5)小姓達は尊敬する近習筆頭(ロバート)は、ちょっと変わっていると思っている
ローズに、いつも昼の軽食を食べている場所に案内された小姓達は、戸惑った。
「ローズちゃん、本当に、いつもここで軽食を食べているの」
「いつもここよ」
ローズの言葉に、ティモシー達小姓は、顔を見合わせた。
「ここ、執務室から丸見えだよ」
「あの窓よ。アレキサンダー様が、ロバートに御用があるときに、ここならすぐわかるからって。ほら」
ローズが窓の一つを指していた。
「誰かがこっちを見ているわ。誰かしら」
ローズが手を振り始めた。つられて、ティモシー達も手を振ることになってしまった。
「ほら、手を振ってくれているわ」
ローズは笑顔だ。
「落ち着かない。絶対に落ち着かない」
ティモシーの小声に、仲間の小姓達は頷いた。
「お食事にしましょう」
「そうだね」
食事の場所が、執務室から丸見えであることを、ローズは全く気にしている風がなかった。おそらく、ロバートも気にしていないのだろう。
「やっぱり、ロバートさん、ちょっと変わっているよね」
耳打ちしてきた仲間に、ティモシーは頷いた。
「ローズちゃんもだよ」
ティモシーの言葉を、否定する仲間もいなかった。
ティモシーは、ロバートがいない間、ローズが寂しくないように、一緒に食事を食べたいと厨房に頼んだ。調理長達は、感心だと言ってくれた。ローズの髪の毛についていたのは卵だが、犯人は厨房の人達ではないだろう。調理長は怒ったら物凄く怖いのだ。ジェームズのおかげで、三人はわかった。他にいないか、ティモシー達は、探している。厨房の人達でないことは、わかった。
ティモシーは、手元のバスケットを見た。
「楽しみだな。調理長さんも、楽しみにしておけって」
敷物の上に、手分けしてバスケットから取り出した料理を並べていく。待ちきれない年少達のつまみ食いを叱りつけたりしながら、軽食の用意が出来上がった。
全員で輪になって食べていたときだった。
「あ、これ美味しい」
フォークを片手にしたローズが笑顔になった。
「ほら、これ美味しいわ。ねぇ、ロバー」
振り返ったローズの言葉は途中で消えた。ローズが振り返って見上げた先には、誰もいないのだ。ローズの笑顔は一瞬で消えた。差し出そうとした料理を、ローズはそのまま口に運んだ。
「ローズちゃん。ロバートさん、早く帰ってきてくれたらいいのにね」
ティモシーの言葉に、ローズは首を振った。
「ロバートは、アレキサンダー様と一緒に大切なお仕事だから」
ローズの言葉に、ティモシー達小姓は顔を見合わせた。帰ってきてほしいのは普通だと思うが、ローズはそうは思っていないらしい。
「大切なお仕事だけど」
ティモシーは言葉を切った。なんと言えばいいか、悩んだ。
「帰ってきて欲しくて、いいんだよ」
ティモシーの言葉に、ローズが顔を上げた。
「僕らも帰ってきてほしいし、筆頭代行のエリックさんも、そろそろ帰ってきて欲しいって思っているよ」
実際にティモシーは、昨日の報告のときに、エリックがそういったのを聞いた。
「グレース様だって、アレキサンダー様に帰ってきてほしいと思っていらっしゃるし。みんな帰ってきてほしいよ」
「帰ってきてほしくない人なんて、いないよ」
ローズは少し微笑んだだけだった。
「ロバートさんは、お仕事で帰ってこられないけど、ローズちゃんが、ロバートさんに帰ってきてほしいと思うことは、悪いことじゃないよ」
ティモシーの言葉に、ローズは首を振った。
「無理なことをお願いするのは、いけないわ」
ローズの言葉も間違ってはいないが、ティモシーとしては違うと思う。どう説明したものか、ティモシーは考えてみた。
「ローズちゃん。僕ね、母さんと妹がいるんだ。でも、二人とも死んじゃったから、もう会えない。会えないけど、会いたいって思うよ。だから、無理なことでも、会いたいって思うことは、悪いことじゃないよ」
母と妹とティモシーが、親子として暮らすことができたのは、三年だけだった。ティモシーにとっては、宝物の時間だ。あの日まで、ティモシーは母が母とは知らなかった。母を母とは知らないまま、ティモシーと妹は命を奪われるはずだった。運命をひっくり返してくれたロバートとアレキサンダーは、ティモシーにとって大切な恩人だ。
「それにね。ロバートさん、きっとローズちゃんが帰ってきて欲しいって思ってなかったら、寂しいよ」
ティモシーの言葉に、仲間たちは頷いた。
「ニールも、お父さんに、早く帰って来てほしいよね」
「うん」
ニールの父も、今回の視察に同行している。
「僕も、父さんまだかなぁって、思うもん」
レイモンドの言葉に、頷く仲間は多い。
「みんな帰ってきてほしいから、ローズちゃんが帰ってきてほしいのは、悪いことじゃないよ。普通だよ。いいことだよ」
ティモシーの言葉に、漸くローズが笑顔になった。
「だから、かえってきたら、みんなでお帰りなさいって言おうね」
「はい」
ティモシーの言葉に、ローズと小姓達が声を揃えた。
第二章幕間 おそらく甘い現在と、本当に甘くなかった過去
に登場した調理長さんが、この日のお食事を用意してくれました。
バスケットの中身は、ローズが好きなものと、ローズが好きなものと、ローズが好きなものです。