10.ひよこ殿下の暗躍②
『ポキポキッ、ボリッ、ボリ』
お皿を軽くする為に夢中になっておやつを減らしていく。決して小腹が空いていたから食べているのではない、あくまでもこれは目的を達成するための手段だ。
朝獲りの生ミミズではないので『チュルルン~』と飲み込むことは出来ない。でもミイラ化したミミズも嘴応えがあって、これはこれで違う良さがある。
半分ほど食し終わったところでお腹が一杯になる。
『ぴぁー♪ぴよぴよ(あー満足した♪お昼寝の続きしよう)』
まん丸なお腹を満足気に擦りながらテトテトとテーブルの端まで歩いてく。そのまま飛び降りようとしたが、既のところで思いとどまる。
目的はおやつではなく、お皿の下に隠したものだったことを思い出したからだ。
もし飛び降りていたら、このテーブルの上まで戻ってくることは不可能だっただろう。なぜなら食べた干しミミズ分だけ体が重くなっていたからだ。
ぴぅー、ぴぴ……(ふぅー、危なかった…)
過去は振り返らないことにしているので、何事もなかったかのようにテトテトとお皿の近くに戻る。
気を取り直して、お尻をちょっと上に向けて左右に振りながらお皿を押していく。
『うんぴよ、ぴょーー(ヨイショ、ショッーー)』
軽くなったお皿はズルズルっと横にずれていき、お目当てのものが下から現れた。
嘴でズズッと引きずり出された手紙には、この国の王族だけが使うことが許される蝋印が押されていた。
その手紙を冷たい目で僕は見下ろす。
実はこの手紙はイーライもといイザク殿下が王都に向かう前にエレンに託した手紙だった。
『エレン、万が一にも私が留守の間にリラが本当のことを知った時にはこれを渡して欲しい。変なふうに誤解されたくはない』
『イザク殿下、本当の事とはどんな些細なことでもでしょうか?』
『ああ、そうだ。なにか疑問を感じたらリラは真っ先にエレンに尋ねてくるだろう。これには私の身分やこうなった経緯とかを全てを記してある。とりあえずこれを読んだら、いくら彼女でも先走って何かすることはないはずだ。だからエレン、頼んだぞ』
『はい、承知いたしました』
こんなやり取りを無邪気に芋虫を食べている僕の目の前であの二人はしていた。
二人とも僕が人間の言葉を理解しているとは思ってもいない。
ぴぅ、ぴぉぴぇ(ふっ、お馬鹿な奴らめ)
僕は賢いひよこだから、人間の言葉だってちゃんと理解できていた。
勝手にイザク殿下の身代わりにされたけど、殿下には命を助けてもらった恩があるから、不満も言わずに今まで付き合ってあげていた。
決して新鮮なミミズが貰えるとか、寝る前にマッサージをして貰えるとか、朝寝坊しても叱られないとか、可愛いと愛でられとか、リラのお胸を堪能出来るとか、ぶっちゃけ楽できる等という不埒な理由でここにいた訳ではない。………たぶん?
義理堅いひよこだから、今まで『ひよこ殿下』でいてあげたのだ。
本物のイザク殿下のことは実は好きだ。僕を叱る時もあるけど、いつもは優しいし守ってくれるから。
でもリラのことはもっと好きだ。優しいだけじゃなく控えめな胸も僕にぴったりだし、なによりとても波長が合う。
イザク殿下は僕を出し抜いてリラと結婚するつもりだ。
…ピヨピヨル(…邪魔してやる)
もし二人の運命が真実の愛ならば、なにがあろうと結ばれるだろう。多少の邪魔が入ろうと乗り越えられるはずで、もし駄目になったのならば、運命の相手ではなかったということ。
何を言いたいかと言うと……僕は悪くない。
これからやろうとすることを最初に正当化しておく。こうすれば僕の良心は痛まない。
――自己防衛は大切。
実は昼寝をする前、立ち聞きしているリラの姿を二階にある寝室の窓から僕はたまたま見ていた。
これは神様が『やれ、ひよこ殿下!』と背中を押してくれていると分かった。
僕はすぐさま賢い頭をフル回転して、今できる一番最適な行動を考え行動に移した。
まずは婚約者からの手紙をデレデレしながら読んでいるエレンの手からそれを奪い取り、二階の窓から外に投げ捨てる。
恋文は風速三メートルの風に乗って、ひらひらと遠くの方に飛んでいく。『何をするんですか!』と叫びながらエレンは手紙を拾いに部屋から慌てて出ていった。
これで邪魔者がいなくなった。
僕はエレンが残していったあの手紙をお皿の下に隠してから、すぐさま寝たふりをした。
そのあと暫くしてからリラが僕の寝室を覗き見しに来て、そのあといろいろあって今に至っている。
ツン、ツンツン、ツンツンツン……。
一心不乱に手紙を嘴で突き続けていくと、手紙は紙吹雪へと姿を変え風にのって部屋を舞っていく。それは幻想的な光景で思わず見入ってしまう。
我ながらいい仕事をしたなと思った。
『ぴぁ、ぴーよぉ(さあ、寝ーよぉ)』
無事に一仕事終えた僕は華麗にテーブルから飛び降りようとするが落下した。
ボットン…。
でも肉付きの良いお尻がいい仕事をしてくれたお陰で無傷で済んだ。『よくやった』と肥えていた自分を褒めてあげる。
食べ過ぎも悪くないなと思いながら、ふわふわのクッションの上でお昼寝の続きを始めた。




