4.ひよこ殿下と従者とそれから超訳
「ぐぇ…」
なぜか殿下の可愛らしい嘴から蛙のような鳴き声が発せられた。
殿下に掛けられた呪いは『ひよこ化』だと思っていたけれど、呪いとはそんな単純なものではないらしい。
お可哀想に、蛙の呪いも掛けられていたなんて…。
でも大丈夫、私は蛙だって愛でられるからなんの問題もない。
ひよこ殿下をさり気なく撫でながら、骨が折れていないか念のため確認してみる。
命に関わる骨は異常なし!
――やはりあれは幻聴だった。
なにやら視線を感じて振り返ると、私と殿下を従者の二人がじっと見つめていた。どうやら殿下の言葉を私が通訳するのを待っているようだ。
「申し訳ございません、お待たせして。イザク殿下は私に愛でられるのを嬉しいとおっしゃっております。本当に殿下は寛大なお心をお持ちですね」
「ピルピル…(ウ、ウン…)」
私が殿下に微笑みかけると、ひよこ殿下は首振り人形のように一生懸命に首を縦に振っている。
ぷるぷると震えながら小さな声で返事をしている様も、ひよこの姿だとあざと可愛くしか見えない。
だから真実はどうあれ、従者達からは感動の再会が継続中に見えている。
「ほら、殿下もリラ嬢を望んでいるようだから構わないだろう?イーライ」
「……それならば仕方がない」
私と殿下の仲睦まじい様子に、イーライも私のことを認めてくれる気になったようだ。
「では殿下のお気持ちも確認できたし、イーライも賛成したのだから決まりだな。リラ嬢、早速ですが明日からお願いします。送迎はこちらの者が行いますのでお任せください」
「こちらこそよろしくお願い致します。ですがお気遣いは無用です。屋敷から離宮まで近いので、馬に乗って一人で来れますわ」
辺境で生まれ育った私は近くなら馬に乗って一人で出掛けることもある。
王都と違ってここはとても安全だから、昼間なら供をつけずに外出する令嬢だっているのだ。
兄は『お前ぐらいだぞ!』と言っているけれど、みんなはこっそりやっているだけだと思う。
私は変装をしないで出掛けているから、ちょっと目立っているだけ。
私が丁寧に断りの言葉を告げると、エレンではなくイーライのほうがその言葉にすぐさま反応した。
「それは駄目です。何かあってからでは遅いので絶対に譲れません。殿下が離宮に滞在中は私が送迎をします。リラ嬢、それでいいですね?」
「は、はい。イーライ様、ありがとうございます。でも殿下のお側を離れてもよろしいのですか?」
第二王子の従者であるイーライ自らの申し出に驚きつつも、その勢いに押されて頷いてしまう。
「……殿下の側にはエレンがいますので問題はありません。明日10時にエール伯爵家に迎えに行きますから大人しく待っていてください」
「ふふ、分かりましたわ」
なんだかイーライが子供に言い聞かせるように話すので、おかしくなり笑ってしまう。
でも彼はつられて笑うことはなく、その表情は真剣そのもの。
「リラ嬢、絶対に一人で勝手に来ないように。約束ですよ」
「…は、はい。約束しますわ」
それにしてもイーライはやはり兄に似ていると思う。
心配性というか私を信用していないところなんてそっくりだ。
ま、まさか生き別れの兄弟なの?!
一瞬そんな考えが頭を過ぎる。
――いやいや、それはないだろう。
もしそうなら私と彼だって少しは似ているところがあるはずだけど、幸いなことに全く無い。
ちなみに性格は真逆な兄と私は容姿だけは似ている。
中身が似てなくて良かったと心から思っている。
どうしてイーライはあんなにも念を押してきたのだろうか。
それが少しだけ不思議だった。
私は幼い頃は両親から『お転婆』と褒められ、今は兄から『じゃじゃ馬』と嘆かれている。
でもそんな情報が王都まで流れて第二王子の従者の耳に入ったとは思えない。
「どうしてイーライ様は私が一人で離宮に来るとそんなに疑っているのですか?」
「べ、別に疑っているわけじゃない、ただ心配しているだけで…」
イーライが気まずそうに私から目を逸らすと、エレンがすかざず口を開く。
「実は殿下から私達はリラ嬢の武勇伝を聞いておりまして。だから昔のように虫籠を片手にお一人で来てはと心配していたのですよ、くっくく…」
エレンの笑いは止まらない。
不思議でもなんでもなかった、誰かさんの口が軽かっただけだ。
「ぴるぴるぃ!(話してない!)」
ひよこ殿下は私を見て必死に否定している。
「殿下、いいんですよ。私はちっとも気にしておりませんから」
私は貴族だから本音と建前をきっちりと分けられる。もちろん今の発言は建前で、本音は二人だけの時のお楽しみにしよう。
ひよこちゃん、覚悟はよろしいかしら…?
冷たく微笑む私とひよこ殿下はまっすぐに見つめ合う。
傍から見たら甘い雰囲気と見えなくもない。
「ぴぃぴ…ぴぅー(助けて…)」
「殿下はお二人の私への配慮を褒め称えていらっしゃいますわ。おっほほほ」
ひよこ殿下の叫びを私はすかさず二人に伝える。
ちょっとだけニュアンスは違うかもしれないけれど、これは超訳というものだ。
「イザク殿下とリラ嬢の相性は抜群のようですね、10年ぶりの再会とは思えません。以前から殿下はリラ嬢のことばかり話していましたか――」
「エレン、殿下には殿下の都合がある勝手なことを話すな。…殿下、失礼致しました。そして勿体ないお言葉有り難うございます」
エレンの言葉をイーライが遮り、二人は殿下に向かって礼儀正しく頭を下げる。
どうやら殿下は私のことを周囲に話して聞かせるほどしっかりと覚えてくれていたようだ。
どんな内容かは後でゆっくり確認するとして、私だけが一方的に覚えていたのではないのがとても嬉しかった。
まるで片想いだったのに両想いだと分かったような感じで照れくさい。
恋愛感情はないけれど、私の頬は自然と染まっていく。
「ぴよ?(どうした?)」
「ふふ、なんでもありませんわ、ひよこ殿下」
こうして私はひよこ語を通訳する代わりにひよこ殿下を愛でる権利を手に入れることができ、翌日から昼間は離宮で過ごすことが決定した。
※この作品はアルファポリスにて先行投稿しております。