15.茫然自失の第二王子
逸る気持ちのままに単騎で離宮へと向かっている。
王宮を出る時には『イザク殿下、我々の準備が出来るまでお待ちください!』と止められたが、それを振り切って馬に飛び乗り、護衛騎士達を待つことなく一人で出発した。
王族としての自覚が足りない行動なのは理解していたが、待ってなどいられなかった。
どんなに優秀な護衛騎士達といえども、集団で行動すればそのぶん単騎で進むよりも遅くなってしまう。
一分一秒でも速く離宮へと戻らなければいけない理由があった。
遡ること数時間前、一通の手紙が王宮に届いた。それはエール伯爵家から送られたものだった。
その手紙には婚約を打診される前に自主的に辞退する旨が丁寧だが明確な言葉で綴られていた。
はぁっ??なんだ、これは……。
どこかの貴族がリラとの婚約を妨害しようとしているのかと疑い、手紙に押されている蝋印を慎重に確認するが紛れもなくエール伯爵家のものだった。
私は手紙を握りしめたまま、思考も体も固まってしまう。
――まさに茫然自失。
『イザク、話が違うようだが……』
国王である父が私に声を掛けてくる。私に向ける父の眼差しは憐れみと励ましが微妙に入り混じったもので、明らかに私が振られたのだと思い込んでいる。
私がリラ・エール伯爵令嬢と相思相愛の仲だと両親に報告し、結婚の許可を貰ったのはつい数日前のこと。
そして意気揚々とエール伯爵家へ婚約の申込みをする為の準備を進めているなか、この衝撃の手紙が王宮に送り付けられて来たのだ。
くそっ、一体どうなっているんだ!
リラが私の正体に気づいたのか。
だとしても心変わりをしたとは到底思えなかった。
彼女は王族という肩書きではなく、私自身を愛してくれている。結婚の申込みをする意思は伝えていたし、彼女自身もそれを心から喜んでくれていた。
それではエール伯爵家が他家との政略結婚を進めているのかといえばそれも考えづらい。
リラと付き合い始める前に、エール伯爵に筋を通したくて挨拶に行っている。
私が本物の第二王子であること、昔からリラに好意を持っていること、もし私の気持ちが通じたらその時にすべてを彼女に打ち明けて自ら求婚しようと思っていることを告げた。
『リラのことを愛しているので、彼女の気持ちを優先させたい。だから王家から一方的に婚約の打診はしないと誓おう』
『イザク殿下、心より感謝申し上げます』
『然るべき時が来たら私の口から伝えたいから、このことは内密に願いたい』
『はい、承知いたしました。大切な妹をどうかよろしくお願いします、殿下』
真面目で妹想いのエール伯爵がリラの意思を無視するはずがない。それに王家との繋がり以上の政略結婚など有りえないだろう。
考えれば考えるほど分からない。
離宮で、いやリラの周囲で何があったのか…。
何があったにしろ、それが今回の手紙に繋がっているに違いない。
それにしても念には念をと、2つも用意していた備えはどうして機能しなかったのだろうか…。
頭を抱えながら唸っていると、今度は母が優しく私の背を撫でてながら『両想いだと思い込んでいたのね…。この現実から目を逸らさずに乗り越えましょう』と失恋した前提で慰めてきた。
ふと父のほうに目をやれば、うんうんと母の言葉に頷いている。
現実を受け入れられない妄想息子を支えていこうとする優しい両親という構図が出来上がっている。
父上、母上…。そんな目で見るのは本当にやめてください。
愛情溢れる両親の眼差しに心が抉られる日が来るとは思わなかった。
ふと周りを見たら控えている侍女や護衛騎士達も沈痛な面持ちで私を見つめており、その視線は『頑張ってください!』と語っている。
私は本当に優しい人々に囲まれている。……だが今はそれがなによりも辛い。
――残念な第二王子を励ます会なんていらない。
みんなやめてくれ…。本当に妄想じゃないから。
その場に崩れ落ちそうになるのを必死で踏み止まった。ここで倒れたら、なんかいろいろと確定されてしまう気がしたからだ。
『誤解です、ちゃんと両想いですから!』
『イザク、認めたくない気持ちはよく分かる。私だって経験者だ。だが男たるもの現実から目を背けるな』
…その現実がおかしいのですよ。
父の言葉に心のなかで反論する。
それになんの経験者だというのか。失恋かそれとも妄想か…。
『大丈夫よ、新しい恋をすれば妄想は消えるわ。ほら父上だって今はあんなに正常よ』
『………』
母上、妄想はすでに決定事項なんですね…。
母の優しさ溢れる言葉に心で泣いた。
同じ言語を使っているのに話が通じない。助けを求めようと周りを見るが、私の味方は誰もいなかった。
いや違う、妄想王子の味方がいないだけだ。
今まで築き上げてきたものが、ガラガラと崩れる音が聞こえてくる。
ある意味、終わった気がした…。
『とにかく離宮に戻ります!』
そう叫びながら部屋を飛び出した。そしてその足で自ら馬の用意をし、周囲の制止を振り切って一人で王宮を離れた。
――なんだか嫌な予感がする。
自分がなにかとんでもない間違いを犯しているような、もしくは何かを見落としているそんな気がしてならなかった。




