52話 バベル・イン・アクター そのI
「くそ、肩がきつい。首元がしんどい。よくこんな服着て昔仕事出来てたな」
味山は、黒いジャケットを脱いで首元のネクタイを緩めながら沢山の人が行き交う中央大通りをゆく。
ニホン街を出てから数分、目指すのは中央区、探索者組合本部。
バベルの大穴、侵入フロアは探索者組合本部の地下に存在している。いつも通る道だが、今日はやけにーー
「見慣れない奴が多いな…… 観光客も妙に多い……?」
家を出てから感じていた違和感を味山は口にする。
キャリーバッグをひきずり歩くマダム。首からカメラをぶら下げて、あたりを見回しながら歩く恰幅の良い老人。
観光客丸出し風な人々が異常に多い。バベル島は確かに観光スポットとしても人気だが、それにしても多すぎる。
「まさか、あのニュース? それにしては反応が早すぎるな」
味山がいつものバベル島よりも賑やかなそこを通る。
「あ、そこの観光客さん!バベル名物、ブルージュースはいかが?!」
「大穴の一階層から昨日探索者が採ってきたダンジョンフルーツ、"ドラゴングレープ"を使ったソフトクリームがありまーす!」
「はい! 近海の海の幸たっぷり、自家製の窯で焚いたバベルのピッツアです!」
「アレタ・アシュフィールドの生写真でーす。組合公認、本人許可済みのオフショットもありまーす!」
「5枚くれ!」
「アレタ・アシュフィールドの生写真?! バベル島でしがそんなもん手に入らねえぞ!」
「私は10枚!!」
「はーい、並んでくださーい」
ざわざわとひしめく喧騒。島の空は天高く、青々とした晴天の中人の営みは激しい。
「アシュフィールドの写真が1番混んでたな…… つーかこの2028年に生写真の商売とは。逆張りの勝利か?」
ジャケットがシワになることもいとわず、ぐしゃぐしゃに小脇にまとめて味山は歩く。
風が吹くと、少し寒い。
ああ、こりゃ本格的に秋だな。
味山が喧騒にまじって吹き付ける海風を味わうと、
「あ! すみませーん、そこのスーツのお方、もしかしてバベルの大穴関係者の方ですかぁ?」
突如かけられた呑気な声。
味山が周りを囲まれていることに気付いた。
テレビカメラ、集音用のマイクを構えた男たちを従えて、金髪の女、少女がにこりと微笑みかけてきた。
「えーと、突然すみませーん。今、ちょうど街角行く人のインタビューしててぇ、もし今少しだけお時間宜しければ、お話お伺いしたいなぁってえ」
ギャルだ。
あまりバベル島では見ないタイプの人種がそこにいた。
シンプルな黒いニットに、脚の細いラインが分かるパンツ。それだけのシンプルな姿なのに妙に、奇妙なオーラがある。
「い、インタビュー…… あ、えーと、すみません、実はこれから少し用事があって」
味山が会釈して進もうとすると
「あー!! ほんとのほんとにぃ、時間は取りませんのでぇ! てゆーか、おにーさん、ニホン人の方ですよね?! え、もしかして、もしかすると探索者だったりしますかぁ??」
人の話聞かねえな、コイツ。
手を広げてパタパタしながら道をギャルが塞ぐ。
ちゃっかりカメラマンたちも、進行方向に位置取っている。
「あー…… じゃあ少しだけなら。はい、探索者やってます」
「ありがとうございまーす!! あっはあ! やっぱりそうなんだ! 筋肉ありそうですもんねえ、あ、ちょっと触ってみてもいいです?」
「え?! あ、はい。大丈夫です」
すそそと、簡単に距離を詰めてきたギャルが味山の腕を撫でる。うわ、手のひら柔らかい。
「え、すごい、マジで硬い、えー、でもぷにぷにもしてる。……筋肉、すごぉい」
トロンとした顔になる金髪のギャル。今思えばどこかでみたことがあるような。
スタイルも服の上からでも分かるほど、素晴らしい。特にツルツルのデニムから柔らかさまでわかるあの臀部。
うん、ギャルいい。
「美礼ちゃんさん…… 放送中です」
カメラマンとマイクマンの間からこそこそと現れたスーツの男が、ギャルに耳を打つ。
「あ、ノリさん、ごめえん。いい筋肉だったからぁ。ごほん、お兄さん、実はこれTVの企画でえ、あのアレタ・アシュフィールドの緊急発表スペシャルのインタビューなんです」
「アシュフィールドの?」
聴き慣れた仲間の名前に、味山が反応する。
「はあい、そのアシュフィールドさんのです。生きる伝説、現代の英雄、アレタ・アシュフィールド! その方の突然の緊急発表に関して島の方はどういう思いでいるのかなって、インタビューしてるんです」
ギャルがパチクリとウインクする。そういう仕草が似合う、いや、というよりもどうすれば自分がかわいく見えるかを理解しているような所作。
どこか貴崎と似ている。タイプは違えど。
「あー、アシュフィールド、発表。いや、まじでびっくりしました」
「うんうん、そうですよねぇ! なんでも今日の発表には大統領まで来るらしいですしーー あれ、これ言ったらダメなやつだっけ?」
「美礼ちゃんさんならギリオッケーです」
カメラマンの隣の男性がしみじみと頷きながら返事する。どことなく苦労してそうだ。
「大統領!? はえー、アイツやっぱり凄いやっちゃな」
「あはは、言い方、身近な人みたーい。てか、お兄さん、私のことー…… 知ってます?」
首を傾げるギャル。少しウェーブかかった金髪がくるりと揺れる。くそ、いちいち可愛いな。
ほんとに素人……
「あ、美礼ちゃんさん…… ああ!! あの大人気アイドルグループの?!」
「イッエース! そー! あのニホンの大人気アイドルグループSpのセンターをトキタマ飾る美礼ちゃんでーす!」
Sp。確かグレンの好きな4人組アイドルグループだ。全員が現役の高校生で組まれた割と本格的なロックを演奏したりする有名人。
「あー、どうりで。綺麗な子だなと思ってたんですよ」
「えー、まじすか? ウレシー!! お兄さん、ファンなんですかぁ?!」
目を輝かせながら迫るギャル。味山は大人の対応で頷く。
「いやー、ニワカ全開ですけど、好きです! あのアニメのOPの曲とかかっこいいですよね」
「え! "タイムリメンバー"?!あれ、ウチがセンターのやつじゃん! えー、まじ嬉しい! 探索者の人がファンとか、自慢しちゃお」
「いえいえ、こちらこそ」
「えと、お兄さん、お名前聞いてもいいですか?」
「あー、TVか。はい、味山只人と申します。探索者はじめて3年になりますね」
「3年? え! めちゃベテランじゃないですか!! ダンジョンができてからずっと!?」
詳しいな、この子。一般人のダンジョンへの興味は割と強いのか?
味山がすらりと帰ってきた反応に少し目を見開く。
「あ! 実はぁ、私の学校にも探索者の子がいてえ、お互いあまり学校は行けないんですけど、仲いいんですよぉ、実は今日会見の取材終わったら会う約束してたり」
「え、高校生で探索者? それ推薦組じゃないですか。ほえー、優秀」
「あは! なんか味山さん反応面白ーい! あ、時間巻いてる! えっとお、ずばり味山さんはこの会見、アレタ・アシュフィールドさんはなんの発表するんだと予想していますか?」
ギャルのアイドルの子が、ハンドマイクを差し出す。味山はロクに考えずに
「アシュフィールド? あー、なんだろ。なんかスーツ着て来いって言うから割と重要なことだとは思います。心当たりがあるとすれば…… 案外、チームの事とかかなあ……」
味山の言葉にギャルや周りのカメラマンやスタッフの顔に疑問符が浮かぶ。
何言ってんだコイツ、的な雰囲気だ。
「あは! 味山さん、さっきからなんか答え方いいですね、ちょー距離が近い的な」
「あー、そうですかね? あ!! そうだ! 美礼ちゃんさん、このメモ帳にサインとかもらってもいいですか? 仲間が確か凄いファンなんですよ」
味山の言葉にギャルが目を輝かせる。
「え! 探索者の人が? 書きます、書きます! えーと、お名前はなんで書きましょうか?」
「カタカナでいいんで、グレン。グレン・ウォーカーって書いてあげていいですか? アイツ多分端末の中Spの曲めちゃ入れてたんで」
メモ帳を渡す。
数人のスタッフが、少し首を傾げ、自分のスマホを取り出して何やらいじりはじめていた。
「はーい! グレン・ウォーカー…… 凄い、外国の人が仲間って、なんか探索者って感じ!」
メモ帳にさらさらと描かれたサインとデフォルメされた可愛らしい顔文字。
綺麗な文字で、グレン・ウォーカーさんへとかかれている。
「いやー、ありがとうございますほんと」
会釈しながらそれを受けとる。よし、これでとりあえず今日の晩飯代は浮いた。
ぶるる、ぶるる。
端末が震える。タイムリー機能、待ち合わせまでの時間が近づいていることを知らせていた。
「はは、普通は同国同士で組むのが通例ではあるんですけどね。ウチは少し特殊なんで。あ、やべ! 本格的に時間まずい! すんません、待ち合わせがボチボチやばいんで、これで失礼します! サイン、ありがとうございました!」
「あ、はい、え、ウチ? 特殊?」
キョトンとした顔のギャルに頭を下げ、周りのスタッフ、カメラにも頭を下げて味山が走り始める。
時間がない。少し急がないとまたどやされる。味山は駆け足で探索者街を進みはじめた。
……
…
「……!?! グレン・ウォーカーって、アレフチームの?! え、ていうか、あの人、さっき名前なんて言ってた?!」
味山が去ってからすぐのことだった。
先ほどグレン・ウォーカーというどこかで聞いたことのあるワードに反応し、スマホをいじり始めていたスタッフが飛び上がり叫ぶ。
美礼ちゃんさんが振り返り、
「味山只人さんって、言ってなかった?」
キョトンと首を傾げた。
「え、え、ぷ、プロデューサー、これ、見てください、探索者組合のホームページ!! あの人のってます! アレフチームのページに!」
「え、そんなまさか…… ほんとや!!? 待て、今日の会見の出席メンバーの表! 事務所から渡されたやつ貸して!」
数人のスタッフが集まり騒ぎ始める。
「味山只人…… 指定探索者、アレタ・アシュフィールドの補佐探索者……!?!? あ、味山さん!! 待っーー」
スタッフが味山が去った方角を見て叫ぶ。
すでにその男の姿はなく。
「うわああ!! あの人めちゃくちゃ関係者だったー!! 映像、残してあるよね!?」
「はい、一応撮ってますが…… ぶっちゃけほとんど美礼ちゃんさんを主に構成してました」
「っくあー、まじか!! 簡単に逃していい相手じゃなかったかー!! いやー、気づけないなー、有名人オーラゼロだったな!」
「ザ、普通の人でしたもんね。美礼ちゃんさんの隣にいると逆に画面映えするレベルの」
やいのやいのと好き放題にスタッフがぼやく。
そんな彼らを尻目に、金髪の少女は男が去った方向を眺めていた。
男の身体に触れた手のひらを、片方の手のひらで触る。
「……探索者の男の人、凄かったなぁ」
その手のひらに残る男の感触。鍛えられ、日々使われている筋肉の生々しい感触に少し、ほおを赤らめた。
「っあーー! よし切り替えよう! みんな、このバベル島の企画は面白い! こんなことがこれから絶対よくある!! 切り替えて会見までインタビュー続けるよ!」
「「おー!」」
テレビ屋の彼らがテンション高く湧く。バベル島。世界が注目し、世界を動かすある意味最高のエンターテインメントの宝庫。
知らずに彼らは酔い始める。大穴から滲む、探索者への祝福に。
「美礼ちゃんさん! 次行こう! なるべく探索者っぽい人にあたろう!」
「っーー、 はい! 次行ってみましょーう!」
少女は振り返り、歩き始める。
手のひらに残る熱を大事に保たせるようにそれを握りしめながら。
そして、ぽつりと呟いた。
「りんりんのオキニも、あんな感じの人だったりして」
そのつぶやきは吹き付ける秋の風にさらわれていく。
男が向かった先へと風は吹き続けていた。
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