152話 希望が絶える音
がちゃん。
「いって……」
扉に引きずり込まれたと感じた瞬間、また別の場所に放り出された。
味山は尻餅ついたまま、その場を見回す。
「なんだ……ここは?」
無機質な壁と床。
部屋の中央には大きな丸机、椅子。
どこか、会議室のようなーー。
「……ここもか」
死臭。
壁や床にはべったりと血のシミ。
机にもたれかかるように息絶えたスーツ姿の人間。
戦闘員には見えないが、見境なしに殺されている。
首にかけられたネームプレート、血で汚れていて一部しか読めない。●地、だろうか?
「……くそ」
全てが手遅れの状況にいら立ちが止まらない。
神秘種、ヒントが言うにはこれはすべて、奴らの仕業で。
「……ああ、君、よく、来てくれたね……」
「……アンタは」
机と椅子に腰掛ける1人の男、まだ息があるらしい。
薄めの髪に皺の入った顔。その男に味山は見覚えがあった。
「バベル島で会った事がある……よな。……確か、総理大臣の」
「ああ、その通りだとも。味山只人くん。久しぶりだね」
「……」
席に座るか、否か。
味山は少し悩む。
この状況は異常だ。
一国の指導者がこんな場に、死体の転がっている空間に憔悴した状態でいる事事態おかしい。
何も、何も機能していない。致命的に、今、ここではもう何もかもが手遅れなのだという事だけがわかる。
「西表くん……」
「ああ……大丈夫だよ。この場所は、あと数十分はバレない。……西表が、時間を稼いでくるからね」
「おい、待て、アンタそれ……」
「これかい? ……大した怪我じゃない。……ああ、ごめん、ごめんよ、みんな。西表が、西表がしくじった……」
「お前、死にに行く気だろ」
「えっ」
「その顔、自分1人で全部終わらせて満足しようとしてる奴の顔だ」
「西表くん、少し、待ってくれないかい? せめて、最低限の責任と、引き継ぎを終わらせてからでも遅くないだろう?」
「……そう、だね。済まない、多賀くん。西表は……もう思考すらーーきゃっ!?」
「座れ、とりあえず」
フラフラとどこかへ行ってしまいそうな赤髪の女性を無理やり椅子に座らせる。
「……どこから話すべきだろうね」
「簡潔に、だ。だが、アンタらが話したいことを話す前に、俺が聞きたいことに答えてくれ」
「……」
多賀の沈黙を、味山は肯定と受け取る。
「貴崎凛は、死んだのか」
1番、今、聞きたいこと。
「……」
「サキモリには、民間人が避難するまでの遅滞戦闘を命じていた。……貴崎くんの生存反応は、西表くんを除けば、最後までーー」
「死んだんだな」
「……済まない」
「……違うよ、多賀くん。味山只人」
「貴崎凛は死んだんじゃない。西表だ、西表が、殺した……西表が、異界に囚われて……彼女は1人で、遺物もないのに、助けに来てくれてーーそれでーー」
「……貴崎の最期は?」
「そ、れは」
「怪物に喰われたか?」
「……すまない」
項垂れ力なく答える赤髪の女。
味山は息を大きく吐き、そのまま椅子に座る。
むき出しの背中に背もたれが冷たい。
「……昔の、仲間だった。チームを解散した後も、それなりに付き合いがあった」
かなかなかな。
空耳だろう。
ひぐらしのなき声が聞こえる。
「向こうがどう思ってるかは知らねえが、あいつには借りがあった。何考えてるかよくわかんねえ奴だったけど、――いい奴だったんだ」
――味山さん!
目をつむる。
ころころと笑う少女の顔が浮かぶ。
バベル島での日々、確かに味山只人の日常にあの少女はいたのだ。
アレタといがみ合う姿も。
温泉であったトラブルも。
自らを試そうと喧嘩ふっかけられた時も。
あの人知竜との闘いの時も。
あの夜、見送ってくれたのも。
イズ王国で、再会した時も。
彼女はいたのに、もういない。
2度と会うこともできない。
「……クソだな」
無性にたばこが吸いたい。
無性に酒が飲みたい。
何も考えたくない。そんな時があるからこそ。
人は嗜好品を生み出したのかもしれない。
「総理大臣。今、俺には何が起きてるか、なんでこんな事になってのか、何も理解できねえ」
だが、そんな何も考えたくない時にも何かしないといけないのが、生きるという事だ。
自分はまだ生きている。
そして目の前の連中も生きている。
出来る事は、ある。
「だが、アンタと、そこの赤髪さんは事情を知ってそうだな。教えてくれ」
自分はきっと正気じゃない。
死体の転がる会議室、味山は空恐ろしいほどの冷静さで必要な事だけを行う。
「……どこから話すべきかな」
「最初から最後まで簡潔に」
「手厳しいね……それに、ひどく苛ついているようにも見える」
「アンタこそ、まるで俺に怒鳴りつけて欲しい、怒って欲しい、そんな顔だ」
「……もっと君とこうして早く会話を試みるべきだった。本気でそう思うよ」
「……どういう意味だ」
「君を眠らせ続けたのは、私だ」
「……いや、多賀くん、その言い方は語弊がある。西表もだ。西表も、またその判断を下した側だよ」
TIPS€ この2人はお前の力を恐れている、いや、恐れていた
TIPS€ ニホン政府は味山只人の封印を行った。お前は5か月以上眠っていた
ヒントが告げる事実。
なんとなく状況から予想は出来ていた事だが――。
「なるほど、耳男はニホンにとってはセンシティブすぎたか……それで?」
「――人類は神秘種に敗北した」
ひどく、疲れた声で多賀は答える。
世界が滅ぶ理由なんて、いつも想像以上につまらない理由だ。
人間が、弱かった。
「それで?」
「ニホンはすでに人間の生存権は保証されていない。政府、行政、司法、そして軍はすべて崩壊。もはや夜警国家としてすら機能していない」
「なるほど、それでトーキョーは、ニホンは全部、あのザマか」
「……情けない事にね。対策はしていた。準備もしていた。戦力もそろえた、だが、そのすべてが足りなかった。バベル島から侵攻した神秘種は1日も経たないうちにニホンの機能を堕とした」
「……」
言葉もない。
つまり、あれだ。
人間は、想像以上に弱かったのだ。
「……悪い夢でも見てるみたいだ。死ぬ思いであの逆さ富士をなんとかして。綺麗に成長した昔の仲間、いや、友人とも再会して、さあ、今度こそあいつらとの合流だってとこだったんだけどな」
実感がない。
だが、事実がひとつある。
TIPS€ お前は敗北した
「ニホン、滅んじまったのか」
言葉にした瞬間、少し笑ってしまった。
創作物では昔からあるパターンだが、いざ、実際それの当事者になると。
――死臭の漂う廃墟の街。
――生の気配がしない炎の光景。
――人を食う超越者の笑み。
「――なァ」
ぷちゅ。
脳が、暖かい。
寝起きだが、もう寝たい。
ひどく疲れた。
「……私のミスだ、私が、君を恐れた。イズ王国を解放した君を、神を踏破すらするキミの力を恐れた」
「……多賀君、よしたまえ、君は、西表の意見を採用したまで。彼を、遠ざけたのは、すべて、西表の弱さ故だ」
「ははははは。買いかぶりすぎだぜ、2人とも。俺は只の、ちょっとばかし死ににくいだけの探索者だ。ああ、俺一人がいようがいまいが、なんも大勢には影響、ないさ」
「いや……さきほど、君は、神秘種を相手に互角に――」
「あ、それだ。それ。赤髪さん、お前、俺の邪魔してくれたよな」
「え……」
味山が憔悴した様子の西表の前に立つ。
ひどく小さく見える彼女を見下ろす。
傷だらけだ。おそらく体の中もぐちゃぐちゃだろう。
消えた右腕は、きっと二度と戻らない。
「あんた、名前は?」
「い、西表……波」
「そうか、西表さん。アンタが俺をここに連れてきたんだよな」
「あ、ああ、そう、そうだ、き、君に、多賀君と話しをしてほしくて――」
絶望に染まった人間の顔は、直視するに堪えない。
震える声、華奢で細い手袋に包まれた指が味山にすがるように伸ばされて。
「いや、いい、そういうの」
この男は決してそういう類の手を取ることはない。
「え?」
「……」
「悪いが、死にかけの負け犬どもと話してる暇がない。まだ生きてるよな? 貴崎を食ったクソキモの化け物どもが」
初めから、味山の眼中にすでにこの2人はない。
今、頭の中にあるのは。
あいつらだ。
首をひねっても死ななかった。
「次は、首を引っこ抜く、それでもだめなら背骨をぐしゃぐしゃにして内蔵を引きずり出す。それでも、ダメなら、――ぎゃははは、いや、死なねえなら死なねえでいいや、その分、ずっと苦しめて殺し続けてやれる」
「――あ……君、た、戦うつもりかい? 神秘種と」
「違う、殺しに行くんだ」
味山の声は、重く。
アレフチームの人間が聞けば動きを止めてしまうほどのらしくなさ。
もう、この男のタガは外れかけている。
「……かのものたちは、我々人類の戦力をはるかに超えている。勝てない、アレには、勝てない、天変地異を相手にするようなものだ……」
多賀の小さな声。
「それなら心配いらねえ。つい最近、嵐をぶちのめした所だ。ここ、地下か? さっきの変な扉みたいなの出してくれよ。アイツらのとこに連れてけ」
「ま、待ってくれ! 味山只人! だめだ、殺される! 君を、君は最後の人類の戦力なんだ……! 今は、今は逃れてくれ!」
「あ?」
「今はダメかも知れない……人類は今日敗北した……でも、でも時間をかけて生き延びれば……いつか、いつの日か、この星の霊長の座にーー」
「ぎゃは」
「……え」
「ぎゃは、ぎゃは、ぎゃははははは……はははははははははは!! ぎゃははははははははは……」
ああ。
笑い、笑いが止まらない。
味山は腹を抑えて大笑いを始める。
多賀はぐっと、目を瞑り、西表は何がなんだかわからないという風に表情を固めて。
「はははは! はははは! 西表! 西表! 初対面でわるいけど、お前、お前、お前本当にバカなんだな! あは、は
ははははは!! 人類! 霊長!? ぎゃははははは! なるほど、こんなのがいるんじゃ、ニホン! ここまでズタボロにされて当たり前だぜ! ぎゃははははは!」
「な、何が、何がおかしいんだ! 君に、君に笑う資格なんて! 西表を! 多賀くんのことを笑う資格なんてーー!」
「よしなさい、西表くん」
「で、でもっ!」
「……これ以上、恥の上塗りは止そう」
多賀の深く暗い声。
西表は泣きそうな顔で、笑い転げる味山を見つめて。
「ーーあ」
西表が、動きを止める。
スンっ。
笑い転げていた味山の顔に表情がないことに気付いたからだ。
「なんでお前、負けを認めてんだよ」
「あ……」
「貴崎とか、多分熊野とかもそうだよな。死んだ連中と違って俺やアンタは生きてる。なら、まだわかんねえだろ」
ひゅいっと、味山が立ち上がり。
「あ〜アレフチームと逸れるし、貴崎は死んじまうし、生き残ってる奴はまるでわかってねえし。あ〜人生ってクソだよな」
「ま、待って、お願いだ。ダメなんだよ、もう奴らと戦えるのは、君しかいない。ここで、命を使うのはーー」
やることは決まってる。
誰がなんと言おうと。
「貴崎をさ、殺した連中がまだ息してるんだよ」
西表が、言葉を、そして動きを止めた。
「なんでだ? 俺の知り合いを、俺の友人を殺した奴がなんでまだのうのうと生きてるんだ?」
もう、西表は味山の言葉に口を挟めない。
「あり得ねえだろ、そんなの。とりあえず考えるのは殺してからだ。……弔いも悲しむのも悼むのも全部後だ、殺してから、ぶっ壊してから考えるよ」
「き、みは……」
西表が、部屋の出口に向かう
「笑って悪かった、西表、あんたも戦ってたんだよな」
「あ……」
「アンタと同じだよ。戦わないって選択肢はないんだ。もうこれは決定事項だ」
さあ、行こう。
殺しに行こう。
それで、アレフチーム、そう、アレフチームと合流して。
TIPS€ 完成した自我 発動
悲しみが、湧いてこない。
貴崎が死んだという事実を受け入れた今も、あるのはただ、どうしようもない苛立ちだけ。
「ぶっ殺す」
味山が、部屋の出口に手を掛けて。
「ぶっ殺す? あは、味山さん、誰をぶっ殺すんです?」
かしゅッ。
部屋の扉の前から聞こえた声。
部屋の扉を突き抜けてきた刃。
その刃が、部屋ごと味山を真っ二つにして。
「もしかして、私を殺すつもりなんですか? ふふ、でも、味山さんなら、良いですよ」
赤い、セーラー服型の探索者装備。
毛先の赤いポニテ。
ほんの少し覗く八重歯が、にへらと笑顔を浮かべて。
「……きさーーあ?」
貴崎凛が、そこに、いて。
いや、分かってる。
斬られた。なら、これは貴崎じゃない。
この男は味山只人。
TIPS€ 神秘種は喰らった人間の外見を模倣する事が出来る
そういうパターン。
そういうパターンだ。
敵が、味方の顔で出てくる。
仲間を殺した敵が、仲間の姿を借りて現れる。
TIPS€ 完成した自我により判定を無視し、攻撃が可能
そういうのに強い筈の人間だ。
味方の顔でも敵なら殺せる、そんな男ーー
の筈なのに。
「ーーな、んで」
お前もーー。
お前らもーー。
「よお、どーしたんスか? タダ」
「やあ、アジヤマ。久しぶり、元気だったかい?」
灰色の髪のマッシブなイケメン。
赤い髪の妖精のようなアルビノ美少女。
その2人が、死んだ筈の貴崎の背後にいて。
いるはずのない、いちゃいけない。
ここでは、このタイミングでは絶対に会いたくなかった2人がーー。
さく。
ざく。
「なん、で」
縦に真っ二つにされた味山、その心臓と脳みそをそれぞれナイフが抉る。
グレンとソフィの顔をしたナニカが、味山を刺して。
TIPS€ 神秘種は喰らった人間の外見を模倣する事が出来る
読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!
書いててキツいから読むのは倍キツいかもですが、信じて読み続けて頂ければ助かります。




