった。
◇ ◇ ◇
猫の襲来から一ヶ月後のある日のこと。
私が離宮内の廊下を一人で歩いていると侍女達の声が聞こえてきた。どうやら掃除をしながら雑談しているようだ。
私の姿はちょうど柱に隠れているから、彼女達は私に気づいていない。
邪魔をしては悪いからそのまま通り過ぎようとしたけれど、話している内容に思わず足が止まってしまう。
「ねえねえ、イザク殿下の婚約者が決まるみたいよ!昨日の夕方ゼイロ様と王都から来た偉い人が話していたのがたまたま聞こえて…」
「えっ、殿下の呪いが解けてないのに?令嬢達はみんな殿下の姿を見て逃げ出したって話じゃない。立候補した令嬢がいたの?」
「そうじゃないのよ。なんでも殿下自身が強く望んでいるみたいで…」
それは私にとって初耳だった。まさか年下の殿下に先を越されるとは思っていなかった。
……ちょっとだけ落ち込む。
「いくら第二王子といえどもひよこと結婚なんて微妙だわ」
「確かにそうよね…」
私も柱の陰からうんうんと頷いてしまう。
ひよこ殿下は確かに可愛いけれど、最近は『脱ひよこ』つまり『にわとり化』しつつある。
そんな第二王子と結婚となったら、式での誓いの言葉は『ひよこの時も、鶏の時も、その命ある限り愛すると誓いますか?』と変更するのだろうか。
それに誓いの口づけもかなり痛そうだし、初夜はどうするのだろう。
にわとり流でいたすのか、それとも人間流でいたすのか。
――大きな問題だ。
それだけではない、卵を産めるのかとか誰も経験したことがない悩みを花嫁は抱えることになるだろう。
うーん、いろいろと大変そうね…。
私の心配をよそに、侍女達の会話は更に続いていく。
「お相手は誰なの?」
「…爵家のリラ様だと聞いたわ、お可哀想に」
「あの可憐なリラ様がひよこの花嫁になるなんて」
心から同情しているのが侍女達の声音から伝わってくる。
うん??どこの貴族のリラ様…??
肝心な部分が聞き取りなかった。
でも私と同じ名前で、かつ可憐な未婚の令嬢ということは分かった。
貴族名鑑に載っていて、その条件にあう令嬢は数人いる。その中の一人が殿下の婚約者として望まれているのだろう。
「お可哀想だとは思っているけど、なんかしっくりも来るわよね…」
「ええ、そうね」
「実は私もそう思っていたの」
「これ以上ないお相手かなって、私も思ったわ」
一人の侍女の言葉に次々と他の侍女達が同意の言葉を口にする。
どうやら相手の令嬢は殿下とお似合いに見えるようだ。
きっと鳥を愛でる優しい性格の令嬢なのだろう。
そのリラ様はどこの家の方かしら…。
気になってしまうが、ここで出ていって尋ねたら立ち聞きしていたのがバレてしまう。
いいわ、後でエレンにでも聞いてみましょう。
そう思って静かにその場から離れようと歩き出すと、後ろから声を掛けられる。
「リラ様でございますか?」
どうやら柱から離れたことによって、私の後ろ姿が彼女達の視界に入ってしまったようだ。
私は今ちょうど通ったところですという感じを装うことにする。
「ごめんなさい、お仕事の邪魔をしてしまったかしら?私はこっちを通るから気にしないでね」
その場から立ち去ろうとする私の耳に、一人の侍女の言葉が飛び込んできた。
「イザク殿下とのご婚約おめでとうございます、リラ様」
いつの間にリラ様が?と慌てて周りを見回すが、私のそばには誰もいない。
彼女はいったい何を言っているのか…。
この状況に頭がついていかない。
「リラ様、ご婚約おめでとうございます」
「お二人の末永いお幸せを心から祈っております」
「おめでとうございます!」
他の侍女達も祝福の言葉を私に向かって告げてくる。
へっ?わ、私に向かって言っているの?
えーーーーーーーー………!?
――殿下の婚約者はエール伯爵家のリラ、……つまり私のことだった。