図書室にて
とりあえず、確認しておかなければならないのは、早瀬さんがどれほどの問題解決能力があるか、だった。学力はさておいて、入学以来橘先輩よりもよっぽどの奇行的な回答力を目撃しているが、今回の相手はアレなのである。けれども、先輩たちが頼ってきているということは、それがまんざらでもないからだろうが、俺個人としては眉唾もんだ。問題が問題だけに。
そう思いながら図書室で探し物の付き合いをしていた放課後、
「スラヴォイ・ジジェックという思想家を知っているか?」
唐突に訊かれた。高校生が思想家を知ってるとでも? 孔子くらいなら……。「ドナドナ」の歌詞の一部っぽくてすぐに覚えられたので。
「彼がある著作、それはメディア論の論文なのだが、こう言っている。この世には『仮想化されない残余』があると。まあタイトルにもなっているのだが」
VRゲームならとっくに体験済みだ。現代日本の高校生が、ゴーグルの中に見える世界ではファンタジックな魔法の使える騎士なのだ。で、それが何?
「真白、今ここで魔法は使えるか?」
真顔で言うなよ、そんなこと。早瀬さんは、厨二なんかを患ってるのでしょうか。そして、真顔のまま俺を見るなよ。
「使えるわけないでしょ。炎も氷も風も雷も手から出せましぇん。さらには呪文が使えるなら、俺はあんな成績ではなかったろうし。そう、とっくに足を治してますよ」
ごく当然にあしらう感じで答えた、つもりだが、何のリアクションもないので、いたたまれなさに早瀬さんを責め立てようとすると、
「ふむ」
またしても真顔のまま思案気な厨……中二が。いや、高一だけど。いやいや、本来なら高二だけども。「二」つながりということで。
「な」
一音節で確認を取ろうとするな。まったく意図が分からん。
「真白は、今しがた列挙した項目だけが魔法と思っているのか?」
ああ、なんとなく言いたいことが分って来た気がするが、その前に言っておこう。投げやり気味に。
「そんなわけないでしょ。俺は歩くウィキペディアではないので、他にどんな魔法があるのか存じ上げません」
つまり、早瀬さんの中では、呪いは残余とやらだと。
「ああ、こんなに発達した文明社会で呪いがあるのかないのか、あるとしたらそれはもはや残余かもしれない。しかし、それ故に今回のような現象になるかも」
本に目を戻して滔々と語りやがった。が、まあ未解決事件とか不可思議現象とかテレビで見た事あるもんな。科学でも分からんことがあるだろうし、てか科学が「そんなもん知ったこっちゃねえよ」っていうのがそういう未知なのかもとか、思ったり思わなかったり。単に俺の無知って公算の方が高い……言っててげんなりしてきた。この疲労感は、参考文献を探していたから、だとしておこう。