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1)叱るべきか、褒めるべきか、それが問題だ

 叱るべきか、褒めるべきか。エリックは悩んでいた。目の前では、報告を持って来た小姓達と、サイモンが神妙な顔で並んでいる。


 報告は二件だった。ローズが、髪の毛に卵と殻をつけ、泣きながら歩いていた。小姓たちが慰めてやったところ、泣きじゃくったという。サイモンは、ローズの陰口を言う女性の声を聞いた。報告はそれだけだ。だが、あの年齢不相応なローズが、泣きじゃくるなど尋常なことではない。


 ローズは、王太子であるアレキサンダーが後見し、将来側近とするために、王太子宮で育てられている。そのローズが、危害を加えられ、陰口を叩かれているのは問題だ。


 別の問題もある。ローズに口止めされた小姓達が、自分たちで対処しようとあがいて、一日報告が遅れた。


ロバートが、いつだったか、褒めてやりたいが、叱らねばならないときの指導が難しいと言っていた。その立場になってみると、本当に難しい。

「まずは、よく気付いて報告してくれました。ただ、気付いてから、私に報告があるまで、一晩かかっています。すぐに報告してくれたのであれば、褒めることもできたのですが」

―すみません。私が、証拠がいると言ってしまいましたー

「サイモン、あなたは年長です。本来ならば、あなたが報告するように促す立場です」

サイモンが頷いた。


「エリックさん、私達がちゃんと報告するって決めたらよかったから、サイモンさんのせいではありません」

ティモシーの言葉にエリックは頷いた。

「そうです。自分で決めた自分の行動には、自分で責任を持たねばなりません」


エリックはもう一度、報告に目を落とした。

「いろいろ根深そうですね」

「はい」

エリックの言葉に、小姓達も同意した。


「女性が関わっているとなると、西の館の者を調べなければなりません」

西の館の主は王太子妃であるグレースだ。侍女や下女を束ねる侍女頭はサラだ。彼女らは、二人ともアスティングス家の出身だ。同じアスティングス家出身の者が関わっていた場合、彼女らが隠蔽する可能性がある。先の内乱で公爵家が絶えた。その結果、台頭した貴族の一つがアスティングス家だ。歴史あるティズエリー伯爵家の一員であるエリックにとり、アスティングス家も新興貴族でしかなく、信用できなかった。


 ロバートが不在の今、彼の代行であるエリックは、西の館に入ることができる。だが、侍女や下女の取り調べが必要になる事態など、想定されていない。侍女頭であるサラの手を借りるべきだが、エリックには躊躇われた。


「誰にも言うなと言うローズも、困ったものです」

 賢いはずのローズが、なぜそんな奇妙なことをいうのか、エリックには理解できなかった。

「皆忙しいから、誰にも言うなと言ったそうですが。小さなローズに、そのような気遣いをされるとは」


ロバートがいたら、ローズからうまく聞き出すのだろうか。ロバートは今、アレキサンダーに従い王太子宮を離れている。エリックは、近習の筆頭代行として、留守を預かっている。代行として、ロバートが不在の間に、発覚した問題をきちんと解決しておきたかった。


 ローズが誰にも言うなと言うから、面倒なことになっている。ローズが、誰にやられたかを、素直に言ってくれれば、その者を処罰するだけで良い。


「ローズちゃん、多分、エリックさんが聞いても、何も言わないと思います」

ティモシーの言葉に、エリックは頷いた。

「そうでしょうね。ローズは、ロバートに負けず劣らず」

「頑固ですよね」

ー意志が強いといったほうがいいとおもいますー

ティモシーとサイモンは、エリックに最後まで言わせなかった。


「同じことです。あの二人はよく似ていますから。聞いても絶対に言わないでしょう」

エリックの言葉に、小姓達もサイモンも頷いた。


「エリックさん。私達で調べていいですか。エリックさんは、知らないことにして。それならローズちゃんも秘密のままだと思ってくれます。ローズちゃんに嫌がらせをしている誰かも、子供の私達を警戒しないでしょう。人数は僕らのほうが多いです。私達なら、手分けしたらローズちゃんとずっと一緒にいることができます」


 エリックは、褒めてやりたいが、叱らねばならないときの指導が難しいという、ロバートの言葉を再び思い出していた。


もう一つ、ロバートの苦手は、人に仕事を任せることだ。エリックは覚悟を決めた。ロバートのことは尊敬している。尊敬しているだけでは、ロバートに並び立つことは出来ない。

「よろしい。あなた達に任せましょう。ただし、条件がいくつかあります。一つ、日中にローズを一人にしないこと、護衛達には話をつけておきますから、朝夕ローズの送り迎えをしてください。一つ、毎日私に報告をすること、一つ、決して危険なことをしないこと。きちんと、班毎での行動を心がけてください。ティモシー、小姓の筆頭はあなたです。班の役割分担、報告は筆頭として、責任を持ってこの件にあたってください」

「はい」


 小姓達が、出ていってから、エリックは頭を抱えた。任せたことを、エリックは心底後悔していた。覚悟を決めたはずだが、後悔しかない。ロバートは、後輩の指導は難しいと言っていた。本当に難しい。


「自分でやったほうが楽です」

エリックが知る限り、ロバートはずっと筆頭を努めている。アレキサンダーは常々、ロバートにお前はもう少し人に仕事を任せろという。エリックもずっと、もう少し仕事を任せてほしいと思ってきた。任せてみて、わかった。


「任せられません」

ティモシーを含め、小姓達に任せたが、任せたことの後悔が、エリックを襲っていた。立場を変えてみると、ロバートが仕事を任せられない理由も、実感できた。

「矛盾です」


 エリックは、仕事を抱えがちなロバートに、常々もっと仕事を任せてほしいと思ってきた。そのエリック自身が、小姓達に仕事を任せたことを後悔している。

「私もまだまだということですか」

ロバートに仕事を任せてもらえないと思う前に、エリックの側もやるべきことがあった。仕事を任せてもよいと、ロバートに思わせる必要がある。ティモシーのように、自分がやると主張してもよいのだろう。


筆頭代行のエリックに、成果を出す機会が飛び込んできたのだ。小姓達に任せたのは、間違いではないだろう。ティモシーの言うとおりの利点はあるのだ。

「明日の報告まで、待たねばならないとは」


ロバートは、ほぼ全ての業務に関し、詳細な報告を逐一求めてくる。ロバートに信用されていないようで、エリックは少し不満を感じていた。


立場を変えれば違うとわかる。信用の有無の問題ではない。そのような単純な問題ではなかった。


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