41話 そして蠢く世界には
………
……
…
〜世界のどこか、とてもとても暗く深い部屋の中で〜
「で、どう責任を取るつもりかな、合衆国は」
暗い部屋。何も映さない部屋の中、立体音響が響く。
「ストーム・ルーラーの委員会を通さない使用、およそ51秒の限定使用とは言え看過できる事でない」
暗い声、ボイスチェンジャーで変換された機械音声が響くたび、部屋の中に光が灯る。
「聞けば、所持者であるかの星…… アレタ・アシュフィールドの感情の昂りと同期しているらしいな。それは由々しき事だ。"號級遺物"は須らく国家、我々"委員会"によって管理されるべきだ」
あらゆる方向から響く声、彼らは歴史の暗い部分にいつも存在していたモノ達。
国家、人種、思想、それらに偏らず連綿と人類の大きな転換点に必ず関わってきたモノ達。
"委員会" 今は、そう呼ばれている、この惑星の行く末を決める数十人のヒトだ。
「アメリカ合衆国担当、申し開きは? 来るべきウォーゲームの前に、脱落するつもりかね」
部屋に赤い光が瞬く、しばらくの沈黙の後、青い光が返事をした。
「皆の不安も、最もだ。なんせ文字通り世界を滅ぼすポテンシャルを持った存在が、23歳のレディの気分次第で起動するのだから。うちの娘のヒステリーよりも怖いものがあるとはね」
「……ふざけているのか、アメリカ合衆国担当。事の次第の大きさがわかっていないようだ」
赤い光が何度か明滅する。
「ふー、OK OK、そう熱くなるなよ、まああれだ。あんたらの気持ちはすごーくよく分かる。安心しろよ、世界を裏から牛耳るつもりのクソども。合衆国は小娘1人の気分で世界のバランスを変えたりはしない」
「相変わらずの口の悪さだ。……そこまで言うのだ。対策はあるのだろうな」
「ああ、勿論。ここまで今のところ予定通りだ。ラドン・M・クラークが消滅前に残した"ラドン・レポート"に記載されてあったように"號級遺物"にはそれなりのリスクがあったってことだろ」
青い光が明滅するたびに、どこか軽薄な言葉の機械音声が響く。
いつしか、その部屋の空気は青い光が握りつつあった。その証拠にだれも青い光の言葉を遮ろうとはしない。
「プラス思考で考えようぜ。それをたまたま合衆国が引き当てただけって事さ。いずれはお宅らのおもちゃにも同じことが起き始めるさ」
「その対策は?」
黄色い光が現れ、青い光へと問いかける。
「おっと、それはまだ企業秘密、いや国家秘密だな、中国さんよ。知りたけりゃお宅お得意のスパイ大作戦でウチから持って帰れよ、得意だろ? そういうの」
「はて、なんのことでしょうか。しかし、まあ今の言葉を記録させて頂きましょう」
「おー、しとけしとけ。だが気を付けろよ? 今のウチの大統領はバカだからな。ノリでスイッチの入ったケースを用意するぜ」
「それをコントロールするのが貴様の仕事だ、その能力がないと言う現れかね」
「はっ、どうした。久しぶりに会ったと思ったらイラついてんのか? 余裕がない国の担当は大変だな、苦労察するぜ。……ウチの大統領はバカだが無能じゃあない。決断出来る男だ。笑いながらお前らの必死に作ったバランスをぶち壊す事も躊躇わない奴だから、せいぜいバレねえように気をつけるんだな」
青い光が明滅し、言葉を一気にまくし立てる。
「"52番目の星"の処遇は、貴様に一任して良いのだな。アレには、ラドンの置き土産が付いているが」
「ああ、ソフィ・M・クラークは大した事はねえよ。親父とは器が違う。他人の光に寄せられるような小娘に、合衆国の相手は出来ないさ。まあ、安心しろ。"星"の対応、英雄の対応にはウチの国は慣れてる。スマートに"ストームルーラー"はそのうち完全にコントロールされるさ」
「どうやって?」
白い光が現れる。青い光に向けてぼそりと質問をなげかけた。
「言わねえよ、バカが。だが、そうだな。合衆国は2ヶ月以内にこの問題をクリアする。英雄の条件を、アレタ・アシュフィールドには履行してもらうだけさ」
「そう、分かった。"ワールドゲーム"の相手が少なくなるのはつまらない。自滅しないでね」
「はっ、言ってろ、シベリア娘。ボルシチにトウフでも混ぜて食ってろ」
「あら、それ、おいしそう。試してみる」
白い光が消える。もう用はないと言わんばかりに。
「おい、それよりも、だ。ウチの解決出来る問題より今大事なのは別の問題だろうが。"壁画の魔物" "L計画の進行" "時を操る號級遺物" "はじまりの探索者の捜索" お前らが気にしないといけないのはこの辺の問題だろ」
青い光が語気を荒くしてぼやく。
「特に、あれだ。"壁画の魔物"ありゃなんだ一体。ラドン・レポートにもあんな存在の記述はねえ。本物のイレギュラーなんていらないのはここにいるクソどもなら分かっているだろう」
青い光、合衆国担当と名乗る機械音声が苛立ちを隠そうともせずに言葉を放つ。
「現状、委員会でも"壁画の魔物"については調査中だ。だが、これは"L計画"を進行させる萌芽になるやもしれん」
「あ?」
赤い光が数度瞬く、沈黙の積もる部屋にあの男の名前が響いた。
「アジヤマ タダヒトの存在だ」
星に依らない、星屑の名前が唐突に。
「この人物は先日、2度目の"壁画の魔物"との接触を果たし、帰還した。アジヤマ タダヒトには現在、探索者で唯一の"深度3"の可能性が疑われている」
「……"L計画"、プラン1の有力候補ですね。ダンジョンによる人類の進化…… 実際、我々の調査でも、彼は常識から外れた行動、事象を起こす事が報告されています」
黄色の光、中華人民共和国担当が静かに声を上げた。
「ああ、あいつか。拉致計画が一時期立ち上がってたな、オイ。くくく、俺言ったよなあ? 星の小娘が健在のウチは手を出さない方がいいって。やべえ、思い出したら笑えてきたぜ。お前ら、結局アレタ・アシュフィールドに脅されて拉致計画辞めたんだっけか」
「……口を慎め、敬意を払え。この会合に」
オレンジ色の光、機械音声によってごまかされてもなお、重い声。
「敬意? ここにいる奴誰一人として敬意を受けるような奴ぁ、いねえよ。ここにいるのクソとクズだ。世界を牛耳るのが自分だと勘違いしている連中のゴミダメだ」
「その理論だと、貴様もゴミだな」
緑色の光が、青い光に対して辛辣な言葉を吐き捨てる。
「はっ、口数少ねえと思ったらようやく喋ったかよ、ソーセージ野郎。お気に入りのおもちゃがふざけたデザインの化け物に壊されたからって俺に当たるなよ」
「……なんだと」
「俺とてめえらの違いは1つ。自分がクソでクズなゴミだと自覚している点だ。恥を知らんお前たちと一緒にしてんじゃねえよ」
青い光がずばりと言い捨てる。
「まあ、何はともあれ、だ。愛すべきゴミダメの同胞ども、安心しろ。合衆国はストームルーラーの問題を最大1488時間で解決する用意がある」
青い光が言い切る、傲慢な言葉、口ぶり。機械音声がそれらを隠し切れていない。
「"星"から嵐を取り上げりゃ、後はお前らの好きにしろ。アジヤマタダヒトをホルマリン漬けにするなり、遺伝子情報を抜き取るなり、好きにすりゃいいさ」
青い光が、投げやりに呟く。あ、と一言漏らしてから言葉を続けた。
「あ、だが日本担当は自国の人間思いだったか? あの女、自分の担当の国民がホルマリン漬けにされたらブチ切れるんじゃねーの?」
「……日本担当は前回で脱落している。もういない」
少しの沈黙、誰も話さない。
「あ…… そういやそうだったか。チッ、つまんねーの」
青い光が一瞬見せた、その声の裏にあるものはなんだったのだろうか。
「ソフィ・M・クラークは"星"へ何かしようというなら、抵抗するのでは?」
白い光が瞬く。
「……さっきも言ったろ、あのイカレドレッドの親父と比べりゃ、ラドンと比べればソフィの方は大した事はない。髪と肌が少し珍しい、頭が良いだけのガキだ。それに……」
青い光が何かを言いかけ、言葉を止めた。
「なんだ、続きを」
「いや、やっぱ言わねえ。まあ今日はこの辺でお開きだ。娘のスクールバスのお迎えに行きたいんでね。後はあんたらで勝手にやってろ」
青い光が、消える。現れた時と同じようにいきなり消えた。
世界のどこか、暗い暗い部屋で、光が瞬いている。
「……自由の国を奴に任せたのは失敗だったな」
色とりどり、光が瞬く、それはまるで全員が一斉にうなずいたようだった。
……
…
"アレタ・アシュフィールドが塩塗れになり、念のため味山が精神鑑定を受けた翌日"
「ふ、ふふ。あともうちょい、あともうワンターンで俺の黒色火薬が誕生する…… 蛮族どもめ、根絶やしにしてくれるわ」
病室、あてがわれた部屋でベッドに腰掛けながら味山がテレビ画面に向けて笑い続ける。
手には黒いコントローラー、ベッドのそこかしこにはポテチやハニーバーの包装紙、コーラの空き缶が散らばっていた。
「ふふ、同時並行…… 紫煙城…… 世界遺産まで…… 圧倒的じゃないか、我が軍は……!」
自室から届けて貰ったゲーム機、プレイスポット5、通称PS5の国家経営シュミレーションゲームをプレイし始めてすでに3時間が経っていた。
パパパパパウワードドン。
「え」
'アステカの指導者、モンテスマがあなたの国に宣戦布告しました'
[死ね! 死ね! 死ね!]
「ふ、ふふ、来たか、モンちゃん。高級資源の獲得を進めた時から貴様はいつかくるだろうと予想していたぜ。いいだろう、我がニホン大帝国の固有ユニット、侍の武力をーー」
パパパパパウワードドン。
'インドの指導者、チャンドラプクタがあなたの国に宣戦布告しました'
[貴公の国は私が治めた方が幸せだろう]
「インド…… 愚かな、だが今回の俺の文明はがっつり制覇勝利狙いの軍事大国、いかにインドの象が強いとはいえーー」
パパパパパウワードドン。
'フランスの指導者、ナポレオンがあなたの国に宣戦布告しました'
[貴君の国は目障りだ、戦争の準備をするといい]
パパパパパウワードドン
パパパパパウワードドン
パパパパパウワードドン
「…………」
ポチっ。
'アプリを終了しますか?'
ポチ。
味山が真顔でゲームを止める。
「はー、マジでクソ。2度とやんねー、こんなクソゲー」
コントローラーを投げ出した味山、時刻はまだ15時。
退院は明後日の予定だ。
「…………」
しばらく寝転がって目を瞑っていた味山はしかし、再び起き上がり無言でコントローラーを握りしめた。
パパパパパウワードドン。
呑気な開戦のBGMが、部屋に鳴り響く。味山は結局、この一時間後に貴崎凛が見舞いにくるまでずっと、ゲームをやり続けていた。
「文明の指導者も、楽じゃないぜ、まったく」
パパパパパウワードドン。
…………
….…
…
〜バベルの大穴、人類限界到達階層、三階層、大洞穴地帯にて〜
ぐしゃ。
ソレの短い足が、暗い洞穴を照らす光キノコを踏みつぶした。
人間の足と同じ形をした足の裏が、緑色に光る。
「fuck…… mulierem」
でっぶりと突き出た腹にはまだ向こう側が見通せるほどの風穴が空いたまま、身体の至る所の皮膚が剥がれて赤い血がこぼれている。
トレードマークの大きな耳、それすらもよれてネズミに喰われたように欠けていた。
耳。
耳の形をした化け物が、大洞穴を進む。光に頼らずその耳穴から再生される音波の反響をもとに暗闇を進んでいた。
ソレは、傷んでいた。
突如現れた意志を持つ嵐。自然の暴威の化身にその身を引き裂かれ、強制的に地下深くへ引きずり込まれていた。
「…… mulierem」
ソレが気付いたのは、あの嵐の向こう側にいた存在。ソレにとっては懐かしく、しかし滅ぼすべき大敵でもあった。
「mulierem」
だが、早過ぎる。"アレ"は散り散りになっているはずなのに、あれだけの力を取り戻しているのがソレには分からない。
しかし、"耳"に考える事など出来ない。
箱庭に満ちる呪い、酔いはソレ、"耳"を酔わせる。元は聴く為にあったのに、酔った"耳"は最早もとの役割を忘れていた。
刻まれた記憶、かつて1つの"其れ"だった頃のおぼろげな記憶はまだ残っている。だが、もう遠い。
耳の身体がじゅくじゅくと音を立てながら戻っていく。肉が沸き、血が戻る。
"耳"に滅びはない。元より滅び、そして分たれ、無理やりに動き出した部位の1つは同じ部位にしか滅ぼせない。
「……へ…#×$☆r」
かつて、"聴いた"あれの名前。再生することも出来ないほどにもう、遠い。戻る事は出来ない、なのに、あれは戻ろうとしている。
他の部位も同じだ。もうどうにもならないものをなんとかしようと下らない争いを続けている。
「ジ……ま、。と」
耳の穴が収縮する。
覚えているのは、名前。覚えているのは、その強さ。
いずれ己と、なんの運命も宿命も関係なく決着をつける凡人の名前。
耳にとっては、部位の争いも、"アレ"の帰還もどうでも良い。
叫びを、苦しみを、怒りを。
決着の果てに聴く、それが楽しみだ。
聴くために生まれた"耳"は長い年月の中歪み、軋み、人の負の声を聴くのを目的にするモノとなった。
だが果たして、それは変化なのだろうか。耳は、耳となって最も単純な真実の姿になっただけなのかもしれない。
多くの人にとって、他者の苦しみの声が娯楽となるように。
「ア……マ…。ヒ……」
録音された音ではない、耳穴が言葉を、名前を紡ぐ。口ではなく、耳が名前を紡ぎ始めた。
今回は良かった。"耳"は、己ではない"耳"のカケラの成長にある程度満足していた。
狩りは、別のでいい。
あの凡人に願うのは、対等な殺し合い。
「ジ、ヤマ… タ……」
いずれ、耳は紡ぐだろう。
運命にも宿命にも選ばれない、特別にはなれない凡人の名前を。
その時は、きっと、近い。
「いた」
「いたぞ」
「みみだ」
「おみみだ」
「本体に知らせろ、いたぞ」
暗い洞穴の中、"耳"は、音を聴いた。
囲まれている。数は7。人の声とよく似た音。
「殺せ」
「本体に近づけるな」
「役割を忘れた愚か者にし」
「et quisquilias」
ぐしゃ。
キノコを踏みつぶした時と同じ音、同じ呆気なさで、音を出していたモノの頭が潰れた。
耳が、人間を襲う。頭に振り下ろした拳骨は頭蓋骨を潰し、中身を弾けとばした。
人間。
洞穴にて耳を囲んでいたのは人間だ。
みな虚な顔をして、衣服、探索者が好んでよくするアウトドアスタイルにみな、身を包んでいる。
人の棲まう場所ではない三階層、化け物たる耳を囲んで虚な人間がささやき合う。
「速いぞ」
「記録しろ」
「本体に伝えろ」
「et quisquilias」
耳が、飛ぶ。
特に理由もなく、その人間達に襲いかかる。食べる為でも、逃げる為でもなく、ただ殺すために襲う。
「強い」
「かいりびゅ」
手に持っていた棒、おそらくは槍を振るった人間が耳にその一撃を躱され、顔を掴まれ、潰される。
人間達は、しかしなんの驚きも悲鳴もあげない。ただ、変わらない抑揚のない声で、ささやきあうだけ。
違う。
これは、声ではない。
"耳"は酷く不愉快な気持ちになる。これは、自分の好きな生物ではない。
「使え、使え、分体を起こせ」
「本体の手が来る、引き留めろ」
「みみだ、みみだ。酔っ払った耳だ」
音。
耳が、耳穴を歪ませ、ブヨブヨの身体に力を漲らせた。
「びっ」
「ぼえ」
近づく人間を砕く。大耳を振るい、腐った肉を裂く。
振るわれた腕を掴み、そのまま握りしめて潰す。腐ったトマトが弾けるように、人間の肘が破裂した。
「et quisquilias」
だというのに、人間は何も叫ばない。機能を停止したように、動かなくなるだけ。
「et quisquilias」
ゴミだ。
これはゴミ。
「et quisquilias」
あの凡人と比べたら、なんとつまらないモノだろう。
耳が、数を減らしながらもなんら怯える様子のない人間の腹を貫く。
そのまま持ち上げ、勢いよく投げ捨てるように腕を振るう。
「あ」
ばちゅん。
水音ともに、洞穴の壁に叩きつけられた人間が、壁のシミに変わった。
なのに、人間達は逃げ出さない。
そして。
「本体」
「a?」
どちゅ。
耳穴が、増えた。
「g….…a……」
2つの耳穴、もともと空いているそれとは別に、真ん中を貫き現れた穴。
洞穴の天井から突如として伸びた尖った黒い触手が、"耳"の耳を貫いていた。
「Brーー?!!」
ずちゅ、にぐ。
肉の潰れる音、今度は床から生えた触手が耳の腹を貫く。
赤い血がぼたぼたと溢れ、垂れたそれがじゅわっと蒸気を上げた。
天井から、床から生えた触手、耳の身体を串刺しに貫いたそれが耳を縫い付けるように止める。
「本体」
「解体」
「耳」
「腑分けして、本体へ持っていく」
「溶かせ、溶かせ」
じゅわり。
"耳"の足元、洞穴の地面が突然、ゼリーのようにたわむ。かと思えば黒いゼラチン質のブヨブヨしたものが地面から這い出て、耳の身体にまとわりついた。
「wo……?! vISCーー?!」
ずちゅ。
腹を、耳を貫かれた"耳"に三本目の触手が生えた。脇から横腹に掛けて貫かれる。
だらり、大耳が垂れた。
じゅう、じゅう、じゅう。
蒸気を上げて、耳の身体が溶けていく。洞穴から湧き出た黒いブヨブヨした何かが、"耳"の身体を溶かしていく。
まるで、人間の身体の中、白血球が、病原菌を喰らうかのように。
「解体」
「腑分けせよ」
「殺せ」
ワラワラと人間がどこかから、集まってくる。それぞれ手に持った槍、剣、ナイフ、斧、刺又、さまざまな武器、探索者が好んで扱う獲物を耳の身体に無造作に突き刺す。
赤い血が溢れる。力なく耳はどんどんその身体の面積をへらし、溶けていく。
ピクリとも動かない。触手が、脈動する。その度に"耳"の身体がびくん、びくん、と痙攣していた。
まるでこの洞穴は、それが1つの生き物の体内のように、"耳"という異物を消化しようとしていーー
「FUCK Brain」
「お」
「え」
びちゅ。
耳の身体に槍を突き刺していた人間が、消えた。かと思えば、ぼとり、天井から何かが落ちた。
脚だ。スポーツシューズを履いた脚が落ちてきた。
「動ーー」
「garbage」
びじゅ。
また水音、その音がするたびに、耳に群がり武器を振るっていた人間が消える。
赤い血煙と、いくばくかの身体のパーツを残すだけ。
ぼたぼた。時間差ののち、天井からバラバラになった人間の身体が落ちてくる。
「FUCK monsters」
じゅちゅ、ちゅ、びじゃ。鈍い水音、"耳"を覆いつくさんと群がっていた人間が次々とバラバラになっていく。
「Beute」
身体を貫かれ、身動きの取れない耳の腕にいつのまにか何か、棒状のものが握られる。
ひらかれた歯ブラシのように歪んだ刃、怪物の血が固まり、ねじれた柄。
それは、まるで斧、小さな薪割り斧のようなーー
「ば、かななななななな、本体、本体へみんみ」
「DIE」
耳の腕に握られたそれが振るわれる。最後に残った人間が、水音とともに残骸へと変わった。
「FUCK」
ねじじじじ、ぶちり。
"耳"がその場で力づくに身体を捻る。自分の耳を貫いている触手を握り、ぶちん。自分の耳の穴が広がることもいとわず、触手をねじり切る。
[rrrrrr]
「FUCK brain」
次々と、耳の身体を貫いていた触手がその大力を持ってちぎられていく。断面から耳と同じ赤い血が吹き出た。
「FUCK Eingeweide」
耳の身体を覆うブヨブヨが、一斉に耳の身体から離れていく。まるで、戒めを解いた耳からのがれるように。
しかし、
「easy」
振るわれる捻れた薪割り斧、ブヨブヨした黒いゼリーがはじけて消える。、
「AAAA!!!! FUCK FUCK FUCK FUCK」
めちゃくちゃに耳が暴れる。触手を、ブヨブヨを引き裂き、潰す。
洞穴から、赤い血が、触手から、赤い血が、そして耳の身体から赤い血が。
数秒もせずに、この場で動いているのは、大きな大きなお耳だけ。
「brain Eingeweide」
耳は理解していた。
それは同じもともと1つの其れから分かたれた部位。
耳は嗤う。その手に凡人との戦いから得た戦利品を握りしめて。
「OK leveling START」
耳が、歩き始める。
来るべき凡人との決戦、それまでに強くなるのも楽しいか。
じゅく、じゅく。削られた身体の面積が再生していく。
ここには化け物しかいない。化け物と化け物が食い合う蠱毒。
自分に手を出してきた懐かしい同胞、同じ其の部位、本体を現さずに立ち振舞う小賢しいそいつらを"耳"は探し始めた。
汚い叫びだろうが、何もないよりはマシだろう。
耳は、手に握りしめた戦利品を、どこか大事そうに、耳穴へと収納した。
この日以降、接触禁止指定怪物種"耳"の目撃情報はパタリと激減する。
耳の行方は誰も知らない。
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