表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

186/305

1話 白飯・アジヒモ・タンサクサイカイ

 


「本日の西イズ地区の栄えある労働英雄は……アジヤマさんです!」 




「マジか」




 奇妙なお面を付けた男、味山只人は言葉を漏らした。



 イズ王国の労働英雄に選ばれた者にはイズ名産グルメが夕飯メニューに加えられると聞いていた。気合い入れて地上を普通に歩いている怪物種を始末した甲斐があった。




「はーい、マジ〜でーす〜、アジヤマさーん、どうぞ、前に〜」



 小太りの作業着の男が演説台の上から味山を呼ぶ、イズ王国、西イズ地区、コガネサキ担当班長が間延びした声で。



「あ、すいません、すいませえん」



 味山只人がペコペコと頭を下げながら整列していた集団をかけ分けて進んでいく。



 班長に促されるまま、演説台を登る。



 びゅうう。夕闇の中、味山の顔に海風が吹き付ける。



 使われなくなった海沿いのホテルの広い駐車場。そこにずらりと並ぶ作業着姿の男たち。



 なるほど、校長の話が長くなる気持ちが少し分かる。人間がバカみたいに整列しているこの光景はーー



「……少し、良いなァ」




「はーい、みなさーん。拍手〜! アジヤマさんは本日、怪物種5体をこのイズ王国の為に命懸けで討伐してきました〜! なんと彼は昨日、このイズ王国の国民の仲間入りをしたばかりです! にも拘わらず! 忌々しいニホンから送り込まれ、我々の神聖なるイズ王国の領土を荒らす怪物を始末してくださりました。よってこれを称え、本日の食料配給としてワサビアイスと鯵の干物がアジヤマさん所属のA班の皆様に配られます。皆様もアジヤマさんを見習ってくださいね〜」



 きい、いいいん。メガホンのノイズに混じり、班長の言葉が、整列する労働者に行き届く。




「すげえ〜」


「いいなあ〜」


「味山! よくやった! 今日は俺の秘蔵のエビスを開けてやる!」


「アジヤマって誰?」


「なんか、この前、ニホンとの国境線でA班の白川が拾ってきたらしいよ」


「ああ〜、本土の難民なのかな」


「てか、アジヤマって、まさか、あの"アジヤマタダヒト"!?」


「ウワっ!? ()()()()の!?」



「ああ、違う違う。たまたま名前が同じらしいよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なわけないじゃん」




 ざわざわと蠢く群衆、味山はその光景をじっと見つめる。



 そこにいる人々は皆、妙な姿をしていた。




 仮面。



 グラウンドに並ぶ作業着姿の群衆も、味山の隣でメガホンを構える男も、そして、味山只人自身も、みんなとある仮面を被っている、被らされているのだ。




 それは奇妙なデザインだが、ニホン国民ならきっと一度は見たことのあるもの。




 フジ山のお面をみんな、かぶっていて。




 もちろん、味山只人も同じように。それがこの国のルールなのだ。




「はーい、みなさ〜ん、静粛に〜。それでは今の時間より、昼労働の皆さんはしばしのフリータイムです。明日の〜イズ王国のためのさわやかな勤労の為に〜おやすみくださいね〜。それと、今夜はもしかしたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()があるかもしれませんので〜なるべくお部屋から出ないようにお願いしますね〜」




「「「「「はーい」」」」」



 フジ山お面の班長の言葉に反応し、フジ山お面の作業着の男達が元気に返事を返す。




 味山只人を除いてーー。





「ンっ?」




 ぎらりと。班長が、返事のない味山に対してぐるりと首を向けた。



「あ、は、はーい!」




 フジ山お面の味山の返事。それを聞いた班長がきっと、お面の向こう側でニッコリして。




「は〜い、よろしい。それでは皆さん、明日の労働英雄を目指して頑張ってくださーい、それでは一日の終わりの挨拶で締めたいとおもいま〜す。フジサンは〜?」




「「「「「「超最高!!!」」」」」」



「”アサマ様”は~?」



「「「「「「超最強!!!」」」」」」



 ものすごい熱量の声が、グラウンドに広がる。違う人間から同じ声量が一気に吹き出るその光景。小学校で行う合唱コンクールの最終的に行きつく先のその先みたいな光景だ。




「……ンン?」



「あ、超最強!!」



 また、味山だけが遅れて返事を返す。



 フジ山お面の班長が、フジ山お面の味山をじーっと見つめて、それからまあいいかと小さく頷く。




「は〜い、よろしーで〜す。それでは、皆さん、配給食料を受け取って各自好きな人と一緒にお食べくださ〜い。それといただきますと、我々”イズ王国”の国民の守り神でもあり、偉大なる支配者でもある"アサマ様"に感謝の言葉をお忘れなく~」




「「「「はーい」」」」



「では~味山さん、こちらが特典食料のワサビアイスとアジの干物になります、クーラーボックスも差し上げますのでご自身のテントでお使いくださ~い」



「あ、どうもどうも」



 味山がフジ山お面の班長からクーラーボックスをうけとる。




 ゾロゾロと班長の声に従ってフジ山お面の男たちがバラけ始める。同じお面をかぶった妙に従順な男たち。



 この奇妙な集団に属して一日目、味山の嫌な予感メーターは早くも赤信号になりつつあった、が――。




「まあ! いっかぁ。それより飯だ、飯」



 その嫌な予感のことを考えるのをぱたりとやめる。難しいこと考えるよりも先にご飯が食べたい。




 味山只人はそういう人間だった。




 広いロビー前の駐車場に立てられたタープ、炊き出し班が炊いた白飯や、大鍋で煮られた味噌汁よ配給が始まっている。



 白飯は業務用のガス窯で炊かれ、味噌汁は具が少ない割に丁寧に出汁が取られている。充分に味山の楽しみになりうるものだった。




 味山がその列に並ぼうとしてーー。




「おーい味山! ここ、席取ってるぞー!」



 近くの焚き火を囲んでいる集団から声をかけられる。



 どこからか拾ってきたらしいプールとかでよく見る丸テーブルに、テラスの椅子。簡単な飲食スペースが出来ていて。



「お、白川さん、どーもです。おっと、それ……」




「あ! 味山さん! 自分、アジヤマさんの配給分の白飯とみそ汁も先にもらってきました!」




 そこには数人の男達が集まっていた。顔見知り、とはとても言えない。この集団の人間はみなフジ山お面をかぶっている。だがそれでも声と身体と雰囲気で案外区別はついた。



「おー、わりー、ありがとな、桜野くん。そんで、ほいよ、我らがA班の紳士諸君、ご褒美のプレゼントだ」



 味山が机に集う男たちにクーラーボックスを開き、その中身を見せる。パウチに閉じられた魚の干物、小ぶりのつやつやした赤身の肉はアジかなにか。そして緑色の装飾が施されたカップアイス、イズ名物だ。



「うおおおお!! 凄え! ワサビアイスだ! 購買部から買おうとしたら”5000サクヤ”はするってのに!」



「さすが労働英雄! いっけめーん」



「白川さんが昨日、アンタを拾ってきたときは驚いたがすげえ拾いもんだったな、まさか昨日の今日で怪物をあんなにぶっ殺しちまうとは。なんか、あれだよな、慣れてる、そんな感じがしたぜ」



「いやーでも、あのミミズの化け物に味山が巻き付かれたときは終わったと思ったぜ。でも、あの化け物急に、なんか急に苦しんで倒れたよな。なんか焦げ臭かったし、味山、お前何したんだ?」



 味山と同じ労働班の仲間たちがクーラーボックスの中身を山分けしながら味山に声をかける、素性は詳しくはないが、なんとなく気のいい連中だということはもう互いに伝わっていた。




「企業秘密だ。さてと、干物、炙らせてもらうぞー、あ、桜野くん、ごはんとみそ汁サンキュー、もらうわ」



「どうぞどうぞ」




 ぱちっ、ぱちっ。


 焚火の前、ステンレスのバケツを椅子にして味山は座り込む。オレンジ色に揺らめく火の中、机に置いてある小さなキャンプ用の小さな鉄板を焚火に放り込み、その上に干物を置く。



 ――じゅううううう。



 ぱち、ぷち。干物から染み出てきた脂が音を立ててはじけていく。熱せられた鉄板、その上をたまに舐めるように揺らぐ炎、熱がアジの干物を包み、仕上げていく。



「あーいい匂いだ」



 スモーキーな匂いが炎と共に香りだす、これだけで白飯が食べられる。薪を削った箸で干物をひっくり返す、わずかについた焦げ目、さらに強くなる香ばしさ。焦げないようにひっくり返して。





「桜野、この前貸した1()0()0()0()()()()()()()()()()()()()



「あっ、白川さん、すんません、もう少し待っていただけると……」



 これは味山の持論だが、野外で飯を食う時は割と周りで人の話を聞きながら食うと妙に美味しさが増す。その話の内容がくだらなければくだらないほど、メシも旨くなる。





「桜野くん、年長者から借りた金はさっさと返した方がいいぜ。じゃないと次貸してもらいにくくなる、――お。美味いな、この干物、さすがイズ。海産物の調理が上手だ」



 ぱちり、鉄板の上でアジの干物の身をほぐし、それをまず一口。



 疲れた身体に染みわたる塩気、同時に拡がる赤身魚の濃い味、血合の固まった濃厚な部分は舌の上でほろりと溶けていく。



「――は」



 息をするのも忘れ



「――ぐ」



 米を、食らう。箸からこぼれるほどの大きな銀シャリの塊を、湯気ごと口に放り込む。魚の塩気と米のまろやかさ、熱を食らう。


「――む」



 ず、ずずずz。


 すかさず、アルミのコップに入れられた具ナシの味噌汁をすする。



 口の中の熱を、さらなる熱で喉の奥へ流し込む。火傷しそうになるのを、ほふほふと白飯を頬張って誤魔化す。



 身体が内側から温まる。



 焚火を眺めながらしばらく味山はひたすら無言でアジの干物とみそ汁で白飯を食らっていく。





「はははは、良い食いっぷりだ。昼間の怪物の群れに真顔で突っ込んだり、笑いながら解体するしてたあのヤバい雰囲気と同じ男とは思えんな。良かったよ、味山。お前がまともな人間で」



「ふう、美味い。白川さん、俺をなんだと思ってるんすか、俺ほど常識かつまともな人間なんてそうはいねえっすよ」




「はっはっはっは。悪い悪い」




 味山の言葉を聞き流し、笑うフジ山お面。味山はこの男に借りがある。



 ()()()()()()()()()()()()()()直後、意識をなくして倒れてた所を救われたのだ。




 おかげで、この拠点にひとまず身を置けることにはなった。



「おっと、そろそろ時間だな、女性やこどもたちが畑の作業から戻る頃合いだ」



 白川が腕時計を眺めて呟く。今はもう使われなくなった校舎を眺めて。



「おとーさーん! お帰りいー」



「おー! 美波! いい子にしてたかー?」



 小さい女の子、もちろんフジ山お面をかぶっている三つ編みの子供が他の女性や子供たちの集団から飛び出し、白川の元に駆け寄る。



「うん、アサマ様にお祈りしてー、畑のお手伝いしてたよー」




「ははは、そうか、そりゃ良かった。美波、ほら、ご挨拶して。お父さんの仕事仲間のみんなだ」




「わー、こんにちは! 白川美波、9歳です!」



 父親に促された素直な子どもがぴょこんと味山たちに向けて頭を下げた。



「わ、白川さんの娘さん。どうもこんにちは。桜野って言います。お父さんにはお世話になってます」



「わー、桜野さん。こんにちは! お父さんと仲良くしてくれてありがとうございますす!」



「……いい子っ!」



 白川の娘と目線を合わせながら喋る桜野が声を上げて仰け反った。



「へえ、白川さんのお嬢さん、すげえ礼儀正しいなあ。っと、こんにちは、美波さん。俺はーー」



 味山も椅子から立ち上がり、彼女の前でしゃがんで視線を合わせる。



「あ、アジヤマさん! アジヤマさんでしょ! お父さんがこの前連れてきた難民のヒト!」




「こら、美波。言い方。味山に失礼だろ? みんないろいろあるんだ、そういういい方は良くないな」



「あう、ごめんなさい、アジヤマさん」



「おお、すげえいい子じゃん。気にしてないよ、美波さん。良いお父さんだな」



「えへ、うん! 美波、お父さん好き! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()





 フジ山お面の小さな女の子が、どこまでもどこまでも明るい声で。




 味山が、ピクリと動きを止めた。




「はははははは、そりゃ良い! 俺も、()()()()()()()美波だ大切だぞ! おっと、すまん、味山。桜野、飯の邪魔をしたな。俺と美波は部屋で飯を食うが、お前たちは?」




 その親子は満面の笑みで味山と桜野に話しかける。



 フジ山お面の味山たちが顔を見合わせて。




「――いや、俺はここで食べていきますよ」



「――ああ、俺も。どうぞ、親子水入らずで」




 首を横に振る。



「そうか? 悪いな、今日は味山が頑張って我らがイズ王国の労働英雄になってくれた日なのに」



「いやいや、ほんと気にせず。あ、そうだ、美波さんや、これ、食うか? ワサビアイス。まだ早いかな」



「え! いいの! わーい! 美波 アイス好き!」



 味山が差し出したワサビアイスを嬉しそうに受け取る女の子、きっとこの奇妙なお面さえなければキラキラした笑顔が見れたのだろう。




「いいのか? 貴重な甘味だぞ?」



「いえいえいえ、ワサビアイスならまた怪物ぶっ殺して配給取ってきますよ」



「心強いな、まるで、ニホンの探――いや、この言葉は不敬な言葉だった。アサマ様にお叱りを受けちまう。ほら、美波、味山にいうことがあるだろ? 礼儀と感謝だ。()()()()()()()()()になるんだったらその辺きちんとしないとな」




「うん! 味山さん! アイスありがとございます! えへ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「ああ、きっと見てたぞ、あ、そうだ、味山。これ遠慮せずやってくれ。今日は頑張ってくれたからな」



 ことり。白川が味山の目の前においたのは金色のラベルの缶ビール。うっすらと霜が広がり、つぷと小さな水滴が浮いている。



「いいんですか? ありがたく頂きます」



「おう、味わって飲んでくれな。美波、そろそろ部屋に戻るか。味山、桜野、みんな、今日はゆっくり休んでくれ、そして明日も、イズ王国の為に頑張ろうな」




「「「「はーい」」」」



 にかっと笑う白川の言葉に、思い思いに夕飯を楽しむ彼らが元気よく返事をする。



「……うっす」



「っす」




 味山と桜野の返事だけまた遅れた。



 白川班の人間が思い思いに夜の余暇を過ごす中、味山がもう一度ぐるりと、そのフジ山お面をつけた連中を眺めて。



「……アサマ様ってなんだよ」




 呟く。



 おかしいことだらけのこの場所、しかし、やはり、白川とその娘の言動はーー。




「味山さん、もしかして、あんた……」



 ぼそっと、彼が味山に向けて言葉を漏らした。




「あ? なんだ、桜野くん」




「……いや、すみません、なんでもないです。そういえば、味山さんはどこからこのイズ王国に? 国境沿いに倒れてたのを白川さんに昨日拾われたって聞きましたけど」



 フジ山お面の桜野くん。ここにきて、割と味山の面倒をよく見てくれる気のいい奴の1人だ。



 なんとなく声の雰囲気からイケメンの気がするが、もれなく全員フジ山お面なので顔は知らない。





「あー、バベーーいや、まあ、色々あってな。そういう桜野くんは?」




「……実家がアタミでして。ほら、スタンピードの時に住む場所なくしちまいましてね」




「スタンピード?……ってのは」




 ああ、嫌な予感がまたしてきた。少なくとも味山はそんな言葉も出来事も知らない。



 味山只人は考える。今の自分の状況、これがあまり宜しくないということを。




「ん? いや、ほら、あれですよ。現代ダンジョンバベルの大穴からの侵略。アタミはダンジョン化こそ免れましたけど、ほら、ほぼ壊滅してしまいましたし」




 また、あまり聞き覚えのない言葉だ。



「あれから、もう3年、いや、4年ですか、早いですね」



 フジ山お面がどこか遠い声でぼそり。味山はそんな彼の憂いに気付くほど余裕はなかった。



 ああ、嫌な予感がしてきた・




「お、おー……おー、3年。4年? ……えーと、桜野。ごめん、少し今日の仕事で頭打っててさ。今って西暦2028年……じゃないわけか」




 味山は頭を悩ましつつ、つぶやく。



 オペレーション・スターデストロイヤー。




 拗らせた英雄バカを世界から取り戻すべく、味山とその仲間たちがノリノリで世界を敵に回したあの日、あれは、確か2028年12月の出来事でーー。







「え? 今は西暦2032年の3月ですよ」



「……なんで?」



 思わず聞き返す。自分の思っている時間よりもはるかに――。



「なんでってって言われても、いやでも懐かしいですよね。世界が変わって、もう3年と少し経ってるなんて。覚えてます? ほら、あの"天の声"。結果発表オオオオオ、って奴」




 サラサラと桜野が呟く言葉を、味山はどこか他人事のように聞いて。




「Ver2.0 "レベルアップ”。怪物が地上にいる世界なんて想像もしてませんでしたよね」




「あー……そう、だった、そうだった。ほーん、へえ……」




 ふらり、味山が立ち上がる。



 味山の感覚では、今日。



 今日は本当に色々な事があったのだ。




「あれ、どうしたんですか? 味山さん」



「いや、少しトイレ。飯、食っててくれ」



「……ええ、わかりました」



 味山はそう言って席を外す。ひんやり冷たい缶ビールをにぎり、駐車場を出て、すぐ近くの海が見渡せる広場まで。




 海風が、夜の海から吹きつける。3月の冷たい風を真正面から浴びながら味山只人が立ち尽くす。



 ただ、その暗い、どこまで広がっているか分からないスルガ湾を眺めて。



「クラーク」



「グレン」



「アシュフィールド」



 無意識に漏れたのは、仲間の名前。おそらく、はぐれてしまった仲間の名前。




 カシュッ。プルタブを人差し指で引き起こす、しゃわり。真っ白の泡がほんの少し飲み口から滲み出て。



 ごっ、ごっ、ごっ。一気にそれを呷る、まず冷たさ、喉から細胞の全てに染み渡る清涼感、それから鼻に薫る麦の芳醇さ。舌に残る苦味。



 探索ですり減った何かが、白飯、干物、味噌汁、ビールで埋まっていくーー。




 ふらり、一息で缶を空にした味山が少しよろけ、口をモゴモゴし。





 海風が、吹いた。





「イズ王国って何ですかぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!???」







 凡人探索者のたのしい現代ダンジョンライフ〜TIPS€ 俺だけダンジョン攻略のヒントが聞こえるのに難易度がハードモード過ぎる件について〜



 〜おしまい〜


 〜おしまい


 〜おしま


 〜おし


 〜お


 〜




 る



 める



 じめる



 はじめる



 らはじめる


 からはじめる


 きからはじめる









 →続きからはじめる


 →難易度HARD?? HAR■■■■……??



 → NEW難易度!"NO FUTURE"!!       




 GYAHAHAHAHAHAHAHA!!








 ◇◇◇◇




 〜焚き火の続きから〜


 TIPS€ 寿命プラス3日ーー



「マジ?」


 ぱちっ。


 霧の揺蕩う平原の中、焚火がはじけた。


 あれ、今のなんだ。割と本気で自分の寿命についてどうしようと今更焦り始めていた味山。



 ぐるぐると思考があっちへ行ったりこっちへ行ったりして――。




「全員集合!!」




 思わず叫んだ。叫ばずにはいられなかった。



 焚き火の前でそれぞれ寛いでいる仲間たちがみんな、その声に反応して。




「なんすか、タダ。腹でも痛いんすか? スコップならあそこにあるっすよ。きちんと見えないとこでやるんすよ?」




 デリカシーのない灰色の髪の美丈夫が、装甲車両の影を指差してうんうんと頷く。



「いやあ〜、アジヤマあ〜当ててやろうか? また何かニホン人特有の美味しい食べ物の食べ方のお披露目かい? ふむ、この前の卵かけご飯はとうとう頭がイカれたのかと本気で心配したが、美味しかったからねえ」




 ベロベロに酔った赤い髪と雪をまぶしたような白い肌の少女。枕にしているある人物の長い脚にほおずりしながらぼやく。




「どうしたの、タダヒト? お肉、美味しくなかった?」




 金色のウルフカット、ハイライトのない蒼い瞳。



 二度見するくらい顔が小さく、またその造形も良い。膝元でふにゃふにゃになっている赤髪の頭の良いバカをあやしつつキョトンと首を傾げた。




「グレン、腹が痛くなった時は俺は無言で消えるからそっとしておけ。クラーク、卵かけご飯は正義だ。決して俺の頭がイカれたわけじゃない、んで」



 デリカシーのない褐色のバカの名前はグレン・ウォーカー。酔っ払っている赤髪のバカの名前はソフィ・M・クラーク。




 そして、金髪の英雄バカの名前はアレタ・アシュフィールド。



 味山只人の勝ち取った仲間たちが、焚火の前でのんびりだらり。




「アシュフィールド。あのなんか勝手に燃える化け物の肉は美味い。焼肉のタレをこの場所に持って来なかったのを本気で後悔してる所だ。……じゃなくてね、あ〜、諸君、今、俺たちの状況って、みんなどこまで共有できてんだっけ?」




「え、まあ、組合に逆らって軍ともやり合ったんすから、やばい感じじゃないんすか」




「ええ〜とねえ~国家反逆罪、内乱罪、まあ〜普通に死刑クラスの重罪まみれだろうね〜もうワタシのぎんこーこうざもとうけつ、だあ! テロリスト資金凍結じょーやくなんざあ、くそふらえ、だあ!」




「マジ? あー、まあ探索者組合やら各国の軍属の指定探索者相手にノリノリかましたもんな」




 グレンや酔っ払いの言葉に味山がうんうんと頷きながら、あの夜を思い出す。



 なんなら、味山に至ってはアメリカ合衆国とロシア連邦の指定探索者をダウンさせている。普通に戦争沙汰になってもおかしくない事件だ。




「…………」



 アレタが、俯き始めた。



「そうだねえ〜あとはまあ〜あのふそったれの〜恐らく我々は"いーんかい"もお、てきだ、れき! あのやろうどもおお、ワタシのアレタにあむれしあふいんどろーむなんか使いやがってえええ」




「…………」



 ずん、更にアレタが首を落としていく。いつのまにか膝枕しているソフィの髪を撫でるのもやめていた。




「よし! つまり俺たちゃ全員仲良くお尋ね者ってわけだ。うーん、爺ちゃんに次会ったら自慢したろ」




「あの……み、みなさん」



 俯いていたアレタが、小さく手を挙げた。




「ん? どした、アシュフィールド」




「そ、その、今更、なんだけど、……ごめん、なさい。あたし、あたしを追いかける為に、そのめちゃくちゃなことをさせた、のよね。それで多分皆……色々なものを、あなたたちの人生をーー」




 蒼い瞳の虹彩がぐるぐると歪んで濁っていく。震える手がくしゃっと金の髪をつかむ。




 ああ、またネガテイブ入ってるな。見かねた味山がため息をついて。



「クラーク先生」



 ぱんぱんと手を叩いた。



「ウッリャァァァ!! アレタァァァ!!」




「キャッ、な、なに!? ソフィ!? ど、どうして」



 わちゃわちゃとぐでぐでになっているソフィが、アレタの膝から起き上がりその首に抱きついて押し倒す。




「フハハハハ! キミが今更バカなことを口走ろうとしたからだよ、チミィ! 今更さ、そしてその通りさ! 我々は仲良くお尋ね者! 世界の表側も裏側も! 全てを敵に回して、居場所を失った逃亡者だ!」



「そ、そうよ、そうだわ。みんなには、みんなには未来があった……それを、あたしが、あたしのためにみんなはそれを捨てた、いや、あたしが、捨てさせた……はじめにやり通すと決めたことすら成せず、結果的にあたしがしたことは、あなた達を世界の敵にーー」



 ソフィに押し倒され、くんかくんかと首元の匂いを嗅がれながらもアレタがどんどんダウナーに入っていく。



「ふむ、グレン。この光景どう思う?」



「センセは完全にセクハラで捕まるはずなんすけど、見た目がアルビノ美少女だからギリセーフ感がありますね。これだからルッキズムは不平等なんすよ」



「仮に俺がクラークの代わりにあんなことしたらどうなる?」



「細かいことは省いて結論だけ言えば、少なくとも人が1人、死ぬっすね」



「おおう、それはそれは。恐ろしい話だな」



「お前っすよ、死ぬのは」



「マジで?」




 味山とグレンが腕を組み、見た目だけは極上の2人が絡み合う姿を見ながら語り合う。




「え、ちょ、ちょっとタダヒト。真面目に聞いてる? あたしはーー」




「いや、無理無理無理無理。もう無理。アシュフィールド、今更俺らがお前の自己責任英雄ムーブにまともに取り合うと思うなよ」





「これはアジヤマが正しいよ〜アレタ〜。残念だけど、我々は理性的に、そして狂気的に選択を終えているんだ〜。ーー世界よりキミを選んだ、それだけだ。それでもう話は終わってるんだよ」




 すんっと、アレタに抱きついたまま無表情になったソフィが呟く。その様子は先ほどまでのグデングデンな感じはまるでなく。



「……クラーク、お前まさか、今までの酔ったフリ……?」



「うん?」



「あ、なんでもないです、すみませんでした」




 割と本気で怖くなったので味山はそれ以上の追求をやめた。赤い目がぎょろりと霧の漂う平原を背景にした光景は、怖かった。




「で、でも、でも! あなた達は優しいから!!」




 アレタの悲鳴のような声が響く。




「優しいから、優しすぎるから……あたしは、本来ならあたしのしたことの失敗は命でも償えないようなバカなことなの! ソフィもグレンも、タダヒトまで、結局巻き込んでーーあたしは! あ、あ」



 アレタがまたくしゃくしゃと自分の髪の毛を握り俯く。あの戦いの後、1日に数回、彼女はこんな風に不安定になることがある。




「……グレン」



「ッス」



 ソフィの呼びかけにグレンが答える。万が一アレタが錯乱しはじめた時に、すぐ抑えることが出来る位置に、グレンが移動して。




「まあ、それは置いといて、だ」



「え」



 アレタががりがりと自分の頭を掻きむしり始めるその直前に、味山がずんっと彼女の目の前にしゃがみ込んだ。




「すまん、アシュフィールド。今俺かなりやべえんだ、良い機会だ、なんやかんやで隠してたこと全部言うわ」



「た、タダヒト?」



「まず一つ目。俺、このままほっといたら多分3日くらいで死ぬ」




「「「は?」」」



 味山くん、男のカミングアウト。



 アレタだけでなく、ソフィやグレンまでも固まった。



「いや、ほら、あのクソ耳いるじゃん。アイツの力と俺の中の河童と鬼と原人の力をこう、良い感じに組み合わせてわちゃわちゃさせると、耳男になれるんだけど」



「「「???」」」



 バカを見る目、もしくはオフィス街の真ん中でショパンを引くオラウータンを見たような目、とにかく何か意味不明の存在を見つめる目で、アレフチームが、最バカを見つめる。




「んでさあ、ほら。あのバベル島の防衛戦からここまで、ぶっちゃけ耳男一本頼りで来てて、そろそろ限界みたいなんだわ」




「限界……? 限界って、タダヒト、あなた、まさか」



「耳男使うと、俺の寿命が消えていくみたいなんだよ。いや〜、リスク有りの超パワーってロマンだけど、実際自分で使うと、もうどうしようもない感がーー」



「タダヒトッ!!」



「おっと、どした、アシュフィールド」



「どうした、じゃない! あなた、あなたなんでそんな大事なこと黙ってーーあ……」



 アレタが言いながら何かに気付いたように、口をぱくぱくして。



「……アシュフィールド、中々アレだろ? 最低の気分じゃね? 仲間に、そういうマジでやばいことを黙っていられた事実ってのはよ」



「あ……あたし、あたしも、みんなに、同じことを……」




 アレタ・アシュフィールドは気付いた。



 ――さよなら、タダヒト。


 ――あたしは星になる。



 自分が何をアレフチームにしていたのかを。自分が何を捨てようとしていたのかを。



「……」


「……」



 ソフィとグレンは黙って、そのやりとりを見守る。




「待って、あたし、あたしあなたに何回その力を使わせたの? あなたがあの姿になるたびに寿命が減るというのなら、あたしは、あたしがーー」



「おりゃ」



「いたっ」



 びしっと放たれた味山のチョップがアレタのおでこにヒット。



「はい、ネガティブ入るな。ここからが仲間の話し合いだ。アシュフィールド、お前にはもう後悔なんてしてる暇はない。自分の過去の行いを悔やんで、そのことでいちいちおかしくなられちゃ、こっちが困る」



「え?」



「俺には、ダンジョンのヒントが聞こえる。クソ耳の耳糞のおかげでな」



「えっ」



「はい、その目をしない。いいか? 今まで俺が異様に勘のいい時とか、知らないような事を知ってる時とかあったろ? それ全部、耳糞の力だ」



「タダヒト? 何言って……」



「あと身体ん中に河童と鬼と原人を住まわせてる。凄えだろ、みんな川で魚釣ったり、宴会してたりするんだぜ」



「だから! タダヒト! ふざけ……あ」



 アレタの声が止まる。目を見開き、震える指先を味山へ。



 その目に浮かぶのは驚愕。




「まあ、冷静に考えるとあれか。がっつり、お前らに見せようとして見せるのは初めてだよな」




 いままでノリと勢いで誤魔化していたことを、今日はすべて話そう。




「うお、タダ、マジか、お前」



「へえ、興味深いね、アジヤマ」



「それ……」




 右手は燃えている、熾火のような赤い煌めきの上を、舐めるように火が這い回っている。



 左手は手の甲からずぼり、生え出るのは骨の棘。それはまるで刃のごとく煌めいて。



 首にはいつのまにか、エラが生え出る。そのエラの中から水かきのついた手のひらが覗いている。




「ジャワ、鬼裂、九千坊。かつてこの世に存在した神秘の存在たち。俺の最強の道具たちの力だ」




 神秘の残り滓。味山只人が探索の日々で見出したかつてこの惑星に存在した神秘たちの残滓。


 彼らは味山を友として、かつての神秘を再現し、その力を貸すのだ。





「う、そ……」



「そして、これが、そいつらに力を借りた俺の、最強の探索者道具ーーあ、ぐ、ぎ」




 ぼおう。



「「「えっ」」」



 味山只人が突如、自分の顔に右手の火を当てた。みるみるうちに燃えうつる火、またたくまに、味山が火だるまに。




「ぎ、あ……いけ、る? 熱くな? ない? ……いや、やっぱむり、ぎゃああああああああああああああああああああああ、あつううううイイイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアア!!?」




「「「」」」




 絶句するアレフチームの3人。戦いの中でその姿は目にしていた。だが、あらためて目の前で、躊躇いもなく焼身自殺を始めるその姿に、声も出せず。




「アアアアアアアアアアアアアアアア……ぎーーギャハ、ハハハ、ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! ギャァハッハッハハハハハハハハハハ!!

 あー……治った、治った。ほい、復活っと」




 悲鳴はいつしか笑い声に、オレンジ色の炎に全身を舐め焼かれていた人影は、いつしか元通り。





「「「」」」




 火が、収まり。そこにいたの耳の男。



 悪趣味な耳のお面を顔に貼り付け、右手は燃えて、左手は骨に、そして首のエラからは水かきがはみ出た化け物が。




「よし、完成。ーーこれが、耳男。凄えだろ」



「…………ハ?」


「うっわ」



「ないわー」



 真顔の仲間たち。耳男が首を傾げる。




「え? なんだ、その反応」



「待って、まって、待って……なんで、タダヒト、今、自分に火をつけたの?」



「おお、いい質問。この耳男、俺が死ぬのがトリガーになってんだよ。まあ厳密に言うと、えーと、"耳の血肉"っつー力のお陰で、俺致命傷食らっても寿命を消費して再生出来るっつーか「まって」



 味山のさなか、アレタからストップが入って。



「お、質問か、アシュフィールドくん、どうぞ」



「今、寿命って。寿命って言ったの?」



 アレタの顔は、戦慄。揺れる蒼い瞳は嵐の海のように。



「おう、寿命。リスク有りの力ってロマンーー」



「ふざけないでよ!!!」



「ぐえ」



 目に見えない速さ。アレタがたまらず味山の胸ぐらをつかんで大声で叫んだ。



「寿命って、寿命ってなに!? どういうことなの!?」



「力つっよ。言ったままの意味、これ使うたびに俺は寿命を消費している。まあここに来るまでにも何度も使ったからな」



「うそ、うそ、なんで、そんな、うそ、でも、その力……どうして、そんな――何考えてるの!? タダヒト! 自分をなんだと思ってるの!」




 アレタの声はほとんど悲鳴だった。


 そんな悲鳴を聞いた、耳男はぐらぐらびろびろ、耳たぶを揺らしながら。




「ぎゃははは」



 少し面白くて、笑う。



「は?」



「あ、悪い、特大ブーメランが面白くて、なあ、聴いたか? クラーク、グレン?」



「……アジヤマ、キミは」



「タダ、お前……すまん」



 味山の言葉にソフィとグレンが俯き、少し頭を下げた。



 アレタにそれを言えるのはきっと、味山だけだろうという事を仲間たちは知っている。




「ああ、いい、いい。このバカにはきちんと釘刺しておかねえとまた同じことしそうだからな」



「なに、何を言ってるの? ソフィ! ソフィもタダヒトに怒ってよ! おかしいわ! こんなのまるで自分を犠牲にするような――」



「う、うーん。あ、アレタ、その、ね」



「アシュフィールド、アシュフィールド」



「何よ! タダヒト、本当に、ほんと何を考えているの? 自分をもっと大事にしてよ! なんで自分を、そうやって簡単に犠牲にするの!? あたしがどんな――いや、周りがどんな気持ちになるのかとか考えてよ! あなた一人そうやって自分勝手なことして、それでどうにかなるわけ――」



 アレタの語気がさらにヒートアップしたその瞬間、キラン、耳男の耳穴の中に収められた目がきらめいて。



「うおおおおおおお 男女平等!! ブーメランスネイクキック!!」



 耳男状態の無駄に活性化した身体能力、常時7割程度の耳の大力が適用されるその肉体が躍動。コンマ1秒で味山が、まるで地を這うような鋭いローキックをアレタの足へ――。




「ッ!? フッ!!」



 だが、彼女もまた遥か化け物。



 無意識に発動する嵐の補助と、探索者深度Ⅲに到達したことにより完全に人間の枠を超えた肉体の反応速度。




「え、うそっ、はやーー」



 味山の右足ローキックが直撃するよりも速く、がら空きの軸足をアレタの足がからめる。



「ちょ、ま、ゲバ!?」



 そのまま膝の関節をからめとり、地面にたたきつけて膝十字の形に。




 シンプルに強い、52番目の星。




「ギャアアアアアあああああああああああああああああア!!! ギブギブギブ!! 嘘だろ!? 今のタイミングでカウンター合わせてさらに関節まで決めんの!? こんの白兵戦化け物女!!」



「ど、どういうつもりなの!? なんでキックしたの!?」



 悲鳴を上げる耳男、戸惑いながらも関節を決め続ける52番目の星。



「こっちのセリフじゃあああああああああ!! なんでカウンターこのタイミングで決めるんだよ! 素直に俺の説教パート入らせろや!!」



「は? 説教!? 何言ってるの!? 今、怒ってるのはあたし――」



「だからぜんっぶブーメランなんだよ!! この自己犠牲抱え込み自爆癖英雄病女!!」



「は?」



「は? じゃねえよ! お前が今、俺に言った言葉なあ! ぜんっぶそのままお前のアタマにブーメラン突き刺さってから! もうビュンビュンだよ!」



「な、によ。そんなこと……」



「はい! クラーク先生! 訳わからない遺物の力を使って全世界から記憶ごと姿を消してなんかしようとしていたバカの名前は??」




「アレタ・アシュフィールドだね」



「はい! グレン君! 自分の遺物をバカみたいに暴走させて一人で全部厄介ごと抱え込もうとしていたバカの名前は?」



「アレタ・アシュフィールドっすね」




「あ、う……」




「はい! アレタさん、以上の言葉を聞いて僕になんかいう事は!?」




「……あ、あ……その、大変失礼しました……」



「んよろしい!! はい、そろそろ関節解いてくれるう? 膝の皿なくなっちゃうよ、うん」


 膝十字をかけられつつ、いつのまにか痛みに慣れてきた味山がじめんに頬杖つきながらぼやく。



 アレタが小さく、ごめんとつぶやき、関節技を緩めた。



「いてて。よし、まあアレタ選手が自分のやらかしに気付いてくれた所で本題に戻ろうか。アレタ・アシュフィールド、もうお前に英雄拗らせてる暇はなくなったぞ」



「ど、どういうこと?」



「クラーク選手、グレン選手、お前らも、隠してることあるよな?」




「「……え?」」



「え、じゃねえんだよ。言ったろ? このバカみたいな力はこういうクリーチャーに変身するだけの力じゃあない。俺には、聞こえるんだぜ。ヒント、がよ」




 味山只人が、耳の面のまま、耳を傾けるポーズで。



「聞かせろ、クソ耳」 



 TIPS€ーー。



 その耳はヒントを聴く。隠されたこと、秘されたこと、本来ならば知り得ないことを。



 聞いて、知る。たったそれだけの力。人間の力。




 TIPS€ソフィ・M・クラークは”腑分けされた部位・右目”の部位保持者だ


 TIPS€グレン・ウォ―カーは”星雲の墜とし仔”の器として作られた調整体だ


 TIPS€”腑分けされた部位”の拒絶状態での使用につきソフィの残りの寿命は2年、星雲の墜とし仔のスペア・アンプルの過剰使用につきグレン・ウォ―カーの残りの寿命は1年




「ヤダ、うちのチーム。寿命、少なすぎ……!?」



「「は?」」



 ぱしっと、自分の口元を手で覆って目を見開く味山、ソフィとグレンが目を剥き出す。



「おいおいおいおいおいおい、クラーク、グレン、お前らもヤベェ状況じゃん。ダミだよお、そういうのお。きちんとキミ、社会人なら報連相しなきゃ」




「タダヒト、あなた、本当に何を言ってるの」



「クラーク、グレン、お前らが言う気ないんなら俺が言うぞ。アシュフィールド、やばい。このままだとアレフチームは壊滅する」



「……どういう意味?」



「まず、三日後に俺が死ぬ。寿命で。んで、その次、グレンが一年後に死ぬ、寿命で。そして最後はクラークが死ぬ、2年後に寿命で。探索者のチーム定義だと4人中3人死ねばもう壊滅判定だろ」




「タダヒト……笑えない。それ、本当に笑えないんだけど」



「別に笑わそうとして話してるわけじゃねえよ。俺が何を言いたいかって言うとだなーー」



 ここですかさず説教パート!! 隙を見つけた味山が、流れるような自分語りからの説教をかまそうとしてーー。







 《あ、すみません、なんかそのー、あまり出来の良くない脳みそでお仲間に浅い説教をしようとしてる所申し訳ないんですけどー、ちょっといいですか? マ……味山さん》







「「「「は?」」」」




 声が、した。



 アレフチームの誰でもない。



「い、今、声、した?」




「ハートマン!? キミ、今何か喋ったかい?」



 『コマンダーソフィ!! 答えはノーだ! アメリカ軍人は無駄なおしゃべりはしない! そして加えて言うならば! この周囲に現在、生体反応は君たちアレフチームしかいない!』



 ソフィが焚火の傍に駐車している愉快なしゃべる装甲車両、熱きアメリカの魂を宿すAIが叫ぶ。





「んじゃ、今の、なに? 空耳?」




 《あのー、どうしよ。きちんと聞いてもらっていいですか? 人が、あ、まあ、人ではないんですけど。他者からの言語コミュニケーションを、聞こえないフリとか、空耳とかで無視しようとするのって、凄い失礼だと思うんですよ。実際に貴方達人類から得たデータにそういう論文が残ってまして》




「いやこれ絶対誰か喋ってるわよ! 誰!?」



「いや、本当に誰だ!? 誰なの! 怖い!」




 アレタと味山が霧に満ちる平原に声を響かせて。




 《あ、ようやく会話が出来そうな感じになってきましたね。流石はアレタ・アシュフィールドさん。人類で最も早く辿り着いた人ですね。おいら、あなたのことはずっとチェックしてました。ラドンさんと一緒にNYの街でヒーローごっこをして自分探しをしていた貴女が、まさかここまで成長するなんて、おいら感動です。そういえばラドンさん、最近全然見かけないんですけど、もしかしてお亡くなりになられました?》





「……本当に、誰なの」



 アレタが声を低く。彼女の金のウルフカットが舞い始める旋風に揺れて。




 《やだなー、なんでストーム・ルーラーを少し起動させてるんですか、アレタ・アシュフィールドさん。おいら、そんな怪しいものじゃありません。あ、そっか、自己紹介がまだでしたね》




 探索は続き、未だ底は見通せず。



 この大穴の底には、いったい、何が。





「お前、誰だ?」




 探索者が、問いかけて。








 《あ、どうも。おいら、現代ダンジョン、バベルの大穴です》




 タンサク、サイカイ。



久しぶり!


お待たせしました! 味山只人の最後の探索が始まります。まあ、最終部と言っても多分2部より長くなるのでお楽しみに!


宣伝でごめんなさい!

凡人探索者のたのしい現代ダンジョンライフがついに書籍版3月25日発売されます!

実はかなり書き下ろし多くて、WEB版をここまで読んでくれてる人にも色々驚いてもらえる話になるかと。


コミカライズまで行きたいのでみんなの課金待ってるぜ! その分WEB版と書籍で超たのしませます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
1周目の残滓を特典として引き継いでたくさいのとは別にダンジョンにも残ってんのかなぁこの感じ…
2部より長くなるとありますが、2部ってどこからどこでしょう
[一言] キィェェァァァァァァァダンジョンが喋ったぁァ!?wwww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ