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十三 Guess Who.僕は天才じゃないけれど

 昼食をとり終えてから、僕と新藤は揃って吹奏楽部が準備をする音楽室に行ってみた。

 文化祭は、部にとって吹奏楽コンクールと並ぶ晴れ舞台という事で、部員はもう集まって来ていて、部屋の各所で担当楽器ごとの輪を作って、パート練習に余念がなかった。


 西野先生は、いつもより少しピリピリした感じで、打楽器担当の三年生と、チューバ担当の一年生を相手に、指揮に合わせて二人の苦手な個所を繰り返し演奏する練習をしていた。

「ドラムスとベースがいない分、二人には目立つくらい活躍してもらわんといかん。自信を持って、メリハリを意識して。」

 僕らが来たことに気付いた西野先生は、「大先生、今日は頼むよ。」と、冗談めかした言葉とは裏腹の真顔で僕に話しかけてきた。

「任せて下さい。大船に乗ったつもりで。」

 新藤が親指を立てて請け合ったので、西野先生は、「お前が一番心配なんだよ。」と苦笑いしていた。

 新藤は曲の終盤で三十二小節のソロ・パートを任されている。楽器を始めて三か月程度の初心者で、吹奏楽の生演奏をバックにこの長さのソロを舞台演奏するのは、普通の人だとけっこうな冒険だと思うけど、全体練習で何度か上達の程を披露しているので、西野先生も言うほどには心配していないと思う。


 本番前に楽器を触っておこうという事で、僕も持参したセミ・アコースティック・ギターをケースから取り出し、ミニ・アンプにつないで、新藤のハーモニカと軽く音合わせをし始めた。

 この頃では、新藤は自分でも色んな奏法を耳で覚えて練習しているようで、音色やフレーズの小粋さに僕が舌を巻かされる事も珍しくなかった。

 ギターで時折リズム・パターンを切り替えても難なくついて来るし、それでいて、軽めのノリでも土着的なブルース・ハープらしさを失わない。

 面白くて二人で色んな曲調を試しているうちに、時間はあっという間に過ぎて、西野先生から「よし。そろそろ会場に移動するぞ。」と言われて時計を見ると、早くも僕らの出番が回って来る時間の十分前になっていた。

 それぞれが自分の楽器を持って音楽室を出てぞろぞろと一階に降り、別棟の体育館に向かっていると、廊下の途中で七海が待っていて、「さっき、昼食の時に渡し忘れたから。これ持って頑張ってね。」と、新藤に小さな茜色あかねいろのお守りを手渡した。お守りの表には金色の縫い取りで、『合格祈願』と書いてあった。

「サンキュー。」新藤は照れくさそうにお礼を言うと、それにうやうやしく口づけをしてから、胸ポケットに仕舞った。両手をあごで組んで見送る七海の方が、舞台に立つ本人よりも緊張している様子だった。


 体育館に入ると、サッカー部のリフティング対決が盛況のうちに終わったところで、幕が下りたので、僕らは入れ替わりにすぐ舞台に上がって、それぞれ椅子や楽器のセッティングに取り掛かった。


 準備が整って、西野先生が幕の間から顔を出して合図すると、放送部の司会が、「それでは、吹奏楽部と有志による、本格的なブルース演奏を、お楽しみ下さい。」とアナウンスして、幕が開いた。

 ギターをげて舞台中央に立った僕は、西野先生がざわついた会場が静まるのを待っている間に、来客席の方をあらためて確認してみた。すると、客席の横手の壁際で、響さんがビデオカメラをこちらに向けて手を振っているのに気が付いた。

 高谷さんは、やっぱり来られなかったんだ。そう思うと具合が心配だったけれど、響さんを代りに来させてくれて、撮影も頼んでいるのだから、きっと後で映像を観てもらえるに違いないと気が付くと、安心できたし、嬉しくもなった。

 振り返ると、マイクスタンドを前にした新藤が、ハーモニカをくわえて体を揺らしながら吹く真似をして見せた。僕は微笑んで、合図を待つ西野先生に向き直ると、自信を持って静かにうなずいた。

 指揮棒が掲げられ、振り下ろされると、まず僕のギターと仰木先生のピアノが主体のテーマ演奏が開始される。

 しっとりと、優しくささやきかけるように。

 〝Guess Who〟は、「誰かが君を気にかけているよ。」と愛する人に伝える、励ましと慰めの曲だ。

 心が温かくなるラブソングだけれど、今の僕には、色んな人達への感謝の想いを伝えるために、この上なく最適な音楽。

 気持ちが盛り上がる直前から、トランペットを軸にした吹奏楽が意表をつくように威勢よく入って来るのも、心地よく決まった。

 ワンコーラスが終わり、再度演奏が静かになり、僕はマイクに向かって、客席に話しかけるように歌い出した。原曲通りの英語歌詞だけれど、発音の良し悪しを気にするよりも、言いたいことを伝えたいという気持ちを込めて、丁寧に歌った。生徒席の横手の職員席を見ると、石井先生が、こぼれんばかりの笑みで嬉しそうに聴いていた。

 次の盛り上がりで、吹奏楽が再び前面に躍り出ても、ギター伴奏は抑えたままで、感情をじんわりとにじませる。

 手拍子や指笛を送ってくれる生徒席のクラスメイトたちに手をさし伸べて答え、来客席で手を振るお母さんにも、軽く手を上げて感謝の気持ちを伝える。

 そして、歌が終わるところで、響さんの方を向いて深く頭を下げた。響さんはゆったりと体を揺らしながら、ガッツポーズをしてくれた。


 ここから、西野先生の冴えたアレンジをバックに、新藤のハーモニカ・ソロが始まったのだけれど、その一音目の強烈な音色たるや、僕は全身の鳥肌が立つほど感動してしまった。


 まるでなりふり構わない、無我夢中の音でありながら、溢れんばかりの歌心が込められた、楽器が新藤そのものになったような生々しい響きだ。


 音色の魅力だけでなく、その後に続いたフレーズも、主題を活かしながら実に変化に富んだ大胆なメロディーラインを紡ぎ出して行く。


 以前、新藤は好みのハーモニカ奏者が見つからないと言っていたけれど、彼は自ら自分の好きなスタイルを編み出す事に、意図するでもなく成功している。


 天才という呼び名がふさわしいのは、頭で演奏を組み立てる僕よりも、むしろ新藤のように直感的に自分と聴き手の心をつかむタイプの演奏家なのかもしれない。


 本当に、すごいブルース仲間を、僕は同級生に持つ事になったものだ。


 三十二小節、見事な構成感で吹き切った新藤は、額に汗を滲ませながら僕を見て、「Yeah!」と言って笑った。


 曲が全ての楽器総出の盛大な華々しさで締めくくられると、客席からはまさに割れんばかりの大きな拍手と喝采が巻き起こった。


 ブルースが、こんなにも人を楽しませ、喜ばせる事ができたのだ。

 もちろん、僕にとっても、今まで経験した中で、最高だと断言できる、素晴らしいステージだった。


 新藤が肩を組んで来て、「これは病みつきになる気持ち良さだわ!」と言った。

「うん。お前は凄いよ。」僕は素直に彼に脱帽した。

「俺らは、だろ。」新藤が肩を揺さぶったので、僕は半分泣き笑いになりながら、「うん。」と答えた。


 挿絵(By みてみん)


 鳴りやまない拍手に応えて、一同はお辞儀をすると、高揚した気分のまま舞台そでに移動して、階段を降り始めた。


 職員席の石井先生が、立ち上がって拍手してくれながら、退場する僕らに、「素晴らしかったよ!」と声をかけてくれた。

「ありがとうございます!」

 僕と新藤、そして部員みんなは、めいめいにお礼を言いながら体育館を出ると、待ちかねたように喜びを爆発させて叫んだり飛び跳ねたり、まるで大騒ぎで、緊張から解放された安堵を口にし合った。でも、西野先生から、「ほら、ここで騒がない。会場に聞こえるぞ。」と注意されたので、すぐに声を抑えて笑いながら、ひとまず楽器を置きに急ぎ足で音楽室へ戻った。


 西野先生は、教室で再びはしゃいだり讃え合ったりする興奮冷めやらない生徒たちを満足そうに見渡すと、「おめでとう。日頃の練習の成果が、余すところなく出た、立派な演奏ぶりだった。客演の二人も、お疲れさま。心のこもったとても良い演奏だった。特に新藤。短い期間で、よくここまで上達したな。正直、お前を見直した。」

と、ご自身もやっと肩の荷が下りたといった様子で、みんなをねぎらってくれた。

 新藤は僕の肩を叩いて、

「先生が一流でしたからね。」と言って、また周りを大笑いさせた。

 その後、少し休憩を取ってから、僕らはプログラムが続いている体育館の、各自の生徒席へ静かに戻って行った。

 クラスメイトの席の間を通り抜ける時、七海が待ちかねたように身を乗り出して、小声で、「かっこ良かったよ。上手く行って良かったね。」と新藤に声をかけた。新藤は「おう!」と答えて、お守りの入った胸ポケットをポンポンと叩いて見せた。

 やがて、三時半頃までには、運動部と文化部、それぞれの出し物が滞りなく終了し、校長先生の閉会のあいさつも終わって、来客席が開放感で再びざわめく中、生徒たちは帰りのホームルームのために、いったん各自の教室に戻る事になった。


 体育館から出ると、運動場へ向かう石段のたもとで、響さんが待っていて手招きしたので、僕は生徒たちの流れから外れて、「今日は、来てくれてありがとうございました。」と頭を下げながら歩み寄った。

「すごい名演だったよ。撮ったビデオは、DVDに焼いてあげよう。家でうちの母にも観せるよ。鳥夫君が世界で活躍するようになったら、きっと価値が出るぞ。」

 そう言って、響さんは高谷さんそっくりに朗らかに笑った。

「高谷さんの具合はどうですか?」僕は、ずっと気になっていたことを、できるだけ前向きな調子で聞いてみた。

 響さんが「父はね……。」と、少し言いよどんだので、僕はハッとして、次の言葉に身構えた。

 でも、心の準備はできていたので、自分でも意外なほど落ち着いていた。

 それを見て、響さんはあらためて、おとといの夜、高谷さんが眠るように亡くなった事を、僕に伝えた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 新藤君は天才でしょうね。 でもこういう感覚的な才能が発揮されるのは環境によるところも大きいように思います。 彼がまだ多感な年頃だから、鳥夫君がいるから、かなと。 ともあれ、人の心を揺さぶ…
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