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残余  作者: 金子ふみよ


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11/21

橘先輩家の小難しい事情

 放課後の体育館の微妙な雰囲気のせいで、何か言いたくても言えないような雰囲気になったのは間違いない。とはいえ、それとは別に俺が沈黙を保っているのには理由があるわけである。例えば。事情聴取をするなら、他にも橘先輩周辺の交友関係とか、学内というテリトリーが狭い方面から攻めるのが定石、というかてっとり早いと思うのは、決して怠惰とかではない。むしろ要領の良さを褒めてもらいたいぐらいだ。けれども、早瀬さんが言うにはこの通りで。

「もう済んでいるから来たんだ」

 なら、それをさ、カバンを取りに戻った教室からとか、校門出てからの道路でとか、言ってくれないかな。どうしてこうも、要領を得さしてくれないのだろう。

「どうぞ」

 玄関から私服姿の橘先輩が出てきた。その横には和泉先輩。そう、橘先輩の家に夕べの晩御飯前に突撃してきたのである。

 豪奢なリビングに通されると、そこには三〇代くらいの女性がいた。お姉さん? かと思ったが、あまり似てない。

「義母です」

 あれ? 橘先輩の紹介の仕方がとげとげしい。あんな大人しい人が、こんな言い方するんだ、なんかイメージが……ってそれほど俺は橘先輩を知らないか。

「どうぞ。言ってくれればケーキでも買ってきたのに、何もなくて、紅茶くらいしか出せませんが」

 と言いつつも、手慣れた様子で紅茶と、そしてクッキーのでっかいヴァージョンを出してくれた。もしかして手作り? 俺と早瀬さん、橘先輩と和泉先輩が並んで向かい合う。なんと橘先輩の義母さんは、クッキーなのにフォークまで出してくれた。決して百均では陳列されなさそうなってくらいには高そうに見える食器。

「スコーンを食べる時に使ってください」

 でかいクッキーはスコーンとか言うらしい。俺もそろそろ、こういうスイーツっていうの?、そういうのの種類とか食べ方とか覚えた方がいいな。とっとと解決させて、まさに青春の恋バナができるようにならないと。

 ガチャガチャ

 その金属音は実にわざとらしかった。音源は橘先輩だった。フォークとスプーンをかっさらうように手にして、それらを入れ替えていた。

「そ、その、私お夕食の準備をするから、ごゆっくり」

 橘先輩の義母さんはいたたまれなさそうにそそくさとキッチンに入って、こっちの会話を聞かないよう背を向けた。

 橘先輩が大きく息を吐いた。ため息ではない。高揚した、いや興奮した、いや憤慨ってのが近いのかな、いやそこまでいかんか、とにかく損ねた気分を吐き出すような感じだった。

「美和ちゃん、平気?」

 下手したら和泉先輩の表情は泣きそうにも見える。大人しい先輩というのはあくまで俺の印象でしかない。橘先輩にもいろいろな側面があるだろう、それでも友人の和泉先輩が心配をする。これは呪いどうのこうのと言っていた学校でのそれとは違った。

「まだ三か月くらいしか経ってないらしくて」

「二か月半」

 まだ和泉先輩が言い終わらないうちに、そこを訂正する。どうにも俺には橘先輩が義母さんによからぬ感情を抱いているように見えるのだが。

「橘の義母さん」

 座ったまま、紅茶を啜っていた早瀬さんがいきなりだった。びくっとしてから義母さんがこっちを見た。手は止めていた。俺も止まってしまった。橘先輩は我関せず、和泉先輩は案じるようでオロオロするようで。

「橘と仲悪いんですか?」

 ここでそのどストレートな質問かよ。安藤先輩の時に言えよ。というか空気を読めよ、早瀬さん。そんな涼しげな顔しているのはあんただけだからな。

「わ、私は、ううん、時間がかかると思う、こればかりは」

 明瞭な回答ではない、むしろあいまいな宣言にも聞こえる。橘先輩は、しかし、否定もせず、反論もせず、けれど、目を合わそうとしなかった。俺は霊能力者でないから見えないが、橘先輩からはどんよりとしたオーラが見える気がしてならない。

「では、橘の体調不良はいつお気づきになりましたか」

 なに、そのふわっとした質問、この状況ってさ、旦那との甘いひと時に、義娘が邪魔になってとかっていうサスペンスにありそうなシチュエーションでしょ。

「学校から連絡があった最初の日です。日付と症状なら手帳に書いているのでそれを見ればわかります」

「それは結構です。橘はきっとよくなります」

 このタイミングで紅茶飲み終えんなよ、俺まだ残ってるのに。ドクターでもないのに、なんて宣言、いや断定してるんだよ。医師法違反でしょっ引かれるよう密告してもやぶさかではないぞ。

「早瀬君、もういいの?」

 心配そうなのは和泉先輩だ。ん? 心配そう? 何に? いや、橘先輩にだよな……今の感じはそうか?

「ああ、知りたいことはすべて知れた。行こう、真白。長居しては失礼だ」

 そう言ってリビングを出て行こうとする。橘先輩と和泉先輩も立ち上がった。見送ってくれるのだろう。なんとしつけの行き届いた先輩だ。俺も見習おう。女子に好感度を上げるために。

 とここまで来ておいて、すんなりいかないのが早瀬さんだった。俺が靴をとっとと履きかえているのに、後から来た義母さんと何か話していた。もしかして熟女を口説き落とすつもりか、むっつりだな、早瀬さん。いやいや、そんな雰囲気じゃないな。義母さんが目を見開いていた。それからぺこぺこと頭を下げていた。何言いやがった。それは俺たちが玄関を出るまで続いた。橘先輩、和泉先輩が手を振ってその後ろで義母さんが頭を下げる。なんだ、この図。


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