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66話 パンドラの契約

 

 最悪の寝起き。


 味山只人は病室に集っていた圧の強い美人達を眺める。


 彼女達はとても穏やか、にこやかな笑顔を浮かべている。


 ここまで安心出来ない笑顔も珍しいな、味山は寝起きの頭で少し考える。


 一通りの状況確認。


 どうやら、自分は5日間も眠っていたらしい。


 仲間達が持ち回りで、お見舞いや様子を見に来てくれたりして――ちょうど運の悪い所にパンドラとアレタ達が鉢合わせた。


 更に間が悪い事に――。



「あ、あ、味山さん、そ、その人、ていうか、その神、今、キスしようとしてたって……!」



 少し顔が赤い貴崎、パンドラを指さして叫ぶ。


「ふふ」


 ――パンドラが、味山に口づけをしようとしてた所に出くわしたらしい。


 アレタと貴崎がそれを咎めているうちに、あさまも現れ病室はあっというまにこんな状況。


 さっきまで見ていた夢の内容なんて完全に消し飛んだ。


 だが、口づけ。


 味山は少し、額を揉んで――。


「クソ耳」


 TIPS€ パンドラはこの5日絶食状態だ


 TIPS€ パンドラは人を食べていない


「あー……」



 これは……おそらく最悪の勘違いが起きている。

 アレタと貴崎は、パンドラが寝ている味山にキスをしようとしたと思っているようだが、それは違う。


 パンドラはきっと、口づけをしようとしたのではない。

 つまみ喰い(物理)だ。


 オリュンポスで交わしたパンドラとの約束。


 ヒトを喰うな。

 味山が眠っていた5日、彼女には事実上枷が存在していなかった。


 神秘種としての能力を駆使すれば、彼女が狩りを行う事は容易いだろう。

 だが、このヒントは、つまり――。



「パンドラ……お前、腹減ってんな」


「……ふふ。だいじょうぶだよ、ただひと。やくそく、したからね」


「やく――」「そく――?」


 アレタと貴崎が同時に首を傾げる。


「タダヒト、パンドラと……何か、約束をしたの?」


「味山、さん……?」


 アレタと貴崎、2人からの問いかける声。


 まずい。

 アレタ達の勘違い、パンドラが味山にキスをしようとしている誤解はこのままでもまずいが、この誤解が解けてもまずい。


 キスじゃなくて、空腹の限界に来ていたパンドラが俺を食べようとしていただけなんだ!


 そんなことを言って、あ、そうか、じゃあ安心だ、とはならないだろう。多分。




「ぱぱ……あさまはぱぱの……影だから、良い。でも……その……ううん、なんでも、ない」



 あさまは何かを言いかけて、しゅるりと影の中に消える。


 部屋に残ったのは、52番目の星、鬼の末、そして神秘種。


「タダヒト、一体、何を――」


 アレタが声を出す、その瞬間。



 ――ぐうううううううううううううううううううううううううううううう。


「え?」

「い、まのは……」


 部屋に響く重低音。


 それは、パンドラのお腹から聞こえた。


「今の、って……」

「まさか……」


 目をぱちくりする、アレタと貴崎。


 軽い反応だが、味山にはわかる。

 アレタは先ほどから部屋の各所に視線を散らしている、貴崎はいろいろなリアクションを見せつつも一度たりとも、パンドラから目線を放さない。



 戦闘態勢だ。

 この2人は、いつでもパンドラに攻撃を仕掛けるように動いている。


 対して、パンドラは――。



「ふふ」


 ただ、静かに笑うだけ。

 真意はわからない、だが、味山には何故か、その顔が幼子に向ける母に近いものに思えた。



「パンドラ、貴方は5日前、多くの人を助けてくれた。貴女の力のおかげで死ななくて済んだ人は大勢いるわ。あたしは、貴女に感謝している」


「うん、あれたといっしょにたくさんのひとをたすけたね」


「だからこそ、お願い。タダヒトに、さっき、何をしてたの?」


 ぴりっ。

 アレタ・アシュフィールド、現代最強の探索者、忘れられた英雄。神を前にしてもその迫力は微塵も劣らない。



「……しようとしてたのは、本当に、キス、ですか?」


 貴崎凛。

 いずれ、神域すらその刃を届かせる可能性のある剣鬼。


 アレタと貴崎、両者の人と探索者の本能が目の前の神秘への警戒を強める。



「……ふふ、こわいかお。ふたりとも、ほんとうに、ただひとがたいせつなんだね……いいなあ」


「パンドラ、これが2回目のお願い。タダヒトから、離れて」

「サキモリとしても、お願いします。パンドラ」

「…………ひとってやっぱり、きれい。なかまを、すきなひとのためならこんなにも……あなたたちは、輝いて……」



 目つきを険しくするアレタと貴崎。

 なぜか目を輝かせるパンドラ。


 味山を、頭痛と腹痛が一気に襲い始める。


 なんでこんな時に限って、クラークとグレンはいないんだ……。


 頼れる仲間達の姿を思い起こす。

 しかし、よく考えたらあの2人はこういう修羅場の時はいつも、空手の体験レッスンとかお料理教室とかで退席する事が多い。


 習い事への熱意が小学校低学年の子供を持つ親御さん並みだ。

 味山の脳内で、クラークとグレンが良い笑顔のまま敬礼して姿を消す。



 修羅場だ。

 なんで美少女がこんなにも集まっているのに、発生するのがガチ命賭けの修羅場なんだ。


 だが、ここで考えないといけないのはーー。



 TIPS€ 選択の時だ


 TISP€ アレタ・アシュフィールドと、貴崎凛にパンドラとの”約束”を公表するか?


 パンドラの食料についての話だ。


 隠すべきだ。

 これは自分1人で抱えた方が――正解だ。


 己の肉体は、パンドラに餌として与える。

 これは、パンドラの協力を得るために、自分で決めたコスト。


 味山只人は、まともである。

 故に己の判断がまともな人間であれば選ばないものであると理解している。


 だが、おそらくこの先自分と仲間を生き残らせる為にパンドラという友好的な神秘種は必ず必要だ。


 毒を以て毒を制する。

 神性という奴らの持つ力の特性上、神秘種の天敵は神秘種に他ならない。


 パンドラこそ、味山只人の切り札。


 故にこの判断は隠す。


 このまま進むために、もう2度と失わない為に。

 コストにするのは、自分だけでいい。

 何故なら、味山只人はすでに、疑似的な不死を得ている。

 もう誤魔化すつもりもない。

 耳の血肉は、寿命を消費するとは言え、怪物や神秘種を食えばそのコストすら踏み倒すことが可能だ。



 故に、使うのなら自分だ。

 故に背負うのなら自分だけだ。

 コストになるのも、するのも味山只人1人だけでいい。



 それが最も効率的で――。






 ジジジッ。

 焦燥、火花、電線、配線、塗り替え、変換。


 脳内の配線に、何かの異常が起きる。


 ジジジッ。

 電子音、光景、仮想、もしも。



 それは、TIPSではなかった。


 それは――記憶。


 もしもの光景。

 それは、最高効率で進んだある男の末路。


 肉体に刻まれた、記憶。


『日本指定探索者、味山只人』


『アレフチーム、お前らを始末する』


『アレタ・アシュフィールド? 誰だ、そりゃ』


『ソフィ・M・クラーク、および、グレン・ウォーカー、殺害完了』


『変な連中だったな、殺されたのに……笑ってやがる』


『は? 探索者、クビ?』


『あたし、かなしい事って嫌いなの』


『でも、きっと世界は悲しい事で廻ってる。だったらさ、〇〇〇〇。効率的に行こうよ』


『あたし1人が進めば良い。あたし1人で進めれば良い。その痛みも苦しみもコストも、あたし1人が全部払う。あたしはこの世界を完璧なものへと変えてみせる』


『悲しい事がない世界。――コストはあたしだけで良い』



 混線。

 受信。


 最短効率で進んだ先の未来。


 それはまるで、午睡の一瞬に見た夢のようなもの。


 味山の脳内からその混線が消える。同時に、味山只人は、今垣間見た全てを忘れた。


 何も、覚えていない。


 でも。



「……あ」


 口をぼんやりと開けて――。



「三回目は、ないわ、パンドラ。タダヒトに何をしようと」

「ちょい待ち」

「……タダヒト?」


 アレタの雰囲気がいよいよ物騒になった。

 その瞬間、味山が口をはさむ。



 隠す、はずだった。

 だが、味山只人の肉体が勝手に言葉を紡いだ。


 それは思考や、選択というよりは……免疫反応に近い動きだった。



「パンドラと俺には約束、いや、契約がある」


「契約……?」

「味山さん……何、を?」


 同時に、首を傾げるアレタと貴崎。

 しかし、戸惑いつつも、この2人、なんだかんだ味山只人との付き合いは長い。

 アレタと貴崎は同時に、嫌な予感を覚えて――。




「耳の血肉」



 ベッドの上、寝転びつつ、上半身だけを起こした状態のまま味山が己の人差し指を蕩けさせる。


 耳の創作。

 己の肉体を限りなく、耳の怪物に近づける事で、かの怪物とほぼ同位の能力を得る異常。


 蕩けた肉体は、液体と固体の中間をさまよい、どろりと溶けたチーズのような見た目に代わる。


「パンドラ」


「……いいの? ただひと」


「そういう契約だ。悪かったな、5日断食は……キツイだろ」


「うん、でも、やくそくだからね、ヒトは食べないって」


 パンドラが、真っ白な顔で穏やかな表情を浮かべる。

 ぺろりと、小さな口からはみ出して見せた細い舌は真っ赤に濡れそぼっている。



「ちょっ」


「いただきます」

「はい、召し上がれ」


「「は?」」



 止める暇も、なかった。


 味山の差し出した指に、パンドラがその場でひざまずき、その指を舐めとる。

 初めは、その真っ赤な舌が味山の指をくるりとからめとる。

 ぺろぺろとキャンディーでも、なめとるみたいに。


「おい」

「ふふ、ごめん、くすぐったかった?」


 味山の言葉に、いたずらがばれた子供みたいに笑うパンドラ。

 ちゅぽん、一気に味山の指を咥えて。


「いひゃひゃき、まふ」


「「待っ――」」



 アレタと貴崎が反射的に手を伸ばす、でも、それよりもはるか先に――。



 じゅるっ。


 ごくん。


 艶めかしい音が、味山の指を咥え、そのままな何かをごくりと飲み込んだ。



ごひほうふぁま(ご馳走様)

「口にものいれたまま喋るんじゃねえよ」


 ぶっきらぼうな口調の味山、幸せそうに自分のおなかをさするパンドラ。


「……今の、って」


「……まさ、か、味山さん」


 アレタと貴崎、現代でも有数の探索者にして、味山只人の理解者(※自称)は説明もなく、理解した。


 パンドラと味山が交わした契約、その中身を。


 アレタと貴崎の常識が叫ぶ、そんなことをする人間がいる訳ないと。

 アレタと貴崎の経験が呟く、しかし、この男ならやりかねない、と。



 味山とパンドラの会話、そして今、目の前で行われた背徳的な行動、それはーー。



「ふふ、おいしいね、ただひと」



 ーー捕食。


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二人も味見にチャレンジして敗北する展開に一票
目の前で食わせるのと見えないとこで食わせるんなら目の前でやれっていうよなこの二人は多分…
一体、なにをどこまで食べさせてるんですかねえ…
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