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特別短編【アレフ・プレイ・ゲーム その6 英雄と主人公】

 



 ◇◇◇◇



 味山只人は考える。




「アジヤマ! キミの表現は粗雑にすぎる! 何を考えているかわからないではなく、神秘的と言うべきだよ!」



「うおおおおおお!! このアレタさんに似てるキャラ、かっ、かっこエエエエエエエ!! なんか急に襲撃してきた黒い手の暗殺者全部倒しちまったっすよ! く、車いすに、小さな杖に、ブランケット! そしてちょっぴり口の悪い美人! 病弱そうなのに、めちゃ強くてでもやっぱり病弱! タダの最推しだけはあって属性が多い!」



 このバカ2人は想像以上に、”ライフ・フィールド”にのめりこんだ。この調子でいけばアレフチームをみんなライフ・フィールドにハマらせることが出来る。



 味山只人の目的はシンプルだった。



 ただ、みんなと同じゲームを楽しみたい……などという甘っちょろいものではなくて。



(このゲームを本気でクリアしたい。まだネットにも出ていないトゥルーエンド、それが見たい、どうしても見たい)



 ただ、それだけの感情。味山只人は考えた。



 ではどうすればこのゲームをクリアできるのか。必要なのはまとまったプレイ時間。探索者という仕事柄、割と時間の融通は利く。だがそれでもこの”ライフ・フィールド”を味わい尽くすには時絶対的なプレイ時間が足りないのだ。




(ではどうするか、答えは簡単。これまで余暇や、チームの付き合いに使っていた時間をライフ・フィールドに注げばいい)



 味山只人は考えた。しかし、そうすると、だ。アレフチームのメンツから文句を言われたりするかもしれない。



 味山は昔から自分の趣味に対して誰かに文句を言われるのが非常に嫌いな人間だった。だが、アレフチームとゲームのことで険悪になるのもバカらしい。



 IQ3000の脳みそは瞬時にその解決策を見つけ出したのだ。



(アレフチーム全員をライフ・フィールドに引き込めば、チームでの付き合いの時間を全てライフ・フィールドに使えるのでは?)




 そして、そのもくろみはほぼ完成している。




「センセイ! イベントが、イベントが進んだっすよ! 白死病の治癒の方法が、魔法学校の図書館にあるかもしれないって」



「やはり、本とは良いな。人類が生みだした英知の結晶だよ。む、ほう、家を建てるときに図書室という設備を立てることもできるのか。グレン、この一件が終ったら、エレシアと一緒に暮らす家を建てるのはどうだい? 希望が、見えてこないかい?」




「ううううう、センセぇ……希望は、いいものっすねえ」



「ああ、多分、最高のものだよ。そして良い者は決して滅ばないのさ」




 バカ2名。陥落。




 だが、しかし、味山只人は焦りを感じていた。



 先月ついに、ある事件をきっかけにIQ3000(味山談)へ到達した明晰な頭脳(味山談)はある結論を見出していた。



 ーーアレフチームを沼に落とすには絶対に、アレタ・アシュフィールドを確実に引き込む必要がある、と。



 だが



「…………」



 さきほどから、アレタの様子がおかしい。どんどん沈み込んでいるというか、なんかおかしいのだ。



 まずい、このままでは、計画がおじゃんだ。味山が焦りだす。



 どうすれば、アレタ・アシュフィールドをこちら側に引き込めるのか。なんだかんだゲームを見せていれば勝手に食いつくだろうと思っていたがーー




「ーー」



 手強い。無反応。



 なるほど。これが52番目の星。さっきからぼーっと後ろのソファに腰掛けて画面を見ているだけだ。



 声を掛けた時の反応も悪い。味山はどことなく居心地の悪さを感じ始める。




 小学生の頃、みんなでゲームを持ち寄って遊ぶ所、1人だけそのゲームを持っていないのに何故か遊びに来てしまって、1人ぽつんと外から見ている子がいる時のアレに似た感じだ。




「…………」



 どうするべきか。味山がじっと、アレタを見つめる。



 もともとハイライトの薄い蒼い目は、自信なさげに伏せられる。だがその分、長いさらっとしたまつ毛が強調される。



 ソフィほどではないが、白い肌もまた触ればきっと冷たく新雪のようにサラサラしているのだろう。



 ソファに座り、にょっきり伸びる脚がさらに強調される。黒いタイツに包まれたそれは芸術品のように。きちんと閉じられた膝が、品性の良さを表している。



 味山はアレタを沼に落とす為に、彼女をガン見し観察し続ける。



 そして、気づけば勝手に口が開いて。




「あれ……アシュフィールドって、やっぱガチのマジで美人……?」




「「は?」」



「え」



 味山の言葉に、ソフィとグレンがバカを見る顔を浮かべ、アレタはぱっと顔を上げた。




「あ、やべ。えー……でも、マジでやばいな。そっくりじゃん」



「え? た、タダヒト?」


 味山が立ち上がり、アレタのもとへにじり寄る。



 その何を考えているかわからない瞳が、怪しく爛々と輝き始めている。




「待てよ。アシュフィールド、はい、これブランケット」



「あ、どうも」



「んで、はい、これ。杖」



「杖……? 杖!? なにこれ!?」



「おお、タダ! もしかして……」



「ま、待て、アジヤマ。そんな、待て……ああ、でも、それ、みたい。ワタシも見たい……」




「ん〜……角度がなあ……あと髪の毛の長さももう少し欲しい。あ、クラーク。そう言えばなんか、お前、ウイッグとか持ってなかっーー」「アレタの髪質と同じものならここに」




「流石クラーク」



 すっと、部屋のどこからか金髪のポニテウィッグを献上してきたソフィ。なんでそんなものがここにあるんだというまっとうな疑問を持つ正気の人間はもうここにはいない。




「え、え、え? ちょ、タダヒト? それに、ソフィも? な、何かしら……? ご、ごめんなさい。あたし、少し態度が悪かったわよね。べ、別につまらないとかそういうのじゃなくてね」


 じりり、無言でにじり寄ってくるバカ2人の行動を勘違いしたらしいアレタが少し焦りながら言葉をー―。




「アシュフィールド。ごめん。少し髪巻いてポニテ気味に出来る?」



「え、あ、う、うん。み、短めにしか出来ないけど……」


 アレタが素直にバカの言葉通りに後ろで髪をまとめだす。肩くらいの長さのウルフカットがひとまとめにされていき。




「クラーク先生?」



「任せたまえ、アジヤマ。君が何をしたいか理解したし、その役割をワタシに任せたのは正解だ。アレタ、少し、いいかな?」




「え、え?」



 ソフィが、主人の衣装拵えをする凄腕のメイドのような機敏さと精密さで、アレタの髪を整えていく。たまに、必要以上に深呼吸していることに味山は気づいたが、何も言わなかった。



「ふむ、このエクステをつけ、インナーカラー……までは無理か」




「え? あ、ソフィ? な、なにしてるの? なんで、ウィッグ?」




「すまない、アレタ。でも、ワタシはもう自分の好奇心を抑えきれない」



「ええ……」



 どんどんメイクアップされていくアレタ。戸惑ってはいるが抵抗はしない。



「お、おお。マジっすか……」



「う、あ。アレタ……やはり、ワタシのアレタは最高だ。尊い……」




「え、ええ……な、なんなの。これ、何かの、仮装……?」




 蒼いハイライトの薄い目、病弱にも見えるはかなげな白い肌。ひざ元を隠すブランケットに、後ろで計算され、演出された雑さでまとめられた金髪のポニテ。



 そして――。



「クラーク君」



「ウィルコ」



 パチンと指を鳴らす味山の言葉に、ソフィがこれまたどこから出したかもわからない最後のアイテム、フチなしの薄いメガネをアレタにそっとかけて。



「え、え、え?」


 戸惑いながらも、無言のソフィの行動を受け入れるアレタ。大人しくめがねをかけられる。



「か、かければいいの? め、がね? でも、あたし、視力平常時でも4くらいあるのだけ――」




「度なしのものだから問題ないよ、アレタ」



 ソフィが微笑む。妖精のような容姿の彼女の微笑みはしかし、確実に、にちゃあ、という粘着質な音がした。



「う、うん。えっと、これで、いいの?」




「「「」」」



 バカが3人、絶句する。


 バカ3人が、一度ゲーム画面を振り返り、そこに登場している"ライフ・フィールド"のキャラクターを眺め、それからまたアレタの方へ振り向いて。




「え、? その、何か言ってよ。無言でこっちを見つめられても、その困るわ……あれ? そのゲームのキャラクターと、今のあたしの格好って」




 そこには、まんま"ライフ・フィールド"の人気キャラクター、ライフ・フィールド第一回推しキャラグランプリ優勝者。




 車椅子に、もこもこのブランケット、メガネ、美しい金の髪など特徴的な見た目からも人気を博しているキャラクター。





 "セレサ・ヴィル・フリーマン"がいた。




「おお、やべえ。画面の中のセレサとまんまおんなじっす……え、セレサは実在した?」



「……ああ、やはり、ワタシのアレタが1番だ」



 グレンとソフィがアレタに対して同時に胸の前で十字を切る。十字架の向こうにいる人もきっと困惑しているだろう。





「……アシュフィールド。一つお願いがあるんだ」



 そして、アレタを見てから微動だにしない男、味山只人が重い声を。



「な、なに?」




「ここに書かれてあるセリフを、読んで欲しい」



 味山が直角に腰を曲げ、頭を下げてアレタに端末を渡す。



「え、なにこれ」



「抑揚はため息まじり。少しあきれていて、しかし言葉の向こうの相手には親しみとほんの少しの独占欲を出す感じでお願い出来ますか?」




 最敬礼のポーズのまま、注文を言い付けていく。


 その言葉に澱みはない。



「え、ええ……」



「うわ、アジヤマ。キミ、なんだいその指示は……天才かい?」



「褒めるなよ、クラーク」



 フッと味山とソフィが笑い合う。



「……え、え? え?」



 未だ正気なアレタだけが戸惑って。




「「「…………………」」」




 バカ3人がウキウキの顔で、アレタの前で正座待機。



 アレタがソファに座ったまま、オドオドし続ける。端末を眺めたり、バカたちの顔を眺めたり。



 視線を何度か泳がし、セリフの書かれた端末を見つめたり。しばらくそうした後、諦めたようにため息をついてーー






「…………………………………………………………"バカ弟子が"」



「「んっっっっっ」」



 ばたっ。



 それは、"セレサ・ウィル・フリーマン"を象徴する作中でのセリフ。



 味山の指定したセリフと演技指導、少し斜に構えたまま、そして呆れまじりのその演技は、グレンとソフィの許容を簡単に超えた。





「え!? ええ、なに? なんなの!? ソフィ、グレン!? なんで、倒れて、タダヒト? 2人の様子がおかし……い?」




「…………」




 味山只人は、静かに涙を流す。



 表情をピクリとも動かさず、しかしアレタを見つめて。



 日焼けした肌の上を、そっと涙が伝う。



「な、泣いてる……」




「……師匠、ここにいたんですね」



「え? なに?」



「おれ、俺が弱かったから、何度も、アンタを死なせて……」



「え、ええ……」



 そして静かに慟哭を始める味山。この男、完全に最推しであるセレサをアレタのコスプレに見ていた。



 アレタの素材があまりにも良すぎる為、ノーメイクでももうほぼ原作再現に近い。




「ああ、危なかった。このワタシが、意識を失いかけた……恐ろしいよ、アレタ。君はやはり恐ろしい人だ」




「これが、52番目の星……」



「今までで1番響かない賞賛ね……」





「…………」



「ま、まだ、泣いてる。タダヒト、その、こんなに、このキャラクター、好きなの?」



「………ああ」



 アレタの問いかけに味山が頷く。




「そ、そうなんだ……ど、どう? あたし、似てる、のかな?」



「……もっとニヒルに、強気に。でもあくまでその刺々しい部分は、内面の弱さや脆さを他人に見せたくない感じでお願いします」



「注文が多いわね……こほん。ーー"どうかな? 君のお眼鏡に叶ったかい? バカ弟子"」




 アレタが、普段は見せない他人をからかうような顔を。首を傾げ、頬杖をつき、流し目で味山を見下ろし嗤う。




 味山の注文になんだかんだ付き合うアレタ。その天性の感覚とどうしようもなく持っている彼女が、味山のつたない要望から演じるソレの威力は、あまりにもーー。




「ンゴ」




「ああ! タダが! 今まで見たこともないような顔で倒れた! 息、息をして……ない? せ、センセ……あ」




「…………」



 ソフィは安らかな笑みを抱えて、仰向けに、眠るようにもう動かない。



「死んでるっす……」



「やばい、これが、指定探索者か……」



 起き上がった味山がこぼれていた涎を拭きながら呟く、確かな畏敬をアレタに向けて。



「なんだろう。タダヒトから確かに尊敬の念を感じるのだけれど、もっと別のところで尊敬してほしいかな」




「いや〜やばかった。やっぱツラの良い美人がコスプレすると破壊力やべえな。なんか服とかももう、セレサ師匠の特別スキンに見えてくるわ」



「フ、ワタシのアレタだ。ライフ・フィールドのキャラ造形も素晴らしいが、アレタにかかればそれを再現、いや、凌駕することすら可能……!」




「お。それ言うならセンセも割と出来そうなキャラいるくないっすか? あ、俺も酒場の冒険者とか出来そうな」




「くっそ〜ずっるいよなあ。見た目の良い連中はよー、顔面の暴力でコスプレとかたのしーんだろうなあ」


 わいわいきゃきゃっとバカ達が騒ぎ始める。


 アレタがそれを眺め、今度は――。



「フフ」



 小さく笑った。



「どうした、アシュフィールド」



「いや、その、みんな本当に楽しそうだなって。ああ、ごめんなさい。グレン、続きしなくていいの? さっきから画面止まってるけど?」



「おっと、確かにっす。エレシア! 待ってろよ!」



「ふむ。魔法学校へは、アレタ、じゃない。セレサの手引きで魔法使いの弟子という立場で侵入出来たわけか。……ァ。まさか、これ、実質アレタのツンデレ……?」




「どう言う意味よ、ソフィ」




「ッ!」



 ここにきて、味山が気付く。



 いつのまにか距離、アレタがどんどんこちらに近づいてきている。そう、つまり、ライフ・フィールド沼組の近くへ。




 IQ3000(耳男感)の脳みそに、電流走る。



 これはチャンス! 登場した瞬間からアレタが放っていた不機嫌オーラも、なんかぼぞぼそした嫌な感じも今はない。



 ゆっくりと味山はグレンの横のスペース、つまり今のプレイヤーのスペースを空ける。


 アレタを、ここに座らせてしまえさえすれば――



「……!」



「「……ふっ」」



 同時に、ソフィ、そして、ゲームをプレイしているグレンまでもが味山の意図を汲み、動く。



 少しづつ、少しづつ、スペース、ヒト一人が座れるスペースを作っていく。



 動きは決して急がず、焦らず。狩人が照準の中に獲物を待つように、釣り人が魚が針を飲み込むのを待つように。



 そして――。



「ねえ、タダヒト。どれが、その、あたしに似てる子なの?」




 とった。


 3人の顔がぐにゃりと歪む。気持ちの悪い目線を3人が交わし、味山がうなずく。



「ああ、ほら。この仲間のキャラ。俺、すげえ好きなんだよ」



「ふ、ふーん。どの辺が好きなの?」



「顔と性格」



「あは、現金な奴」



 少し笑って、アレタがまたゲーム画面を眺める。もう、味山は何も言わなかった。



 これ以上は必要ない――。




「さあ、グレン。ワタシは知っている、君がやるときにはやる男だという事を」




「ウィっス! 白死病の原因は”精霊還り”の失敗! エレシアの祖先である氷の精霊が次の依り代に彼女を選んだのが全ての始まりっす! つまり!」



「ああ。答えは簡単だよ。グレン。いつも通りというわけだ。我々の邪魔をするのなら、たとえ神であろうが、精霊であろうが――」



「ぶっとばすっす! エレシアの為にも! ここまで協力してくれたセレサ師匠の為にも!」



 グレンとソフィが爛々とした目でシアターを見つめる。




「わあ」



「ぎゃっはは」



 アレタが目を丸くして画面を見つめる。


 そこには世界が暴れまわっていた。


 エレシアの祖先であり、この世界にあまねく氷をつかさどる精霊、それに言う事を聞かせるため、主人公、魔法学校のお助けキャラ、セレサ、そしてー―。





『そう。いいわ。勝ちの目が出てきた。我々、”黒い手”は世界の安寧の為に。人間の繁栄と継続のために。旅人、そして魔法使い。今回はあなた達に我らが刃を預けよう』



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! こ、これは、センセイ! タダ!」



「す、すごい。TAKI@TAKIさんの雑談スレ通りじゃないか! 白死病の原因を突き止めた状態で、魔法使いを味方につけ、そして氷の精霊を召喚し、戦いを挑めば”黒い手”が仲間になる! そ、そういうことか!」



「なんだ、クラーク、何が起きてんだ!?」



「黒い手は、最初から誰かに依頼されたのではなく、自らの意志でエレシアの元に現れたのかもしれないな。氷の精霊の白死病を広げないために、何よりあの時点では手の施しようのなかったエレシアに尊厳のある死を促すために……」



「ぐっ、そんな事情が!」



「……なんか、すごいわね。みんな、ほんとに生きてるみたい」



 佳境を迎えるゲーム展開、恐らく話の流れなど理解していないアレタでさえその熱量にじっと画面を見つめている。



「生きてるんだよ、アシュフィールド。みんな本気なんだ。俺も、クラークも、グレンも」



「……そんなに、面白いの? 何が、そんなにあなた達を」



 アレタが、ついにこのゲームに興味を持って、味山に問いかけて――。





「教えねえ」



「え?」


 きっと、味山のその反応はアレタにとっても意外なものだったのだろう。


 ものすごいどや顔で嗤う味山の顔をアレタが怪訝な顔で見つめて。




「全部! 全部! 置いてけ! 氷の精霊! 人間はなあ! お前みたいなわけわかんねえもんのおもちゃでも、入れ物でもないんす! 手切れ金っすよ! バカ長ぇ時間生きててよお、今更精一杯生きてる人間の邪魔ァしてんじゃねえ! 神宿り! 異神! 二アル! てめえの力を見せてやれ!」



「そうだ! それでいい! 全て使うべきだ! 神も精霊も! ワタシたち人間の創り出した存在にすぎない! 神ごときが! 精霊ごときが、今を生きている人間の邪魔立てなど! 片腹痛いと言ってやるんだ!」



 グレンとソフィがついにクライマックスを迎える。今、この瞬間、この世界で一番人生を楽しんでいるのはこの2人かもしれない。




「すげえ愉しそうだろ、こいつら。でも、なんで楽しいかはアシュフィールドには教えねえ」




「……あたしだけ、仲間はずれってこと?」




「いいや、違うね。俺たちは、探索者だろ?」



「え、探索者……?」



「その通りだ、アレタ。我々は探索者。知り、調べ、試し、進む。我々、霊長がどうしようもなく本能として持つ探求心という呪われた性。それを強く持つ猿から進化し、人間となった。そして、さらにその人間の中でもひときわ強い探求心を持つ存在、それが我々、探索者だよ」



 ソフィがアレタににじり寄り、紅の瞳を輝かせて笑う。




「そうっすよ、アレタさん。その探索者の中でも貴女は歴史に残る傑物、いわば探索者の王っす。その貴女が、知らないものを誰かに教わって終わりなんてナンセンスっすよ」


 グレンがその言葉にうなずく。


 彼の背後ではすべての決着がついていた。誇らしげにグレンが肩越しに画面を見つめ、そしてにかっとアレタに向かって微笑む。




「お、王って、そんな大げさな……」



 まだ正気のアレタ。しかし、もう、すでに。その足は沼のほとりに立っていた。





「”試されるのは勇気と人間性”」



「”生きて、生きろ、生きる。キミが決める私の運命”」



「”殴れ、斬れ、撃て、唱えろ。戦うことでしか得られない自由がある”」



 沼の住人たちがにっこり、コントローラ―を差し出しながらそれぞれゲームのキャッチコピーを呟く。




「あ、あたし、でも、ゲームってやったことなくて――」




「TAKI@TAKIさんが見つけた最新の環境ビルド、魔物使役ビルドにおいては”ライフ・フィールド”は多人数プレイが可能となる……!」



 持ち込んできていた買い物袋に普段使っているトートバックから、味山が取り出したのはコントローラー。それもチーム全員の人数分のものだ。



「さすがアジヤマ」


「ナイス、タダ」



 ソフィとグレンが指を鳴らし、味山が無言でうなずく。



「「「…………」」」



 そして、じっと。沼の住人たちがアレタを見つめて――。





「――い、一時間だけね?」




 にっこり。


 沼の住人たちが笑顔で、英雄の言葉を受け入れた。





 ◇◇◇◇



「え、きゃら、めいく? なに? なにをすればいいの?」



「引継ぎ特典? あ、これを選べばいいのね?」



「で、ああ、なるほど。この魔物支配を選べばいいわけね」



「あは、お化粧とかもできるんだ。へえ、生まれ……? ああ、すごい子供時代をどんな設定で送ったのかも設定できるんだ? え? それでステータスや成長傾向が変わる? ステータスってなに?」



「ああ、理解した。例えばこの”魔法使いの奴隷”って生まれだと魔法使いの素質を持ってゲームがスタートして、”聖堂司祭の隠し子”だと福音って力を扱える信仰者として育成しやすくなるんだ。えっと、じゃあ、どうしよ、みんなでゲームプレイしたいから……あ、この基礎体力が育ちやすくなる”農村の狩人の子”にしましょ!」



「えっ、両親を幼い頃山賊の襲撃で亡くして……村の唯一の生き残りっていう生い立ちになるの?

 ? なかなかハードね……」



「わ、あ。これ、この丘からの景色すごいわ。ちょっと、バベルの大穴にも似てるわね、この広さ。わ、あの川、綺麗、きらきらしてるわ」



「あ、なるほど。この指輪の力でモンスターを支配して仲間できるんだ。ええ、このモンスターをタダヒトや、ソフィ、グレンが操作することになるの? あは、え~、タダヒト、あなたどんな魔物がいいの? え、スライム? スライムってあたしでも知ってるあまり強くない魔物のような気が……」



「え!? と、溶かしちゃった……うそ、タダヒトが操作するスライム強すぎない? スライムってこんな生き物だったんだ……」



「え。ソフィが操作する大きな蛇、女の子が口から!? どういうことなの!? グレンが操作してるのは、大きなイカ……イカ!? イカがなんで雷を!? ええ、山賊がみんな黒焦げに……」




「わ、あ。た、倒せた! 倒せたわ! このおっきな牙の生えた生き物倒せたわ! 見て! タダヒト! あたしのリトゥがやったわ! フフン、でも、タダヒト、ソフィ、グレン、あなた達の援護あってのことだから、チームの勝利ってやつね」




「冒険者ギルド? ああ、探索者組合みたいなとこね。なるほど、しばらくはこういうところで仕事を探してお金を稼ぐ必要があるってことね、おっけ―わかったわ」




『フム。魔法も使えないひな鳥が、全く危なっかしくて見て居られないな。冒険者の質の差、嘆かわしいものだ』



「あ! この車椅子に座った女の子。さっきグレンが主人公の時に助っ人してくれた子よね。あたしに似てるっていう子よね! でも、むむ、感じ悪くない? ほんとにタダヒトこの子が推し……? なの? え、なに、その笑顔。なんで、そんなねっちょりした笑いを……」



『あ~もう! だから言っているだろう! 魔法のひとつやふたつ覚えてから仕事をしたまえよ! 全く、傷だらけじゃないか……ほら、アタシが作った魔法薬だ。傷に使うといいよ』




「って、あれ。この子、なんか、優しい? 優しくない? 薬、くれたわ……」



『はあ、はあ、はあ。ははっ、おっとこれは恥ずかしい所を見られたものだね。なに、家庭の事情でね。暗殺者にはよく狙われるんだ。キミはアタシに関わるべきでないよ』




「え、この子。狙われてるの? なんで、口は確かに悪いけど、いい子、なのに」




『なに、よくある話さ。アタシは望まれない不義の子、という奴でね。王位継承権を持つろくでもない父親が、旅の魔法使いであった母と関係を持ち、一夜の過ちで生まれたのがアタシさ。先天性の魔力異常と精霊還りの影響で足も弱く。……父親にとって、アタシは自ら手を汚したくはないが、消えてほしい生き物だということだ。まだ言葉もおぼつかない頃から、魔法学校に預けられ、そのままこうして、ことあるごとに命を狙われているわけさ。だから、キミ、もう、アタシに関わるなよ』




「……なによ、それ。勝手すぎる。そんなの、この子があまりにも……」




『まあ、ここしばらくは……そうだな。悪くはなかったよ。キミは眺めている分には愉快な奴だったからね。ここでお別れだ』





「いいえ、認めないわ。あたしあはもう、あなたを知ってしまったもの。今更一人になんてできるわけないじゃない!」




『なんだって、アタシと一緒にいたい? はは、ハハハハハ! 魔法もつかえない田舎出の駆け出し冒険者が。アタシとキミとのかかわりなんてたまに組んで仕事をしていただけだろうに。アタシの人生には敵が多すぎる。アタシと共にいるというのはね、この国に狙われ続け、ずっと死に付きまとわれるのと同じなんだが』




「関係ないわ! そんなの! あたしは今、自分がやらなければならないことを知ってる! 貴女を独りには決して、させないわ!」




『はっ! これは笑えるな。力もない、学もない駆け出し冒険者だけが、アタシの元に残った味方か……キミはバカだな。本当にバカだよ……』




「ふん! 貴女こそ大馬鹿よ! あたしたちをなんだと思ってるの!? 国だろうと! いいえ、たとえ世界だろうと、このあたしが味方についたからには、絶対に負けたりしないんだから」




『その、キミには感謝してるんだ。アタシと、その一緒にいてくれて。キミはバカだが、クスっ、いいやつだな。あ、おい、車いすをもっとゆっくり押してくれたまえよ。この景色をキミともっとゆっくり楽しんでいたい。……なあ、キミ。我が弟子よ。こんな時間がずっと続けばいいな』




「もう、師匠ったら。いつもこんな感じで素直だったら可愛いのに、ね? タダヒト、あなたがこのキャラ気に入るのわかったわ。なんか懐かないけど可愛い猫みたいで――。え、タダヒト? どうして、なんで、貴女すでに涙ぐんでるの? え? フラグ? イベント不足? 条件が足りない? 余命エンド……? あなた、タダヒト、何言って――」




『げほ。ああ……キミか。クスクス、すまないね、もう、時間らしい……』



「え」




『なに、時間が来た、のさ。アタシの命はもともと、そんなに長くなくてね。はは、参ったな、こんな姿、見せたくなかったのに』



「ちょっと、なんで……なんで、回復の祝福も、薬も効かないの? なんで、師匠が死にかけて……」



『いや、もう方法はないよ。クク、言ったろう? 身体が弱いって。ああ、そもそもアタシは生まれた瞬間から、父親に短命の呪いをかけられていてね。クク、暗殺が成功しようと、しまいと、いずれはこうなっていたのさ。ほんとはね、あのクソ親父に最期に一撃かましに行こうとしてたのさ』




「な、なんで、師匠、そんな大事なことを今まで!? 貴女らしくないわ! なんで、そうしなかったの! 今からでも!」



『どうして、だって? クク、ほんとだね、どうして、アタシは人生を賭けた復讐を途中でやめて……ああいや、やめよう、これが最期なんだ。意地を張るのはやめるよ。……たのし、かったんだ』



「え」




『楽しかったのさ、我が、弟子よ。キミとの時間が、キミと一緒にいるのが、ほんとに楽しくて、ぶれた。あんなクソ親父への復讐に時間を使うくらいなら、精いっぱい残された時間をキミと……はは、なんて、顔してるんだい、我が弟子よ。だって、そうするしかないじゃないか」




「待って、待ってよ、師匠……」


『キミは、バカだからね。アタシが、国の王を敵に回せば、きっとキミはアタシと一緒にきてしまうだろ? キミは弱いから、きっと死んでしまう、いやだよ、そんなの、ようやく人生で出会えた大好きな友達を、失いたくなかった、ああ、そうか。アタシは恐かったんだ、キミがアタシの世界からいなくなるのが』




「し、しょう、師匠、だめ、だめよ、あきらめないで……まだ、何か方法が」




『クク、ああ、それにしても、今日は良い月だ。ほんとに、月が綺麗だねえ。なあ、我が弟子、泣くなよ。ごめんね、キミを独りにしてしまう、バカなアタシを赦しておくれ』



「あああああ、あああああ……なんで、どうして、あたしはどこで、何を間違えて……」




『ばいばい、さよなら、大好きだよ。アタシの、アタシだけの、――バカ弟子』





「ししょおオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」



アレタ、落ちる。沼に。




 ゲーム画面が暗転する、機械的なメッセージだけが画面に。


【セレサ・ウィル・フリーマン。短命の呪いにより死亡ロスト】



「「「……」」」



 味山、グレン、ソフィが押し黙る。


 皆、その痛みを知っているのだ。



 推しが目の前で割と容赦なく退場するその瞬間を。



 アレタ・アシュフィールドの初めて、推死の瞬間を仲間たちが沈黙を持って見守る。




 ライフ・フィールド、トッププレイヤー、TAKI@TAKIは語る。



 人間は2種類に分けられる。推しが死んだときに悲しみ、しかしいずれはその死と向き合い、その死を受け入れることが出来る”賢い”奴と――




「――ない」



「「「お」」」



 推しが死んだ時に哀しみ、そして。




「あたしは、認めない」



「「「おお?」」」




 その悲しみを怒りに変える”愚か”な奴に分けられると。



 そして、このゲームをクリア、そう、全ての推しキャラを死の運命から救い、真の終わりへと、トゥルーエンドへとたどりつけるものは間違いなく――。






「あたしは! 決して! あきらめない! 師匠! あなたの死ぬ世界なんて、貴女がいない世界なんて、認めることは出来ない!」




「「「おおお~!」」」



 きっと、愚かものにしか成し得ないだろう、と。



「お願い、みんな、力を貸して。あたしだけじゃ、世界に勝てない」



 涙目のアレタが、スライムとナーガとクラーケンの3バカに声を。



「「「了解、アレフリーダー」」」



「っ、現時刻より、アレフチームの目標を設定。攻略対象、ライフ・フィールド! チーム各員の総力を持って、これの攻略に当たります」



「「「コピー」」」



 バラバラの彼らが、一つの生き物として機能し始める。



 彼ら、彼女らの名前はアレフチーム。最前を行く愚者の集団。




 それぞれが前を向き、コントローラーを構えて。




「合衆国指定探索者、”女史”、ソフィ・M・クラーク」


「補佐探索者、グレン・ウォ―カー」


「合衆国指定探索者、”52番目の星”、アレタ・アシュフィールド」


「補佐探索者、味山只人」



 全員が今、世界と対峙する。



 みとめない、こんな終わりは決して認めない。きっとどんなにつらい運命、濃い絶望の中でも叫べる人間、そんな愚者のみが、世界を切り開くことが出来る。




「「「「アレフチーム、探索開始」」」」






 ”そこにあるのは世界とキミだけ”





 サードパーソンアクションRPG生活・恋愛・経営・戦略・育成シュミレーションダークファンタジーオープンワールドゲーム、”ライフ・フィールド”。



 ホームアウェイソフトよりメーカー希望小売価格8,180円。


 2028年8月21日各ハードより大好評発売中!!




年末から続いてお付き合い頂きありがとうございました!


書籍版凡人探索者の情報の告知などもこれから行うので、ぜひしば犬部隊のTwitterもフォローしておいて頂ければ幸いです!


じゃ、また!

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― 新着の感想 ―
[一言] ライフフィールドの世界と遠山の世界実は繋がってそう
[良い点] 普通に師匠が癖すぎる。属性だけでも最高なのにセリフが神過ぎて普通にウルッときた… しば犬部隊作ライフフィールド待ってます
[一言] バカのリーダーはやはり……沼へようこそ
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