ご相談内容
「早瀬君、美和ちゃんは本当に呪われているのかな?」
ムチウチになるくらいに思いっきり和泉先輩を見てしまった。何言ってんだ、この人。アレな早瀬さんにはアレな先輩が寄ってくるのか。類友にもほどがある。あるのだが、和泉先輩の表情はまじめで、心底心配しているように見えた。え? 何を?
「早瀬君のことだから、知っていると思って、噂のこと。だから、なおさら、……ね、美和ちゃん」
和泉先輩から言われて橘先輩は早瀬さんを力なく見て顎を下ろした。それは頷いたうちに入るのだろうか。
「病名もないみたいだから、どうしたらいいのか。警察沙汰にするような、そんな大げさにするのも。それで早瀬君なら何か……ね、美和ちゃん」
早口な和泉先輩は橘先輩の顔を覗き込むようにした。無言で顔を上下に動かす。それは頷いたうちに入るね、橘先輩。
「橘の件は知っている。さっきは情報収集に行っていた」
どうやらあの階段にいた理由らしい。橘先輩の噂というのは、さすがに一年の俺は知らない。上学年のみに通じる話題か。んで、それは本当に俺が聞いてОKなんだろうか。
「つまりは、さっきの真白の落下も呪いのせいではないかと、彼女たちは心配になったのだ」
のだ、とか言われても、そんな呪いとかって、笑いはしないが、胡散臭いなと思って先輩たちを見れば、早瀬さんの言ったことはあながちウソではないと言わんばかりの案じる視線。いつのまにやら、俺は被害者に祭り上げられていた、といったところか。
「マジ、ですか?」
湿布を貼った左足を下げ気味にして、思わず動揺が漏れてしまった。
「……だ、い丈夫?」
恐る恐るの和泉先輩のねぎらいよりも、黙ったまま橘先輩が目を逸らした方が、なんか背筋を寒くさせるのだけれども。
「俺、のことより、話しどうぞ」
誤魔化そう。怖さも話題も。
和泉先輩が話したのは、こんな風だった。
この春頃から橘先輩の様子がおかしくなったらしい。打ち身、打撲、捻挫、火傷なんかのけがを立て続けて起こすし、吐き気がすれば何十分も催したり、点滴が必要なくらいに下痢をしたり、めまいを起こしたり。そんな体調面ばかりではなく、授業中うわごとみたいなことを言ったり、体育の授業の整列中に、その……奇行を起こしたり。橘先輩はもともと成績優秀で、生徒会役員にもなるくらいで、お家も裕福な方で、何人かの男子に告白されて断ったこともあったと言う。そういうのもあって、どうやらこの変調の原因が呪いだとか、噂が広がったらしい。
火のないところになんとやら。いや、やっかみ半分だろ。
それを解明するために、去年同学だった早瀬さんに意見をもらいに来たということか。いや、そんなモテキャラのリア充なら、春先どころかずっと前から妬まれて、藁人形作られてるんじゃないか?
「私が調べたとてそれが解決になるかしれないぞ」
言い方。ん? 早瀬さん、乗り気ってこと? いやいや奇妙奇天烈な行動は見てきたけど、探偵でも刑事でもなければ、ましてや除霊とかできるわけでもないんだろうから、関与したとして解決どころかヒントも見つけられるのか? つうか、即答できないってことは、それなりに調べるってことだろ。
「美和ちゃんの気が少しでも休めれば、ね、美和ちゃん」
和泉先輩の早口に促されてコクリと頷く橘先輩。
「分かった。取り組んでみよう」
完全に捜査突入だわ。それより俺はなんで話を聞く羽目に、あ、階段の件だったか。あれは呪いのせい……?
と、それにしてもですよ。俺は別に熱血漢でもなければ、情熱体育会系でもない。現に運動部どころか文化部にも入ってないし、委員会にも入ってない。かといって本分の学業に勤しんでいるかなどは終わったばかりの、高校初の中間テストの結果が上位にいるわけでも、かといって手抜きを良しとして下層に埋もれているわけでもない。……結構勉強したはずなんだがな。血沸き肉踊らなくても、高校生となり心胸躍らせる恋とやらには興味がないわけではない。というよりむしろ早くお付き合いとやらをしてみたい。いや、それらは一応置いておいて。なんだ、このワナワナとした歯がゆい感じが消えないのはなんだろう。
「ちょっといいっすか、早瀬さん。さっきの言い様だと早瀬さんは、橘先輩の身の回りで起きた事の正体を突き止める気満々ってことですよね?」
「言い方については過不足があるが、おおむね真白の言ったことだな」
あんたに言い方を指図されたくはないが、なら。
「俺も協力します。こっちはあやうく大怪我するところだったんだ。そんな話聞いて無視できんでしょ」
部外者なのに聞いてしまった以上、気になって仕方ないじゃないか。しかも、調べるのが早瀬さんと来た。もしかしたら、本当にもしかしたら、解明、できるのかもしれなかったり、するのかしらねえ。
橘先輩と和泉先輩を見た。個人的にはやんわりと見たつもりだが。なんか、お二人ともキョトンとしている。頷くだけのからくり人形みたいだった橘先輩でさえ、その表情がやたらに多弁である。そうか、俺が噛むなんて先輩たちは思っちゃいなかったよな。勝手に参加宣言して恥ずかしい。けど、引くに引けない。
「真白なら心配はない、変な他言をするほど聡いわけではない」
早瀬さんの一言に女子先輩が安心の表情になったのはいいが、まったく俺のフォローになってないけどな。学年二位の成績優秀者に反論できないし。
こうして、俺は、呪いと呼んだ、それの正体を探ることになったわけだ。