3)庭師の親方(ジェームズ)は俄(にわか)弟子を指導する
翌日、西の館の庭で、ジェームズは草むしりをしていた。小姓達は、隠れ方を教えてもらう対価として、ジェームズの草むしりを手伝っている。
「いいか、探しものにはコツが有る。どのあたりを探したらいいか、まずよく考えるのが大切だ」
ジェームズの講釈に、一緒になってしゃがんでいる小姓たちが頷いた。
「女の声だったというのは、手掛かりだ。おチビちゃんは、ロバートの宝物だ。掌中の珠だ。お前達小姓も含め、東の館は違うだろう」
「しょうちゅうのたま?」
レイモンドが首を傾げた。
「宝物ってことだよ。手にこうやって大事に持っておきたいくらいの宝物」
ティモシーがそっと両手に、何かを包み込むような仕草をした。
「ふーん」
レイモンドは興味を失ったらしく、草陰から飛び出した虫を追いかけ始めた。
「東の館が違うのはなぜ」
「お前達、ロバートを本気で怒らせたいか」
ジェームズの言葉に、小姓達は揃って首を振った。
「だから、東の館に務めるものと、東の館に出入りする侍女たちは違う。西の館の女達、東の館に出入りできない侍女たちが怪しい」
ジェームズの言葉に、ティモシーが溜息を吐いた。
「そんな人たくさんいるよ。西の館には、僕らが入れない場所もたくさんあるし」
草をむしっていたティモシーが目を上げた先には、その西の館がある。
「それにジェームズさん。隠れてないよ」
不満げなティモシーにジェームズは笑った。
「物陰に隠れるだけが、能じゃない」
年長班と年少班それぞれ二組ずつが、今日のジェームズの弟子だ。
「庭師が庭で草むしりをしているのは当たり前だ。誰も気にしない。だから、いろいろわかることもある」
「それはそうだけど、この庭、誰もいないよ。あの子達、もう飽きちゃったし」
ティモシーの視線の先で、年少班の六人が、虫を追いかけ、抜いた雑草を放り投げ、遊び始めていた。
「そろそろだな」
ジェームズは年少班に声をかけた。
「こら、お前ら。庭で遊んでいるだけじゃ、つまらないだろう。あっちの建物で、今から隠れてこい。捕まえてやる。誰が早いか競争だ」
ジェームズは西の館を指した。
「え、ちょっとジェームズさん」
ティモシーが止める前に、年少班の六人は歓声をあげ、走り出してしまった。
「まぁ、待ちな」
追いかけようとした年長の小姓達をジェームズは止めた。
「だって、ジェームズさん、あの子達、どこにいくか、わからないよ。捕まえるの大変だよ」
「まだだ。もう少し待て」
十分、離れた頃を見計らって、ジェームズはティモシー達を見た。
「ほら、お前ら、あいつらを、捕まえてこい。どこにいったかわからないから、大変だ。あちこち探し回らないと、西の館は広いからな」
ジェームズの言葉でようやく、年長班の六人は意味が解ったらしい。
「ありがとう。ジェームズさん」
「何、隠れる以外のやり方もあるってことだ」
走り出した年長班の六人を見送り、ジェームズは、草むしりに戻った。
「余計なことを教えちまったかもしれんが、まぁいいだろう」
ジェームズは引退したのだ。今の影が、きちんと長に報告しないから、隠居したジェームズが、即席の弟子に基本の一つを教えてやっただけだ。
甲高い、少し興奮しているらしい女達の声が聞こえてきた。どうやら、ここで待っていても良かったらしい。ジェームズは、草むしりに励むことにした。
第一章幕間 王太子宮の庭(庭師は見た!)
前半で、ひたすら気配を消して観察し
後半で、思い出に浸っていた、庭師の親方ジェームズに、
2)と3)では頑張ってもらいました。