幻灯映画館「貴方の人生を変える映画をご案内致します」
『第3回「下野紘・巽悠衣子の 小説家になろうラジオ」大賞』への応募作品です。
里奈は、自分の勘の良さを呪った。
最近夫の行動が不審なので後をつけてみたら、夫が着飾った若い女と手を繋ぎホテル街に消えていくのを見てしまったのだ。
里奈は彼の転勤を機に、編集の仕事を辞め結婚した。夫婦仲は悪くないと思っていたが、くたびれた自分の服を見下ろし、それも幻想だったのかもしれないと思う。
表通りを離れぼんやり路地裏を歩いていると、目の前に「幻灯映画館」と書かれた小さな洋館があった。
こんな所に映画館?
里奈は誘われるように中へ入った。
「いらっしゃいませ。」
扉の中には、黒のスリーピーススーツに身を包み、長めの前髪を緩く上げ、縁の細い眼鏡をかけた優男が立っていた。
「私は館長の高橋と申します。貴方の人生を変える映画をご案内致します。」
男は柔らかく微笑んだ。
「どうぞこちらへ。」
流れるように奥にある扉へエスコートされる。
「あ、あの、お代は?」
「お代は貴方の涙でいいですよ。」
高橋にごく自然に片手をとられる。
「え?」
「このヘンタイ館長!」
声と共にツインテールの女の子が弾丸のように飛んできた。
「お客さまを困らせないでくだい!」
彼女は里奈から高橋を引きはがした。
「あいたた。つねることはないだろう、僕は君の上司だよ。」
「もう!上司ぶるのはちゃんと仕事してからにしてください!ほら準備してください!」
追い立てられた高橋が、
「ごゆっくり。」
と笑顔と共に消えて行った。
「あ、あの・・・」
「お見苦しい所をお見せしてすみません。」
少女がぺこりと頭を下げる。
「あんなどヘンタイですけど、映画を選ぶセンスだけは任せてください。お席へどうぞ。」
促されるまま部屋に入ると、そこは20席程の小さなシアターになっていた。
席に着くと上映が始まった。
映画は、ファッショ雑誌の編集者を目指す女性が意地悪な上司に右往左往しながら夢を叶える為に奮闘する話だった。
映画の中の彼女は、かつて夢を目指して必死で働いていた頃の里奈に重なった。
自然と涙がぽろぽろと零れて止まらなかった。
気が付くと里奈は街角に立っていた。
辺りを見回してもあの映画館は見当たらなかった。
白昼夢でも見ていたのだろうか。
里奈は目尻の涙を拭うと、スマホを出して電話をかけた。
「もしもし、香織?久しぶり。法律事務所で働いてるって言ってたよね?離婚訴訟に強い弁護士さん紹介して欲しいんだ。・・・うん。色々やり直そうかと思って。」
通話を切って見上げた空には、一番星が輝いていた。