キサキ・ハートブレイク
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……
…
思い返してみる。
なぜ、あの人に惹かれたのかを。
第一印象は、うん、普通。笑顔が下手くそな人だなってぐらい。時臣とは合わない人だろうなって思ったのもあったっけ。
初めての探索で新人だった私たちの教育係、組合があてがった担当が彼だった。
「初めてだから多分身体動かなくなるかもしれません。その時は地面に伏せておいてくださいね」
出発前、彼から言われた忠告を私と時臣は聞き流していた。
私は高揚していた、合法的に力を奮って命を奪っても良い初仕事に高揚して、話なんて聞いていなかった。
時臣は舐めていた。目の前にいる身体はそれなりに鍛えてるけど体格に才能が一切ない凡人を前に、完全に下に見ていた。
……ううん、それは私もか。
見ただけで、ある程度その人間がどれくらいやれるのかは分かる。
私から見た彼の印象、強くない、足運びも体幹も素人よりは鍛えているけどその程度。
私の家の門下生、その誰にも勝てない、素人に毛が生えたような存在、その程度のものだと思っていた。
あの時までは。
息が出来なかった。膝が笑って立てなかった。
VRトレーニングも適性試験も心理テストも全て余裕でこなしていたのに、私達はほんものの前に何も出来ず、ただ震えて動けなくなった。
怪物種、あまりにも強大な命の塊、その圧倒的な生の前に私の人生のちっぽけさを思い知らされた。
新人向けの仕事、慣れるための仕事、そう聞いていた。怪物種15号、"灰ゴブリン"、群れを成し、家族を形成する二足歩行の怪物種。
グループから逸れた3匹を狩る、ただそれだけの仕事だった。
なのに、私たちは小人のような大きさしかない怪物、それと目が合った瞬間、動けなくなった。
ガチガチ、がちがち。何かうるさい音がすると思えば自分の噛み合わない歯軋りの音だった。
時臣にかばわれるように地面に伏せる。探索服が泥だらけになるのも気にせずに。
震える膝は嘘みたいに簡単に砕けてその場に伏せることが出来た。土の味がいつのまにか口の中に広がっていて、それで。
笑い声が聞こえた。
震えて、それでも動けない私たちを尻目に彼が一歩、二歩、ずんずんと灰色の小人達のもとへと歩いていく。
「味山スペシャル」
ふざけたようなニホン語は、初めそれが言葉だと認識出来ないほどにこの場にそぐわない呑気なものだった。
ぽいっと、彼が小人達に向けて放り投げた赤い火薬、それが破裂する。
火薬の匂いが鼻をくすぐり、世界に音と光がはじけて混ざる。
はは、
グルグル回る世界の中で、彼は笑った。
笑って、私たちから見ればお粗末すぎる動作で、手斧を振るう。
ふりかぶり、振り下ろす。閃光で動きを止めた小人達に肉薄した彼はそれを繰り返す。
それだけで。
青い血が吹き出す、笑い声が更に大きくなる。小人の身体を蹴飛ばす、地面に倒れたそれに手斧が下され、ぐちゃり。
「凛、凛……! 大丈夫か! 俺が、俺が守るから!!」
身体の震えはいつのまにか止まっていた。幼なじみの時臣が必死に私を庇うように抱きしめていてくれたから、ではない。
彼に、見惚れていた。
時臣の言葉は、何一つ聞こえない。私の耳、耳穴から鼓膜まで全部、彼の凶暴な笑い声が染みていく。
その不器用で汚くて雑でめちゃくちゃな動き、それでもそれは強大なる命を1つ1つ終わらせていく。
なんて、なんて綺麗なんだろう。なんて美しい姿なんだろう。
もう青い血に汚れる彼から目を離せなかった。
笑い声を聞くだけで耳が悶える。
その姿をみただけで瞳が震える。
探索が終わった後、かなり無理を言って半ば無理やりに彼を私たちのチームに編入させてもらった。
この時ほど、貴崎の家が名家だったことを、門下である坂田の家が組合の要職に就いていたことを嬉しく思ったことはなかった。
彼が、チームを離れるきっかけとなったあの夜、その瞬間しばらくの記憶は定かではない。
覚えているのは、坂田時臣とその取り巻き達が全員怪我を負って入院した事、彼が一時的に警備隊の詰所に連行された事。
それを聞いた瞬間、何故か納得したことを覚えている。
ああ、それはそうだ。時臣とその取り巻き数人では、彼には勝てない。
むしろよく殺されなかったものだ、と。
自分の中で、何かに対する温度が冷えていったのを覚えている。
あーあ、これでもう、一緒にはいられないな、と呑気にただ感じた。
あの女と彼がチームを組んだ。組合の新聞やネットニュースでそれを知った時、初めて私の中に熱が灯ったのを覚えている。
間違っていなかった。
私が欲した彼の価値は、間違えていなかった。悔しさとか憎しみとか、そんなものを超えて少し、安堵した。
ああ、あの星、あの星を越えよう。星すらも斬り落とした先に彼がいる。
仲間でも、友人でもないこの微妙な関係は居心地がよかった。
でも、もうダメだ。
私は私を我慢出来ない。
あの日、星が世界に向けて開いた会見。
星が見せた人類の可能性も何ももう、私にはどうでも良い。
大切なのはただ一つ。
只1人の男のことだ。
ーーー
銃弾を、斬った。
表向きには全てアレフチームと日米両首脳が手がけた余興だと処理されている。
は、ははははは。余興?
馬鹿な。衆愚ども、有象無象の目はごまかせても、私は誤魔化せない。
彼は本当に、銃弾を斬った。
あの日から夜、うまく眠れない。熱だ、私1人ではどうしようも発散出来ない熱が身体にまとわりつく。
下腹のあたり、おへその奥の更に奥の何かの部分が、疼いて仕方ない。
息が荒くなる、頭の中が彼の姿でいっぱいになる。
苦しい、熱い、苦しい、痛い、かゆい、気持ち悪い、気持ち悪い、きもちわるい、きもち、わる、きもち、いい。
熱がきもちいい。気持ち良くて頭がおかしくなる。
もう、ダメだ。私は、私を我慢できない。
彼、彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼彼。
あの人。
味山只人、私はもう、あなたを我慢出来ない。
試したい、あの人の奥底に何があるのか、もう試さずにはいられない。
この熱が彼を殺してしまうようなものに変わるまでに、吐き出さなければならない。
「お嬢様、雪代様から知らせが。万事、うまくいったとのことです。これより味山さんが準備を終えて鍛錬所に入ります」
フスマの向こうから、始まりが聞こえる。
私は立ち上がり、畳を踏む。
ああ、この性は止められない。
たのしみだ。なんてたのしい私の人生。
味山只人、あなたを知りたい。
私は、また高揚を抱えて彼を想っている。
わからないから探しに行こう。
味山只人、あなたは私にとっての、新しい納屋の奥の骸骨なのだから。
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