転生アラサー警察官、王子殿下とデートです!(番外編)
「転生アラサー警察官、王子殿下を守ります!」の番外編(短編)です。
せっかくお互いの気持ちを確かめあったので、ちょっと甘々なデートをさせてあげたいなと思いまして。でもこの二人、恋愛に関しては奥手なので、なかなか甘々にならなくて…。糖度少なめですが、そんな二人を温かい目で見守ってあげて下さい。
あと、番外編から読んでもわかるように、エディとシルフィの説明とかを、少し入れさせていただきましたが、本編を読んで下さっている方は、軽く読み飛ばして下さい。詳しく知りたい方は、本編を御一読くださると嬉しいです。
では、このお話を楽しんでいただけたなら幸いです。
1.デートのお誘い
朝晩が涼しくなって秋の気配を感じる頃、いつものようにウィンスター家にやって来たエディが、
「シルフィ、今度の休みに街へ行かないか?」
と言い出した。
「え? 街にですか?」
シルフィは驚いて聞き返した。
なぜなら、エディが街へ行くとなると、きっと警備やら護衛やらが大変なことになるからだ。
エディこと、エドワード・アルスメリアは、このアルスメリア王国の唯一の王子殿下だ。
現在17歳で、容姿端麗、文武両道のイケメン王子なわけだが、普段は無表情で何事にも動じない、冷徹なアイスドール(氷の人形)と呼ばれている。
以前はシルフィも、そんな話し方や鋭い眼差しを怖いと思っていた。だが、いろいろあって、今はもう怖いとは思わなくなったのだが、他の人たちは、皆怖がって距離を置いて接している。
その王子殿下が、ついこの前、命を狙われたのである。
その時はシルフィも一緒に命を狙われたわけだが、そんな二人が街へ行くなんて、大丈夫かなと思ってしまう。
まあ犯人は捕まったので、それほど心配はないとは思うが…。
じつはシルフィも街へ行きたいと思っていたのだ。
今、女の子たちの間で噂になっているスイーツがあって、そのスイーツは期間限定で、持ち帰りは不可なのである。
女子は期間限定という言葉に弱い。今しか食べられないなら、なんとしても食べたい。そう思うのが女子なのである。
「私も街に行きたいと思っていたので嬉しいですが、エディは大丈夫なのですか?」
そう尋ねると、
「ああ、多少の護衛は付くと思うが、何かあっても俺とシルフィなら、自分の身は自分で守れるから大丈夫だろう」
とエディが言うからには、帯剣して行くということか。
私も先日、国王陛下から特別な剣を頂いたばかりだ。だが街に行くのにその剣を持って行っていいものなのか、自分では判断しかねるので、エディに聞いてみた。
「そうおっしゃるということは、帯剣されるということですよね? 私は先日頂いた剣を帯剣したほうがよろしいですか?」
「いや、シルフィは剣は持たなくていい。街のゴロツキくらいなら、俺一人で十分だ」
エディはそう言うが、シルフィは前世が警察官ゆえに、先頭に立って戦ってしまいそうだ。
シルフィこと、シルフィアナ・ウィンスターは、このアルスメリア王国の14歳の公爵令嬢で、王子殿下の婚約者である。シルフィは数ヶ月前に、階段から落ちた衝撃で前世の記憶を思い出し、自分が元28歳の警察官だったと知ることになったのだ。
前世では剣道も格闘技も強かったので、こちらでも剣術と体術は、その辺の剣士よりは腕が立つ。
そんなこともあって、この前、命を狙われた時も、率先して戦ったという経緯があるのだが…。
「私は帯剣しなくてもよろしいのですか? ゴロツキが一人とは限りませんよ?」
シルフィがそう言うと、
「君は戦う気満々だな。普通はそうそうゴロツキに絡まれることなど無いと思うぞ」
そう言われて、まあそれもそうかと思うが、前世の仕事が道を外れた青少年を補導したり、指導したりして更生させる仕事だったから、ついそういう人たちに目がいってしまうのだ。で、目が合ってしまうと自分は目を逸らせなくなってしまうし、そうなると絶対因縁をつけられるんだよな。などと考えていたら、
「街中で大立ち回りは出来ないだろう。べつに戦いに行くわけじゃないんだから、二人で街を楽しめばいいじゃないか」
エディにそう言われ、シルフィは、
(そうだよな。別にゴロツキに絡まれると決まったわけじゃなし、二人でお店を見て歩いたり、期間限定のスイーツを食べたり、楽しめばいいんだよな)
そう思って、はたと気がついた。
(これってデート? デートなのか?)
(うわー、今まで二人きりで出かけたことなんて無いよな? うわー、どうしよう。前世でも男子と二人で出かけたことなんて無かったのに)
と、シルフィは慌てるが、
(いやいや落ち着け、落ち着け。舞踏会に行く時だって、二人で馬車に乗ってるし、ダンスだって二人で話しながら踊ってるわけだし、幼なじみだし、今さら意識することもないよね)
そう自分に言い聞かせる。
(うん、今だって二人で普通に話してるんだから、全然大丈夫!)
ここは大人の余裕を見せないとな。と28歳の自分が言う。そう思って、なんだか恥ずかしいような、嬉しいような、ちょっとドキドキする気持ちを落ち着かせるのだった。
2.さあ、街へ行きましょう
「シルフィ、今日は町娘風の服装なんだな。いつもと雰囲気は違うが、その服もよく似合っている」
エディにそう言われ、
「ありがとうございます。エディも今日はいつもと雰囲気が違いますけど、とてもお似合いですよ」
そう言ってエディを見る。いつもよりは数段地味な服装だが、何というか、高貴なオーラというものは隠せないものなのだなと、思ってしまうほどにはカッコいいのだ。
(イケメンは何を着てもイケメンということか。羨ましい話だな。私なんか町娘風の服を着たら、ホントに町娘だよな…)
などと、ちょっとひがみ根性が出てしまう。
そんな事を思っている間に街の入り口に着いてしまった。
今日はエディとデートの日だ。
エディもシルフィも目立たない服を着て、エディは剣もあまり目立たない物を腰に差している。
私は言われた通り帯剣はしていないが、護身用の細くて小さな短剣を、バッグに忍ばせている。
馬車を街の入り口の広場に停めて、そこからは歩いて街を散策する予定だ。
二人きりで歩いているように見えるが、シルフィ付きのメイドのサラが、少し離れて付いて来ているし、エディの護衛も目立たないように離れて付いて来ている。何名いるのかは数えてはいないが。
シルフィは、前世の自分はメイドや護衛がそばに付いているなんて、あり得ない話だったが、こちらでは、生まれてから14年、公爵令嬢をやっているので、その辺は慣れたものだ。エディにしてもそばに護衛や人が付いているのは当たり前なので、全く気にしている様子はない。
二人で歩き始める時、エディが、
「街の中は人が多いからな、はぐれたら困るから、手をつないで行こう」
そう言ってシルフィと手をつなぐ。
二人きりなので、いつもの冷徹さは薄れ、話す声にも優しさを感じ、つないだ手の温もりがあたたかくて、心がほんわかする。
「ありがとうございます」
そう言ってシルフィが微笑むと、つないだ手をさらにギュッと握るのだった。
「うわー、いろいろなお店があるのですね」
そう言ってキョロキョロするシルフィは、まるでおのぼりさんだ。
「シルフィは街は初めてか?」
そう聞かれて、
「以前、一度来たことがあったのですが、人混みに酔ってしまって…。それ以来街には来たことがありませんわ」
そう言うと、
「もう人混みは大丈夫なのか?」
そう聞かれて、
「多分、大丈夫だと思います」
そう答えると、
「多分か。もし具合が悪くなるようなら、すぐに言うように。無理をして倒れるといけないからな」
そう言われ、もう、そう簡単に倒れることはないとは思うが、この前も湖に落ちた時に倒れているから、絶対大丈夫とはさすがに言えないよな、と思い、
「はい、わかりました。その時にはすぐに言いますね」
そう答えたのだった。
「あ、エディ。あそこのお店を見てみましょう」
「次はこっちに入ってみましょう」
シルフィは次から次へといろいろなお店に入る。
雑貨屋さんや、アクセサリーのお店。服やバッグを売っているお店。飲み物や食べ物を売っているお店。そんなお店が何軒もあって、それぞれが個性があるので、見ていて飽きない。
(あー、やっぱりショッピングってテンション上がるわー。前世でも仕事が休みの日は、ストレス解消にショッピングに行ったっけ。そういえば、姪っ子と甥っ子を連れて行ったりもしたよなー)
と、前世を懐かしく思い出す。
あまりキョロキョロして歩いているものだから、人とぶつかりそうになり、エディに引き寄せられることが何度かあって、
「お店は逃げないから、少し落ち着け」
と怒られてしまった。
「はーい」
と、シュンとしていたが、少し先に行列の出来ているお店が目に入る。
目当てのスイーツのお店はあそこだろうと思い、
「エディ、噂のスイーツのお店は、きっとあそこですわ。早く行きましょう」
とエディの手を引っ張ってグイグイ行くと、
「お店は逃げないから落ち着けと、言ったばかりなんだがな」
と、やれやれとばかりに、ため息をつかれてしまった。
今日はお忍びで来ているので、みんなと同じように並ばないと買えないわけで、持ち帰りは出来ないので、席が空かないと食べられない。
こうしてエディと二人で、手をつないで並んでいるのが不思議な感じだ。
隣にいるエディの顔を見上げると、
「どうした?」
と聞かれる。
「ふふ。こうしてエディと二人で並んでるのがなんだか楽しくて。こんな風に長い時間並ぶのは、面倒だと思っていましたけど、二人だと楽しいものなのですね」
そう言うと、
「ああ、俺もそう思った」
と、優しい目で見つめて微笑むものだから、
(うわー、この笑顔、胸キュンだー! ギュッてしたいけど、さすがに今は無理だー!)
と心の中で叫ぶのだった。
そんな風にシルフィが心の中で悶えていると、周りがザワザワしだした。何だろうと思っていると、皆エディのことを、キャーキャー言いながら見ている。
エディが王子殿下とバレたわけではなさそうだが、まわりは女性ばかりの中、数少ない男性がいるというのと、背が高いので、離れた女性たちからも見えてしまうせいか、まわりの女性たちの目がキラキラしている。
そんな中、前にいる女の子たちが、ヒソヒソ小声で話をしていた。
「隣の子が彼女なのかな?」
「ちょっと地味?」
「もっと綺麗な人とかいそうだけどね」
などと言っているのが聞こえてくる。
(たしかにエディと並ぶと、私は地味だよな。そんなことは言われなくてもわかってるよ)
と思い、小さくため息をつくと、
「シルフィ、君はここにいる誰よりも可愛いから、気にすることはない」
と、エディに耳元で囁かれて、心臓が飛び出しそうになる。
顔が熱いので、きっと真っ赤になっているはずだ。
先ほどの話はエディにも聞こえていたようで、そんな嬉しいことを言ってくれる。
シルフィは真っ赤になりながら、
「ありがとうございます。でもそう思っているのは、きっとエディだけですわ」
そう言うと、
「君は俺だけのものだから、それでいいんだよ」
とまたもや耳元で囁くから、もう鼻血が出そうだ。
「な、何を言ってるんですか。ホントにもう…」
やっとの思いでそう答えるが、
(まてまて、こんなことで狼狽えてはいけない。私は28歳、大人の余裕を見せなくては)
と思い、
「まわりの女の子たちが、騒いでますわよ。モテる人は大変ですわね」
そう、平静を装ってエディに言うが、
「ひょっとして、やきもちを妬いてくれてるのかな?」
なんて、顔を覗き込んでで言うので、
(うわー、うわー、ヤバイよ。どうしよう。もう倒れそうだー!)
そんな風にあたふたしてしまう。
「あたふたしているシルフィも可愛いから、ギュッてしたくなるな」
なんて余裕の顔でエディが言うから、シルフィは慌てて、
「ダ、ダメですよ、こんなところで」
とエディに言う。
(おかしい。精神年齢は私の方が上なのに、エディの方が余裕に見えるのはなぜだ?)
とシルフィは考える。たしかに自分は28歳の前世の記憶を思い出した。だがその28歳の自分も恋愛経験がないのだ。悲しいかな話にならないのは当たり前だ。
いやまてよ。エディだって、私と婚約するまでの間も、親しい女性がいたという話は聞いていない。女性にはモテていたが、女性にしろ男性にしろ、人には冷徹な対応だったので、周りにいる人たちは、いつもビクビクしていたはずだ。
それについこの前までは、私の方が余裕があったはずだ。エディは私と目が合うだけで、顔を赤くして俯いたりしていたのに。
いつの間にこんなチャラ男になってしまったんだ?
シルフィは、
「エディ、いつの間に女性の扱いが上手くなったのですか? ついこの前までは、私と目が合うだけで赤くなっていらっしゃったはずですけど?」
そう余裕ぶって聞いてみると、
「あー、女性の扱いが上手くなったというより、シルフィに慣れたんだろうな。シルフィの気持ちを聞いて、俺も自信が持てたし」
とエディは言う。
シルフィは、エディと一緒に居ることや話すことは平気だが、あんな風に囁かれることには未だに慣れない。
胸がドキドキして、顔が熱くなるし、どう対応していいのかわからなくなる。
ちょっと悔しいので、エディにつかまり、うんと背伸びをして、
「こうやって耳元で囁かれることにも慣れたのですか?」
と耳元で囁き返すと、
「さ、さすがにそれはまだ慣れないな」
と顔を赤くしてエディが言うものだから、
「あら、では私と同じですわね」
とまた耳元で囁く。
顔を赤くしたエディが可愛くて、思わずギュッとしたくなるが、そこは我慢したのだった。
1時間ほど待って、やっと席に案内されたのが、店の外に並べられたオープンスペースのテーブル席だった。
このお店の期間限定スイーツは3種類ある。シルフィは、
「エディ、3種類頼んで二人でシェアしませんか?」
と聞いてみた。エディは、
「ああ、いいぞ。他にも食べたいものがあれば、頼むといい」
そう言うが、さすがにそう何個もケーキを食べられるものではない。
「他はいつでも食べれますから、今日はこの3種類だけでいいですわ」
そう言って、[秋の限定モンブラン]と、[ほっこり限定パンプキンパイ]と、[しっとり甘々限定スイートポテト]を頼む。飲み物はこちらも期間限定になっている、[とれたて限定ブドウジュース」を頼むことにした。
「あー、期間限定のスイーツ、早く食べたーい。ジュースも期間限定のものがあるなんて知らなかったわ。なんだか得した気分だわ」
とワクワクしながら待っていると、向かいに座ったエディが、
「俺は、君の幸せそうな顔を見ているだけで充分だな。お腹いっぱいになりそうだ」
なんて言うから、照れてしまう。
「エディって、そんな甘い言葉を言う人でした? 今までとは別人のようですよ」
とシルフィが言うと、
「前は思うところがあって、距離を置いていたんだ。でもシルフィが普通に俺に話しかけてくるようになって、やはり言葉にして伝えることが大事なんだと思うようになったんだ」
「言葉にしなくても伝わる想いもあるが、言葉にしてもらうと嬉しいものだと実感したからな。だから、出来るだけ君にも言葉にして伝えようと思っているんだ」
と、エディに言われ、
「そうですね、言葉にしてもらうとやっぱり嬉しいですよね。私も言葉にして伝えるというのは、大切なことだと思っています。でも、私はなかなかそういう甘い言葉は口に出せなくて……」
と、シルフィが言うと、
「そうか? 結構甘い言葉を言われている気がするけどな」
「え? どの辺がですか?」
「あー、さっきも一緒に並んでるのが楽しいとか…」
「そ、それ甘いですか?」
「俺は普通に嬉しかったぞ」
エディにそう言われ、別にそんなに甘い言葉じゃなくても、自分の気持ちを素直に言葉にすることが、やっぱり大切なんだなと思ってしまう。
自分も、ほんの些細なことでも、言葉で言われれば嬉しいことが、たくさんあるのだから。
そんな風に、ちょっと照れながら見つめ合っていると、
「お待たせいたしました」
と、スイーツが運ばれてきたのだった。
見た目もオシャレで美味しそうなスイーツに、テンションがめっちゃ上がる。
(うわー、美味しそう! 写メ撮りたーい)
前世なら写メでも撮るところだが、こちらには写真もないのが残念だ。
どれから食べようか悩んでいると、通りの人混みの中を小さな男の子が、
「おかあちゃまー、おかあちゃまー」
と言いながら歩いて来る。
その様子を見て、これは間違いなく迷子だなと、シルフィは確信するのだった。
3.迷子の男の子
「エディ、ちょっと待っててください」
そう言って立ち上がるシルフィの手を掴み、エディは、
「どうした?」
と怖い顔で言う。何かあったのかと心配したのだろうが、
「あの子、迷子だと思うので、ちょっと声をかけてみようと思いまして」
シルフィがそう言う方へ目を向けると、たしかに小さな男の子が一人で歩いている。
「小さな子が一人で歩いているのは危険ですし、迷子ならあまり動き回らない方がいいですから。お母様が捜しに来るまで、ここで待っていてもいいかと思ったのですけど、ダメですか?」
シルフィはエディにそう聞いてみる。エディは、
「ああ、そうだな。ここに居れば母親が捜しに来たらわかるだろう」
「では、私はあの男の子に声をかけてみますから、エディはここで待っていてください。席に誰も居なくなるのはマズイですから」
そう言って席を立ったシルフィは、男の子に歩みよる。
「僕、どうしたの? お母様いなくなっちゃった?」
しゃがんで男の子と視線を合わせ、そう聞いてみる。
「ぼく、おみせでみてたら、おかあちゃまがいなくなっちゃったの…」
今にも泣きそうにそう話す。
「そうなんだー。僕一人でお母様を捜してたんだ。えらいねー。きっとお母様も捜してるから、あんまり歩き回らない方がいいよ。お姉ちゃんたちとケーキ食べない? あそこなら、お母様が捜しに来たらすぐわかるよ」
そう言うと、男の子はこくんと頷くのだった。
シルフィは男の子に、
「僕、お名前はなんて言うの? お名前言えるかな?」
と聞いてみる。
「ぼくキリー。よんさいだよ」
男の子はそう言った。
「えらいねー。ちゃんとお名前とお年も言えるんだー」
「じゃあ行こうか」
そう言って、シルフィは男の子と手をつないで、エディの待つテーブル席に戻ったのだった。
「キリーはどのケーキ食べたい?」
シルフィがそう聞くと、
「うーんとね、これ」
キリーは目の前にあった、モンブランを指差した。
「どれどれ、じゃあお姉ちゃんが食べさせてあげるね」
そう言って、一口大にフォークで切って、キリーの口元に持っていく。
「はい、あーん」
「あーん」
キリーが大きな口をあけて、モンブランをパクっと食べる。
シルフィが、
「おいしい?」
と聞くと.、
「うん、おいしー」
とにっこり笑う。
(あー、かわいい! うちの甥っ子と同い年だな。なんだか懐かしー)
そう思ってみていると、横から視線を感じる。
そちらを見ると、エディがジーッとこちらを見ているではないか。シルフィは、
「エディも食べますか?」
と聞くと、嬉しそうに、
「ああ」
と頷くので、フォークで一口大に切ったモンブランを、エディの口元に持っていく。
そのモンブランをパクっと一口で食べると、
「ああ、ホントにうまいな」
と呟いた。エディがそんな風に言うものだから、
「そんなに美味しいですか?」
と思わず聞いてしまった。
「ああ、シルフィも食べてみるといい」
そう言われて、一口食べてみる。
「んー!、美味しいー!」
甘過ぎず、でも栗の味はしっかりしていて、スポンジにはほんのり洋酒がきいていて、中の生クリームがアクセントになっている。
(あー、小躍りしたくなる美味しさだー!)
思わずモンブランの美味しさに浸ってしまった。
「キリー、他のも食べてみる?」
そう聞くと、
「うん」
と元気よく答える。
「じゃあ、パンプキンパイを食べてみる?」
そう言って、また一口大に切ったパイをキリーに食べさせる。
「美味しい?」
と聞くと、またもや
「おいしー!」
とにっこり笑うので、もうキリーの笑顔にメロメロだ。
私もにっこり笑いながらキリーを見ていると、エディが
「シルフィ、これも食べてみろ」
とエディの前にあった、スイートポテトを一口大に切って、シルフィの口元に持ってくる。
シルフィはそのままの流れで、それをパクリと食べると、口の中にバターの香りとサツマイモの甘さが広がって、
「うわー、これも美味しい! さすがは人気のスイーツですわ。あー、もう幸せですー!」
そう言うと、キリーも、
「ぼくもそれたべたーい」
とかわいい声で言うから、
「どれどれ、エディ、そのスイートポテトも食べさせてあげていいですか?」
そう聞くと、
「ああ、じゃあ俺にも食べさせてくれ」
とキリーに対抗するように言うから、なんだか可笑しくて、
「いいですよ、エディもお子様ですわね」
そう言って、エディにスイートポテトを食べさせてあげると、今度はキリーが、
「おねえちゃん、ぼくもたべさせてあげるー」
と言って、パンプキンパイを切り分けてくれるが、上手く切れなくて、ちょっとグチャグチャになっている。でも、
「はい、どーぞ」
と言って、私の口元に差し出すから、もうそれが可愛くて、
「ありがとう」
と言って、そのパイをパクっと食べると、キリーは嬉しそうに、
「おいしい?」
と聞いてくる。
「んー、とーってもおいしいよ」
と答えると、
「よかったー」
と花が咲いたような笑顔になる。
(ダメだ、可愛すぎる! あーもうギュッてしたーい!)
と心の中で悶えていると、
「シルフィ、今ギュッてしたいと思ってるだろう?」
とエディが心の中を読んでくる。
「な、何故わかるんですか?」
とシルフィが聞くと、
「顔に出てるぞ」
と、笑いを堪えながら言われ、
「ホントですか? それはちょっと恥ずかしいです」
と言いながら、
(私そんなに顔に出てたかな? そんなつもりはなかったけど、これからは気をつけよう)
両手で顔を隠しながら、シルフィはそう思うのだった。
4.母親捜し
スイーツも食べ終わり、混んでいるお店に長居も出来ないので、席を立つことにしたが、まだ母親は現れない。
もと居たお店の近辺を捜しているのかも知れないと、シルフィはキリーに、
「さっき見ていたお店はわかるかな?」
と聞いてみたが、
「わかんない…」
としょんぼり答えるので、
「わからなくても大丈夫よ。お母様を捜しに行こうか」
そう言ってにっこり笑うと、キリーも、
「うん」
と元気に答える。
キリーと手をつないで三人で歩き出すと、
「シルフィは小さな子供の扱いが上手いんだな」
とエディに言われ、ギクッとする。
前世では、生まれた時から姪っ子や甥っ子の面倒を見てきたので、赤ちゃんや小さい子の扱いも慣れている。
だがそれを言うわけにもいかないので、
「そうですか? 私、妹か弟が欲しかったので、小さな子供が可愛くて仕方ないのです」
「そうか、俺も一人っ子だから、兄弟は欲しいと思っていたが、周りには小さな子供がいないから、扱い方はわからないな」
とエディに言われ、ギクギクッとなるが、顔に出ないように気をつけて、
「きっと私は小さな子供が好きだからですわ」
となんとか誤魔化しておくのだった。
しばらくキリーが歩いてきた方向に戻ってみるが、子供を捜していそうな母親は見当たらない。
キリーを見ると、服装は町の子供というより、どこかの貴族のおぼっちゃまという感じだ。となると母親も貴族の奥様ということだ。キリーが供を連れていないということは、何か事件にでも巻き込まれたのだろうか…。
なにかおかしいと思いながら、これは街の警備隊の詰所に行って、事情を説明した方がいいかもしれないと、そう思ったとき、
「キリー、よかった。捜したのよ」
と、女の人の声がした。
(あー、やっと母親に会えたー。よかったー)
と思ったら、キリーが私の後ろに隠れて、
「おばちゃんだれ? おかあちゃまはどこ?」
と言う。
(あれ? 母親じゃなかった? でも母親っぽい言い方だったよな?)
私は警察官のカンで、何か不穏なものを感じ、
「失礼ですがどなたですか? キリーは貴女のことは知らないと言っています」
と背中にキリーを隠してそう尋ねると、
「私はキリーの父親と、つい最近再婚したばかりで、キリーはまだ私のことを母親と認めてくれていないのです」
と、その女は目をハンカチで押さえながら言う。
でもキリーと会った時は、キリーはお母様と一緒だったと言っていた。お母様というのはこの女性ではないだろう。キリーはこの人のことを知らないようだった。
「再婚したばかりとおっしゃっていましたが、さすがにキリーがあなたのことを、誰かわからないというのはおかしくないですか?」
シルフィはその女性にそう言って、後ろのキリーにもう一度聞いてみる。
「キリー、このおばちゃんのこと、見たことある?」
そう問いかけると、
「ううん、しらない」
と首を横に振る。
その時、その女が「チッ」と舌打ちするのが聞こえた。
「せっかく穏便に済ませてやろうと思ったのに、邪魔しやがって」
と悪態をつく。
「お前ら、面倒だからこの姉ちゃんと兄ちゃんも、一緒に連れてっちまいな」
と周りにいた男たちに声をかける。
(うわー、マズイな。敵は何人いるんだ? エディの護衛も居るはずだが、人数までは把握していないし、ここで戦うか? でもギャラリーが多すぎるな)
シルフィは咄嗟にそんなことを考える。
とりあえず、いつの間にか傍に来ていたサラに、
「サラ、キリーを頼むわ。いざとなったら私も戦うから」
そう言うと、サラはギョッとして、
「何をおっしゃっているんですか。戦うなら私が戦います。お嬢様はこの子と一緒に後ろで控えていてください」
というが、サラは私が強いことを知らないのだ。
すでに周りに人垣が出来ているから、ここで戦えば、一般人も巻き込んでしまう。どうするか…。
ここは一旦逃げよう。そう判断したシルフィが、
「エディ、逃げるわよ。サラもついてきて」
そう二人に言うや否や、キリーを抱えて後ろに走り出す。
後ろにも敵がいたようで、シルフィたちを捕まえようとするが、
「ごめんあそばせ!」
と、手に持っていたバッグをぶん回して、敵を牽制し強行突破をはかる。
隣に並んで走るエディが、
「大丈夫か?」
と聞いてくるが、キリーを抱えているので、答える余裕がない。
「待ちやがれ!」
そう叫んで何人かの男が追って来る。
(やばいな。こっちはキリーを抱えている分、走るのが遅くなる、どこかに隠れる場所はないか)
そう思って闇雲に走ったのが仇になった。
逃げ込んだ先は行き止まりだ。
(ヤバイ!)
そう思って振り向いたその先には、シルフィを捕まえようと手を伸ばす男の姿があった。
ハッと息を呑んだシルフィの視界を、遮るものが現れる。
「やめろ!」
周りを凍りつかせるような低い声が響く。そう言いながら、男の腕を掴み捻りあげたエディが、シルフィと男の間に立ちはだかったのだった。
「エディ!」
突然、目の前に壁が現れたのかと思った。だがそれはエディの背中で、こんな時なのに、
(エディの背中って、こんなに大きいんだ)
などと思ってしまう。
エディが、捻りあげた男を仲間の方に突き飛ばし、
「彼女を傷つけてみろ、お前らタダでは済まないからな」
そう怒気を露わにした声で言い放つ。
男達はその威圧感に怯むが、一人が剣を抜き、
「な、何だ貴様。一人で俺たちを倒せると思ってるのか!」
エディに気圧されながらも、その男はなんとか言葉を吐き出した。
あとの二人も剣を抜く。
エディも剣を抜き、男達から目を離さず剣を構える。
シルフィは傍にいたサラに、
「キリーをお願い」
と言って、抱いていたキリーをサラに渡す。
「覚悟しやがれ」
男の一人がそう叫ぶ。
それを合図に三人が斬りかかってくる。
端にいた一人がシルフィの方に斬りかかってきたので、シルフィは持っていたバッグを思いきり男の顔面に投げつける。
さすがに倒れるほどの威力はなかったが、かなり痛かったようで、顔面を押さえて、
「いってぇな、何しやがんだ」
と怒鳴っている。その隙に、男の手を捻りあげ、剣を取り落とした男の腕を掴み、クルッと後ろを向いたシルフィが、
「でやー!」
と、一本背負いで投げ飛ばす。
地面にのびた、その男が落とした剣を拾い上げ、
「お待たせいたしました」
と言って、剣を構えてエディの隣に立つ。
が、こちらももうカタが付いていた。
男達は利き手をやられ、剣を持てる状態ではなく、
「ち、ちきしょう。覚えてやがれ!」
と捨て台詞を吐いて逃げて行った。
地面にのびている男を残して。
「やっぱりエディは強いですわね」
そう言ってエディを見上げると、剣を鞘に戻したエディが、
「シルフィ、大丈夫か? 怪我はないか? 君が無事でよかった」
そう言ってシルフィを抱きしめる。シルフィは、
(ああ、エディの腕の中って、なんだか安心できるな)
と、抱きしめられた自分が、すっぽりエディの腕の中に収まってしまっていることに、心地良さを感じる。
シルフィは左手でエディをギュッと抱きしめ返す。こうしていると、エディの胸の広さと厚さを、改めて感じてしまう。
(エディって、こんなに男っぽかったっけ? ダンスの時も、あまり意識したことがなかったな)
そんな風に考えながら、
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「やっぱりエディの傍に居ると、とても安心しますね」
とエディに言うと、
「俺はシルフィを守ると誓ったからな」
とエディが見つめながら言う。
「守っていただいて、ありがとうございます。とてもカッコよかったですよ」
そうシルフィに言われ、嬉しそうに笑うエディの顔が、あまりにも可愛すぎて、さらにギュッとしてしまうシルフィだった。
5.思わぬ再会
「殿下、シルフィアナ様、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
と護衛が駆けつけて来たので、エディとシルフィは、名残惜しそうに離れて護衛と向き合うと、
「先程の女と、男数名は取り押さえましたが、何人かには逃げられてしまいました。申し訳ありません。一人、逃げた者を追っておりますが、アジトを突き止められれば良いのですが…」
と護衛の一人が報告する。
「わかった。ご苦労だった」
とエディが護衛の者達をねぎらう。
一緒に来た警備隊の者たちが、地面にのびた男を縛りあげて連行する。
「さっきの奴らは何者なんだ? キリーを連れ去ろうとしていたが、母親も攫われたということか?」
エディがそう言うが、誰も真相はわからない。
シルフィはキリーの所に行き、
「ごめんね。怖かったね。大丈夫だった?」
そうキリーに優しく言うと、キリーは不安そうな顔で、こくんと頷くだけだった。
「殿下、申し訳ありませんが、警備隊の詰所まで、ご足労いただけますか」
警備隊の者にそう言われ、エディとシルフィ、キリーとサラと護衛の者たちが、連れだって詰所に向かった。
捕らえた者達の事情聴取をするようだ。キリーの母親の行方も聞かねばならないので、シルフィたちも事情聴取に立ち会うことになった。
警備隊長が、首謀者らしき女に向かって、
「お前達は、最近この辺りを荒らし回っている盗賊団だな」
そう言うが、女は答える気は無さそうで、知らん顔だ。
「その子の母親をどこへやった。素直に白状しろ!」
語気を強めてそう言うが、女はどこ吹く風だ。
そこへ一人の男性が、慌てた様子で入って来た。
それまで不安そうに、シルフィにしがみ付いていたキリーが、
「おとうちゃまー」
と勢いよく抱きついた。
その男性も驚いた顔で、
「キリー、大丈夫かい? マリーとキリーが攫われたって連絡がきて、慌てて来たんだよ」
キリーと母親に付いていたメイドが知らせに行ったらしい。
今までの張り詰めた気持ちが、父親の顔を見て安心したのか、大きな声で泣き出したキリーが、
「あの、おねえちゃんと、おにいちゃんに、たすけて、もらったの」
と、父親に泣きながら報告する。
キリーの父親は、シルフィたちの方を向いて、言葉を発しようとして、言葉に詰まった。そして思わぬことを言い出した。
「シルフィ? 君はシルフィじゃないか? そしてそちらはエドワード王子殿下とお見受けいたしますが」
そう言われて、シルフィとエディはお互いに顔を見合わせた。
「シルフィ、私のことは覚えてないかな? 君の母上の弟のライアンだよ」
そう言われて、びっくりする。
「ライアン叔父様?」
(そういえば、何年か前にうちに来て、私の身体の弱いのを心配して、もっと外に出るように勧めてくれたんだっけ…)
「何年か前に、我が家に遊びに来て下さいましたよね。その時のことは覚えていますわ」
「でも、こんな所でお会いするとは、思ってもみませんでした」
とシルフィが言うと、
「そうだね。あの時は今の妻との結婚の報告に行ったんだが、君の身体の弱いのが、前の妻と重なってね。もっと外に出たらいいなんて、余計なことを言って、君を外に連れ出したら、君が倒れてしまって、姉にこっ酷く怒られてしまったよ。それ以来、ウィンスター家には行きづらくなってしまってね…」
とライアンは言う。
たしか前の奥様は、身体が弱くて、子供を産むことなく、若くして亡くなられたと聞いている。だから、余計にシルフィは過保護に育てられたようだ。
でも、叔父様が再婚して、その子供がキリーということは、キリーは私の従弟になるのだ。
(こんな偶然て、あるものなの?)
(ライアン叔父様は、再婚されて婿養子に入られたから、奥様の実家の領地である、南方に住んでいらしたはず。王都には観光でいらしたのだろうか…)
驚きつつも、以前のことを思い出しながら、
「叔父様、あの時は私、倒れてしまいましたけど、今なら叔父様の言うことが正しかったとよくわかります。私、すごく丈夫になったのですよ。お兄様から剣術や体術を教わってますの。私、結構強いのですよ。ね、エディ」
そう言ってエディの方を見ると、
「ああ、そうだな。俺の背中を預けられるくらいには、強いかな」
そう言うエディに、ライアンは驚いて、
「そうか、それは良かった。やっぱり健康が一番だからな。だが、無茶はしないようにな」
とシルフィに向かって言うが、
「私ってそんなに無茶するように見えます?」
と、ライアンとエディに言うと、エディが、
「そうだな、何故かシルフィを見ると、無茶をするなと言いたくなるんだよな」
「あら、それは失礼ですわ。私、そんなに無茶はしていませんわよ」
そう反論すると、
「いやいや、今までのシルフィと比べたら、充分無茶してるだろ」
「今までの私とは違うのですから、無茶ではないじゃないですか」
と、ムッとしてエディに抗議すると、
「そんな可愛い顔して怒ってもダメだ。みんな君を心配してるんだから、素直に言うことを聞きなさい」
とエディにあっさりといなされてしまったのだった。
6.母親の救出
そこへ、先程逃げた男たちを追って行った、エディの護衛.が戻ってきた。
「エドワード様、敵のアジトがわかりました。隣町に行く街道から少し外れた、森の中の廃屋です。女性が一人囚われているようでした」
そう報告すると、それを聞いていた首謀者の女が舌打ちをした。
警備隊長がそれを聞いて、
「間違いなさそうだな。アジトには何人くらい仲間がいそうだ?」
そう護衛の者に聞くと、
「見たところ、7、8人といったところでした。外に出ている者がいればわかりませんが…」
「よし、こいつらを牢に入れて、我々は救出に向かうぞ」
そう警備隊長が言うので、
「私も同行させて下さい」
と、シルフィがすかさず申し出る。
すると、シルフィがウィンスター家の者だとわかったからか、
「とんでもございません。お嬢様をそんな危険な所にはお連れ出来ません」
とあっさり断られたが、
「いや、俺たちも行く。乗りかかった船だ。キリーの母親はシルフィの叔母でもあるからな。俺たちも一緒に行って手伝うよ」
とエディが言うと、
「王子殿下をそんな危険な所にはお連れ出来ません」
と警備隊長が慌てて言う。
「いや、俺たちは勝手に行くからいい。場所を知っているのは、俺の護衛だからな」
とエディが言い放つ。
シルフィは、エディの方がよっぽど無茶してるよな、と内心思うのだった。
結局、警備隊の者たちとエディの護衛、そしてエディとシルフィが、敵のアジトに行くことになった。
ライアンとサラも一緒に行くと言ったが、キリーを連れて行くわけにはいかないので、廃屋に行く街道の所に停めた馬車の中で、待っていてもらうことにする。
まだ夕暮れには早い時間だが、森の中はあまり陽が差さないので薄暗く、敵のアジトに近づくには丁度良かった。
サラが、
「シルフィ様、本当に行かれるのですか? 私が行きますから、シルフィ様はこちらに残って下さい」
と言うが、シルフィは、
「大丈夫よ。私は結構強いって言ったでしょう。それに、いざとなったらエディが守ってくれますわ」
と言ってサラを安心させるが、本当は、私がこの国の唯一の王子殿下である、エディを守らねばならないのだ。
だが、それを聞いたエディが、
「シルフィのことは、俺が守るから安心してくれ」
と言う。シルフィは
「エディは、私に残れとは言わないのですね」
そう言うと、
「残れと言って残るような君ではないだろう? 一人で勝手に暴走されるよりは、側に置いといた方が安心だからな」
「あら、私はそんなに暴走なんていたしませんわよ」
「ウソをつけ。いつも俺の止める間もなく敵に突っ込んで行くのは、どこの誰だ?」
そうエディに言われ、
「うっ、せ、先手必勝ですわ!」
と、図星をさされたシルフィが、あらぬ方を向いて言う。
「だから君から目が離せないんだ」
そう言って、エディはシルフィの頭を優しくポンポンする。
そんな風に優しく言われるものだから、シルフィも、
「私も暴走しないように気をつけます」
と、素直に言うのだった。
シルフィは警備隊長から予備の剣を借り、腰に差している。
こんなことなら、国王陛下から授かった剣を、持ってくればよかったと考えながら、
(エディを守るために授かった剣なのだから、これからはエディと出かける時は、必ず帯剣しよう)
そう、強く思うシルフィだった。
皆で敵のアジトまで行き、様子をうかがう。
廃屋なので、カーテンももう破れてついていない状態だ。
建物を包囲する形で配置に付き、窓から中を見ると、広い居間の隅に、両手両足を縛られて、椅子に座らされている女性の姿が見える。
中がバタバタしているが、親分らしい男が、
「何人か警備隊に捕まった。このアジトがバレる前にズラかるぞ」
そう言って仲間たちに荷物を片付けさせている。
「コイツをどうするか…。身代金でもふんだくってやろうと思ったが、連れて行くには足手まといだな」
そう言ってスラリと剣を抜く。
それを大きな窓の下にしゃがんで見ていたシルフィは、
(まずい。殺されるかも?)
そう思うと勝手に体が動いていた。
剣の柄で窓を割り、中に突入する。隣のエディに、
「行きますわよ!」
と声を掛けた時には、もう中に踏み込んでいた。
「おう!」
と答えて、エディも後に続くが、
(シルフィが敵に突っ込んで行くのは、もう止められないな)
と諦めの境地に至るのであった。
シルフィが突入したのを合図に、他の者たちも一斉に中に突入する。
シルフィは親分と女性の間に立ちはだかり、剣を構えた。
「なんだ? お嬢ちゃん、子供が剣なんて持っちゃいけないな。危ないからお家に帰ってな」
そう馬鹿にしたようにシルフィに言うが、
「あら、それは私を倒してから言うことね」
とシルフィも自信満々で答える。
「俺は女子供でも、手加減はしないタチなんだ。覚悟は出来ているのかな?」
そう言う親分に、
「俺も居ることを忘れないでもらおうか」
そう冷たい声で、半歩後ろにいたエディが言い放つ。
エディの冷徹モードに、気圧されそうになり、
「はん、そんなお坊ちゃんに何が出来るって言うんだ?」
そう言う親分に焦りの色が見える。
「とっとと死にやがれ」
そう言って、シルフィに剣を振るうが、シルフィはそれを軽く受け流す。
エディの方にも別な男が斬りかかった。
親分は手加減しないと言っていたが、シルフィのことを舐めてかかっているのが丸わかりだ。
たしかに見た目は14歳の女の子だ。こんな女の子が戦えるほどの剣技があるとは、誰も思えないだろう。
何度か刃を交え、
「へぇ、なかなかやるな。お嬢ちゃん」
そう余裕で言う親分が、
「いつまで持ち堪えられるかな」
とニヤリと笑う。
シルフィはそれには答えずに、剣を構え直す。
真正面から振り下ろされる親分の剣を受け流し、シルフィは返す力で親分の腕に斬りつける。
自分が斬りつけられるとは思っていなかったのか、
「ぐあっ。な、何なんだお前は」
と腕を押さえてシルフィを見る。
「あら、私はただの子供ですわよ」
と皮肉たっぷりに言ってやる。
剣を持っていられなくなった親分は、剣を床に落とした。
そこへ他の盗賊たちを制圧した警備隊の者たちが来て、親分を取り押さえる。
エディが相手をしていた男は、とっくの間にカタがついていた。
「やっぱりシルフィは強いな」
私が戦うのを、黙って見ていたエディがそう言うと、
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
とシルフィが笑って答える。
「シルフィがピンチになったら、助けようと思ってたが、俺が助けるまでもなかったな」
そう言うエディに、
「あら、これくらい一人で戦えなければ、エディをお守りすることはできませんでしょ?」
そう言ってお互いに笑いあう。
シルフィは心の中で、
(よっしゃー!)
と叫んだのだった。
7.終わりよければ……
縛られていた女性の縄を解いて、
「大丈夫ですか? お怪我はないですか?」
そう尋ねると、その女性はシルフィとエディに、
「ありがとうございます。縛られていたところは少し痛みますが、大きな怪我はございませんわ」
そう答える。
「歩けますか? 街道の所に馬車が停めてあります。そこにキリーとライアン叔父様が待っていますわ」
そう言うシルフィを不思議に思ったのか、
「あなたは……」
と、尋ねられ、
「私はシルフィアナ・ウィンスターです。ライアン叔父様の姪になります」
そう答えると、
「まあ、そうでしたの。ご挨拶が遅れましたが、私はマリー・ハーレイと申します。よろしくお願いいたしますわ」
と挨拶をされ、シルフィも
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
と挨拶を返す。
「こんなところで話もなんだから、馬車に戻ってからゆっくり話したらどうだ?」
エディにそう言われ、皆で馬車まで戻ると、キリーがマリーを見つけ、
「おかあちゃまー」
と言ってマリーに飛びついた。
馬車を降りたライアンも、マリーを抱きしめ、
「マリー、無事でよかった」
と家族の再会を無事に果たしたのだった。
「叔父様、せっかく王都にいらしてるのですから、是非とも我が家に滞在して下さいませ」
「このまま宿に戻っても、また新たな賊に狙われては大変ですわ」
シルフィがそう言うと、
「そうだな、シルフィが元気になったのなら、姉ももう怒ってはいないだろう。では、ウィンスター家に滞在させて頂いてもよろしいかな?」
ライアンがそう言うと、
「おねえちゃんの、おうちに、とまれるの?」
とキリーが言うから、シルフィは、
「そうよ、お姉ちゃんのお家に泊まってくれる?」
そう言うと、
「うん。おねえちゃんのおうちに、とまるー!」
と元気よく答えてくれたのだった。
アジトに向かう時は、シルフィとエディは、ライアンとサラとキリーと一緒に馬車に乗って来たが、帰りはマリーが乗るので、サラが降りるといいだした。だがエディが、
「俺たちは馬を借りて帰るから大丈夫だ」
と言う。
護衛の馬を一頭借りて、颯爽とまたがり、シルフィに手を伸ばす。
シルフィは、前世では運動神経はよかったので、大抵のことは難なくこなせたが、さすがに馬に乗ったことはない。
ためらいながらエディの手を取ると、反対の手で体を支えヒョイっと軽く乗せるので驚いた。
シルフィはエディの前に横座りで乗るわけだが、
「シルフィ、落ちるといけないから、しっかり俺に掴まってくれ」
そう言いながらも、エディが片手でシルフィをしっかりと抱き寄せる。
シルフィも馬には慣れていないので、言われた通りに、しっかりとエディに抱きついて、
「はい、わかりました」
と答えるが、エディの胸にぴったりと耳を付けた状態なので、エディの鼓動が耳に響く。
(うわー、エディの鼓動が聞こえるー。密着し過ぎじゃないか? これ?)
初めて馬に乗るのと、エディに密着しているのとで、心臓がバクバクしていたが、なぜかエディの鼓動を聞いていると、少し落ち着いてきた。
(なんだろう。やっぱりエディと一緒にいると、安心できるな)
そう思うシルフィだった。
「シルフィ、出発するよ」
エディにそう言われ、
「はい」
と元気よく返事をすると、
「馬は怖くないかい?」
と聞かれ、
「はい、エディと一緒なら怖くありませんわ」
そう言うと、嬉しそうにシルフィの頭に口づけを落とすのだった。
シルフィたちは、先に馬で屋敷に帰り、家の者にライアン一家が来ることを伝えると、屋敷の中が、にわかに慌ただしくなった。
両親と兄には、詳しいことは晩餐の時にお話ししますと言っておいた。
エディに馬で送ってもらったので、両親が、
「エドワード殿下も、ご一緒に晩餐をいかがですか?」
とエディを誘う。
シルフィと兄のレイモンドも、是非にと誘えば、エディも快く承諾してくれた。
晩餐の支度が整うまで、応接室で待っていただくが、エディが、
「こんな格好で済まないな」
と言うので、
「こちらこそ、急なお誘いを受けていただき、感謝しておりますわ」
シルフィがそう言うと、お兄様が、
「エディ、俺の服でよかったら着替えるか? サイズは俺と変わらないだろう? シルフィも一度部屋に戻って着替えてきなさい」
そう言われ、シルフィは、
「では、失礼して着替えさせていただきますわね」
と席を外す。
エディはレイに、
「では、服を借りてもいいか?」
エディがそう言うと、
「はは、俺たちは親友じゃないか。遠慮するなよ」
そう言って、部屋へ案内する。
レイが、
「エディも今日は泊まっていけばいいだろう。王宮には使いを出しておくよ」
そう言われて、たしかに今日はいろいろあって疲れたので、晩餐の後に帰るのは面倒だ。昔はよくここにも泊まっていたのだ、久しぶりに泊まるのもいいかと、
「ああ、ではそうしよう」
とウィンスター家に宿泊を決めたのだった。
エディとシルフィが着替えている間に、ライアン一家が到着したようだ。我が家の執事が、準備した客室にライアン一家を案内する。
ライアン一家も着替え、皆ダイニングルームに集まった。
エディも着替え、いつもの王子殿下の佇まいだ。
シルフィもドレスに着替え、エディの隣の席に着く。
皆揃ったので、晩餐会が始まった。
食事をしながらエディが、
「町娘風の服装も似合っていたけど、やはりドレスのシルフィは美しいな」
そんな言葉を恥ずかしげもなく言うものだから、シルフィは照れながら、
「ありがとうございます。エディもすっかりいつもの王子殿下ですわね。でも地味な服装でも高貴なオーラが滲み出ていましたわよ」
そう言うと、
「そうか? かなり地味な服装だったんだけどな」
そうエディが言うので、
「イケメンは何を着てもイケメンということですわ。私には羨ましい話ですけど」
と言うと、
「シルフィこそ、すれ違う男たちがみな振り向いていたのを、気が付いていなかったのか?」
「え、ホントですか? 全然知りませんでしたわ」
そんな風に二人で話をしていると、
「へぇ、二人は婚約したと聞いていたが、とても仲がいいんだな。安心したよ」
とライアンが言う。
「そうですね、私もこんな風に、昔のように仲よく話が出来るようになって、とても嬉しいですわ」
「それは俺も同じだ」
二人でそう言うと、
「それはそれは、ご馳走さま」
とライアンにからかわれる。
「シルフィは本当に丈夫になったんだな。昔のような儚さは感じられなくなったよ。とても安心して見ていられる」
とライアンが言うと、隣のマリーが、
「剣がとてもお強くて、びっくり致しましたわ」
と話すものだから、お兄様に、
「それで、今日はどんな事件が起こったんだ?」
と、事件が起こることが決定事項のように言われてしまった。
今日のことは、大まかにエディとライアンが、みんなに説明してくれた。
両親も、シルフィには言いたいことがいろいろあるようだが、今日のところはエディやライアンの手前、何も言わずに黙っていてくれる。
「本当にエドワード殿下とシルフィには感謝している。キリーを保護してくれたのと、マリーを無事に助け出せたのは、二人のおかげだ。ありがとう」
そうライアンに言われ、エディとシルフィは顔を見合わせ、
「お役に立てて良かったです」
と答えるのだった。
晩餐会も終わり、皆サロンでくつろいでいる。
キリーは昼間の疲れもあるのか、もう船を漕いでいるので、キリー付きのメイドが、客室に連れて行く。
両親とライアン夫妻は、お酒を飲みながら歓談している。
お兄様が、
「エディ、シルフィ、こっちに来ないか? 月がとても綺麗だよ」
そう言って、バルコニーに二人を呼んだ。
エディとシルフィもバルコニーに出て、月を眺める。
こちらの世界の月は、前世の月より一回りくらい大きい。うさぎが餅をついているようには見えないので、月自体も前世のものとは違うのだろう。
そんなことに、自分は異世界にいるのだと実感してしまう。
今日のデートも、デートと言うには破天荒すぎたよな。
シルフィがそんなことを考えていると、
「今日は本当に月が綺麗だな」
エディがそう言う。
「ええ、本当に綺麗ですわね」
シルフィがそう答えてエディの方を見ると、エディもこちらを見ていた。
エディの紫の瞳が、月の光を受けて煌いている。
(うわー、綺麗な瞳。月なんかよりずっと綺麗だわ)
シルフィがそう思って見とれていると、エディの手がそっとシルフィの頬に触れる。
シルフィは胸が高鳴るのを感じていた。
「月より、君の瞳のほうがずっと綺麗だよ」
そう言って、エディがゆっくりと顔を近づけてくる。
シルフィは、そっと瞳を閉じて、エディの口づけを受けとめた。
今は軽く触れるだけの口づけ。
でも、この口づけで、今日の一日のすべてが、これで良かったと思えるくらい、幸せな気持ちになる。
そうして二人は見つめ合い、もう一度、唇を重ねるのだった。
読んでいただいて、ありがとうございます。
今回は三人称で書いてみましたが、はたしてこの書き方でいいのかどうか…。文章を書くのは本当に難しいです。
戦いのシーンとか、その他のところも、いろいろツッコミどころは沢山あると思いますが、お話の中ということで、どうかご容赦ください。
また、番外編や本編の続きを書いていきたいと思っていますが、スローペースになると思います。気長にお待ちいただけるとありがたいです。
では、この番外編を読んでいただき、本当にありがとうございました。