第30話:みすてりあすまおう。
「魔王様! もう大丈夫ですぜ!」
もっごの言葉にシュラは微かに頷き、変化を解除した。
ひゅごっ!!
激しい風が彼を中心に吹き荒れ、それが治まった頃、そこに立っていたのは……。
「……魔王」
確かにあの日僕らの前に姿を現した魔王、その人だった。
「楽に死ねると思うなよ……」
「そりゃ笑えねぇ冗談だな」
ギラリと鋭い眼光に睨まれたカイラは額に汗を浮かべながらニヤリと笑う。
「俺はつえぇぞ魔王」
「せいぜいあがけ」
まずカイラがトゲトゲのついた金棒を大きく振りかぶり、ゴウッという音を響かせながらシュラに振り下ろされる。
シュラはそれを最低限の動きでかわし、その隙にカイラの腹部を横に一閃。
「がふっ……!」
「今ので切断出来ないか……相変わらず頑丈だな」
カイラの腹部には硬そうな胴当てがあったのだがそれがぱっくりと割れ、地肌が見えていた。
しかしその肌に傷は無い。
「言ってくれる……切れなくたっていてぇもんはいてぇんだ……ぞっ!!」
カイラが今度は棍棒で横薙ぎ。
「なっ……!?」
シュラはその棍棒を片手で受け止めていた。
トゲトゲなのに掌で。しかしその棘は彼の掌を貫く事はなかった。
「私も頑丈さにはそれなりに自信があってな」
慌ててカイラが金棒を引こうとするが、シュラの手が巨大化し、金棒をがっちりと掴んでそのまま握りつぶした。
「マジかよ……相変わらずの化け物め」
「どうした? 強いんじゃなかったのか?」
どう見てもシュラが圧倒している。カイラという魔物に勝ち目があるようには見えない。
それでもカイラは笑っていた。
何か奥の手があるのだろうか……?
こっちまで手に力が入ってしまう。
「やっぱりこのままじゃ勝てそうにねぇな……」
「やめておけ。引き返せなくなるぞ」
「けっ、この甘ちゃんが! てめぇのそういう所が大っ嫌いなんだよぉっ!!」
カイラが叫ぶのと同時に、その身体を真っ黒な炎のような物が包む。
「うお゛おぉぉぉっ!!」
「……馬鹿め」
真っ黒な影のようになったカイラは、身体から腕を二本生やし、四本になった腕それぞれに真っ黒な炎で出来た金棒をそれぞれ掴み、一斉にシュラへと振り下ろす。
それだけであたりに衝撃波が吹き荒れ、僕のスカートをぶわっと捲り上げた。
「あわわっ!」
慌ててそれを押さえた時には、もう決着がついていた。
カイラの胸元から下腹部あたりまでの部分がごっそりと削り取られている。
黒い影となった身体はそのままで、どさりと崩れ落ちる。
「……ちっ、やっぱり……つえぇなぁ」
「その状態でも自我を保つか……大したものだ」
「あんたは、強くて……かっこよくてよぅ、みんなあんたに忠誠を誓った。誰もが憧れた……俺はよぉ、あんたみたいに、なりたかったんだ」
真っ黒な影になったカイラだった物は、かすれた声で途切れ途切れに言葉を絞り出した。
「……そうだとしたら力でねじ伏せるだけではダメだ」
「そんな事、は……分かってんだよぅ。でも、俺じゃダメなんだ……俺には、こんなやり方しか、出来なかったんだよぅ」
「だから闇に魂を売ったのか……愚かな。早まらなければ助かったものを……いや、聖女の力を借りれば闇を祓えるかもしれん。助かったらまた私の元で働け」
そ、そうだ。僕ならあの傷も治してあげられるかもしれない。
真っ黒になっちゃったのはよく分からないけど、なんとかできる事だけでも……。
「へへ、俺を……許そうって、のか? はは、勘弁しろどこまでかっこよくて甘ったれなんだあんたは……」
「話しは後だ。ユキナ、頼む。こいつを治してやれないだろうか?」
いつのまにかシュラの外見が魔王の物から人間の物に戻っている。
「もっご、カイラの傍まで連れていって」
僕が歩いていくよりその方が早い。
「俺を治す、だって……? へへ、馬鹿野郎が。そんなの……ごめんだ」
倒れたカイラがこちらに向けて掌を向けた。
その瞬間、地面がゴワっと隆起してもっごごと大きく吹き飛ばされてしまった。
「うわっ!」
「カイラ……貴様!」
「せっかく、死ねそうなのに……治されて……たま、るか、よ……こんな情けない奴はあんたの部下に、相応しく……ねぇ」
「何を馬鹿な……貴様まさか私に殺される為に……?」
「へへ、そりゃ……どうだか……な……」
いってて……。
お尻打ったぁ。
「もっご、大丈夫?」
「おいらは大丈夫だぜ。お嬢ちゃんも無事か?」
「うん、僕は大丈夫だけど……カイラって魔物は……?」
なんとか起き上がってシュラの方を見ると、彼はこちらに振り向いて静かに首を横に振った。
魔物の理性や自我を奪ったカイラを僕は許せなかった。
だけどそれもカイラという魔物の一つの側面でしか無くて、きっとシュラにとってはもっといろんな彼を知っていたんだろうし葛藤も大きかったんだろう。
だからこそここに来るまでに覚悟を決める必要があってあんなにピリピリしていたんだと思う。
僕にとっての最優先はクラマとの合流だったけれど、シュラ……魔王にとっての最優先は魔物達を苦しめる部下を自分の手で始末する事が最優先だった。
それだけの事。
もしかしたら助けてあげられたかもしれない命が目の前で消えていった無力感はあるけれど……。
「ユキナ! 後ろだ!!」
えっ。
急にシュラが叫ぶもんだからびっくりしちゃった。
そこからはまるでスローモーションになったみたい。
もっごが慌てて僕を乗せ、逃げようとしてくれたけれど、僕らに覆いかぶさるように広がる真っ黒な闇は今にも僕に触れそうで……。
ドゴガァァァン!!
その瞬間目の前が真っ白になった。
正確には、光に目が眩んだ。
目を開けるとあの闇はもう消えていて……。
「待たせたな」
そんな優しい声と、頭を撫でるあたたかい手が僕を迎えてくれた。
「クラマ! クラマぁぁぁっ!!」
「うわっ、やめっ、離れろぉっ!!」
相変わらず僕はぺいっとその辺に放り棄てられてしまった。
しっかりもっごがキャッチしてくれたから大丈夫だったけれど、こんなゴツゴツした場所に放り出されたら汚しちゃうでしょうが!
「こんな時すらその態度ってどうなの!? 馬鹿なの!?」
「す、すまんつい……」
「もう……ばか。……心配したんだからね?」
クラマが僕に歩み寄り、だけどちょっとだけ距離を保ったまま「心配かけて悪かった」と呟いた。
「もう……許したげる」
僕はやっぱりクラマには甘い。
酷い対応されても許してしまう。
根底では僕の事を大事に思ってくれてるって分かったから。
そう言えば結局何がどうなったんだろう?
急にあの黒い影に襲われて、もう駄目だって思った時に目の前真っ白になって、気が付いたら影は居ない代わりにクラマが居た。
周りを見渡してみると、つるっとした綺麗な壁だった場所にどでかい穴があいてる。
……あぁ、僕が危険な状態になったから目の前の壁をとにかくぶち破って辿り着いたんだね……。
回を増すごとにクラマの超人パワーが増していく気がする。
もしかしたら危険度にもよるのかな??
でもとにかくこれでやっと合流できた。
ここの魔物達の問題も一応解決、でいいのかな?
そしてあと一つ問題が残っている。
僕はキッと、出来るだけ目力込めてシュラを睨んだ。……つもりだったんだけど。
「そんなに見つめられても困るぞ」
そんな事をいいやがるんですよこの魔王。
「詳しく説明してくれるんだよね?」
僕の言葉に彼はチラリとクラマの方を見て微笑む。
「それはまた後で、だな」
そう言って口の前に人差し指を当てた。
くっそー、それが許されるのはミステリアスキャラだけって決まってるっていうのに……!
あーよく考えたらこいつ大分ミステリアスじゃん腹立つ!




