【おまけの話】従者エレンの奮闘(前編)
これはおまけの話です。
「指示された通りに流した噂はあっという間に社交界に広がっています。全てエレン様の計画通りに進んでおりますので、問題はありません」
そう報告してくる部下に私は気になっている点をいくつか質問していく。部下が返してきた言葉は十分に満足いくもので、私の懸念はすべて払拭される。
「ご苦労だった、引き続き監視と報告を頼む。もし何か問題が生じたらすぐに私に連絡をするように」
「承知いたしました。では失礼します、エレン様」
報告を終えた部下はすぐに王都へと戻っていった。
執務室に残った私はなにか見落としがないか確認するために、もう一度報告書に目を通し始める。
部下を信用していないわけではない、今回の件は複雑だからだ。
表向きは呪われている第二王子は静養のために離宮に来たことになっている。
しかし実際には一人の令嬢の勘違いから始まった噂を利用して、イザク殿下の重すぎる片想いを成就させるのが目的だった。
そしてそれはイザク殿下の努力によって見事に叶った。
その過程では予定外なことの連続だったが、殿下の冷静な対応でなんとか乗り越えることが出来た。
――ぎりぎりだったが、結果良ければすべて良しだ。
従者である私は心から祝福しているし、それと同時に安堵していた。
もしこの恋が叶わなかったら、きっと殿下は一生独身を貫いていただろう。それぐらいにリラ様を一途に想い続けていたのだ。
今、お二人はまさに絵に描いたような幸せな毎日を送っている。だが反対にその幸せを守るために私は多忙な毎日を過ごしている。
イザク殿下とリラ様が正式に婚約をする為には、裏工作が必要だった。
王家とエール伯爵家は二人の婚約を祝福しているが、問題なのは他の貴族達だった。
呪いが解けて元の姿に戻ったから伯爵令嬢と婚約すると発表したら高位貴族は黙っていない。
『第二王子妃に伯爵令嬢ごときは相応しくない』と騒ぎ立て蹴落そうとするだろう。
残念ながらエール伯爵家にはそれを黙らせるほどの力はない。
王家が強引に婚約を進めることは可能だが、高位貴族との間にしこりが残ってしまうのは得策ではない。
だから第二王子の従者である私が裏で動いている。
まずは新たな噂を社交界に流した。
エール伯爵令嬢が献身的に第二王子を看病し、呪いを恐れない令嬢と殿下は互いに惹かれ合い、その結果呪いが解けたという内容だ。それには『その愛を邪魔するものは呪いが伝染るらしい』というおまけも付いている。
社交界では美談が好まれるし、おまけが効いたのか表面上はみな祝福している。
――だが油断は禁物だ。
もしかしたら第二王子妃の座を諦めきれない家が何かを画策するかもしれない。
だから引き続き監視をして、問題があったらすぐに手を打てるようにしているのだ。
このまま順調に行けば一週間後には正式に呪いの解呪と第二王子の婚約を発表することになっている。
――主従ともに苦労が報われて本当に良かった。
と思っていたのに問題が発生した。それも王都ではなく、この離宮でだ。
なにやら最近ひよこ殿下の動きが怪しいと部下から報告があった。ちなみにひよこ殿下の悪事が露見してから常に見張りをつけていたのだ。
「昨日の昼間、門番の休憩部屋にひよこがこっそり侵入していました」
「それで部屋の中で何をしていたんだ?」
「何をしていたかは分かりませんが、門番によると部屋に置いてあったものが一つだけ無くなっているそうです」
「ひよこに盗まれたのか…?」
「状況から見て、たぶん間違いないかと思います」
門番の話では棚に置いてあった小瓶が消えたという。その中身は媚薬で、数日後の結婚記念日の夜に使おうと思い、奮発して購入したらしい。
そして友人である庭師だけに、中庭でそのことを話したと証言している。
はあ…、あのひよこはなにを考えているんだ…。
そんなのは分かり切っている、絶対に良からぬことを企んでいるに違いない。
どうしてひよこの頭の中には反省という文字が存在しないのだろうか。
――頭が痛くなってくる。
海千山千の高位貴族達よりも、ある意味ひよこのほうが厄介だ。
前者は先のことを考え、あまりに愚か過ぎる選択をしない常識がある。しかしあのひよこにはその常識だけがなぜか欠如している。
無駄に知能は高いくせに、なんで先のことを考えないんだっ!
ひよこは優秀な頭脳の使い方を完全に間違えている。
イザク殿下は『二度目はないぞ』と苦笑いしながらひよこを許した。
それはリラ様との仲を再び邪魔するようなことをしたら、次は確実に夕食のメインディッシュになるということだ。
イザク殿下は優しいだけの人ではない。必要なら躊躇することなく厳しい判断が出来るように王族教育を受けている。
だから大切な人を守るためなら実行するだろう。
そうなったらいくら私でも止めることは出来ないぞ、ひよこ。
私がため息をついていると、報告に来た部下が口を開く。
「エレン様、処分しますか?」
これは媚薬を見つけて処分するという意味ではない。ひよこを料理長に託すかと確認しているのだ。
「いや、まだいい。気づかれないように監視を続けてくれ。なにか分かったらすぐに私に連絡をしろ。万が一にもリラ様に危害が及ぶようなら、その時は私の判断を待たずに処分していい」
「はい、分かりました」
私の指示を受けた部下はすぐに部屋から出ていく。
これは第二王子の従者として最善の策ではないと理解している。本当ならすぐにでもひよこを捕獲して尋問するべきだ。
あのひよこのことだ、前回同様脅せばすぐに喋るだろう。
きっと嘘はつかない、とても素直だから…。
話す内容次第では、王族を害そうとした罪で、処刑台ではなくまな板の上に上ることになる。
いや、内容は真っ黒に決まっている。
なぜなら部屋には滋養強壮剤と媚薬が並んで置かれてあったのに『飲んだら止まらない♡』と赤文字で注意書きがある媚薬の方を盗んだのだ。
――あのひよこは文字が読める。
…ったく、手が掛かる奴だ。
あんな腹黒ひよこでも見捨てられない。
小さい頃から面倒を見てきたのでやはり可愛いのだ。
馬鹿な子ほど可愛いと世間では言われているが、お馬鹿なひよこも同様だった。
どうか予想通りの馬鹿な真似をしませんようにと祈っていたが、その祈りは神には届かなかった。
数日後部下から告げられた報告は、予想通りではなくそれ以上のものだった。




