41話 神の国の神、神の国の人、神の国の探索者、え!? くっ殺銀髪エルフ女騎士!?!???
「何言ってんだ、お前……」
どの味山只人でも。
嫌すぎるワードに味山が少し困惑する。
「ああ、いい、この話はとりあえず終わりだ。今の状況だと何言っても伝わんねえよ。さって、パンドラ、お前って奴はほんと……可愛い奴だよなあ」
「……お願い、ゼウス。ただひと達には何もしないで。私、私が連れてきただけなの。だから」
味山の背後にきゅっと寄り添うパンドラ。
悲しい事に彼女の方が身長が高い為、隠れていない。
「……あ? なんでお前そんなシリアスな感じ……おい、待て、俺がもしかして味山達をどうにかするとか思ってんのか?」
「……ちが、うの?」
きょとんとパンドラが首を傾げる。
ライオンに襲われなかったインパラみたいだ。
「オイオイオイオイオイ、マジかよ。俺も随分みくびられたもんだな、オイ。どう思う、味山?」
「やめろ、あんまフランクに話しかけてくんな。友達かと思っちゃうだろうが」
「あ? なんだよ、俺達ダチ……ってわけでもねえか。特に今のお前だとそうか、俺が初対面の一般通過極悪神秘種に見える訳だ。なるほどなァ、こりゃ早く地上をなんとかしねえとほんと訳分からんくかるな」
「地上を?」
「おお、そうそう。地上地上。きな臭い奴らがいてなァ。放っておくと面倒臭そうなんでもういっそ皆殺しにしちまおうかと」
皆殺し。
神らしい事を神秘種が宣う。
「……めんどくさいな、もうお前も敵って事でいいんだよな?」
耳の創作の起動準備はすでに出来ている。
アマノジャクが全く出てこないのが気になるが……影の中にアサマの存在を感じるので神性対策は可能だろう。
「お? やる気か、味山。だがやめとけ。ここじゃ無理だ。味山、聞いてみろよ、ヒントに」
「……どこまで知ってんだ?」
めんどくさい。心底味山は思う。
どこまで自分の手札が割れているか、想像できない。
「お前が知ってる事は全部さ。安心しろ、今俺はお前らをどうこうするつもりはねえから。そこのクソガキに無理やり連れてこられただけだろ? まあ、でも、そうだな。味山、お前なら、もしかしたら……」
バチチチチ。
ゼウス、そう名乗った男の髪が、肌が白く光る。
それは電気、いや、雷そのもの。
雷が人の形をかたどったような。
「やってみるか? 案外お前なら出来るかもしれん、神殺しが」
「……どいつもこいつも、神秘種ってのは……誰を試してんだ?」
どろり。
反射的にファイティングポーズ。
どうでもいい事だが、戦闘の構えを取った瞬間に鳴る音が、どろっ、なのは人としてセーフなのだろうか。
味山はどうでもいい事を考える。
「……」
「……」
雷と肉。
神と人。
決定的に、圧倒的に違うハズの2人が向かい合う。
だが、妙な事に互いが浮かべている表情はどこか似ていて。
「あ、う……や、めて! ゼウス!」
パンドラが2人をきょろきょろ小動物のように見回した後、声を絞りだす。
「ああ、やめだ」
「あ?」
「え?」
呆気ない。
ゼウスは雷化を辞めてにかっと笑う。
「もったいない、味山只人とこんな所で殺し合うなんざそんなもったいない事するかよ。退屈な人生だ、自分で工夫して楽しまないとな。おい、パンドラ」
「……なに?」
「大切なオリュンポスの客人だ、探索者殿を丁重にもてなせ。お、そうだ、そういえば今日はコロシアムの日じゃねえか。連れて行ってやれよ」
まるで年の離れた兄妹のような会話。
互いに友誼のある友人の家に言った時みたいな。
「それ、は……」
「おいおいおいおいおい、お前何のつもりで探索者を連れてきたんだ? 大方、俺達の危険性を認識させる為だろ? けっけっけ、人寄りの神がしそうな事だ。人間に近いが故に、人間を理解できないお前ららしい」
ゼウスのその言葉は、バカにしているようにも、あるいは、憐れんでいるようにも聞こえた。
「何を言って……」
「ああ、良い。その辺の問答をするつもりはねえんだ。めんどくせえ、めんどくせえ、そういうブレるもんにいまいち興味は持てなくてな。あ、てか、俺が連れて行きゃいいのか? あ~、なるほど、他のメンツは分霊でご案内中ってか?」
ゼウスが辺りを見回し、手で庇を作って、遠くを眺めるしぐさをする。
恐らく、本当に見えているのだろう。
「……おい、パンドラ、ありゃなんだ」
「……ゼウス。オリュンポスの中で最強の神……」
「最強の、ね……」
ゼウス。
流石に味山でもその名は知っている。
最も有名な神。数多くの創作物にも登場し、なんならニホンでもその名を冠した法人がいくつもあるくらいには有名だ。
「よし、全部場所を把握した。お、ちょうどこの時間は……処刑の時間か。いいね。面白いモンが見れそうだ。味山、闘技場行こうぜ、闘技場」
「あ、何言って……」
「よっと」
がこん。
ゼウスが手を合わせる、異界の発動速度が尋常じゃない。
一瞬で扉が足元に現れ、がちゃんと開く。
味山の反応速度を優に超えたスピードで。
「うお!? ま、たかよおおおおおお」
普通に、味山は落ちた。
◇◇◇◇
「うお」
「あ」
気付けば風景が変わっている。
「あれ、アシュフィールド、ここにい――」
「「「「「「「わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」」」」」」
「うお!?」
大歓声。
味山は周囲を確認する。
スタジアムの観客席のような場所。
見れば、びっしりと金髪碧眼キッズ達が、所せましと満員の野球場みたいな感じで詰まっている、
味山のいる場所はどうやら観客席の中でも一番上のほうに位置しているらしい。
「すごい歓声ね、さっきまでいた地下闘技場よりもすごい歓声だわ……」
アレタだ。
ようやく合流できた。
「アシュフィールド、よかった、無事だったか。お前もパンドラと一緒にいたのか?」
「え、ええ。あの、ちなみに確認だけれど、パンドラに何か、こう、余計な事言われたりしてないわいよね? 変な話とか」
「あ?」
アレタの様子が微妙におかしい。
何か後ろめたい、いや、それよりも少し、もじもじしている?
それどころかアレタの頬や耳が少し赤い。
いじらしい態度だ。
なんだ、これから告白でもされるんか?
そういいたくなるような雰囲気。
今この状況でする表情か? 味山は割と理解不能だった。
「変な話って? パンドラの話、たいてい変だろ」
「そ、そーゆーんじゃなくて。こう、あたしに関して、なんか、こう、なかった?」
「え? マジで何言ってんだ、それよりお前も、ここに飛ばされたのか?」
もじもじし続けるアレタ、本気で顔をこわばらせる味山。
「ご、ごめんなさい、ないならいいの。ええ……急に足元に扉が現れて、遺物の発動が間に合わなかったの。気付いたらここに」
「あいつ、雑な仕事しやがって」
ゼウスの仕業だろう。
だとしたら同時に離れた場所に最低2つの異界を創り、それを扉へと変換したのか?
そんな事が可能なら、実際に戦闘になった際に厄介どころの騒ぎではない。
味山が割と本気で悩みだして。
「おいおいおいおい、誰が雑だって?」
「……貴方は」
その厄介な神がいつのまにか現れた。
ゼウスだ。
「よーう、52番目の星。はじめまして。お前とはマジの初めましてだな。テュポーン狩りやるじゃねえか。アルと同類、いずれ神になりうる人間よ」
アレタにも味山同様フランクな声かけを。
ところどころ気になるセリフではあるが。
「……タダヒト、誰、あれ、かなりその、独特なファッションセンスなんだけれど」
「あれだろ、ギリシャの神だから片乳出すのがトレンドなんじゃね」
こそこそとゼウスの片乳ファッションを揶揄する2人。
どんな時でも余裕を忘れないのはある意味、もっとも探索者らしいこの2人ならではだ。
「おい、定命。なんか不敬を感じたぞ」
「ごめんなさい、バカにしたつもりはないの。それで、貴方はどこのミスターかしら」
「ゼウスだ。そこの味山只人とはまあ、顔見知りみたいなもんでな。そのうち挨拶に行くつもりだったがこっちに来てくれたんでな。パンドラから無理やりガイドの役割を貰いうけた、がっはっはっは」
「ゼッ――……予想以上の大物ね……タダヒト、貴方の人脈ってどうなってるの?」
アレタもまた、その名に驚く。
「いやそれがマジで知らねえんだよ。かなり怖いぜ、ああいうのに変にフランクに絡まれるのは」
「あーまあいい、まあいい。その辺の話は、おお、そうだ、お前らの仲間もこの闘技場に全員招待してる。あの辺のVIP席に護衛付きで備えてるから安心しろ」
「……気味が悪いほど親切ね。それとも、舐めてるの?」
「おん?」
ぴりっ。
アレタの周囲に風が騒めく。
小さな埃を巻き上げる風に交じり、青い光、嵐の供たる雷鳴が瞬く。
「貴方、神秘種の親玉なんでしょう? 少なくともこの異界の一番偉くて強い神よね。あたしが、ここで貴方を始末すれば全部終わりじゃない?」
アメリカスピリッツ丸出しの英雄が身もふたもない事を口にする。
そういえばこいつ、かなり好戦的だったわ、味山はなんかアレタを敵に回した時の記憶が強い為、少しこの感じを懐かしんでいた。
「あー……まあ、確かに。味山とテュポーン狩り同時はちったあめんどいかもな。だが……下らんブラフだな」
ふわああ。ゼウスは呑気にあくびをする。
味山の時と違い、敵意をまるで見せない。
「なんですって?」
「俺に攻撃した瞬間、お前らを敵とみなす。そうしたらお前ら以外は生きて帰れんだろ」
「……」
けろっと答えるゼウスの言葉に、アレタは黙る。
「気付いてるはずだ、テュポーン狩り。お前と味山だけだ。俺とまともに戦えるのは。ああいや、今日一緒に来てる連中が悪いわけじゃない。むしろ上澄みだろ、人類の中じゃ。だが駄目だな、悪くないだけだ。普通過ぎる」
「……親切なアドバイスどうも」
「けっけっけ、自覚があったか、素直じゃん。あ~まあ、貴崎凛と鷹井空彦こいつら2人はあと3回くらい神秘種との死線をくぐればお前らと同格になれそうだな」
またどこか、観客席のスペースを眺めるゼウス。
「まあ、片や星が生んだ人間のイレギュラー。神代に生まれれれば間違いなく神秘種として記録されていた女と、はは、文字通り意味不明の化け物。殺しても殺しても殺しても死なず、何度でも生き返る不死身、そして不死身に相応しい、いかれた魂と精神の異常存在。お前ら人類からすれば大変だよな、そこまでいってようやく俺とまともな殺し合いが出来るんだから」
「お前、どの立場から話してんだ? わかりにくいんだよ、敵なのか、味方なのか」
わあああああああああああああああああああああああああああ。
歓声がさらに大きくなる。
味山から見て下、闘技場ではなんか、すごい綺麗な何かが舞いを披露している。
前座か何かだろうか。
「けっけっけ。バカが、敵に決まってんだろ。そもそも俺達神秘種はお前らを食うんだぜ? 捕食者と被食者の友情なんざありえない。お前はしゃべる寿司がいたら仲良しこよしができんのか?」
「逆にそこまで行くと出来そうだろ」
「あ? あ~そうか、お前らニホン人は出来そうだな。例えが悪かったな」
「……なんだ、お前」
味山は少しまずいと感じ始める。
正直、目の前のこの神秘種が嫌いになれない。
どこか気安く、まるで年上の気の置けない先輩か友人のような感覚。
だからこの感覚がまずいとも理解していた。
今までの神秘種、パンドラを含め、個性はあれど共通していた事がある。
味山はその全てが恐かった。
己よりも優れ、残忍で、狡猾な怪物種以上の怪物。
それが、味山の持つ神秘種のイメージ、だが、この神は違う。
恐くないのだ。
恐怖すら抱けないほどの隔絶した実力差があるのではないか、ただ、それが、恐ろしい。
「けっ。味山、安心しろ、お前は大丈夫だよ。俺が認めてやる。お前は獲物でも餌でもない、敵になりうる人間だ」
「……ナチュラルに心読むなっつの」
「読めるのが悪い、そこのテュポーン狩りに閉心術でも教えてもらっとけ。見事なもんだ。全く心が読めねえ。おい、お前、それ、つい最近覚えたろ?」
「ええ、パンドラが平気で心を覗いてくるんだもの。プライバシーは大事でしょう?」
え。
そうなの?
味山はアレタの方を見る。
「だとよ。これだから天才はなー。同情するぜ、味山」
「タダヒト、やり方教えようか? こうね、神秘種の視線でぴりぴり~て来るじゃない?」
来ないけども?
味山は固まる。
「それでそのぴりぴり~って来た瞬間に、こう、遺物を扱う時の感覚、あたしで言うとストーム・ルーラーの発動寸前、嵐の香りを感じる瞬間の感覚を思い出して、心を嵐で覆うっていうか……」
遺物ないけど?
ストーム・ルーラーの起こりって何?
悲しくなるほどの才能の差を見せつけられて味山は少し悲しくなった。
「……アシュフィールド。お前絶対指導者とかなっちゃだめだぞ」
「え? それ、昔、アリーシャにも言われた事あるのだけれど、なんで?」
「少年少女達の成長によくない、色々な意味で」
「??」
味山は思春期の頃にアレタに会わないでよかったと心底感じる。
凡人の成長教育にがちもんの天才は劇薬なのだ。
「おい、夫婦漫才も悪くないが、そろそろ始まるぞ。きちんともてなされろ」
「あ?」
「夫婦???????? そう見えたの????? ……悪い神秘種じゃないのかしら」
なんか急に殺気がしぼんだアレタ。
まさか、何か神性の応用か?
TIPS€ 神性の影響じゃない、お前マジか
ヒントがぼそっと呟く。
「クソヒント、お前いたのか」
だがもう何も答えない。
仕方ないので、闘技に注目する。
どうやらさっき闘技場で舞っていた者も神秘種らしい。
ヒントに耳を傾けてその正体を探る。
「おい。味山、人の娘の個人情報探んな、あれはテルプシコラーちゃんだ。美神だろ、手出すなよ」
「さようですか」
後ろの天蓋付きのベッドみたいな席にごろんと寝ころんだ日曜日のおっさんスタイルのゼウス。
やりにくすぎる。なんだこの親父。
「ようこそ、オリュンポスの美しき市民、今日は1日1回の闘技にようこそ、ようこそ」
わあああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
「テルプシコラー様だ! 今日の前座は綺麗だね!」
「エウテルペー様の叙情詩の日も最高だよ!」
「通はクレイオー様の歴史なんだよな」
「いや、タレイオー様の喜劇が至高でFA」
「ミーハー乙。メルポメネーの悲劇こそ答えだろ」
観客達の盛り上がりも最高潮だ。
「けっけっけ。面白いもんが見れるぜ。今日の出し物は弟の主催だからな」
「弟?」
「ああ、冥界の王、クリュメノス。ハデスっつった方がわかりやすいか?」
「クリュメノスってどっかで……あ」
そうだ。あの赤い空の下で――。
「あーそうか、お前あの時間戻す東方の神器で戻る前に一度戦ってたな」
「……お前、それも知ってんのか」
「ああ、安心しろ。時間の周回を認識出来るのは一部の特殊な神、運命神とか、パンドラのようなそもそもの概念に”残留”とか”残滓”の概念がある神だな。ノアとかも受肉してたら覚えてるんじゃないか?」
「お前だけ知ってる設定をさも当たり前の常識のように話すんじゃねえよ」
「けっけっけ、何言ってんだ、探索者だろ? 考えろ、探し索めろよ」
「……なんでもありかよ、お前らは」
平気な素振りをしつつ、味山は驚愕と共に1つ安堵していた。
神秘種に対してのある意味の切り札。
大號級遺物・観弥勒菩薩上生兜率天経。
TIPS€ 大號級遺物・観弥勒菩薩上生兜率天経――残り2回
TIPS€ 使用条件――起動までに多賀総理が存命している事
TIPS€ この遺物は味山只人にしか適用されない
時間を巻き戻す味山只人にとっての本当のチート。
これの使い道を考える際の不安材料が1つ消えた。
神秘種の全てがもし巻き戻した時間の全てを認識出来るのなら。これの優位性はかなり減る。
だが、そういう訳でもないようだ。
「だがよ、味山、逆を言えば、俺と同格。まあ積極的に人類をぶっ殺そうとしてる連中で言えば、バアルとベルゼブブか。あの辺の連中は躍起になってお前にその時間を巻き戻す神器を使わそうとしてくるぞ、それ、使用回数に限りがあるんだろ」
「お前ほんとなんなんだよ」
「おいおいおい、親切心で言ってるんだぜ? お前にはつまらん死に方してほしくないからな。あ、まあ、その話は後でいい。始まるぞ」
ゼウスがあくびをして、尻をかきながら闘技場を指さす。
正直、闘技場の観戦してる場合じゃないのだが……。
「ねえ、タダヒト、何の話をしてたの?」
「ああ、あの神が超めんどくさいって話。……ここの異界を出てから、チームで話したい事がある。いいか?」
「……了解」
味山とアレタが闘技場を注視して。
「それでは前座はここまで!! 本日のメインイベントに移りましょう! まず、北の門をご覧ください!!」
よく通る声だ。
美しい女神が指し示す先、大きな門が開く。
わああああああああああああああああああああああああああ!!
「あれは」
味山が目を見開く、そこから出てきたのは。
「GrRRRRRRRRRRR」
巨躯。
四つ足。
燃え盛る鬣。
垂れ落ちる涎。
「首が……三つ……?」
アレタの呟き。
三つ首の犬頭。
その黒い体表にはよくみると、幾重にも蛇が這う。
鬣すらよく見ると蛇が蠢く。
「gRRRRRRRRRRR」
TIPS€ 神秘種 ケルベロス
TIPS€ 神秘種クリュメノスの眷属だ
TIPS€ それは神性を纏っている、それは再生する、それは定命の者を畏怖させる
TIPS€ お前の2倍は強いだろう
「……マジで神話だな」
ケルベロス。
味山もゲームなどでその存在の事は知っている。
超すごい三つ首のある強い犬の化け物。
本物の圧はこの離れた場所から感じる。
実際に探索者として怪物を殺す感覚があるからこそわかる。
神話の怪物の威容が。
「ありゃなかなか強いぞ。なんせあのバカ力、うちの息子に首絞められても死ななかった化け物だ、味山、お前とどっちが強いかなァ」
「あんなんと比べんなよ」
「何言ってんだ、同類だろ? お、相手が出てくるぜ。えーと今日はどいつだっけ?」
「お前……そういや、なんか闘技場で処刑がどうのこうのいってなかったか?」
「ああ、見てりゃわかる」
ゼウスはヘラヘラ笑っている。
話していてもキリがない。
闘技場の盛り上がりは最高潮だ。
「クリュメノス様の眷属、ケルベロス!! 本日の主役は彼です!! 冥界の門番、魂を喰らう神威の象徴!! さあ、市民の皆様、彼に盛大な拍手を!!」
「「「「「「わああああ、たのしみいいいいい、ころしてええええ、しんでええええ、たべてええええ」」」」」」」
何か嫌なタイプの盛り上がりをする観衆達。
「そして、本日、彼と戦わなければならない不運な者、しかして、その実力は本物!! なんともうこの闘技場での処刑を97回生き延びた猛者!! 先週のヒュドラとの戦は既にオリュンポスチャンネルで5億再生を突破!!」
「ようつべ?」
「そんなバカな」
味山とアレタが顔を見合わす。
そして、ケルベロスが出てきた逆の門が開く。
そこから現れたのはーー。
「え……?」
「……あ?」
「けっけっけ」
三者三様。
味山もアレタもその門から現れた人影、ケルベロスと比べれば小さすぎるそれに呆気に取られる。
味山は理解する。
ゼウスが言っていた処刑という意味を。
これは、まともな闘技ではない。
「見せしめじゃねえか」
「タダヒト、あれ……人……?」
「ああ、どう見ても、人……ぁ?」
「タダヒト?」
固まった味山をアレタが怪訝そうに見つめる。
味山は震えていた……。
その指先は小刻みに揺れ、目の瞳孔は開き、汗を流して。
「タダヒト……貴方をして、そこまでの化け物なの?」
「……みだ……」
「……えっ? 何か言った?」
「みみだ……」
味山の声はかすれ、震えていた。
小さな声に、アレタが顔を近づけて。
「あの、ごめん、タダヒト? 何? み、み?」
「エルフ耳だ!!!!!!!!」
「うわっ、急に大声」
「あ、アシュ、アシュフィールド!! あ、あの! あの人、耳が尖ってる! え、エルフ! エルフだぜ、あれ!! とんがり耳の銀髪エルフだ、あ、わわわ」
「聞こえたけどなんて?」
味山がカタカタ震えて慄く。
アレタは、完全にテンションが出遅れている。
「だから、エルフだっ、て! あのファンタジーやらなんやらで出てくる奴!! ぎ、銀髪……!? いや、髪の内側に青色のインナーカラーが……! よ、欲張り!」
「……はい?」
妙に熱の入った味山、固まるアレタ。
「う、嘘だろ、バベルの大穴……ここまでやるのかよ……お前、それは反則だろ、銀髪ブルーインナーエルフとか……!」
「……タダヒト?」
「くっ……助太刀……だが、流石にこの状況ではしゃぐのは……社会人としてどうなんだ?」
「はしゃぐつもりなの?」
「けっけっけ、テュポーン狩り、こいつ聞いてねえぞ」
味山が深刻な顔で汗を流し、アレタの顔から表情が抜け落ちる。
ゼウスは寝転がったまま、愉快そうにその様子を眺める。
そして。
「GRR……!!」
「……!!」
ケルベロスと銀髪ブルーインナーエルフが戦闘を始める。
「!」
「GRRRRR!!」
ケルベロスが何度も何度もその巨大な爪をエルフに向けて叩きつける。
ひらひら、風に舞う蝶のように攻撃をかわし続けるエルフ。
「……すごい」
アレタの目で見てもその動きは洗練されていた。
舞踊的でありながらも、的確に効率的な動き。
流れる流水の如し。
だが……
「!?」
「GRR!!」
「まずい!」
なんでもない所でエルフが躓く。
足を抑えてうずくまっている。
「あ〜ありゃ昨日の怪我だな。昨日の96戦のミノタウロスにだいぶ手こずってたようだし」
「どう言う意味だ!」
味山がゼウスに声を飛ばす。
今までにない正義感溢れた声。
「お、おおう。言葉通りの意味だ。ありゃ、オリュンポス、いや、神秘種全体にとっての厄介な敵であるトゥスクの民っつってーー」
「お前らの敵って事は俺達の味方じゃねえか! 銀髪ブルーインナーカラーエルフが! 味方のエルフがピンチだ!」
味山がゼウスに唾を飛ばす。
「聞けよ最後まで」
飛ばされた唾を嫌な顔しながら自分で拭うゼウス。
手慣れている。
「まあいい。だが、まあ少し軽率じゃねえか? いいのかよ、ここでそんなに目立って」
「……クソ」
そうだ、ここは我慢だ。
そもそも1番こういうのが嫌いなアレタが耐えている。
味山は自分に言い聞かせる。
自分は大人だ。大人というのはやむを得ない不本意な我慢を強いられるものでーー。
GRRRRR!!
ケルベロスが、大咆哮!
勝利を確信したかのように空間を震わせる。
闘技場は血生臭い興奮に包まれる。
「「「「「「殺せ! 殺せ!! 殺せ!!!」」」」」」
金髪碧眼の不自然な美少年、美少女達がやけに不穏な大歓声。
民度はどうなってるのだ、民度は。
「「「「「「嬲れ! 嬲れ!! 嬲れ!!!」」」」
もう止まらない。
異様な興奮、だがそれは血と争いと残虐に酔いされるその姿はどこまでも、人間らしくて。
「クソ……」
アレタが悔しそうに吐き捨てる。
このまま放っておくと、飛び出していきそうだ。
だが、まだ耐えている。
なら味山が動く訳にはいかない。
頭を冷やせ、冷静に事実を俯瞰しろ。
探索者なら、冷静に、冷徹に。
「……ここまでか」
エルフがまた、諦めたように目を瞑る。
最悪の光景。
ここは神の国、人の力などなんの役にも立つ事はーー。
「くっ、殺せ」
「……えっ?」
味山只人の耳は聞き逃さない。
やけにはっきり聞こえる闘技場の音。
恐らく床に置いてある巻貝みたいな拡声器の効果だろう。
故に確かに聞こえたのだ。
くっ、殺せ、と。
あのエルフ、無口そうに見えて、まさかの。
「くっ殺女エルフ騎士!!!!???? 天然記念物じゃねえか!!!」
「わっ、声、おっきい」
アレタが呆れたように呟く、確かに大きなその声。
「え、タダヒト?」
味山只人は気付いていない。
ここはバベルの大穴の深層。
ダンジョン酔いは今までの比ではない。
長髪銀髪ブルーインナーカラーエルフという人類皆が好きな生き物を見てしまったせいで、味山の中の中学2年生と高校3年生が完全に目覚めてしまった。
男はいつだって、ピンチのエルフを助ける機会を待っているのだから。
「悪い、アシュフィールド。味方を、いや、ロマンを助けてくる」
「ちょ、タダヒト!?」
観客席の手すりに登り、足の屈伸を始める凡人。
英雄がそのアホさに本気で焦り始めて。
「けっけっけ、無駄だぜ。味山。観客席の窓はうちのヘパイストスの作った空気窓っつってな。巨人族でも壊さない薄くて頑丈なシロモノでーー」
ゼウスは味山の行動をただ笑う。
神はいつだって、人間の道化が大好きなのだからーー。
「力ァ、貸せ。クソ耳」
TIPS€ 耳の大力、発動
「ーーああ。あの耳なら壊せるか、そりゃ。いやー参った参った」
ばきっ。
味山が空中を殴る。
すると景色にヒビが入り、風が観客席に流れ込んだ。
闘技場は、真下。
跳べば、すぐだ。
「タダヒト、待っーー」
「味山只人の探索記録。バベルの大穴にはロマンがあった。これよりロマンを遂行する」
たっ。
大力を以て、味山が手摺を凹ませながら跳ぶのと。
「GRRRRR!!」
「っ!!」
足を引き摺るエルフに向けて、ケルベロスの3つ首が牙を向けるのは同時だった。
「味山、ボンバーァァァァァァァ!!」
ボンッ!!
「っ!?!!?」
流星一条。
味山の飛び蹴りをしようとして結果的に大勢が維持出来ずにドロップキックになった一撃が、ケルベロスの真ん中の首を粉々にする。
破裂する巨大な頭。
目を、前髪に隠れた虹色の瞳を大きく見開き固まるエルフ。
「GRR」
「やべっ!?」
だが、しかし。
ケルベロス。三つ首の魔物。
首を一つ潰したとて、残り2つ。
「GR」
真ん中の首を踏み潰した味山を追い越し、残り2つの首がエルフを襲って。
「逃げーー」
「ッ!?」
アギトがーー。
「おっと、こっから先は』
「通行止めっすね!!!!」
「あ?」
ぶちゃ!!
どちゃ!!
黒い泥の大槍が魔犬、その一つの首を地に縫い止める。
白い骨の大槌が、その一つの首を地に叩きつける。
魔犬のアギトがエルフを捉える事はなかった。
味山がその人影を。
友人達の姿を見る。
灰色髪の美丈夫、グレン・ウォーカー。
黒髪好青年イケメン、鷹井空彦。
こいつらも、また。
「エルフ、銀髪……男としてここを見過ごす訳には行かないっす」
「ははっ。しかと騎士ときた。俺もあの頃の俺に恥じたくなくてね」
キラリ。
イケメン2人が白い歯を輝かせる。
「グレン、鷹井、お前ら……」
「言葉は不要っす」
「はは。助け合いの精神だ」
そう、銀髪さんは、彼らの中の中学2年生と高校3年生を刺激した。
男はいつだって、あの日に見たロマンを追い続けるのだ。
「GRRRRR」
味山が踏み潰した頭以外が意識を取り戻しまた立ち上がる。
探索者達の前に立ちはだかるは神話の魔犬、地獄の門番。
ケルベロス。
だが、このバカ3人に今、恐怖は微塵もなく。
「……!? ………??」
状況を理解出来ていない銀髪ブルーインナーカラーくっ殺エルフを、守るべきロマンを背負う戦士達はただ、不敵に笑うのみ。
鷹井空彦が、仲間の姿を見て静かに笑う。
「味山、グレン。共に魔犬狩りと行こうーー戦友」
神の国、男の戦いが始まった。
読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!
2024年8月25日、凡人探索者4巻発売します!
本日Twitterで表紙公開してるのでぜひご覧ください。
このまま5巻も書きたいので、もしよければ大変お忙しい中恐れ入りますが、発売2週以内くらいで紙の本買って頂けると本当に助かります。
もうシリーズも4巻になるとファンの継続買いに全てを委ねるしかないんや。
内容は紙で残しておくに相応しい、そして後悔させない味山只人のターニングポイント、バベル島防衛戦をフル収録!
書き下ろし100パーセント! でも大丈夫、きちんとWEB版と流れは同じだよ。
いつもありがとうございます。




