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第31話:魔王の悪あがき。(魔王視点)

再び時は少し戻ります。

ユキナ達がシュラと出会う少し前から。


 あー、ダメだ。

 あれから毎日聖女の事ばかりが頭に浮かんで消えやしない。


 私を脅かす相手だからであろう。それは間違いない。きっとそれ以上の理由なんてない。


 ……なのに、どうした事だろう。

 勇者の方にはまったく感心を持てない。


 これはよくない。私は、どうかしている。


「……まずいな」


「なんと……そんなにお口に合いませんでしたか?」


「……?」


「少々プライドが傷付きました。次は必ずや唸らせるだけの紅茶を入れてさしあげます」


 じいやが何故か難しい顔をしている。

 何故だ? さっきじいやは何を言っていた?

 お口に合わない?

 私は何を言った……?


 まずいな。


「ち、違うのだじいやの入れてくれた紅茶はいつだって美味い。まずいというのは私個人的な問題の話であってだな……」


「いいえ、気を遣わなくても結構。ラシュカル様に情けをかけられたなど先代に顔向けも出来ませぬ」


「だから違うのだ! 話を聞け!」


 誤解を解くのに無駄に時間を浪費してしまった。

 しかもとても疲れた。


「誤解だというのは信じましょう。でしたら何がまずかったのですかな?」


「……う、む……なんと言っていいのやら、とある女の事で頭がいっぱいになってしまってな。勿論これが気の迷いの類であるのは分かっているのだ。分かっているのだが……」


 じいやは私を見て見た事ないような笑顔をこちらに向けていた。


「……なんだその顔は」


「いえいえ、ラシュカル様もそういうお年頃になられたのかと嬉しく思っておりました」


 そういうお年頃とは? こいつ何か勘違いしているのではないか?


「それは勘違いだ。どちらかというと私はどうやってそいつを苦しめてやろうかとか、どうやって困らせてやろうとか、そういう事で頭がいっぱいなだけであってだな……」


「なるほど、ラシュカル様は大分こじらせておりますな」


 こじらせるとは? 分からん。私の分からん言葉ばかりが出てくる。


「ラシュカル様、こちらの見解を申し上げますと……」


「な、なんだ? 一応聞いておいてやる」


「それは恋という物ですよ」


 馬鹿な。私が、聖女に恋をしているだと?

 じいやはさらに頬を緩ませてニコニコと喜んでいる。


「そんな馬鹿な事があってたまるか!」


「しかしラシュカル様、貴方はその女性の事ばかり考えてしまうのでしょう?」


「……そうだ」


「その女性が死んでしまったとしましょう。どう思いますか?」


「……つらい」


 出来ればもう一度あって魔王らしさを見せてやりたいのだ。


「ラシュカル様はその人に会ってどうされたいのです?」


「それは勿論奴が喜ぶほどに私の魔王らしさという物を見せつけてやるのだ!」


「なるほど、やはりそれは間違いなく恋でしょうな。そこまでして自分に振り向かせたいと思っている以上疑いようもありますまい」


 ……これは恋なのか?

 私はなんという馬鹿な想いを抱えてしまったのだ……。

 私は魔物の王だぞ? 魔王たるもの聖女などに恋をしてどうする?


「分からぬ……私の気持ちが、自分の事なのにまるで分らん」


「ならばもう一度その方にお会いになるがよろしいかと。そしてその方の事をもっと知るのです。さすれば自然と自分の中に芽生えた感情がどのような物かはっきりするでしょう」


 そういってじいやは紅茶を継ぎ足してくれた。


「……さすがだ。確かに一人で悩んでいても答えは出そうにない。しかし私が魔王と知ってはあちらも警戒してしまうのでは……」


「ならば別人として接触するのです。魔王様の魔法なら姿を変える事くらい容易いでしょう? 第三者として接触し情報を集めるのです。自分の心がはっきりするまで思う存分やられるとよろしいでしょう」


 それは確かに良い方法かもしれない。

 しかしそんな事をやっている場合か?


「じいや、提案は素晴らしいしありがたいのだが……魔王としてやらねばならぬ事があるであろう? やっと全ての街が隔離し終わったのだ。奴等と本格的に事を構える事になるではないか」


「だからこそ、ですよ。心残りを持って戦いに赴くなどあってはなりません。帰ったら確認しよう、などというのは大抵その戦いの中で死ぬ者の思考回路」


 どういう理屈だか分からないがなんとなく分かる気はする。私の読んだ物語の中でそんな事を言っていた奴は大抵死んでいた。

 さすがじいやである。


「だからこそ、些細な事は我等に任せ魔王様は自分の気持ちを確かめればよろしい」


 ……本当にいいのだろうか?


 しかし、聖女と勇者の目的も気になる。

 私が今までに読んできた物語りの流れならば勇者は魔王を討伐する者だ。

 懐に潜り込んで動向を調査しつつ奴等の動きを監視するのは割とアリなのでは?


「じいや、すまないが後は頼めるか? 私も勿論出来る限りの事は進めつつ接触を試みてみる」


「無理はなさらないで下さいね。自分の気持ちを最優先に考えていただいて構いません。我等の中にラシュカル様を責める者など誰も居ませんから。むしろきっと誰もが応援する事でしょう」


 ……私は純粋に感動していた。そこまで私の幸せを考えてくれているとは。


「ありがとうじいや。そうだな、仮に相手がたとえ人間だとしても」


「……え、あの、今なんと……」


「相手がたとえ聖女だとしても、私の気持ちを優先していいのだな!」


「お、お待ちくださいラシュカル様!」


「お前の気持ち、本当に嬉しいぞ。私は今から行ってくる。必ずや自分の気持ちをはっきりさせてみせよう。それではしばらく留守にするがよろしく頼むぞ!」


「ま、待って下さい! どういう事なのか詳しく話を……!!」


 まだじいやが何か言っていた気がするが、もう私は止まらない。

 応援してくれる気持ちを無駄にはしないぞ。


 まだ私が聖女とどうなりたいかなど分からないが、少なくとも共に行動する中でこの気持ちがどのような物なのかだけでもはっきりさせなくてはな。


 見ていろよじいや!




 ……そして私はいろいろ策を練った結果、ビーストテイマーのシュラとして聖女達との接触に成功した。


 彼女らと旅をして気付いた事がある。


 勇者などやはりどうでもいい。

 そして、聖女……。


 この女、やはりどうかしている。

 いくら言葉が話せるからと言って魔物を庇ったり友達になると言い出したり……。


 人間は魔物を恐れ嫌う生き物だろう?


 それなのにまったく危機感という物を持ち合わせていない。

 常に能天気にアホな事ばかり言って私や勇者を振り回している。


 それなのにどうしてだろう。

 この女なら人間と魔物との垣根を壊せるのではないか、そんな事を夢見てしまうのは。


 しかし、いざとなればこの女もきっとほかの人間と同じように魔物を拒絶するだろう。


 私は彼女の監視を続けた。


 トンネルが通行不可なのは入り口に立った時点で分かっていたのだが、私は勇者に話を聞きたくなった。


 クラマという勇者だけを連れ、中を調べるフリをしながら探りを入れてみた。


「お前は聖女……ユキナの考えをどう思う?」


「魔物とも友達になれるとかいうアレか? 馬鹿げていると思うさ。到底理解出来ん」


 ほら、人間なんてこんなものだ。やはりあの女が特別おかしいのだろう。


「しかし……どうしてだろうな。ユキナがそうだと言えばそれでいいような気がしてくるのも事実だ」


 ……。


「それはお前があの女に惚れているだけなのではないか?」


「ふっ、それはそうかもしれないな。ユキナはこの世界に来てからどんどん自由奔放になって……まるで出会ったばかりの頃のようだ」


 そう言えば勇者や聖女は別の世界から召喚されたのだったか。


「あいつは昔から物語りの魔王とか魔物とかに感情移入する奴でさ、魔物を仲間にするのが夢だとか騒いでいたからきっと今はとても幸せだろうぜ。俺はあいつが望む事なら出来るだけ叶えてやりたいと思う。そうさせる何かがあるんだよあいつには」


 洗脳……の類ではないんだろうな。

 私ですら今の話を聞いて納得してしまいそうになった。

 確かにあの女にはこう、人の調子を崩させてうやむやのうちに納得させてしまうような不思議な力があるように思う。


 しかし魔物に抵抗がないというのは昔からだったのか……。

 聖女のくせに、変な女だ。


 そんな変な女を好むこの勇者もまた、変わり者なのかもしれない。


 ……それを言ったら私もそうなのだろうか?

 笑えない。






 勇者と分断されてしまった。

 聖女が狼狽する姿はあまり見ていて気分のいい物ではないのだが、それはそれで好都合。

 動きやすくなるのでその間にすべき事をしてしまおう。


 それはそうと、聖女が魔物の遺体に手を合わせ祈りを捧げていた。

 祈りなどなんの意味もない。

 それは分っているのだが、どちらかと言えばその行為自体が不思議で仕方なかった。


 何故人間が魔物に手を合わせる?

 なぜ一度会っただけ、しかもウッドバックのようにふれあいがあった訳でもないオーク一匹を哀れむ事が出来るのか。


 不思議で仕方なかった。


 皆がこの聖女のようなら人間とも分かり合えるかもしれないなという話をしたら、今からでも遅くないなどと言い出す始末だ。


 自分は我儘だから周りにも同じ気持ちを共有してほしい、などと無茶苦茶な事を言っていた。


 きっとこの女は本物なのだ。

 本当に、人間にとって、そして魔物達にとっても……勿論勇者や、魔王である私にとっても……本当の意味で聖女なのだ。


 あまりにも眩しい。


 この時にはもう私の気持ちははっきりしていた。

 これ以上この女に隠す必要は無い。


 この先にいる相手と戦うには魔王としての力を振るう必要があるだろう。

 それで正体がバレるのならばそれはそれで構わない。


 きっとそんな事でこの女は私を切り捨てたりしないという妙な安心感があった。


 そのかわりにほっぺたを膨らませ、顔を真っ赤にしながら文句を言うのだろう。


 なんと愛らしい事か。



 案の定カイラが影に飲まれて死にゆく間際、聖女は……いや、ユキナはカイラも救おうとした。

 私が頼んだからというのもあるだろうが、きっと彼女はそれが無くともそう動いたのではないだろうか。


 魔王の私にとっては眩しすぎる存在だ。


 しかし、嫌というほど思い知った事がある。


 私にとってユキナが眩しい存在なのと同じように、また彼女にとって勇者クラマという存在は光なのだ。


 じいや、こういう場合はどうしたものだろうか?

 自分の物には出来ないと分かってもなお、諦める気になれない時は、いったいどうしたらいい?


 自分の物に出来ないのならばいっそ自分が彼女の物になってしまいたい。

 魔王などという肩書を捨て、どんな扱いでもいいから傍に居たいなどと一瞬でも思ってしまったのはさすがに我ながらどうかしていると思うが、きっとこの先ユキナ以上の光には出会う事がないだろう。


 私にとってのユキナ、ユキナにとってのクラマがそれぞれ同じように光だとしても、そこには大きな溝がある。


 私は魔王。限りなく闇に近しい存在だ。

 光同士である二人に割り込む隙など存在しないだろう。


 だが、気持ちがはっきり分かってしまった以上やはり自分に嘘は付けそうにない。


 ユキナよ、迷惑なのは分かるが、可能ならばもう少しだけ、悪あがきをする事を許してほしい。




第2章終了です。

ここまでお読み下さりありがとうございます♪

まだの方は是非とも思った数で構いませんので評価を投げて頂けると嬉しいです。

↓の方にある☆を★に変えて頂けるだけでモチベが向上しますのでなにとぞー♪


次が最終章ですので引き続き宜しくお願いします☆


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