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156話 化身

 


「……なんだ、お前」


「ろうどうはきらい、あそぶのもそうでもない、本当は生まれたくもなかった」



 ふわふわ、ふわふわ。


 浮かぶのは、三日月を思わせる頭部。


 首はなく、ただ片耳だけの頭が浮いている。



「いきたくない、でもしにたくない、かといって長く生きたいわけでもない」



 もう、味山でもないナニカが、耳穴から声を絞り出す。



「おれ、みみーーああ、あじやま、あじやまじゃない、

 でも、ああ、おれーーさく、ーー」



 それでも、そのナニカは、最後の一線を越えることはない。



「まいにちまいにち、うっすらしにたい、かわりばえのないろうどう、なんの為に働いてるか分からない日々、やりたくもないことを行きたくもない場所にまいにちまいにちきまったじかんできまったばしょで、ちくたくちくたく」



 完成された自我が、耳の化身による精神汚染を食い止める。



「じんせいにいみはない、えらばれなかった、とくべつじゃないにんげんにじゆうはない。だきょうとあきらめを繰り返してすり減らして、毎日毎日、クソみたいな日々を送るだけ」



 その生き物にもはや脳みそはない。


 人間の証明を行う器官は、耳の血肉に溶かされ尽くした。


 なのに、消えない。



「いきたくない、いきたくない、生きていたくない!! 死にたい死にたい、それでも、死にたくない! ああ、ぎゃははは、繰り返し、繰り返し! その繰り返し! あああああ、気分が悪い!! 生きるってのは本当に気分が悪いイイイイイイイイイイイイイイ!!」



「なに、これ……」



 神秘達が押し黙る。


 その反応はまるで、異様な怪物に初めて出会った人間のそれ。



「わるい、わるい、悪い、気分が悪い、人生が嫌いで死にそうだ。生きていたくない、良い事なんて一つもない、生きてて良かったなんてずっとそう思えてなきゃ意味がない!!」



 ぐるぐるぐるぐる、ぽっかり浮いたお耳が廻る。


 ぶるぶる、身体を震わせ、耳を震わせ。



「でも、そんな人生でもひとつ"たのしみ"があるのが大切だ」



「え」


「ひとりめ」



 スカイ・ルーンの顔をした神秘、それの首が胴体から外れた。


 風が吹く、その生き物が移動した、それだけで大気が揺れ、風が渦巻く。



 なんのことはない、その生き物が、耳の化身が神秘を殺した。



「おとが、ききたいいいい、おと、あれ、おれ、あは、ぎゃははは、みみ、おれ、みみ、ぎゃははははは!!」



 どろりと溶けるスカイ・ルーンの顔、本来の神秘の顔が顕になる。


 驚愕と恐れが混じったその表情はどこまでも人間臭く。



「ぶっころすって、たのしい」



 ぱしゃ。


 化身の手の中で女の神秘の首が蕩けた。



「あ、ああ……神性が、神性が消えていく……」



「ペルセポネ……?」



 立場がゆっくり変わっていく。


 人類に絶望と滅びをもたらせたその存在達の絶頂の時は予想よりも早く。



「ああ、あああああ、みんな、みーんなしんじまった。きさきもくらーくもぐれんも、みんな! いなくなった! なのに、みろよ、ギャハハ、ギャハハハハハハハハハハ! おれ、もう笑えちまってる!」



 なにが楽しいのだろう。


 この男の唯一の楔、仲間。そう呼べる存在はもういない。


 全部失って、全部なくした男はそれでも嗤う。



「へいき、へいき、ああ、でも、なんだ、これ、うっすら死にてえ。ぎゃはは、ああ、でも、なんて、じゆう!! なんでも出来る、そんな気がする。叫び声、もっと、泣き声を、もっと」



 ぬらり。


 化身が、残りの神秘を、ニホンを滅ぼし尽くした神秘2人を見つめて。



「なあ、おまえらはどんなこえでないてくれるんだ?」



「……糸紡ぎ、神体持ちを呼び戻せ」


「あ、は……いや、そうしたいのはやまやまだけど……」


「余が、時を稼ぐ……! 早くしろ! 見ただろ! もう既に、神性は意味を成していない! こいつ1人で、世界の法則がおかしくなってーー」



 ぶつん。


 神秘、残った2人のうち美青年の右腕が吹き飛ぶ。


 化身の攻撃、だがその生き物はその場から動いてすらいない。



「あは、あは、アハッ!! できた、できた、できぎゃはははは! おんぱこうげき!」


 人差し指を親指で抑え、弾くような動作。


 ただそれだけで



「みみてっぽう」


「は、やーー」


 また、神秘の腕が飛ぶ。


 既に神秘達は理解した。立場はひっくり返った。



 自分達が人類を遊び殺したように、今度はーー。



「いろいろいろいろいろ出来る!! やってみたかった事全部出来る!! アハ、アハッ、ギャハハハハ」



「ひっ」


「化け物が!!」



 笑う、微笑う、嗤う。


 瓦礫の街、神秘の前に降り立つのは人という名の最悪の怪物。



「もう誰もいない、だから、だからさあ!! 我慢する事ァ、もう無いよなァ!」



 その男は、他人を必要としない。


 その男は、1人で完成している。


 その男は決して、1人になるべきじゃなかった。



 TIPS€ 警告 複数の神秘種、いや、新たな"霊長類"が多数出現



「……貴様は、放たれるのが遅すぎた! 怪物よ! 貴様はもう人類ではない! この星の新たな支配者は我々神秘! 人の時代は終わった! これからは神の時代なのだ!」



「権能接続……! 頼む、どんな神話体系の神秘でも良い、とにかく強くて、戦える奴……!」



 神秘種。


 ダンジョンというフィルターを通じ帰還した古い惑星の支配者達は、ホモ・サピエンスを駆逐した。



 だが、やり残しがあった。


 備えておくべきだった。

 数多の神性がその来訪を予言していたというのに。



「よおよおよおよお、どしたい、御二方。そんなこの世の終わりの顔をして。釈迦の掌を見た時のオイラよりもひっでえ顔だなァイ」



「斉天大聖……お前、深淵に潜っていたんじゃ」



「はやいね、孫さん……」



 神性が集まってくる。


 初めからその場にいたように、奇妙な出たちの男が、ボロボロの神秘達と並ぶ。



「いやなに、ちょいとばかし予感がしてね。無くした頭の輪っかが締め付けられるような嫌な感覚がしたわけさァ。んでもって、耳長どもと殺し合うより、こっちのが面白そうだと思ったらァ、なんだい、ありゃ、見た事ねえよ、あんな化け物」



 巨躯の美丈夫、野生的な風貌も金色のあしらいを施した鎧に身を包んだそれが、耳の化身を眺めて笑う。



「あは、あは、あは、誰だあ、お前え、あああ別にどうでもいいやァ、全部殺すから」



「おいおいおいおい、殺意高いなァイ。飴舐めて……いって!! えええ……嘘だろォ、飴、割れちまったァ……桃の飴……」



「斉天大聖……舐めてかかるな、ペルセポネも北欧の光も、アレにやられた」


「心配すんなァイ。こう見えてオイラ、古今東西の魑魅魍魎と殺し合いまくった男さァイ。ーー見りゃ分かる、アレは強いわ」




 がちゃん。


 がちゃん。


 がちゃん。



「ということできちんと、援軍を連れてきたァヨ。世界を守ってやんねえとなァイ」




 扉が生まれる。


 赤い空を埋め尽くすような数の扉。


 ありとあらゆる神話体系から数多の神秘が現れる。


 世界の全域から人間を刈り尽くした新たなる惑星の支配者達が。


「ッ、おまえら……」


「いずれは覇を競う相手なれど、此度は別よ。深淵の耳長狩りに赴いた神体が戻るまでは、我らが相手になろう」



 輝くもの、眩いもの、美しいもの。



 空を埋め尽くす神話の存在達が、彼らの世界を脅かす異分子を見下ろして。



「怪物よ!! 我らの世界を脅かす害獣よ! 滅び「蝸牛」



 ボボボボボボボボボボボボボボ。



 破裂、捩れ、爆散。


 瞬きの後、血煙と変わる神秘達。



「へっ」



 びよよよん、びよよよん。


 その化身、化け物の耳穴から引き摺り出された渦を巻いた肉の管。


 それが鞭のように振り回され、神秘達を屠った。



「なかまがたくさんいていいなぁ」



 賢きヒトが滅びる時、かのものは現れる。


 最初は極東の王が滅する時、放たれる最悪の銃弾として。


 神の勝利は、それの来訪を避けることはできない。



「あああ、でも、おまえらどこまでいっても、怪物種だろ? 神秘とかなんとか言っても、怪物なんだろ?」



 どのような形、どのような方法で人を滅ぼしても、ソレは必ず生き残る。



 そして、全ての気に入らないものを焼き尽くすだろう。



「お前……本当に、なんなんだ……」



「みみのけしん。いやーー」


 耳はついにはその男を完全に飲み込む事は出来なかった。


 アクセルを踏みに踏んだ結果でも、男の全てを塗りつぶす事は出来なかった。




「たんさくしゃだ」



読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!


書籍版の2巻発売中です、WEB更新のモチベになるので是非お買い求めください!

書籍版だけのルート展開になりつつキャラはそのままなので楽しんで貰えると思います。

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― 新着の感想 ―
さあここで皆さんにひったりの必聴ナンバーをお送りしたい this nunber is 「銃の部品」 stay tune...
[良い点] うっすら死にてえという表現ホント好き。
[一言] 前々からたまに「味山をひとりにしてはいけない」って感じのニュアンスは出てたけど、まさかこんな出力されるとは思わぬ
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