十二 天才少年、初めての文化祭を楽しむ
夏の暑さが次第に和らいで、空の色がいくぶん秋めいて来た九月最後の土曜日、青星中学校の文化祭が、好天に恵まれて開催の日を迎えた。
うちの中学の文化祭は、体育館の舞台上で、各クラスや部活動の部員たち、出演を希望した生徒個人などが、出し物を披露する、という形式の、演芸会のようなもの。
だから、好天は、学校まで足を運ぶ保護者と、お客さんにたくさん来てもらいたい生徒たちにとって、非常にありがたい天気、という事になる。
期待通り、午前中から、体育館の後方の来客席は、保護者でいっぱいになって、椅子が足りなくて立ち見が出るくらいだった。
校長先生の開催のあいさつを控えて、まだ会場がざわついている中で、前方の生徒席から、新藤が立ち上がって、大入りの来客席の方を振り返って、こう言った。
「おおお。俺のコンサートへようこそ!」
クラスのみんなが笑って、「いやいや、お前を見に来たわけじゃないから!」とか、「自意識過剰男!」なんて冷かしていたけれど、七海は「新藤の演奏聴きたい人もきっと来てるよ。ここにも居るもん。」と、大真面目な顔で新藤を励ましていた。
新藤は、心強い味方を得て、ますます気が大きくなったようで、「お前ら、俺を見くびった事を、後悔させてやるからな。」と、自信たっぷりに豪語した。
そんな賑やかさにまぎれて、僕はそっと来客席の方を確かめてみた。けれど、普段と違う雰囲気を楽しみながら話し込んでいる大勢の大人の中には、高谷さんらしい人の姿を見つける事はできなかった。
と、最前列で、にこやかに手を振っている、スーツ姿のめかしこんだお母さんに気が付いた。嬉しかったけれど、みんなの手前、ちょっと気恥ずかしくなって、僕は一礼すると、早々に舞台を向いて座り直した。
プログラムでは、午前の部がクラスと個人の出し物、午後の部が部活の出し物という事になっていて、吹奏楽部と僕らの競演は、午後の部のちょうど真ん中くらいに位置していた。
高谷さんは、調子が悪いんだろうか……。演奏を見に来て欲しいなんて誘ったのは、かえって体に負担をかけてしまって、良くなかったのかもしれない。
高谷さんが来られない理由をあれこれと考えて、気をもんでいたせいだろう、いつの間にか、校長先生は登壇していて、気が付くと開催のあいさつを終わらせていた。
担任の白井先生から声がかかったので、僕ら一年二組のクラス全員は、身をかがめながら舞台そでの上り口に移動して、男女二列に並んで待機した。舞台上ではすでに一年一組が、ひな壇に整列して、谷川俊太郎の詩、〝朝のリレー〟の群読を披露していた。
クラスの出し物は、一年生から順に披露して行くのが恒例らしい。うちの学校は一学年に四クラスあるから、一クラスあたりの出番は、五分程度と短めだ。我らが一年二組の演目は、音楽の授業で習った、〝赤とんぼ〟を、男声女声の二部で合唱するというもの。音楽の仰木先生のピアノ伴奏がとても品があって美しいから、僕らの合唱まで、歌っていて何とも上品な味わいが表れているように感じられる。
本番も、どうやら練習通りに男女の声量を揃えて歌えたようで、歌い終わった後の、客席から起きた温かな拍手が気持ち良かった。
僕らの後のクラスも、やっぱり詩の朗読か合唱が多かったけれど、中には、学校生活をテーマにしたコメディタッチの寸劇や、日用品を打楽器にした集団演奏、それに、法被を着て踊る派手な創作ダンスを披露する組もあった。
個人の出し物は、漫才が一組と、ロボットダンスが一人。
一年生の漫才は、プロのお笑い芸人のように面白い、とはいかなかったけれど、二人でネタを考えて、この日のために何度も練習したんだな、というのが伝わって来る素直な内容だった。それもあって、演じ終えると、応援するような高らかな拍手が来客席を中心に起こった。二年生のロボットダンスは、見た目のなよっとした感じとは裏腹の本格的なもので、マイケル・ジャクソンの曲に合わせて変化に富んだ難しそうな技の数々を披露したので、生徒席も来客席も一体になってかなり盛り上がった。
新藤が、「来年は俺も、ロボットダンスで勝負するかな。」と言ったので、みんなはまた大笑いした。
そこで昼になったので、生徒は昼食をとりにいったん自分たちの教室まで移動する事になった。
教室に行く途中で、お母さんが僕を呼び止めて、小声で、「中学の文化祭だから、つまらないかと思ったら、けっこうすごいね。」と言ったので、僕はにやっと笑って、「まあね。」と答えておいた。
高谷さんは……、見回してみたけど、やっぱり来ていない。
今日は、もう来られないのかもしれないな……。