正月特別短編【アレフ・プレイ・ゲームその3・アレタ・ルーン・トーク】
「ヘイヘイヘイヘイ、なあ~アレタ・アシュフィールドォ、そんでよ~最近、あの色男とはどうなのよ? ん~? そろそろ寝たりした?」
「ぶっ!? けほ! けほっ! ちょっと、ルーン。何、急に! びっくりするからやめて欲しいのだけれど」
バベル島、合衆国街のあるカフェのテラス席。周囲の視線を一箇所に集める2人はそこにいた。老若男女問わず、客はおろか店員までもがちらちらとその席が気になって仕方ないみたいだ。
だが、当の2人はそんな店中から注がれる視線など初めからないかのように、全く気にせずリラックスした会話を続ける。
「あーん? 何よその反応。うぶなネンネでもあるま……いや今のナシ。そういやアンタ、まだ処女だったけ?」
1人は長い腰までの長髪、金髪のロングに毛先を緑に染めたツートン。ジーンズに黒い革のジャケットの下に豊満な胸元の大きく開いたシャツを着たワイルドな美人。
「言いません! そんなこと。ルーン、あたし、あなたとそんな不真面目な話をしにグレンに荷物任せて残ったわけじゃないの。真面目な話をする気がないのなら帰るわ」
そして1人は金髪のウルフカット、黒いタイツに包まれた長い脚、ホットパンツにもこもこのセーターを羽織った超美人。
ハイライトのない蒼い瞳が、目の前の美人を見つめている。
「あ~、マジメな話ならさっきしたろ? 委員会のボケどもがアンタんとこの合衆国のボケどもと一緒に妙な動きを見せてる。あの大統領もこの前挿げ替えられたろ? アンタも気をつけろって話さ。まあ、私の方もこの前の騒動の時の記憶があいまいでよ~、まあたぶん記憶は消されちまってんだろうなぁ……はい、まじめな話終わり。な? これでもうほら、愉快なガールズトークと行こうじゃないのよ、なあ~教えろよ~、52番めの星ぃ~」
「だから、何をよ」
「色男との進展だよ」
にいっと、ワイルドな美人。
アイルランド指定探索者、スカイ・ルーン。通称"ケルト十字"と呼ばれる彼女がいやらしい笑いを浮かべる。
「――タダヒトはそんなんじゃありません。あたしの補佐探索者であり、それ以上でもそれ以下でもありませんよーだ」
つーんとそっぽを向くウルフカットの美人。合衆国指定探索者、この惑星から嵐を奪い、人類から戦争という選択肢を取り上げた現代の英雄。
"52番目の星"、アレタ・アシュフィールドがルーンの言葉に唇を尖らせた。ほんのわずか、その白い頬に朱を刺しながら。
「ええ~、おやおや? タダヒト? おいおいおい、私は色男っつっただけでよ~、別にあんたんとこの補佐探索者とは一言も言ってないんだぜ?」
「こ、の口数の減らない!」
アレタが無意識に、テーブルに置いてあるプラスチックフォークをしゅぱりと投げつける。
ダンジョンの影響で覚醒した身体能力で放たれるそれは割と洒落にならない速度と威力でルーンに迫り。
「おっと残念。ソレはもう視てる」
ぱちっ。
小気味良い音、ルーンがフォークを見もせずに人差しと中指で挟むようにキャッチ。
灰色の瞳を片方ぱちりとウインクして、ニヤリと。
「~~! 厄介な女に、厄介な遺物が備わるとほんっと手が付けられないわね」
「お褒めの言葉どうも。んにゃ~それにしても、あの52番目の星がまさか、ねえ」
「何。何が言いたいんですか」
「はは、そんな にらむなよ。いやなに、数々の財界や政界の要人、世界の富豪ランキングに乗るような金持ち、それにハリウッドをはじめとする顔も権力もあるセレブども。あとはまあ、国家戦力として数えられる指定探索者かね~、そういう世界から選りすぐりの優秀な雄どもの求愛ぜ~んぶ無視してあしらってきたお星様が、まさかあんな男に振り回されることになるたあなあってよ」
「もう、すぐそうやってからかう。ゴホン、さっき、色男とか言われて、ターーあのバカの名前が出てきたのは仕事の関係上、今のあたしと一番関わりのある男性があの人だからです。それ以外に他意はありません」
ぷいっと目線を逸らすアレタ。たしかにスカイ・ルーンの言う通り、彼女にアプローチする男は星の数いれど、彼女自身に浮いた話は一切ない。
魅力的な異性からのアプローチを無視し続けた理由はシンプル。
この8月まではそんな暇がないし、興味もなかった。
そして8月以降、ある男を補佐探索者に任命した後はーー。
「え~、ほんとに~? ヘイヘイヘイヘイ。ほんとかよお~、”52番目の星”さんよ~?」
「ほんとです。”ケルト十字”さん」
ルーンのダル絡みにアレタがつんとする。適当にあしらってそろそろチームの飲み会に参加しなければ、そう思っているとー
「ふ~ん。……じゃあ、よ。私、アジヤマタダヒト狙っても良いか?」
「は?」
アレタの思考が切り替わる。嵐の音がした。
「おいおいおい、やめてくれよセニョリータ。んなわかりやすい殺気ぶつけてくんのはさ」
「……あなたの冗談はいつも笑えないけど、今のはこれまでで一番笑えないわ。そもそも貴女、どうしてあたしの補佐探索者のこと気になるのかしら」
「あ~。なんでだろうな。まあ、多分先月のアレ。あんとき、私はおそらくドジこいた。記憶がはっきりしないのはあの騒動にまぎれて記憶洗浄か何かを受けたんだろうな。それでもな、覚えてんだよ。アンタんとこの色男に助けられたって。なぜか、それだけはぼんやりと覚えてる。ほら、私だって探索者だろ? 気になるし、弱いのさ、謎がある男ってのに」
「タダヒトに謎なんかないわ。あの人は他の多くの人と同じ普通の人だから」
分かりやすく、アレタはイラつき始めていた。なぜか、簡単だ。
目の前の異性にだらしない友人の様子がいつもと違うことにすぐに気づいたからだ。
本能で理解る。この女、おちゃらけた態度とは裏腹に割と本気で――。
「普通の人が52番目の星とタメ張れてる時点でおかしいだろ? いや、むしろ普通のままでいられること自体がおかしい。か? でもよ~いいじゃあねえか、アシュフィールドォ~、ほら、アンタは別にあの色男に興味ないんだろ? 私さ、アジア人とは付き合ったことないからさあ、ちょーっとばかしティスティングしても――ォ、あ? マジかよ」
スカイ・ルーンの表情が強張る。緑色の眼が何か恐ろしいものでも見てしまったとばかりに揺れた。
「クス」
「おま、冗談だよな? 52番目の星?」
「何が? あら、へんね。スカイ・ルーン。顔色が悪いわ。あは。――何か恐ろしい未来でも見えたのかしら」
未来が視えれば確かにアレタの投げたプラスチックのフォーク程度ならスカイ・ルーンであれば難なく受け止めれるだろう。
では仮にそれがもっと別のものだったら? そう、例えばー―
「あのー―」
「先に言っておくけど、あたしジョーク言うの苦手なの。それに加えて付け足すと、自分をジョークでからかわれるのは嫌いじゃないけど、仲間のことをからかわれるのは大嫌いなの。ええ、うっかり”遺物”が漏れ出しちゃうかもってくらいには……」
――嵐とか。
「あ、はい。あの、アレタ・アシュフィールドさん」
ルーンが額に玉のような汗を浮かべ、そして椅子に座ったまま背筋を正して。
「はい、なんですか。スカイ・ルーンさん」
「その、調子に乗りすぎました。ごめんなさい」
深々と頭下げた。アレタはそれを眺めて、ちらりと片目を開いて様子を確認。どうやら本気で反省はしているらしい。
「はあ。はい、よく言えました。もう! 怖がって謝るくらいなら最初から言わないの、バカルーン」
「ああああ、ひっさしぶりに本気で怖かったぁ~。はあ、こういう意味でもやっぱアンタんとこの補佐は大したもんだよ」
脱力し、机に身体を預けたルーンがぶへえと息を吐きながらぼやく。
未来を視るケルト十字にはきっと52番目の怒りを買ったら何が起きるか、その一端が見えたのだろう。
「また、それ系の話をするつもり?」
「待て待て待て! 勘違いすんなよ! 今のは純粋な賞賛だっつの!」
「賞賛?」
「いや、すげえなって。あんたんとこの色男、アジヤマタダヒトは遺物の保有者でもねえんだろ? 探索、命のやりとりを一緒にするんだ。時には52番目の星から叱責されたり、本気で切れられたりもするんだろ? よく平気でいれるなってよー」
「あたし、そんな怒ったりしないもん」
「かわいい言い方しても、単身で世界と殴り合えるスペックの英雄様の圧力は変わんねーよ」
「……あたし、タダヒトに負担かけてるのかな」
「あ、やべ。へいへいへい、がち凹みはなしにしようや、52番目。あー、でもほら、ねえのか? 自分でもアレは言い過ぎたとか、そういうの。チームって結構そういうの積み重なっていくもんだぜ?」
「う、うーん、どうかしら、意外とタダヒト、探索の時は動き良いし、危なげもあまりないから叱責とかないのよね。むしろ、あ」
「あ? どした?」
「あたし、一度彼に怒られたことあったわ。耳の怪物と戦った時、その引き際を見誤ったの、怒られたの」
「あ? 52番目の星を叱責した? なんの冗談だよ。あんた、ジョークは苦手だったよな?」
「ううん、ほんとのこと。その、び、ビンタもされちゃった……、あ、あとなんか、冷たい眼で、見降ろされて、足手まといで邪魔だからいらねーっとも言われたの」
ルーンは気づいた。聞いてるだけで卒倒しそうな内容、しかしそれをアレタ・アシュフィールドがどこか嬉しそうに話していることに。
そして、わずかにアレタの声に湿っ気と、昏い興奮にも似た熱、同じ女性だからこそわかるその異性への欲望の熱を感じた。
「……と、倒錯してるゥ」
「と、倒錯なんてしていません! もう、あたし、そろそろ帰るわ」
「あ、待てよ、52番目。その、アンタさ、そんなに色男のことを好――」「好きとかじゃないから」
ルーンの言葉に一切の熱も猶予もなく、アレタの言葉がかぶせられる。
「――ああー、じゃあ、ほら。手元に置いときたいんならよ。少し危機感抱いた方がいーんじゃねーの?」
「どういう事?」
「組合のデータ見たけどよー。ほら、前のチーム組んでたニホンの学生上級探索者とか、あめりやの花とも交流があるらしいじゃねーか。男の探索者なんて単純だからよー、簡単に転ぶこともあるぜ? その2人、アンタや私に負けず劣らずの美人だしな」
「タダヒトはそんな軽い奴じゃないわ」
「あー? おっとっとお。処女特有の一途な男信仰かあ? アシュフィールド。んなもん童貞の清楚な女信仰よりも儚い夢だぜ? これは友人からの心からのアドバイスだけどよー、あんま安心してっと、予想外の所から足元スクわれっぞ?」
「足元?」
「そーだよ。ほら、まあ認めたくはないが、あの赤目のインテリバカ女も、ツラだけは一級品だろ?
なんかのきっかけで色男が異性として見始めたりよー」
「ソフィが? あは! それは笑える! タダヒトとソフィ、仲は良いけどあの2人だけはないわよ」
アレタが最高に面白いジョークを聞いたかのように高い声で笑う。ぱたぱたと足を動かし、お腹を押さえて、目じりには涙すら――。
「なんでそう言い切れる? いいか? 男友達枠とか女友達枠、あとは妹分とか兄貴分とか、異性間を誤魔化す千の言葉なんぞな、たったひとつ距離が縮むだけで全部終わるんだぜ?」
「え?」
ルーンの真面目な声にアレタが目線を向けた。
「そう、例えば。男なんて単純でな。ツラの良い女がもし、自分の趣味や、そうだな今、ハマってるもんに興味持ってくれたり、あまつさえ一緒にハマったり、そんなくだらないことだけでコロっといったりするわけよ? わかるか?」
「そんな、まさか、あははは……」
言いながら、アレタの足の動きは止まっている、もう、ピクリとも笑ってはいない。
瞬間、52番目の星の脳裏に駆け巡る”味山只人”の嗜好と、ソフィの嗜好。大丈夫のはずだ。味山の趣味は確かビデオゲーム、サウナ、キャンプ。このどれ一つもソフィはまるで興味がなかったはず。
だから、べつに、きっと――。
「……ごめんなさい、ルーン。あたし、そろそろ行くわ。チームで飲み会、ミーティングあるの」
しかし、アレタの口から出た言葉は離席の意を有無を言わさず伝えるもので。
「お、おう。わかった、気をつけてな、あー、アレタ?」
「なに?」
「えっと、その、まあ、あくまで私の言ったことは一般論で、可能性のひとつだ。だからよー、まあ、あんまその、ガチになりすぎないでくれよ?」
「あは。変なルーン」
笑い声ろとともに返事をするアレタ。
だが、アレタは気づかない。自分の貌が全く笑っていなかったことを。
妙な焦燥とどことなくふわふわした感覚でソフィの家へ、アレタは向かおうと動き出す。ru
きっと、大丈夫。この妙な感覚はきっと、最近聞こえる幻聴や幻覚と同じものだ、だから、大丈夫--。
一歩、また一歩。ハイライトのない蒼い瞳が一瞬、金色に変わったりしながら、アレタは歩き出した。
短編は3本と言ったな。想像以上に話が膨らんだから増える。お正月一杯まで続くかもしれん。すみません。
お楽しみ頂ければ幸いです。




