第一話【戦後XX年】
不死林檎です。
また自分用の小説&漫画のプロットになります。先に連載していた方の小説が行き詰ってきたので、これからは二本同時進行の毎週金曜日に片方投稿になると思います。こちらもきまぐれ連載になると思うのですがよろしくお願いします。
私の実家は神社で母は巫女です。私はその後継ぎとなる見習い巫女なのですが、業務内容は知りませんでした。
そう、…今日までは。
***
「じゃあ、今日から神社の仕事お願いね!」
「ちょっと待って!?」
普段と何一つ変わらない平日の朝、母から唐突に言い渡されたその言葉に驚きを隠せない。
「だから言ったじゃない、幽希。お母さん神職の集まりがあって暫く帰れないって。」
「いや聞いてないよ!?昨日お母さん帰ってきて即お風呂入って寝たじゃん!」
玄関で母を見送りながら私は必死で抗議した。急に私に巫女の仕事をやれと?そんな馬鹿な話があってたまるか。
「市内一周するだけよ。パトロールパトロール。それにちゃんと助っ人も呼んだんだし…。」
そう言いながら、母はちらりと左手首の腕時計に目をやった。私が更に文句を言おうとした瞬間、
「あーもうこんな時間!じゃあ頑張ってよー!」
「お母さん!!」
母は上着を翻し、年齢を感じさせない走りで玄関からすごい勢いで離れていった。
角を曲がるところで振り返り、まるで子供のような無邪気な笑顔で手を大きく振る。駄目だ、これはもう覆らない。こうなったら、聞こえるようにできるだけ大きな声で、
「いってらっしゃい!」
と叫ぶしかなかった。案の定、その日の授業は何一つ頭に入ってこなかった。
帰り道を歩く足取りが重い…。大体、巫女って何するの…。
幸い(?)私は塾や習い事の類は一切やってないから放課後は時間を持て余していた。
こうなれば今まで考えたこともない寄り道でもしてやろうかと思ったが、母の言う『助っ人』の人を待たせるわけにもいかない。
私は母が帰ってくる日まで、知らない人と市内散策をしなければならないのか。あぁ…私の青春はいずこ?
後ろ向きな考えに脳内を支配されながらも歩き続けると、家の近くの塀の上から何かが見えていた。
人の頭?帽子?もしかして助っ人の方なんじゃないだろうか。
だとしたら最初が肝心。初対面でやる気のないところを見せて迷惑をかけたら駄目だ。…よし。
「すみませ―」
指先から凍り付くような感覚。喉の奥が凍てつく空気を吸ったようにチリチリと痛む。
一拍遅れてから自分の心臓の音が、耳を直接刺激しているかと錯覚するほど騒々しく鳴り響く。体中の筋肉が弛緩していくようで、少しでも気を抜いたら解けて倒れてしまうのではと本気で思った。
その人―おそらく助っ人の方は、黒く跳ねた髪に警察官のような帽子と服装に、襟の立ったマントを羽織り、そして長身という外見だった。
そこまでは、…そこまでは本当に普通なのだ。…だからこそ…その特異な部分が余計に強調される…。
そのひと、その方は背中から…漆黒の羽を生やしていた。
「おい。」
「はい!!」
あぁ、こんなボリュームの調節をミスした大きな声で話そうなんて思ってなかったのに。それでも悲鳴を上げなかった自分を褒めてあげよう…。いいぞ幽希。よくやった。
「神社の娘はお前か?」
「は、…はぃ。あ、じゃああなたが…。」
普段からお喋りで良かった。ちゃんと受け答えできているじゃないか。適応能力高いかもしれない、私。
「巫女様に頼まれて来た。…行くぞ。」
***
私の為に遥々やってきてくれた、助っ人の彼は『硝子』という名前で、外見通り人間ではない。背中に烏の羽を持つ、亜人という種族で、亜人は人ならざる者の総称らしい。
巫女の仕事、市内のパトロールは時折人間の世界で亜人が人間に危害を加えたり、事件を起こしたりするのをできれば未然に防ぎ、手遅れの場合は犯人を迅速に捕縛することだそうだ。
しかしこの説明すら確証を持てない。何故ならこの硝子さん、めちゃくちゃ無口で無表情なのだ。
私の質問に対する相槌のみからここまで汲み取れた自分に最早尊敬する。
私は会話が一方通行なのを悟ると、後は黙って大人しく任務を遂行した。本当に市内を歩き回るだけだった。
電線の上の、正真正銘鳥のカラスが鳴く。それは本日の仕事の終了を知らせる合図のようにも聞こえた。
「…家まで送る。」
「は、はい!…ありがとうございます。」
硝子さんが急に口を開いたので驚いたが、ちゃんと返事ができた。
家の、神社の鳥居を潜ろうと足を踏み出したその時、境内の茂みが音を立てて揺れる。そして硝子さんの目つきが一瞬で変わった。
一際大きな音を鳴らし、それに伴って茂みも大きく揺れる。そして人影が、そこから勢いよく飛び出た。次こそ、ほんとに心臓が止まるかと思った。
硝子さんは所謂足し算だった。人間と(おそらく)変わらない身体にカラスの羽を『足した』外見だった。だから驚きはしたけど、恐怖こそ感じなかった。
目の前の草叢から姿を現した、肌に当たる部分が墨を流したような真っ黒な人影は引き算だった。
…頭部が無かったのだ。
「ひっ、…きゃあああぁぁぁぁあああ!?」
今度こそ、私は悲鳴を抑えられなかった。手足が震えだし、全身から鳥肌と冷や汗が止まらない。
最初に硝子さんと会って、異形な亜人への態勢がついていなかったらきっとここで腰を抜かすか、最悪気絶でもしていたんじゃないだろうか。この時私は信じられないくらい冷静さを欠いていた。
「いやあああぁぁぁぁああ!!嫌だっ嫌だぁああぁ!!」
「そこのカラスのお兄さん?随分と美味しそうなの連れてるねぇ?」
「お、美味しそうなの!?」
「…落ち着け。」
「落ち着いてられませんよ!!」
その黒い亜人は、口どころか頭も無いのに流暢に私達に話しかけてくる。片手に肉厚のナイフを持ちながら。
こんなことをしても意味がない。頭では理解できていても、情けないことに私はとうとう泣き出してしまった。
「が、…硝子さん…あのひと、私を食べるつもりですよ…!うぅ…。」
私が涙を零している内に、首無し亜人はじりじりとこちらに寄ってくる。
足が竦んでしまい、もう私の足は逃げるためには使い物にはならなかった。あぁ…ごめんお母さん。私はここでステーキかなんかにされて、美味しく頂かれてしまう…。不意に硝子さんは口を開く。
「…実戦経験はあるか?」
「無いです!」
私の馬鹿…こんな時までいい返事をする必要は無い…。
「そうか。ならば―…」
硝子さんは身に纏った黒いマントから、一体どこに収納されていたのか、一メートルほどある鉛管を取り出した。そして私を、その黒衣と漆黒の羽で包み込む。
「動くな。絶対守ってやる。」
産まれてから17年間、こんなに頼もしい言葉を聞いたことがあっただろうか。
そして、…この感情は、一体なんて言うんだろう。言葉で形容しにくい、確かな好意。
「舐めたこと言ってくれんじゃん。…ガキ一人守りながら勝てると思うなよッッ!!!」
眼前の亜人はナイフを構え、私と、硝子さんに向かって飛び掛かって来た。
私は反射的に目を固く瞑った。だからその先、何が起きているかはわからなかった。
どれくらいの時間が経っただろうか。体感的には一分かそこいらだと思う。
「…もう離れていいぞ。」
「あ、はい。…えっ!?」
自分の目を疑うのは今日で何回目だろうか。さっきまでの脅威は、首無し亜人は苦しそうに呻きながら、私と硝子さんの足元にうつぶせで倒れていた。
硝子さんは鉛管を一振りして付着した液体を払う。首無し亜人は肌の部分が真っ黒なので、怪我の程度はわからないが相当のダメージを受けているのが見て取れた。
「ど、どうしましょう…。これ。」
「…放っておこう。傷を癒すためにこいつはこの世界から去るはずだ。」
硝子さんは首無し亜人を一瞥すると私に家に帰るよう促した。あぁ、そこでいつまでも寝転がってると邪魔なので、できれば早急にお帰りください…。
「が、硝子さん…!」
踵を返そうとした硝子さんを呼び止める。私にはまだやらなければいけないことが残っているのだ。
「あの…今日はありがとうございました。私の仕事も手伝ってくれて、守ってくれて…。私、これから頑張ります…!宜しくお願いします!!」
直角に九十度、お辞儀をする。これで本気の誠意が伝わればいいな。
「…あぁ、また明日。」
その短い言葉だけを硝子さんは言った。なんだか今までのどの言葉より優しい感じがした。
そして彼は私に背を向けて去って行く。もう一度最敬礼をして顔を上げた時は姿を消していた。
そういえば、誰かと『明日』の約束をしたことなんかあっただろうか。きっと初めて。
一人で夜ご飯を食べるのは珍しくない。でもいつものように空虚な気持ちでなく、満足感?多幸感を感じていた。
確かに危険はあるかもしれないけど、硝子さんに会えると考えたら、巫女の仕事がそんなに悪いものだと思わなくなってきた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。