64話 ”Via Dolorosa”
草原をなんとなしに歩き続け、気付けば向こう側に川が見えた。
氾濫を防ぐ堤防、緩やかな坂になっているそこに誰ともなく腰掛ける。
結果的に奇妙な絵になる。
先ほどまで殺し合いをしていた人間と神秘種が近くに腰掛ける。
「俺らの負け、だな☆」
「ああ、我らの負け、だ」
「おう、俺の勝ちだ」
風が緩く吹いている。
堤防に生い茂る雑草は青々、のびのび。
春の訪れ、所々にツクシが咲いている。
かと思えば、彼岸花も咲いている。
季節が全部ある。
「アレさ☆ 人間、お前、なんで神性に対抗出来んの?」
「2人、神性が使える奴が仲間兼道具でな。それで中和した」
「驚いたな、説明を聞いても一片たりとも理解出来ん」
味山達が同時にゴロンと寝そべる。
アスも、タロトも、それを見てしばらく顔を見合わせた後、同じようにゴロン。
「それより俺も聞きてえ。お前ら、怪物種を従えてんのか? ハエとかムカデで街がやべえんだけど」
「あー☆ アレは戦闘用の家畜だよ。人間と建造物を積極的に殺すように作られてんの」
「敵領土を殲滅する為の生物兵器のようなものだ。本来の用途は敵対異界内の人間を殺す為だな」
「はぁ? なんでそんなモン必要なんだよ」
「お前☆ もしかしてバカ? 敵神性の領域攻略に決まってるだろ?」
「人は食料であり、信仰源であり……言うなれば我ら神秘種の生命線だ。それを断とうとするのは戦略上重要な目的な訳だな」
「……言葉通りの人的資源ってか? ほんと、お前ら神秘種は……」
言いかけて味山は言葉を止める。
教養として持っている歴史の知識。
人間も戦争の時は似たような事をしている、人の事を言えたものではない。
TIPS€ 情報獲得”ダンジョン内における神秘種の関係性”
条件複数達成
・ゼウスとの会話
・規定期間内に三大勢力の大幹部以上の神性を討滅する
「で、お前ら結局、なんで人間殺して回ってたんだ? わざわざ地上にまで来やがって」
味山は自分でも意味が分からない程、穏やかな気持ちだった。
透明だ。
己を動かす炎がどこにもない。
あるのは、ただ透明な気持ち。
殺意も怒りも敵意もなく、ただ、自らが手にかけた者達に声をかける。
しばらくの沈黙の後、口を開くのはタロト。
細身の蠅の騎士だ。
まさに、神の兵と評すべき、冷たい美貌で空を見上げて。
「……威力偵察だよ。お前ら地上の人類を屠る為の戦力がどれくらい必要かの確認だ」
「おい、いいのか? タロト」
相棒のアスが、あっけなく真実を語ったタロトに言葉を飛ばす。
「構わないよ☆、アス。俺達はコイツに負けて死んだ。ここに閣下じゃなくてコイツがいるって事はつまり、まあ、そう言う事さ」
「ふむ、まあ、言われてみればそう、か」
「何がなるほど? お前らだけ理解出来る話をそのまま話を進めてんじゃねえよ、殺すぞ」
味山は口調とは裏腹に、さわやかな気持ちのまま呟く。
「ははは、聞いたかよ、アス」
「ああ、野蛮な人間らしいな。魂だけの場所でなお、この物言いだ」
ぷひーとため息をつく神秘の騎士。
地上にいた時の害獣ぶりは嘘のように消え失せていた。
「……なんだ、この敗北感は」
味山は妙な感覚だった。
やはり、透明だ。
ここには何かが、ない。
味山只人を動かすあらゆる理不尽、不条理、怒り、いら立ち、爆発、熱、恐怖。
――酔い、も。
「まあお前が勝者だ。我々のスタンスくらいは話しても構わんか」
「だね☆ 探索者、俺ら神秘種の目的は――」
「王を探してんだろ? 別の奴に聞いたよ」
「え☆ なんで知ってんのよ」
「誰から聞いた?」
「神秘種だよ、最初はゼウスの仲間……なんつったけ? 確か、アレスだっけか。そいつに、ゼウスもパンドラも、ああ、本人も似たような事言ってたな」
「あ~☆ なるほど、アレスにゼウスにパンドラ……おい、待て、なんだそのオリュンポス欲張りセットは……オリュンポスが今回の侵攻権を譲ったのってお前が関係してんの☆?」
「――いや、待て、タロト。それよりこの男、妙な事を口走ってるぞ。おい、本人とはどういう意味か」
のそっと巨漢の騎士、アスが怪訝顔で問いかける。
味山は少し、考えた後に。
「本人だよ。お前らが捜してる神秘の王……なんか微妙にあいつと絡んだ辺りは記憶が曖昧なんだけど……まあ、お前らの目的があの王様に子供を産ませてなんやかんやするのが目的ってのは知ってる」
「「…………」」
「あ? どした?」
「あは☆」
「く、くくくく」
2人の神秘種が肩を震わせる。
騎士鎧が、カチャカチャ揺れるほど徐々に大きく
「あっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
「うわはははははははははははははははは!!」
そして大口を開けて嗤い出す。
大爆笑、彼らの嗤い声が川の水面に波紋を起こすほどの。
「ええ、怖……」
「いや☆ 悪い悪い。お前、それマジ? なんで生き残ってんだよ、キッショ」
「まったくだ。神秘の王は、どんな神秘種よりも残酷で気紛れだ。まさかソレに出会って生き残る人間がいるとはな」
「あ~やっぱ、あいつお前らから見ても問題児な感じか?」
味山の言葉に神秘種2人は大きく頷く。
それからしばらく、味山と神秘種達は色々な事を話した。
人類の成り立ち、歴史、宗教、生活。国。
そこに生きる人の話、あとは自分の話。
話を酌み交わせば、酌み交わすほどにこの2人とは相いれないのが理解できる。
「百歩譲ってさ~☆ 地上を俺達が支配した時に人間が生き残るっつったら特区みたいなのを作る感じか~? お前や、レアモノ達みたいに、生き残らせてもいい連中もいそうだしね」
「だな、とかく人間は数が多いし、質のばらつきもひど過ぎる。おまえたちにいくつかの文化や宗教による思考や風習の差異があるとは言え、あまりにも無秩序が過ぎるだろう」
「それが人間様の特権なんだよ、神秘野郎。断言してやる、そんな特区作ってみろ、絶対にその中からまたお前ら神秘種に噛みついてやろうって奴が現れるぜ」
「そんな奴いる訳……☆ あー」
タロトが、目を細めて味山を見る。
「……実例が言うと説得力が違うな。ああ、なるほど、それゆえの粗雑な多様性か。繁殖に繁殖を重ねる事であらゆる事態に種として対応出来る可能性を増やす訳だ」
味山の言葉にアスとタロトがさもありなんと頷く。
「そーそー。人間、誰がいなくなっても世の中回るようになってんだよ。それは俺達人間の強みだぜ」
「きゃははは☆ キッショ~☆ あ、じゃあさ、探索者、お前がもし、人間を滅ぼす、神秘種側ならどうすんの?」
「ははは、タロト、いくらこいつでもその質問は」「皆殺し一択だろ」「「……え?」」
寝ころんだまま呟く味山。
神秘種2人が顔をこわばらせる。
「時間をかければかけるほど人間は後から後から凄いのが出てくるぜ。だから、本気でやるんなら、超超火力で、強い奴まとめて一掃だな。頭使うのは、その強い奴をどうやって一か所にまとめておくかって所くらいか? 適応できない速度で適応できない火力ぶち込んで一部の強い奴を皆殺し、これが第一フェーズだな」
「……☆ え、まだあんの?」
「ドン引きだが、聞きたくはあるな。お前以外の人間の言葉なら与太話だが、お前の言葉なら聞くに値する」
「第二フェーズは、速攻の根絶やしだ。人間、復讐ってのはすげえモチベーションになるからなァ……。そいつら復讐勢が力を付ける前に叩いて叩いて叩き潰す。これを続けてりゃ、多分割と人類殺しは結構すんなりいくんじゃねえかな?」
「国家は? 貴様ら人間の共同体の中で最大最強の群れだろう?」
「あー……それ、実際、お前ら神秘種みたいな……なんつーの? 人類全体の敵って奴に対して国家って多分無力気味なんだよな」
「へえ☆ その話、興味あるかも」
「話せ、探索者。我らはもう、何を聞いても意味がない」
アスの言葉は嘘ではない。
ヒントを聞かずとも、何故か味山もそう思った。
この場所にいる時点で、もう、こいつらはきっとどこにも行くことはない。
「俺、こう見えて社会の成績結構良くてよ~。空野っていう頭の良い幼馴染にも、社会科だけは割と成績勝ってたんだよ。で、そんな社会派頭脳系探索者の俺からするとだな……国家ってのは、神と戦うように出来てねえ」
「へえ☆」
「ふむ、続けろ」
「人間の国家の成り立ちは、夜警国家。外敵に集団で備える為のモンだ。これだけ聞けば、国家ってのは十分、外敵である神秘種に有効に思えるんだが……残念ながら、国家の敵は神じゃねえ」
「へえ☆」
「ほう、では国家の敵とはなんなのだ?」
「国家だ。国家の敵は国家なんだよ」
「ん~?☆ どういう意味だよ?」
「そのままの意味だ。国家は人類存続の危機が来ても本格的には機能しない。映画とかでも世界の危機を救うのは結局、個人か組織、もしくは政府の一部のセクターだ。インデペンデンス・デイもありゃ、俺からするとアメリカっていう1個の生き物による勝利だな」
「……具体的には?」
「今のこの状況が具体的な例だろ、神秘種、ダンジョン、地上へのモンスターの侵攻。こんなにわかりやすい外敵が現れてるのに、いまだに、人類は国家を統合してない。国家が人類全体の防護機能としては働いてねえ。国家が神秘種に本当に対抗する気があるんなら、もうすべて統合した世界政府みたいなのが発足してるべきなんだよ」
「だが、現実ってのはこうだ。お前らという共通の敵が出来ても、国家の仕事は他の国家から国境を守る事にある。だから、世界を滅ぼす時は、国家ってのは大した敵にならねえ。まあ、そうだな、人類を統合できる国家が現れるタイミングじゃもう遅い。そんなものが発足してる頃には大方、人類の数は減っているだろうよ」
味山の言葉。
それを聞きながら、2人の神秘種は思った。
まるで、経験のようにこの男は人類廃絶のもしもを語っている、と。
だが、未来を見通す目も、過去に干渉する力も今や、その神秘種達にはない。
味山只人の言葉の真意を確認する事は出来ない。
「そうか……多様性の弊害か」
「正解だ、アス公。国家が抱える人数が多すぎる。共通の敵が出来ても、一致団結なんざもう無理なんだよ」
2人の神秘種は少し、同情した。
誰に? 人類だ。
今、最も人類が恐れるべき存在は神秘種、そして、今、神秘種が最も恐れるべき存在はこの男。
だが、この男はどこまでも人類にやさしくない。
守護、救済、慈愛、そういうものは決してこの男を動かす事はないのだ。
本当ならば、人類は今すぐこの男に首を垂れて請うべきなのだ、
どうか、自分達をまもってください、と。
だが、アスもタロトも人類がそれをする事はないと確信している。
この男は、どこまでも――。
「まあ、そういう事で、俺は正直、人類って生き物があんま好きじゃないんだな、これが」
救世主に向いてない。
それからしばらく、神秘と人は会話を続ける。
気付けば、青い空は徐々にオレンジ色に変わりつつある。
紫の血管のような筋雲がいくつも、遠くの空に浮いている。
河川敷に吹いていた風も止み、わずかに肌寒い。
存外に楽しい時間だ。
「1つ聞きたい、味山只人」
「なんだよ、アス」
長い会話。
神秘種達は、その探索者を味山と呼ぶようになった。
味山もいつのまにか、彼らの事を名前で呼ぶようになっていた。
「お前は何の為に戦うのだ?」
「☆! 確かに、それは俺も気になるわ~人類が嫌いな味山は、なんであいつらのために戦う訳?」
「お前らみたいなのがムカつくからだよ」
ノータイムでの返答。
「「…………」」
アスとタロトが鼻の頭に皺を寄せて固まる。
許せないほど臭いものを嗅いだ犬みたいな顔だった。
「聞いたか?☆ 今の。知性や信念がまるで感じられない。恥ずかしくなるな、こんなのに殺されたと思うと」
「だな。だが、これこそが人類の強さの所以なのかもしれん。理由なく動き、大義を必要とせず神すら殺せる。そんな存在がポッと出てくる……種の豊かさ、いや、このような奴が無条件でポップする生き物……やはり滅ぼしておくべきだな」
「殺すぞ、クソ神秘」
「「残念、もう殺されている」」
息の合った会話。
まるで、味山と2人の神秘の会話は――まるで。
「まあ、お前はイレギュラーだろう。お前の強さは、異常だ」
「ほんとそれ☆ 正直、蠅の騎士全員で侵攻してても、全滅してたんじゃね?☆ そう考えると、死ぬのが俺らだけでよかったよな」
「そうだな、我もタロトもまあ、替えの効く神性である」
「おお、なんか俺の評価高いな……」
「当たり前だろ、お前は結局、ほぼ1人で俺達を殺したんだから」
「閣下の予想も外れることがあるのだな」
「……ん? 待てよ。アス、お前、未来見えるんだったら、俺達にボコられるのも分かってたんじゃねえの?」
「閣下が予想された以上、俺がその命令の行方を視る事など不敬であろう。故に地上侵攻がどのような結末になるかなど、視ておらぬ」
「ギャハハ、うぜ〜。じゃあ、もし今もう1回やり直せるなら?」
「我が首を掛けて閣下に進言する。蝿の騎士団全員の投入と後詰に閣下ご本人様の出陣を。そして何をするよりも早く、貴様を封印してくれるわ」
「怖〜。……封印?」
「あ~確かに☆、味山殺すのは難しいけど、割と封印は刺さりそうだよな~」
「やっかましい、んなモン、封印される前にワンパンワンパン。時間かからねえよ」
「ははははは☆ うぜ~」
「全くだ……おっと、タロト」
「ん、アス、そろそろだな」
「ああ、お前ら、逝くのか」
「「ああ」
気付けば。
頭上には星天が広がっている。
星月夜。
昔、美術の教科書で見た誰かの書いた絵みたいな空だ、味山はそう感じた。
気付けば、2人の神秘が空に向かって歩みを進める。
一歩、また一歩、味山には見えないが、きっと彼らにだけ、その星天への階段が見えているのだろう。
「じゃあな、お前ら。次はせいぜい、良い奴に生まれて来いよ」
「あは☆ 余計なお世話ァ~……まあ、でも―ー☆」
タロトが振り返る。その顔には出会った時の軽薄さはない。
「俺が食い殺した人間の顔くらいは、見に行ってやるよ~ん」
タロトが、長い舌をべーと出してそのまま空を昇る。
もう二度と振り返る事はない。
「お前はもっと早く死んでいたほうが楽だった」
「あ? なんだそりゃ」
アスが足を止め、振り返る。
「1つ忘れていた。報酬だ、我らを退けた戦士には報酬が必要だな。武器を遺して行く。お前にはどうせ扱えぬ。だが、お前の仲間になら扱えるだろう」
「おお、どうも」「それともう1つ。これは、お前に伝える1つの未来だ」
「あ?」
味山がアスの声に首を傾げて。
「”鷹井空彦は味山只人に殺害される”、これは既に決定した未来だ」
「は??」
「じゃあな、戦士よ。まあ、なんだ、精々がんばれ」
そういって、アスもまた空に昇っていく。
1人、残るのは味山だけ。
河川敷の芝生にまた寝転がって。
「ありがとうね、味山君、彼らを見送ってくれて」
「いえ……そんな。……え?」
TIPS€ יה●●
背後に人がいた。
いつからいたのかはわからない。
少しよれたスーツを着た壮年の男性。
疲れが浮き出た顔、しかし、どこか妙な親しみのある顔だ。
「いや、本当にすまない、なるべく急いだんだが、どうも年には勝てないね」
「あ、そう、すか……えと、貴方は?」
「はは。通りすがりのおじさんだよ。肝心な時に何もできない耳が遠くて無能なおじさんさ」
「ええ……」
「座っていいかい? 座るね、どっこいしょ。はは、ついどっこいしょなんて言ってしまった。……綺麗だね、この光景は何度見ても目を奪われるよ」
「あの星空すか?」
「ああ、実はアレは、そうだね。君に伝わる言葉を扱えば、そう、魂達だ。世界にあまねく多くの魂が還るべき場所とでも言うかな」
「へえ、あの世って奴すか。地獄か、天国か、どっちなんですかね」
「おや、意外だね。君はそういう事を気にするのかい?」
「こう見えて信心深いんすよ」
味山は無意識に背後に座るおじさんに敬語を使っていた。
なぜかは分からない。
「なるほど、そういうのもあるのか。確かに、君の行動は他者への祈りにも似ているね」
「あの、おじさ、いえ、お父さん、ほんとどなたでしょうか?」
「はは。それよりも、君は自分の為と言いつつ、いつも結局は誰かの為に戦っているね」
「え?」
「君の根底にあるのは怒りだ。己の持つ怒り、感情。理由もなく、ただそれだけでキミは時に世界すらも滅ぼしてしまうのだろう。でも、きっと、君にはそのつもりがなくともその行動はいつも、誰かの為になっている」
変なおじさんに絡まれてしまった。
味山はどうやってあしらおうかと少し悩む。
「あ、あの、おとうさん、マジでなんの話を――うお」
ぴっ。
ひんやり。
「なんだ、これ、水……?」
味山の額、水が噴きかけられた。
「”あなたの心の渇きが――いや、違うな、君に洗礼は似合わない。故に、そうだな、先達として、おせっかいな言葉だけを送ろう」
「あの、おとうさん、今なんかアンタ手振って水飛ばしてこなかった? もしかしてトイレでも行って手を洗ってきた直後か? あの、そういうのを人に向けてやるのはねえ、ちょっと良くないぜ」
味山が額の水をぬぐいながら文句を言う。
しかし、おじさんは穏やかな顔で言葉を紡ぐだけ。
耳が遠いのだろうか。
「君はそのまま君に優しい人達に優しくありなさい。悲しい時も苦しい時も。一緒にいてあげなさい。たとえ、君は1人で進めるとしても。君は1人になるべきではないのだからね」
「あ?」
びゅおおおおおお。
風が吹く。
星天がきらめき、世界が上下し、味山の身体が地面に向かって落ちる。
おじさん、奇妙なよれたスーツのおじさんが穏やかに微笑んで。
「――――の名の下に、君を優しき者として祝福するよ。amen」
味山の額に、一瞬、傷が生まれ、しかし、耳の血肉が瞬時にそれを再生し――。
「おとうさん、アンタ、何者――」
味山がその人物へ手を伸ばす、しかし、その手は届く事はない。
大きな風が味山の身体をさらい、大きく吹き飛ばす。
星天、河川敷、それらが上に、下に、視界がめちゃくちゃになって。
ぷつっ。
もう何も見えない。
遠のく意識、まどろみに似た感覚。
最期に残ったのは味山の聴覚のみ。
ただ、おじさんの言葉だけが――。
「”Via Dolorosa”」
わずかに、聞こえた。
amen