始まり
五月。ゴールデンウィーク明けの中間テストも終わり、気候よろしく心穏やかに過ごせるかなという日。
移動教室だった。ここ数日微妙に体調がすぐれず、かつこの日は腹の具合が悪かったので、トイレに行っていたら、教室には誰もいなくなっていた。急ぐわけでもないが、次の授業の段取りをしていると、開けっ放しの教室の戸から声をかけられた。
「あの、早瀬君いませんか?」
女子だった。戸から覗き込むようにしていて、教室に入ろうとしてはいなかった。声をかけてきた人の後ろに隠れるようにもう一人。二人とも何かためらっているようだった。挙動不審とか隠しているしぐさとかの明確な動作ではないが、どことなくそう見えた。あの早瀬さんに用事があるくらいだ。何かしらの引け目というか、人目を忍ぶ的な心持になるのは致し方なかろう。早瀬さんの席を見ると、ちゃっかりとまだ道具がそろっている。ということは、移動してない。移動教室なのに。相変わらずだなとか思いつつ、
「戻ってくるかもしれないっすよ」
やんわりと答えた。このお二人さんとは面識はないが、おそらくは先輩だ。早瀬さんを知っていると言うことは二年生になった同級生か、あるいは三年生。どっちにしろ、まだまだ新入生気分の俺なんぞは、いきがって答えても仕方ない。てか、タイの色が一年と違ったし。
「どうする?」
振り返って大人しげな女子とコソコソと廊下の人気を気にしながら相談し合っていた。俺もそろそろ移動しないとなんだがと言おうとして、
「なんなら探します? 協力しますよ」
ずいぶん真反対な提案をしていた。正直あまり関わりたくはないと、入学以降の噂やら早瀬さん自身の言動やらで思っていたのだが、先輩方なら早瀬さんが出没しそうな場所を知っているかもしれないし、何より次の授業の先生から「早瀬を引っ張ってこい」と前回の授業で直々に言われていたからだ。出席番号が前後だからって、理不尽な要求である。とはいえ、早瀬さんが移動してないのに、俺一人出席したらまた理不尽な連帯責任が待っているかもしれない。遅刻したとて早瀬さんを連れて行けば探していた口実になるし、教員の指示を遵守した結果だと自己弁護もできる。
というわけで女子二人に先導してもらって教室を出た。