28話 月の下、剣鬼とIQ3000 その3
どうしてこうなった?
宇宙の神秘を知った猫のような顔で味山が固まる。
なんか、気付いたら貴崎の部屋に来てしまっている。
おかしい。
酔っ払って恥ずかしいセリフとか妙なスイッチが入っていたのをなんとかしようとしていただけだ。
別の場所と言ったのも、湯冷めしたくなかったから食堂とかに戻りたかっただけなのに……
「味山さん、どうぞ。そこのベッドにでも座ってて下さい」
「あ? いや、流石にベッドは……」
「ふふ、そうですか。じゃあ、そこのソファへ」
「ああ、それなら……」
貴崎が満足そうに頷く。
バーカウンターのようなおしゃれなキッチン。
そこから小気味良いお湯を沸かす音。
「ふん、ふんふーん」
貴崎の上機嫌そうな鼻唄。
味山は何故か勝手に伸びる背筋をそのままにソファに浅く腰掛ける。
「……」
ポニテを解いた貴崎凛は、ある意味美人慣れしている味山から見ても目を惹く何かがあった。
少女の時代から他を圧倒する存在感、無邪気さと同居する気品。
かずかずの魅力を備えていた彼女だが、今はどうだ。
僅かにしっとり潤う黒い髪、解かれたそれは貴崎凛に妙な色気を纏わせる。
「くすっ、味山さん。その、あまり見られてると緊張します。私がどうかしましたか?」
「あ、いや、悪い。なんでも、ない」
「ふふ、そうですか」
がりりり、がりりり。
貴崎が慣れた手つきでコーヒーミルで豆を砕いていく。
ごりり、りりり。
豆を挽く音だけが部屋に響く。
「……」
味山は無意識に自分の位置と出入り口の距離を確認しようと、視線を玄関へーー。
「時に、味山さん」
「あ、はい」
偶然だろうか。
貴崎の声が味山の視線を引き戻す。
「さっきの、空野さんとは今も仲良いのですか?」
かちゃ、かちゃ。
キッチンの音、食器が、鳴る。
とぽぽぽぽ。
ゆっくりお湯が
「お、おー。空野か。どうだろうなァ。この前会った時はまあ、色々あったがなんだかんだ昔のままっつーか」
「この前って、いつ?」
「……えっと、貴崎の感覚では……3年、前になんのか」
「今の言い方、まるで、味山さんにとっては3年じゃないように聞こえますよ?」
「お、おお……」
「コーヒー、ブラックでよかったですか?」
貴崎が味山の前に立つ。
湯気の立つ黒いマグカップ、真っ黒のコーヒー。
「ああ、悪い、ありがとう。でも、今の時間から飲んだら寝れなくなるんじゃねえの?」
「ああ、いいです、寝る気も、寝させる気もありませんので」
「え?」
ぽすっ。
まずは、香り。それから柔らかさ。
貴崎凛が座ったのは、ベッドでも、ソファでも、もちろん床でもなく。
「き、さき?」
「なんですか? 味山只人さん」
味山の膝の上に、貴崎が座る。
広いソファ、味山にしなだれ、そのまま身体を預ける貴崎。
恋人以上の関係の人間のみが交わす距離。
味山の身体からは絶対にしない、果物のような甘い匂いが身体を包む。
わずかに湿った黒い長髪、無意識に顔をうずめたくなるのに耐えて。
「……味山さん、足、少し広げてください、コーヒー、こぼれちゃいます」
「あ、はい」
すとん。
貴崎が、味山の開いた足の間に収まるように座りなおす。
あれ、これさすがにかなりまずくないか?
今更、味山が少し焦り始める。
「……む」
こう、良い感じに腹に力を入れて上体を後ろに傾ける。
じゃないとがっつり貴崎の匂いとかきれいなシミ1つないうなじが視界に入るし、距離がいくらなんでも。
「味山さん……実は結構いい匂いしますよね」
「匂い……え、嘘だろ、匂うの、俺……」
「嫌な匂いじゃありません。ほんの少しだけ石鹸の匂いします」
「それは石鹸がいい匂いなだけじゃ」
「ふふ、そうかも。確かに探索の時の味山さんは……」
「おい、そこで止まるなよ、女子からの臭いは男子にとってマジで怖い言葉なんだよ」
「誰かに言われた事あるんですか?」
「ああ、昔、これもそらっーー」
小気味よく交わされる会話。
だが、味山只人は本能的に言葉を止めた。
自分の足と足の間、下手したらそのまま身体で受け止めてしまいそうな距離の貴崎が振り向く。
「空野さんって、どんな人ですか?」
「……地元の友人だ」
「ふーん……教えてくれないんだ。味山さんはモテるからなー」
「はっ、それだけはねえな。俺が生涯モテたことなんて一度もない。空野だって一度くれたバレンタインのチョコ返せとか言い出すし……」
「モテてますよ」
「あ?」
貴崎の目が猫みたいに歪む。
味山の目は点になって。
「味山さん。もう、私大人になりました。3年です、長かった。本当に長かったんです」
貴崎がコーヒーを机に手放し、味山に背中を完全に預ける。
動き遅れた味山は、コーヒーを手放せない。
結果的に貴崎を受け止める形に。
ゼロ距離。
「何度かね、何度か忘れようとしたんです。あれはきっと気の迷いだったんだって。高校生の、私の青春のほろ苦い、どこにでもある話。皆、そうなんでしょ?」
ため息混じりの貴崎の声
「普通の子が、顔が良かったり、優しかったり、運動が出来たり……そんな、自分より優秀な年上の先輩に恋をする。恋に恋するって言う奴です、私のも、それと同じだと思ってました」
味山は先ほどの貴崎の言葉にまだ目が点になったまま固まる。
「だからね。3年、もう3年も経ったからきっと、もう冷めるって思ってたんです。斬って、斬って斬って……自分の得意で好きな事だけしてたら、きっと忘れちゃうって」
貴崎が振り向く。
彼女のヘーゼルナッツ色の瞳が、味山を映す。
「私ね、味山さん。好きな人がいるんです。ほんとは早く忘れたかったのに、思い出にしちゃいたかったのに」
すっ。
貴崎が、味山の方へ体重をかける。
「その人は、ほんと、笑っちゃうくらい変わってなくて、世界はこんなに変わって、私も変わって、なのに、その人だけは……」
「き、貴崎?」
「思い出が、帰ってきちゃった。あはーー」
味山は思い出す。
怪物種に踏み潰されそうになった時の事を。
どうしようもない力、圧力。
それを貴崎から感じる。
「さあ、どうしてくれよう」
ソファの背もたれに味山を押さえつける貴崎。
いつのまにかその態勢は変わる。
くるりと、味山に向かい合う。
対面しながら貴崎が座る。
「……貴崎、近い」
「近くしたんです。貴方はすぐに逃げちゃうから……ねえ、味山さん。私、その好きな人の事ね、どうしたらいいと思いますか?」
「どう、したら?」
味山はオウムのように言葉を返すしか出来ない。
「私もわからないんです。きっと、まだ私はその人のことが好き……酷い人なんです。いたいけな少女の私に、知らない事や見た事ない世界ばかり見せて、いつも予想を壊して……いつもは別に全然かっこよくないのに、肝心な時だけ、頭が沸騰しそうなほどかっこよくて……」
貴崎と味山は一つのソファに対面に座る。
半ばもう押し倒され、背もたれに押さえつけられる形の味山は何がなんだか分からない。
「ねえ、味山さん。これは予行演習です。私の好きな人は、私がこうして、しなだれかかって体を押し付けたら興奮してくれるんでしょうか? 子供扱いじゃなくて、大人の女としてみてくれるんでしょうか?」
「悪いが俺はそいつじゃないから分からねえ。貴崎、これは一般的なアドバイスだが、好きな相手がいるんならあまり、別の男を部屋に呼んだり、密着したりしないほうがいいぞ」
「場所を変えようって言ったの味山さんでしょ? ね、このまま聞かせてください。3年間、何があったんですか?」
対面、もうほぼゼロ距離の貴崎凛の髪の毛。
見下ろす彼女の髪が垂れ味山の顔をくすぐる。
TIPS€ バベルの大穴のまんなかと地上では時間の進む速度が異なる
「……ダンジョンの中と、地上の時間はズレてるって言ったら信じるか?」
「貴方が言うのなら」
「……正直、俺たちアレフチームは3年もバベルの大穴にいた訳じゃない。浦島太郎みたいなもんだ。3日ほどバベルの大穴の……まだ人類がたどり着いていない場所に迷い込んで……それから、穴から追い出された」
「……それで?」
「気付いたらイズ王国だ。あとは貴崎の知ってる通りだ」
味山はそのままイズ王国での出来事を話す。
貴崎は時たま少し頷いたり、くすくすと笑ったり。
「それで……っ」
味山の言葉が止まる。
終わりの世界の話をするべきか、しないべきか。
「どうしたんですか?」
「……いや、なんでもない」
味山は目を逸らした。
あの世界ではサキモリは皆、敗北していた。
神秘種は恐らく人を喰う。
見覚えおる連中の服装だけの十字架。
TIPSの情報、貴崎の探索服。
恐らく、あの未来の貴崎凛はーー。
「味山さん」
「あ?」
「何か、怖いものがあるんですか?」
「ーーあ?」
「ずっと、不思議だったんです。ねえ、どうして味山さんは、私達に、ニホンに、サキモリに協力してくれるんですか?」
「そりゃ、お前……俺もニホン人だし、神秘種の連中が……」
「ウソ」
「むぐ」
貴崎の指先が、味山の乾燥した唇を抑える。
「貴方がそんな理由で他人に味方するわけ、ない。貴方はとてもとても、恐ろしい人。……イズ王国で、私は、貴方をニホンから守れなかった」
「……」
「正直に言うと、私、あの瞬間、終わったって思ったんです。イズ王国を解放したという借りに対してニホンは封印という悪手を打った。きっと、貴方はもう私達を許してくれないだろうなって」
貴崎が静かに呟く。
「でも、そうはならなかった。貴方は私達に協力してくれた。やり方はいつもの貴方のままだったけど。……貴方らしくない。だから、思ったんです。あなたは、何を知ってるんですか?」
未来の話。
あれは今の所、総理にしかしていない。
話すべきか、否か。味山は少し悩む。
「……困らせて、ごめんなさい。こんな話するつもりじゃなかったんです。ただ、あはは……久しぶりに、味山さんと会えて、こうして話せて……それで」
かた、かた……
貴崎が、震えている。
「貴崎……?」
「ごめんなさい、あれ? なんで、だろ……あれ、やだ……私……」
つー……。
貴崎凛の目から溢れるのは、涙。
震える体、流れる涙。
貴崎はまるで、暗闇に怯える少女のように。
「お前……」
「……味山さんの、せいです」
「あ?」
ぐっ、貴崎が、味山の胸に強く、手を押し当てる。
「貴方がいなくなったあの夜から死ぬのが、怖くなくなったんです。だから、戦えた。怪物種よりも強いわけわからないのとも、戦えた……だって、生きてても、貴方に会えなくなったから……」
震える声。
「味山さんがいなくなったから、私、強くなったんです。死ぬのも怖くなくて、いくらでも、戦えて……でも、貴方が、貴方があまりにも、変わらないから! いなくなったのに! 急にいなくなっちゃったのに、急に現れたから!」
「貴さっ、ぐえっ」
貴崎が、味山の身体を今度こそ完全にソファに押し倒す。
鷹が、獲物を押さえつけるような力強さと容赦のなさ。
「私……私、急に怖くなっちゃった……味山さんがいるなら、今、死んだら、会えなくなる……やだ……今、ようやくまた会えたのに……また!」
「貴崎、お前マジで急にどうした!?」
TIPS€ 貴崎凛は自分のコーヒーに蒸留酒を入れまくっていた
TIPS€ ver2.0の影響により、地上にもダンジョン酔いが広がっている
「味山さん……! 私は……」
「うぐうおお、こ、こいつ、どうしようもないくらい酔っ払ってやがる! 悪酔いしやがって、貴崎! 落ち着け! お前は今……」
味山が貴崎を本気で押し除けようと、耳の大力をーー
「私は、弱い」
「ーー」
それはきっと、貴崎凛の誤魔化せない本音の言葉。
「剣鬼とか呼ばれても、神秘種は斬れなかった……貴方と仲良くする別の女を見て、勝てないって思った。貴方が現れた途端、怖くなかったものが、怖くなった」
「弱い、弱いんです、私。味山さん、私は貴方みたいに、強くなりたかった……私はこのままじゃ、きっと負ける、私は、弱いから、いつか、きっと、逃げーー」
「お前は逃げない」
「……えっ?」
「俺は知ってる、貴崎。お前は、絶対に逃げないんだよ」
味山只人は知っている。
終わりの未来を。
そこで、貴崎凛が辿った、最期を。
それは確かに敗者の姿だったかもしれない。
だが、弱者の姿でも、逃亡者の姿でもない。
「お前は、戦う。貴崎凛は必要な時に必ず剣を取る」
「な、何を、言ってるんで、すか……私の、何を知ってるんですか……? いなかったくせに……3年間も、私の前からいなくなっちゃったくせに!!」
貴崎が慄く。
同時に、貴崎の味山を押さえつける力はどんどん強くなる。
「グエー。知ってるさ、お前、俺とパーティーを組んで……」
「嘘だ、嘘だ! 貴方に他人は必要ない! 味山さんは、誰もいらないじゃない! 誰も、誰もいなくても、貴方は遠くて、強くて、綺麗で」
貴崎の手はいつのまに、味山の首元をキュッと。
それは無意識か、果たして。
生命の危機に、味山のテンションも否応なく上がる。
「ぐえっ……貴崎、お前が自分を信用できなくても、関係ない。俺は知ってる、お前が、戦う事を」
「なんで、そんなに、貴方は……」
酔っ払いとまともに話なんかしていられない。
味山が考えているのは、この場を切り抜ける事だけだ。
「私を信じてくれるんですか?」
TIPS€ 戦力を揃えろ、貴崎凛は覚醒すれば遺物保有者になれる
TIPS€ 貴崎凛のメンタルを維持しろ、終わりの未来を迎えたくなければ
「ーーお前の事が(その他諸々含めて)必要だからだ!」
「ーーえっ?」
TIPS€ あっ
読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!
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