69話 ある日の指定探索者たち
「よーう、52番目。相変わらず目つきの悪いストーカー引き連れて、お前も苦労性だなあ」
アメリカ街のとあるパブ。
探索者や島で生活する者達の喧噪。
カウンターに並ぶ2人の女性。気の早い探索者ならナンパの1つでもあるはずだが、どれだけ酔っている男でも、彼女たちの顔を見ればギョッとしてそそくさと遠くに逃げる。
そんな真空地帯のカウンターに腰かけている二人の女性に向かって軽薄な女の声が届いた。
「チッ、クソビッチ。確認するが、そのストーカーというのは誰のことを言っているんだい?」
心底、忌々しそうに舌打ちをした赤い髪の女性。
少女と見まごうばかりの幼い顔立ち、新雪が降り積もったような白い肌に白い唇。前髪で隠れた義眼をぎょろつかせて、ソフィ・M・クラークが振り向きざまに悪態をつく。
「あー? こりゃ驚いた。自覚がなかったのか? まあ、ストーカーなんてそんなもんか」
普通の人間なら向けられた時点で足がすくむ殺気を浴びつつも、その女の足取りは止まらない。
信じられないほど気安く、彼女の隣の空いた席に身体を滑り込ませた。
「ちょっと、ルーン。口が悪すぎよ。貴女は憎まれ口を叩かないと人とコミュニケーションが取れないのが悪徳だわ。ソフィも、いちいち彼女の挑発に乗らないの」
彼女。金髪の髪に青い瞳。健康的に整った肢体を長いジーンズとシャツに包んだ美女が2人をたしなめる。
「だってアレタ、このビッチが」
「ソフィ」
「う、わ、わかったよ、アレタ」
親に叱られたこどものようにソフィがしゅんと黙りこむ。
「あっはっはっは、こりゃいいや。よお、クラーク。私は心底52番目がこの世に存在していてラッキーだと思うよ。この世であんたに問答無用で言うこと聞かせるのはこのアメリカ女だけだろうからね」
女が笑う。
毛先はエキセントリックな緑色、根本に近づくほどに本来の地毛である金髪に変わっていく。
ピアスの開いたヘソが出ているタンクトップにぴったりと脚のラインが分かるパンツ。、
盛り上がった胸に、くびれた腰、男たちの視線がよりその席に集まる。
垂れ目がちの目元には、奇妙な丸い形をしたタトゥーが彫られワイルドな印象を強くする。
胸元で光る十字架のアクセサリーが、異様なほどに似合っている退廃的な美人。
「ルーン、それほめてるつもりかしら?」
ぐびり、アレタがグラスを傾けながら静かに呟く。
「んだよー、52番目。わかんねーかあ? 恥ずかしがりの私なりの愛情表現だろうがよー。私ほど正しくあんたに敬意を抱いてる人間はいねーよ。そこのストーカーや世間の連中と違ってね。あ、これ美味しい」
ぐびり、アレタのグラスを当たり前のように奪い取ったルーンと呼ばれた女が、グラスを空にする。
「アレタ、何度も言うがやはり友人は選ぶべきだよ。この女の品性は下劣だ。君にもし移ったらと思うとワタシは耐えられない」
「おいおいおいおい、クラーク、処女こじらせるのは自分だけにしておくれよ。あんまり女に幻想持たないほうが精神的に安心だよ」
「女のお前がそれを言うなよ。はあ、なんでお前みたいな女をアレタは友人として選んだのかさっぱりだ」
「はっはっは、ひでー言い草だなあ、表に出ろよ、出来損ない」
「出てどうするんだ? お前にワタシがやれるとでも? 色狂い」
「2人とも、やめて」
「……すまない、アレタ」
「……ラジャー、52番目。悪かったよ」
「もう、2人とも顔合わすたびにケンカするのはやめてよね。お店の迷惑になっちゃうわ。ルーン、あたしの飲み物勝手に飲むのはやめて自分のを頼みなさい。久しぶりにみんなで飲むんだから」
「オーライ、ボス。マスター、エールある? ああ、じゃあそれちょうだい」
「ルイズはやっぱりこれなかったの?」
「ああ、あのモンスターフリークは残念ながら仕事だとよ。ほら、今組合と軍が躍起になって調べてる新種の調査。結構、苦戦してるみたいねえ」
ぐびり、渡されたジョッキをあおりながらルーンがぞんざいに答える。動作するたびに薄着を盛り上げてる胸が大きく揺れる。近くの席の男たちが横目にそれを盗み見ているが、それを気にする様子は一切ない。
「ああ、あのアンノウンか。近々上級探索者を中心とした調査、掃討作戦が行われると聞いていたが」
「さすがに耳が早いね、クラーク。そうさ、今回の新種はどうもきな臭い。ここ最近の探索者の行方不明者の爆発的な増加もその新種が絡んでるらしいよ」
「……どうしてお前がそんなことまで知っている?」
「寝床を共にした男は口が軽くなるもんだよ。屈強で訓練を積まれた軍人でも男であることはすてられないからねえ」
「チっ、口が軽くなるのが男だけであることを祈るよ」
「安心しろよ、クラーク。うぶでネンネなあんたと一緒にすんじゃないよ、こちとらベッドで本音を話すことなんて16の頃に卒業してる」
「ああ、神よ。どうかこの下半身女になるべく苦しい試練をお与えくださいませ」
ルーンの言葉にソフィが戯けて胸元で十字を切る。ソフィがすると妙に形になっていた。
「ふふ、仲いいわね。ソフィとルーンは」
2人のやりとりを肴にしていたアレタがニヤリと笑う。
「「どこが??」」
同じようにつり目になった2人がアレタに迫り、
「そういうところよ」
軽く流される。
「っくそ、かぶせてんじゃねーよ、クラーク。まあいいや、つうかよー52番目、こーんな仕事の話なんざするためにお前に逢いに来たんじゃねーよ。別の話しようぜ、別の話」
「別の話?」
「おいおい、お前までクラークってんじゃねーよ。あのお子様とは違うだろうが。男、お、と、こだよ。オトコの話しようぜ」
「おい、今のクラークってるというのはどういう意味だ? 色女。あ、これじゃあなんか誉め言葉みたいだ」
クラークの文句を無視してルーンがアレタに身を寄せる。
肉感的な、どこか退廃的な美が、明るい光のような美と重なる。
「ちょ、ちょっと、ルーン近いわ、熱いんだけれど」
「ほーんとお前、きれいだよなあ、52番目。女の私からみてもあんたはクールだ。そんなクールなあんたとも軍からの付き合いを考えればもう5年だろ? 私は心配だったんだよ、今まで男の噂がなかったからよー」
「し、心配?」
「そうだよ、あんたが女のほうがイケル口なんじゃないかってなあ。いやあ、今日はめでたい日だ、ほんと、あ、マスターおかわりー」
「ルーン、何が言いたいの?」
「あー? 隠すなよ52番目。お前、男できたんだろ? な? 水臭いぜえ、ウチらの仲じゃねーか。お前の口からききたかったんだぜー?」
ルーンが長い脚をアレタの長い脚に絡ませながらつぶやく。怪しい美しさを持つ女と、陽光のような美しさの女が絡み合うその光景は見ている者の心に焦がれる何かをもたらす。
「な、なんの話よ、ルーン」
アレタが、少し言葉を言い淀む。
目を丸くしたのはルーン。ぱっと、アレタから離れてワナワナ身体を震わしたかと思うと、
「へい、ヘイヘイヘイヘイヘイヘイ!! その反応! おいおいおいおいマジかよ52番目! あんたのそんな人間臭い顔初めて見たよ! マスター、祝いだ、この店の今日の会計、私が全部出すよ」
「え? は?」
突然話を振られたカウンターの店主が首を傾げる。
その様子にルーンが舌打ちをする。悪態すら、絵になる女だ。
「んだよ、商売下手め。ほら、指定探索者端末だよ。正真正銘のブラックフォンだ。面倒くさいからこの店に先に10万$振り込んどくから今日は全員無料で飲ませてやんな」
ぷらぷらと胸の谷間から取り出した黒色の端末をいじるルーンの言葉に、店主がかたまる。
ずり下がった眼鏡をかけなおしながらパッド端末を確認し、すぐに口をあんぐり開けた。
「え。は? は、入ってる…… 振込名義…… スカイ・ルーン…… 指定探索者の!?」
「だから、最初からそう言ってんじゃないのよ、マスター。入金確認できたならほら、さっさと酒を用意してきなよ。足りなかったら探索者組合イギリス支部に請求書おくりな。即日入金されるからさ」
言いたいことだけを言っだ後、ルーンが器用に丸椅子の上に立ち上がる。
何も大きな声を発したわけではない、しかし注目が集まった。
「よーう!! 酒飲みの凡人ども! あんたら今日は運が良いよ! おごりだ、この店の酒はぜーんぶ! この私、スカイ ・ルーンと我らが大英帝国の奢りだよ!」
カウンターから振り向きざまによく通る声でルーンが叫ぶ。
一瞬の沈黙のあと、破裂するような歓声が轟いた。
「あれ、本物の! スカイルーンか?! 指定探索者だ!」
「まじかよ、ケルト十字!!」
「おい、聞いたか? 指定探索者様のおごりだ!!」
「ケルト十字最高! 抱いてくれ!」
「ルーン様、マジ女神」
「ははははは、ありがたがれよお、凡人ども!ただし、今日の酒、今日の乾杯はすべてここにおわす我らが52番目の星に捧げるように! 返事はあ?!」
「「「「「はーい!!!!! きゃっほおおおう!!!!」」」」
パブの熱気が二段階ほどあがる。一気に注文が飛び交いはじめ、店員たちがてんやわんやと動き出す。
「乾杯!! 52番目の星と、ケルト十字の友情に!!」
「アメリカ野郎でもアンタのことは愛してるぜえ! 52番目の星!!」
「クラークせんせええ! おれだあ! 結婚してくれえ!」
「おれだ! すぐに人員を回してくれ! いいから! 金は払う! それと休みのバイトにも全員連絡入れてくれ! 特別ボーナスを出すと伝えろ!」
ぼんやりしてたマスターが顔色を変えて人目もはばからず電話を始める。
「はっはっはっは、いやー、やっぱ酒の席はこうじゃないとねえ。……これで私たちの席を盗み聞きしてる連中はいないよ、52番目」
「あ、あなたねえ、はあ、敵わないわ、ルーン」
アレタががくりと肩を落とす。
どうやら盗み聞き対策のためにわざわざあんな真似を本気でしたらしい。そうだ、この年上の友人はいつも本気だ。
「んっでよお、聞かせろよ52番目? あんたのハートを射止めたのは誰だ? あのギラギラの大統領か? それともとうとうルイズのアプローチに反応したか? それかそれか、どっかの指定探索者か? あ、そういやハリウッドのセレブっつーパターンもあるよなあ、おい」
ルーンが整った顔に下世話な笑みを浮かべながら、アレタを突っつく。
恐らくアレタ・アシュフィールドにこの絡み方が出来るのは、スカイ ・ルーンだけだ。
「ちょっとルーン。違うわよ、そもそもそんな男だなんて」
ルーンの絡みをアレタが軽くいなす。先ほどの質問で少し浮き足立った様子のアレタだが、その返しは冷静そのものでーー
「あ? もしかしてあのニホン人か?」
目敏く、ルーンが質問を変えた。
「べ、別に、タダヒトは関係ないわ! 何言って、って、何笑ってるの、ルーン!」
途端、スイッチが入ったように早口になるアレタ、ルーンはその様子をニターっと貼り付けた笑みでながめる。
「っあー、かっかっか。おいおい、おいおいおいおいおい、52番目。私はニホン人って言っただけだぜえ? そうか、そうか、タダヒト、あー、なるほどねえ、タダヒト・アジヤマ。あの補佐探索者かよ、納得、納得、そりゃお前があんなわがまま通すわけだよ」
「だ、だから、違うってば!! もう! ルーン、そのニヤニヤ顔をやめて。そ、ソフィ、ソフィも何か言ってやってよ!」
「クソビッチ、お前のそういう下世話な話の察しの良さだけは褒めてやる。我らの星は、アジヤマの話題の時だけこんなふうに早口になるんだ」
「ちょ! ソフィ!」
つまらなさそうにズズーっと音を立てながら酒を飲んでいたソフィが吐き捨てるように呟いた。
「はー!! ぎゃっはっはっは! おいおい、こりゃーいいもん見れたなあおい、アレタ! お前、そんな人間みたいに顔赤くしたりするのかよ!」
「あ、赤くなってないわ! もうからかわないで!」
「はっはっはっ、あー、ルイズの野郎も居りゃもっーと面白かったかもなー。アイツが今のアレタ見てどんなツラするのか想像するだけで笑いが止まらねーわ」
「むー、もう知らない」
「おいおいおい、へそ曲げんじゃねえよ、52番目。話聞かせてくれよー。なあ、そもそもあれだぜえ? 私やルイズはお前から補佐探索者の受け入れの話受ける気になってたのによー、ハシゴ外したのはお前だろー? アレタ。かー、色々よおー、友人の為に組合とか国の能無し共と段取りしてたのになー。メール1つでやっぱり辞めたとか言われた時はよー」
「む、むむむ、それを言われると、弱いわね…… そこは素直にごめんなさい、ルーン」
「にっひひひ、いいよ、いいよ。アンタと私の仲じゃねえか。そのかわりー、なあ、聞かせてくれよー、タダヒト・アジヤマの事をさー。お前にそんな顔させる男、気にならないわけねーだろうがよー」
「だ、だから、別にタダヒトはそんなんじゃないわよ。ふ、普通の仲間で、良き友人だもの」
「あー? 本当かー? クラーク?」
「業腹だが、アレタはアジヤマと会う時だけ服装の趣味が違う。どこかの誰かさんのような女の武器丸出しの服装を好むようだけどね」
「ち、ちょっと! ソフィ!」
「んまー、あのアレタ・アシュフィールドにもとうとう春が来たってわけだ。恥ずかしがんなよ、アレター。ダチだろー?」
「は、恥ずかしがってなんかないわ。もうソフィもルーンもなんなのよ」
「なんなのよとはなんなのよ。気になるに決まってるだろ? 何せ、タダヒト・アジヤマといえばよー。銃弾を斬った男なんだからよー」
「……どういう意味かしら?」
ワントーン、アレタの声から熱が失われた。
その様子を理解していながらも、ルーンは言葉を止めない。
「今更とぼけんじゃねーよ。52番目。お前らが大統領とあの総理の茶番として終わらせたお遊戯会のことだよ。アレ、仕込みじゃないだろ?」
「……さあ、なんのことかしら」
「はっ、顔が恐ろしいぜ、52番目。あの場に居た指定探索者や一部の上級に軍の現場出身者は気付いてんよ。タダヒト・アジヤマは本当に銃弾を叩き斬ってるてなあ。あのヒステリックになったクソ大統領。アイツが放ったのは実弾だよ」
「……それで何が知りたいの?」
「んな、コエー顔すんなってよー。……興味が湧くのは仕方ねーだろ? あのアレタ・アシュフィールドがようやく選んだ補佐探索者、そいつはなんと銃弾すら斬るイかれた男だった。私はよ、男好きなんだよ。特にああいうイかれたのがタイプなんだ」
ルーンがアレタの耳元に口を寄せる。
ばらり、2人の女の金髪が絡まり合う。
「お前がよー、アレタ。本当にあのニホン人に執着ねーんならよー、本気でくれねーかなっと思っーー」
軽薄に顔を歪めるルーン。その言葉が突如止んだ。
こぽり。
「あーー っ?!! うおっとお?!!!」
ガタン!! 大きく体勢をよろめかせてルーンが椅子から転げ落ちる。
その刹那の後、ルーンのグラスに入っていた酒が重力を無視して、浮かび上がり、はじけた。
弾けた液体はその全てが操作されているかのようにルーンが座っていた場所へと迸る。
あのままルーンがのけぞっていなければびしょ濡れになっていただろう。
「あら、流石ね。ケルト十字。未来が見えたのかしら」
床に尻餅をついたルーンを、アレタが煽った。
「……あ、はは。やってくれるねー、52番目の星。嵐の征服者。それがアンタの新しい力ってワケだ。人間辞めるつもりかーい?」
椅子を起こし、ルーンが再びその席に座り直す。少し、アレタと距離を取りながら。
「さてね、なんのことかしら。えっと、それでルーン。なんの話をしてたのかしら?」
「へ、へへ。いーや、なんでもないよ。ふん、探索者を休業するって言ってたからよ、腑抜けてると思ったら大違いだ。ああ、アレタ。アンタにはやっぱり、その顔が似合うよ」
「あなたがからかうからよ、ルーン」
「違うね、アンタは私が本気でアンタのものに手を出そうとしてるから怒ったのさ。……偉く気に入ってるみたいじゃないのよ」
「ふふ、なんの話かしら?」
「とぼけんなよー。さっきのことは謝るからよー。おい。なあ、アレタ、どの辺が気に入ったんだ? なー、それぐらいいいだろ? 教えろよー」
「もう、ルーン。貴女、本当こりないわね…… 」
アレタがため息をつきつつ、少し頰を膨らませて長い指でトントンと机を叩き始める。
知らんぷりしながらも全力で耳を傾けているソフィと、ニマニマした笑いを保つルーン。
観念したかのように、アレタが桜色の唇をもご、もご。
頰を薄く染めて、言葉を選ぶようにゆっくりと紡ぐ。
「……馬鹿なのよ、彼。本当に今まで見たことないほど、バカなの」
遠くを眺める瞳のアレタ、その目に思い浮かべるのは1人の男、只の人。
「ほほーん、んで? んで?」
「……弱っちくて、臆病者で、がめつくて、自己中で、いじっぱりなの。……でも、そのたまになんか、すごいのよ」
浮かべる。初めて出会った時のボロボロの姿を。
浮かべる、チームを組んでからの彼の凡庸さを。
浮かべる。彼の、奇妙なことに大きく見える背中を。自分を見つめて、本気で怒ってくれるその栗色の瞳を。
「ほう、ほうほうほう!! すごい、すごい、ね。アレタ・アシュフィールドがすごいと来たもんだ。どんな所がだよ、アレタ」
「む、むー。もう、なんか恥ずかしいわ。言っておくけど、あたしが彼を好きとかそんなんじゃないからね。……嬉しかったの。あの時、探索者を休むって決めた時も、彼はあたしの補佐のままでいてくれるって。なんの迷いもなく…… それが、嬉しかったの」
べきり。
木製の机、ソフィが机の端を握り、繊維が悲鳴をあげる。
「うっひょー!! おいおいおい、乙女してんじゃねーか、アレタ。他には?! ほら、なんかあるだろうがよー、仕草とか、どの辺が気になるとかよー、私は男の鼠蹊部が好きだけどな」
「し、仕草……? ……そ、その、あのね。笑わない?」
「「笑わない」」
おずおずと呟くアレタに、ソフィとルーンが同時に首を振る。いつのまにかソフィも身を乗り出している。
「……にやっ、て笑うの。彼、自分でも気付いてないと思うけど、探索とか、トラブルが起きた時に、ほんと、不細工に、笑うの。……不細工なはずなのに、あたし、その笑いを探してるのかも。つい、目が行っちゃうっていうか……」
アレタは言い終わる、同時に
「あ、あー、やっぱ、なし!! 今のなしよ! 聞かなかっだことにして! 忘れなさい! 忘れて、忘れろ! 忘れましょう!」
ぐびぐびぐひー、残った酒を一気に呷り、自分の言った事を忘れようとするアレタ。
しかし、ルーンのニヤケヅラに変わりはない。
「いや、めでたい。めでてえよ。ああ、金ばらまいて正解だ。アレタ・アシュフィールドのそんな顔見れたなら満足だ。あー、酒がうめー!!」
グラスを一息でルーンが空にする、煌めく酒液が、水滴したたる透明なグラスの中で踊る。
「もう、ルーンの馬鹿」
「馬鹿たあ、何よ、バカとは。ふふ、今日は楽しい夜になりそうだねー、旧交を温めようぜえー、なあ、52番目、ついでにクラーク」
「ふん、アレタがいなければお前のような低俗な者と言葉を交わすのすら苦痛なだけだよ」
「そんな事言って、ソフィ。なんだかんだ、ルーンが来る飲み会には必ず顔出してくれるわよね」
「なっ!? アレタ、いくらキミでも言って良いことと悪いことがあるよ! そんなのただの偶然さ!」
「ぎゃは! おいおいおい、なんだよ、クラーク。お前、52番目の専属かと思いきやよー、美人で金髪なら誰でもイケンのかー? 今晩は一緒に寝てやろうか?」
やいのやいのと、3人の女性が姦しく笑い騒ぐ。
指定探索者、国家に選ばれた現代の英雄。いずれも常軌を逸したアイテム、"遺物"に選ばれた特別な存在。
そんな特別な彼女たちが、酒場の喧騒をBGMに笑う。互いに愚痴り、互いに嘲り、互いに称え合う。
奇妙な友情がここにある。
3人が、誰からともなくため息をついて杯をかかげる。
示し合わしたように、肩をすくめて、静かに乾杯した。
騒がしく、それでいて騒がしい夜が進んでいく。
ルーンが、緑色の毛先を揺らしながらアレタをからかう。アレタが時に肩をすくめ、時に冷たい目をしながらそれを受け流す。ソフィがルーンに食って掛かり、アレタがそれを諫める。
洗練されていた。彼女たちは確かに友人だった。
会話が続き、杯が乾く。
ふと、本当にふと。
背後のただ酒に揺れる人々、その中の会話がたまたまに、空間の喧騒の合間を縫うように彼女たちに届いた。
届いてしまった。
「いやー、それにしてもさっきの! 凄い美人だったよな! すれ違ったアジア人! あれは華僑か?」
「なんだよ、お前知らねえの? あれはあめりやの女だよ。有名だろ、雨霧っつーチャイニーズだ。あの超高級のお座敷遊びが出来る店の中でも1番の女だ、でも2人いた双子も可愛かったなー」
「へー! ああ、いいなー。あの男、あんな美人を3人も連れてよー! パッとしねえニホン人だったのに!」
ニホン、人。
ふと、アレタのグラスを傾ける手が止まった。
「あ? お前、気づかなかったのか? あのニホン人、最近少し、有名な奴だぜ? 星の会見に出てた奴だ。ほら、えーと、なんだったけ? ヤマジ? ヒトナリ? アジカワ?」
「お前もうろ覚えじゃねーか。あー、くそ、なんであんなパッとしねえのがあんな上玉をよー。あめりや、俺も行ってみようかな」
「いや、なんでもよ、あめりやはあれ、基本的には紹介とかじゃないと入店出来ないらしいぜ? しかも入店してからも女の子に気に入られないと次に行っても誰も相手してくれねーとか」
近くの席、ルーンが大盤振る舞いを始めた後に入店したであろう西洋人の2人組の男がだらだらと管をまく。
ルーンが、ソフィが、気付いた。
アレタ・アシュフィールドから、表情が抜け落ちていたことに。
「あ、お、おい? アレタ?」
「あ、アレタ? ど、どこへ?」
ルーンとソフィの言葉も虚しく。
ふらり。
「あー、いいなー、あのニホン人。アジカワ、ヒトヒト」
「いっそ少し絡んでやってもよかったかもな。テレビで見るよりだいぶ小さかったしよ、あれなら俺でもーー」
「アジヤマ タダヒト」
「「へ?」」
2人の飲んだくれの男たちが怪訝な顔をする、急に2人がけの席に、女が現れたから。
そして、怪訝な顔の次には、舌が溢れるようにあんぐりと口を開ける。
彼女の顔を知らない、名前も出てこないような人間は、もう現代には存在しないから。
「あ、アレーー…」
「ハァイ、はじめまして。ミスター。ねえ、その話、その美人のチャイニーズを連れたニホン人の話、もう少しあたしに聞かせてもらってもいいかしら?」
静かに、告げられるアレタの声。
その声に逆らえる人間が何人いるだろう。少なくとも飲んだくれたちが逆らうことはなかった。
「うわー、アイツ、アレタのヤツ。ガチハマりじゃねーか。やだねー、恋愛慣れしてない女はほんと」
「お前も似たようなものだろう。肉体経験は多くても、恋愛経験など皆無だろ?」
「……クラーク、それは流石に傷付く」
「む、すまない、言いすぎた。……アレタが怖いからワタシ達は隅っこで飲んでいることにするか」
「だな。哀れな男どもに神々の慈悲があらんことを、だな」
ある日、指定探索者達の夜が過ぎていく。
明るい夜に、彼女たちは生きる。
とある凡人がちょうどその頃、双子にサンドイッチにされながら耳に息を吹きかけられたりしていたのは何も関係のない話だ。
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