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異世界転生ハッピーライフへの道のり  作者: 竹ノ内 ワビ
2/9

はじめまして、異世界


さようなら、前世






首に氷が当てられた、と感じたのと同時に、耳は ごとん と鈍い音をひろった。



頭を落とされた、と脳が判断する。

反射で首が動いたので、頭は顎のすぐ下から断たれたのかも知れないとおもった。

手足の痛覚は、とおにおかしくなっている。

貧血を起こしたように、身体の上から力が抜けていくが、逆に指先などの末端は、かたく縮むような感覚がした。

恐怖はないが、人として、幸福な死に方ではないことが寂しかったので、なんども幸せであった日の光景を瞼の裏で反芻していた。














「にぃちゃん、どうしよう。なんか起きそう!」

焦るこどもの声がする。女の子のようだ。

物音が控えめに上がり、布が擦れる音がしばらく続くが、ついにそれは離れて行った。

きっと側で、離れるか留まるかを悩んでいた音だろう。足音が遠ざかったと判断して目を開く。

蜘蛛の巣がはった天井が見えた。

そこに太い梁が一歩かかっており、縄で括られた草や根菜が、洗濯物のように引っかかって垂れている。

磨りガラスと間違えるほど汚れた窓からぼんやりと陽射しは入っているが、室内は薄暗く、どこか黴びたにおいがしていた。

ここは、納屋だろうか。

外が明るいなら、まだ日中であるようだが。

と、そこまで考えてふと、違和感に襲われる。

何故、動けるのか。

自分は、頭を落とされたのではなかったか、と。


「動くな!」


仰臥位のまま、頭だけを声へむけると子供が2人立っていた。女の子と男の子だ。女の子は男の子の背後に隠れて恐々と此方の様子を伺っているが、男の子は眉間に皺を寄せて、全身で此方を警戒している。

悪くない、と思うが、彼が手にしてるいるものはいただけない。それは私の剣だ。

自分より強そうな相手を牽制する為に武器は有効であるが、剣はどうにも、彼には大きすぎる上に重過ぎるようで、先程から鋒が、宙に歪な円を描いている。それでは早々に奪われて窮地に陥ってしまうだろう。


かえしなさい


そう言ったつもりであったが、言葉にならない。正しくは、発音が出来ずに、幼児の喃語のような音になる。

えっと思わず喉に手をあてると、その動きに驚いた少年が一瞬、身体を強張らせ、しかし果敢に「動くな!」と再度こちらに警告をする。


だがその声も、どうにもおかしいのだ。


まるで水の中から聞いているように、くぐもっていて聞き取りづらい。集中してようやく何を言っているかわかるのだが、それもまた、不思議なことに、言語がわからない。

まったく聞いたことのない異国語であるのは理解できるが、それならば何故、意味がわかるのだろうか。

何を喋っているのかわからないが、意味だけがわかる。

これはどういう理屈だ。


ここはどこだ。

私は頭を落とされたのではなかったのか。

あの2人は無事に逃げ果せたのか。

それは何語だ。

此処はどこだ。

なぜ、私は生きているのだ。


混乱が極まって、身動きどころか瞬きもできない。

同じ疑問ばかり湧いては弾け、また湧いて弾ける。

こたえがない。答えが正しいのかさえわからない。



「あの、」


少年の背後に隠れていた少女が、怖気ながら話しかけてくるのを、ぼう然としたまま、ただの反射で視線を向けた。


「お姉さんは、森の中で倒れてたんだよ。覚えてる?」


分からない。

惰性のまま首をふる。


「お姉さんは、外国のひとなの?」


分からない。

だが、おそらくはそうなのだろうとおもい、頷く。


「お姉さんは、いっぱい血がついた服を着てた。悪い人なの?」


分からない。

私は、悪い人間なのだろうか。

確かに大切な人を守るために人を斬った。信念と使命を抱えて相手の命を刈り取ったが、それを殺人者と呼ぶのなら悪い人間なのかもしれない。

普段なら躊躇わず否定するはずの問いかけにも、疑念ばかりが浮かんで即答できない。


ああ、成る程。


そうか。

私は悪い人間だったのか。

だからきっと、こんなおかしなことになっているのだ。

巫山戯た奇跡で生きながらえたとしても、2人が側にいなければなんの意味もない。

命を賭けた理由が、此処にはいない。

もう、いい。

この異常な現実を、理解しようと考えることも疲れた。

自棄になり、自嘲で口元が歪み弧を描くと、兄妹はそれを是、と、とらえたらしく途端に顔色を悪くさせる。

沈黙のなかで、ぎしり、と剣の柄を握り込む音が僅かにもれ聞こえた。

可哀想に。

と、頭の片隅でぼんやりおもう。

この兄妹にどんな意図があったのかはわからないが、こうして屋根の内にいれて保護してくれたのに、見知らぬ血だらけの女はろくに喋れない悪人ときた。

もし、私が兄妹のおもうような悪人であり、2人が正当防衛で同時に襲いかかってきたとしても、私に勝てる見込みはほぼ無いだろう。

助けたつもりが窮地に陥ってしまった子供の心情を慮れば哀れとしか言いようがない。

そして、それはすべて私が引き起こしたことなのだ。

申し訳ない、ごめんなさい、君たちをそんなに怯えさせるつもりはないんだ、本当にすまない。

嗚呼、違ったな、私が悪い人だからわるいんだった。



数分間2人は緊張した様子で、しかし、こちらを睨みつけていた少年の瞳が迷うように揺れたかと思うと、躊躇いがちに剣が下された。

そうして、戸惑った様子のまま「あんた、なんでそんな泣きそうな顔してんの」と言った。





2021/08/06

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