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6話 休日

 


 大きな耳が追いかけてくる。



 腹の膨れたガキのような身体に、赤ん坊のような短い手足を血に染めて。



 いくら走っても、走っても、走っても。



 小便小僧の身体の上に一対の大きな耳を備えた化け物がどこまでも、どこまでも。



 どうすれば。どうすれば、俺はこいつから生き延びれるのだろうか。



 いやだ、来るな、死にたくない。









 €TIPS 残り2年と11ヶ月







「………ん」



 目が開く。


 染みるのは朝日。カーテンを閉めずに寝たせいで部屋の窓からひっきりなしに朝日が届き続ける。






 無意識に身体を起こす。喉が渇いた。



 黒いカーテンの隙間から光がわずかに差し込む。部屋の隅や至るところに積まれた雑誌や、斧の砥石、畳まれていない洗濯物が積まれている。



 味山は居心地の良いさほど汚くも綺麗でもない自分の部屋で目を覚ました。




「……嫌な目覚まし……」



 毎朝、起きるたびに耳に届く囁きはカウントダウンだ。


 あの日、1ヶ月前の修羅場から味山只人が生き残ると同時に告げられた寿命、あの恐ろしい化け物との決着をつけるタイムリミットがまた1つ、進行した。



「あー…… 頭痛い。なんかまた夢見てたな、これ」



 ベッドからむくりと起き上がり、背伸びをする。ピチチと窓の向こうから鳥の鳴き声が聞こえた。



 頭の中に残るのは夢の残り香、何処かで誰かと会話していたような気がする。1秒、1秒経つごとにその記憶はもう追いかけれないほどに薄れた。



「……強くなって生き残れ……要はそう言う事だろ」



 なんのつぶやきだろうか、味山は眠気の抜けない頭でぼんやり考えた。


 まあいい、今日は休みだ。積んでいたゲームでも消化して、昼になったら飯でも食いに行って、ついでに()()の掘り出し物でもチェック……


 味山は思考がまとまらない。


 ダメだ。頭がぼんやりする。シャワー浴びようーー




 ピコン。



 ベッドの枕元から電子音が鳴る。手に取り画面を起動するとそこには




[おはよ! タダヒト、昨日の約束は忘れてないわよね。お昼12時半に探索者街のアメリカ街区域、ワシントン噴水で待ち合わせね。遅れないように!]




 自動翻訳されたメッセージが踊る。送り主はアレタ・アシュフィールド。



「……なんのことだ、約束? したっけそんなん」



 味山が頭をひねるとすぐに酒にぼやかされた記憶が浮いてきた。




 ーータダヒト、明日ランチ行きましょ、良いお店見つけちゃったの




ーーあ、あ?  うーん、もうなんでもおっけー?



 昨日たしかに酒を飲みながらそんな話をしている。


 「……してるわ、約束」



 多分なんも考えずにオーケーを出した気がする。味山は大きく溜息をつく。


 ゲームは夜までお預けか。



 面倒くさい。待ち合わせは行くまでが本当に面倒くさい。


 味山はしばらくベッドの上で固まり、そして



「よし、動くか」


 自分に言い聞かせるように大きく声を張り上げてシャワールームに向かった。





 ………

 ……

 …


 片付けられ、清潔な白で統一された綺麗な部屋に機嫌の良い鼻歌が響く。




「ふん、ふんフーン」



 鼻歌が自然とまろび出る。


 昨日あれだけお酒を飲んだのに、目覚めは爽やかだ。


 送信したメッセージへの既読はまだつかない。まさかまだ寝ているのだろうか。



「ま、いつものことね。タダヒトの返信が遅いのは」



 アレタ・アシュフィールドは広い部屋、天蓋の付いているこれまた馬鹿でかいシルクのベッドの上で仰向けになった。



 パンツとブラジャー、下着姿のままで過ごすのがアレタの自室でのスタイルだ。


 白いシーツの上で絞られたしなやかな身体が転がる。長い脚を組み替えながらアレタは呟く。


「何着て行こうかしら……」


 手元に置いてある探索者端末を触る。電子音が鳴ったあと、部屋に備えられているクローゼットが自動で開く。



 タダヒトはどんな服が好みなんだろ。パンツスタイルだとよく脚に目線を感じるからそれにしようかな。


 でもあんまり気合い入れてるとか思われても悔しいし、どうせタダヒトはいつものパーカーにジャージだろうし。



「むー…… なんか無性にムカついてきたわ。なんであたしがこんなことで悩まないといけないんだろ」



 アジヤマ タダヒト。


 口の中でその名前を呟く。タダヒト、タダヒト、タダヒト。


 1ヶ月前、救援要請をいつものように拾い上げ、いつものように救った探索者。


 死にかけの探索者を救うのはアレタにとって特段珍しいことでもない。しかし前回の味山只人の救出任務は結果的にはいつもと全く違う終わりを迎えた。




 ーー手を貸せ、アメリカ人。これは俺の探索だ



「ふふっ、なーまーいーき」



 あの日の味山の言葉を思い出す。指定探索者である自分に対して傲慢とも言える態度で言い放った言葉。


 何故だかその時のことを思い出すと、アレタは笑ってしまう。



「タダヒト、あなたは何者なのかしら。まさか、ほんとにニンジャだったりしないわよね」



 ゴロンとうつ伏せになり枕元に置いてある写真立てに手を伸ばす。チームを組むようになった記念に噴水広場で撮った写真が貼られてある。


 笑みを浮かべる唇、細い人差し指が写真に写るへたくそな笑顔の男をなぞった。



「ふふ、楽しみ…… さてと、シャワー浴びてお化粧しなくちゃ!」


 おもむろに立ち上がりアレタが伸びをする。鍛えられ、それでいて女性的な丸みを帯びた長躯が朝日にさらされた。



「……一応、下着も新しいのにしとこ。うん、一応ね、マナーってやつよね、うん」



 誰への言い訳かもわからないことをつぶやきながらアレタが広いジャグジールームへ脚を運ぶ。


 時刻は8時23分、待ち合わせにはまだだいぶ余裕があった。



 何故味山と会う約束をしているだけでこんなにも楽しみになるのだろうか。



 ふとアレタは自分の感情を不思議に思う。この高揚感の理由がよく分からない。


 味山より優秀な男や容姿が優れている男などいくらでもいる。そして自分はその優れている男などいくらでも好き放題に選びことの出来る立場にいる、と思う。



 それなのになぜ、味山を食事に誘うとこんなにウキウキするのだろうか。



 湧き上がる疑問はしかし、朝一番に浴びたシャワーの熱に溶かされすぐにどうでもよくなっていた。



 ………

 ……

 …




「さてと、10時半か。今からアメリカ街に行っても早すぎるなあ。よし、寄り道したろ」



 味山が管理アパートの階段を降り、端末で時刻を確認する。


 待ち合わせにはまだ早いが、このまま部屋にいれば間違いなく2度寝をする自信がある。


 それを避けるべく味山は行動を開始していた。



 薄手のパーカーにジャージパンツ、動きやすいスポーツシューズ。ファッションに興味のない大学生のような格好で味山は歩き出す。



 アレタ・アシュフィールドと食事に行くというのにあまりに気合いの入っていない格好、しかし味山はなんら気にすることはない。


 多分、これが正解だ。アイツは俺が気を使うことを望んでいない。味山は味山なりにアレタ・アシュフィールドとの接し方を考えていた。



「いー天気だな」



 歩みを進めながら空を見上げる。澄み渡る青はどこまでもどこまでも続いている。



 味山の住む探索者街から目的地のアメリカ街は歩いてだいたい15分、余裕だ。



 探索者街の街並みは奇妙だ。


 それぞれの国独自の特色や文化がごった煮にされており、西洋風の建築が立ち並ぶ中に、日本家屋風味の喫茶店があったりと混沌としている。



 現代ダンジョン、バベルの大穴の入り口があるここバベル島は大きく分けて2つの区画に分けられている。



 探索者街と国街。探索者が多く住むベッドタウンが探索者街、それ以外のダンジョンに携わる者や国から派遣された軍部が駐屯するのが各国の特色が反映されたリージョンタウン。



 味山は中心にある探索者街からその周りにあるリージョンタウンの1つ、アメリカ街を目指して歩いていた。




 ワイワイガヤガヤ。



「はい、そこの探索者さん! 探索前にウチの三戦鳥の焼き鳥食べていってよ!」



「公営カジノ11時よりオープンでーす! 遊んで行って下さーい!」



「こんにちはー、今度日本人街にオープンする探索者組合公認酒場、花魁キャバクラでーす。明後日からグランドオープンです!」



「おい、アレタ・アシュフィールドのウィンスタ見たか? 今日はアメリカ街にいるらしいぜ!」



「まじか、見に行くか!」




 活気溢れる道、人の波の隙間を味山が歩く。



「いつ来ても祭りだな、ここは」



 探索者街のメイン通り。


 昨日打ち上げを行なった探索者酒場と同じく、ありとあらゆる人種がその広い道路を行き来していた。



 現代ダンジョン、バベルの大穴は富を生む。


 それはダンジョンに隠された財宝であったり、怪物種の素材であったり、はたまた特別な力を持つ物質、"遺物"であったり。


 種類は別としてとにかく金を生む。ならば世界中から人が集まるのは当然だった。



 味山は屋台の呼び込みや喧騒を耳に収めながら歩く。



 歩行者天国と化している大通りを進むと、看板が道脇に置いてある。


 まっすぐ進めば目的地であるアメリカ街、しかし味山はその道を右に曲がる。



「王龍寄っても間に合うか。……さて掘り出しモンがないかな」



 中華街と書かれた看板の示す先に味山は脚を伸ばした。


 てくてくと歩き続けると目の前に、大きな門がそびえ立つ。大きく開かれたそれは中華街への入り口、[歓迎光臨]と銘打たれた大門へ近づく。



「やあ、こんにちは。探索者さんかな?」



「どーも、守衛さん。お疲れ様です、中華街へ行きたいんですが」



 大門のたもと、門番のようにそこで待機している人物が味山に声をかけた。


 黒い警護服に身を包み、ヘルメットを被ったその姿はバベル島の法と律を守る警邏部隊の制服だ。



「はいはい、じゃあ探索者端末の提出をお願いします。……はい、ありがとう。味山さん、だね。ようこそ、中華街へ。滞在時間はどれくらいの予定ですか?」



 差し出した端末を受け取りながら味山が答える。



「1時間以内です。王龍での買い物が目的です」



「王龍、はは! 珍しいな、他国の探索者さんがあの店に寄るのは滅多にない。いや共和国の探索者もあまり寄らないか……。 おっと、無駄口が過ぎた、はい、手続きと確認は完了しました、祝你度过愉快的一天(良い一日を!)



「ええ、警邏さんも良い一日を」



 味山は頭を下げて大門をくぐる。



 奇妙なものだ。門を1つ超えただけなのに一気に街並みが変わった。



 ところどころに置かれた龍の彫像、赤い屋根が立ち並ぶ異国の風景。



 バベル島、中華街。探索者組合中華人民共和国支部を構えるバベル島における中国勢力の本拠地。



「王龍、潰れてねーといーけど」



 味山の寄り道はここにある。


 しばらく歩く、大通りの脇、飲茶の屋台の誘惑を突き抜け、チャイナドレスの美人のスリットをチラ見しながら目的地を進む。




 大通りをしばらく進み、小道に入る。そこを抜けるとまた広いスペースが現れた。




 王龍。店の門構えにはそう書いてある。屋根には大きな龍が空を飛んでいるような意匠が施されていた。



「ラーメン屋かよ」



 味山は呟きつつ、その店の扉を開いた。


 時刻はまだ11時、時間はたっぷりとある。



読んで頂きありがとうございます!


宜しければ是非ブクマして続きをご覧ください!

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