16話 VS樹原希、あるいはただの肉人形
「べべろろろろおおぽ」
ぶおん。
黒いぐにぐにのホースが揺れる。同時にそれに後頭部が繋がっている樹原の身体がぶれる。
「くっそ!! バカ戦法! 普通、そういう操り人形みたいなことしといて、そんな戦い方するかね!!?」
味山が文句を言いながら、命からがら叩きつけられる樹原の身体を避ける。
攻撃が繰り返されるたびに地面に叩きつけられる肉人形はボロボロになっていく。
どうやら、あれの持ち主はモノを大事にするタイプではないらしい。
「クソ耳! アレの弱点教えろ!」
ぶおん。横なぎに振るわれる人間の身体、味山は地面に伏せることでそれをかわす。
耳の囁きはない、沈黙。
ほんっと肝心な時に役に立たない。あの耳の化け物から与えられたモノだから当然と言えば当然か。
味山は即座に頭を切り替える。
ヒントが聞こえないなら自分で考えるしかない。
勝利条件は整っている。
樹原希の死骸、アレを吊っている地面から生えた黒いホースさえぶった斬れば勝ち。
ただし、黒いホースを斬ればそれと接続している樹原希は2度目の死を迎えるという。
「何も問題はないな」
味山はプラプラと黒いホースに叩きつけられ、ボロ雑巾のようになっていく探索者の成れの果てを見上げながら、呟いた。
僅かな逡巡も躊躇いも、酔いが塗りつぶしていく。
生命を奪う躊躇いも、人間としての良識も何もかもを酔いが塗りつぶしていく。
敵、敵、敵。
金、金、金。
「70万円でよお、手向けの花くらいは添えてやるよ」
さて、どうやって殺すか。
「ばばばば、べべ、知らない、知らない、よく避ける。教えて、キテキテキテキテ」
身体中から血を滴らせながら、何度も何度も地面に叩きつけられた樹原希の死骸が喋らされている。
「……どうやって近づく?」
目標はあのホース、根本を斧でぶっ叩けば斬ることも出来るだろう。
しかし。
「べべ!」
「チッ」
ギリギリまで引きつける、今!
味山がその場を飛び退く。勢いよくその場に樹原希が叩きつけられる。
地面からべちゃりと、ボロボロの樹原が引き抜かれ、そしてまたホースがそれを振り回し、何度も何度も、味山を狙った。
近付けない。
こちらが近付こうとすると、ピンポイントで樹原を叩きつけてくる。
味山がグレンであればその卓越した身体能力で攻撃をかわせるだろう。
味山が、クラークであれば近付かなくとも遺物や銃火器で制圧出来るだろう。
そして、味山があの星ならばその全てが出来るだろう。
「だが、俺はあいつらじゃない、特別じゃない」
だから、乏しい頭を使え。考え続けろ、自分の凡庸さにいじけている暇はない。
味山は生死をかけた戦闘中、酔いに茹だりしかし、回転の早くなった頭で思考を続ける。
「ベロロホロロロハロ、アババババ馬」
「てめえ、どうやって俺の位置を把握してんだ?」
味山が踏み込む、同時に樹原が振るわれる。
まただ、寸分の違いもなく味山の位置へ叩きつけられる。
「っ! くそ!」
飛ぶ、スライディング。飛んでまた起き上がる。追撃、あ。
「ベロロ」
視界一杯に広がるぐしゃぐしゃの死骸、横薙ぎにふるわれたそれにとうとう、囚われた。
「がっ?!」
衝撃、突き抜ける。
背骨が背中の肉を突き破って飛び出たんじゃないかと錯覚する。痛みなど何もない。
死骸をぶつけられた味山の身体が吹き飛ぶ。
「ぎゃっ?!!」
何度も地面を転がる。
バラバラになりそうな身体、酔いにより痛みはまだ来ない。
やばい、ジリ貧になってきた。
早めにネタを解かないと、
「死ぬな、これ」
「知りたい、しりたい、教えてらオシエテテテテ」
攻略に必要なネタはひとつだけ。
奴はどうやって俺の位置を把握している?
目? あのホースにそんなもんついていない。死骸の目? そんなもんとっくの昔に潰れている。
視覚以外に、外界の情報を把握出来るものだ。
なんだ、それは、それはーー
「音か」
ーー3階層に潜む人知竜は。
耳のヒントを思い出す。そう、この黒いホースには別の場所に本体がいる。
離れた位置にいる本体がこの場所の状況を把握するのに音っつーのを大きな情報になり得る。
なら
「攻略方法はある」
試してみる価値はある。
ふらつきながらも立ち上がる。体重を前に。ここまで来れば、怖気れば、死ぬ。
味山はポケットからカラフルな爆竹を取り出す。
音を頼りに狩りをする怪物種は意外に多い。
慣れた手つきで導火線に火をつける。
「お前が死ぬまで何度でも試してやる」
ばらり、無造作に投げた爆竹が弧を描き、味山とは反対方向に落ちる。
バチチチチチチチチチチチ!! けたたましい乾いた破裂音、そして、味山の満面の笑み。
びたん、びたん!
黒いホースが味山とはまったく正反対の位置、破裂する爆竹に向けて樹原の死骸を叩きつけていた。
「はい、クリア」
無造作に味山がそこいらに爆竹を放り投げる。
「探索者アイデアグッズ、大盤振る舞いだ。安心しろ、報酬で充分ペイできる安物だからよ」
バチチチチチチチチチチチ、バチチチチチチチチチチチ!!
爆竹の嵐、煙、破裂音、全てが踊る。
黒いホースは迷う、全ての音に反応してしまう為まったく見当はずれの方は攻撃を繰り返す。
そして、奴の接近をあっけないほど簡単に許していた。
探索者が、黒いホースの根本へ到着する。
手斧を両手に持ち替え、大きくゴルフのスイングのように振りかぶった。
TIPS€ 耳の部位保持者は経験点50を消費することにより、耳の大力を再現できる。耳の大力を使用するか
「YESだ」
みしり。
その身に宿すのは、かの恐ろしき化け物。
其から腑分けされ、動き出した"耳"。
それの"耳糞"を味山は身体に埋め込まれている。
それは味山の取得物、何も与えられていない凡人が、命を賭けた探索の報酬に勝ち得た牙である。
味山の身体から何かが抜け落ちる。
消費、代わりに宿るのは一瞬の奇跡。
肉が骨が、物理法則を無視して入れ替わる。血液が熱せられ、手斧の柄が軋んだ。
今、ここに斧を握るのは恐ろしき耳の化身。
「あ、べべ」
はまぐり刃が黒いホースの根本に吸い込まれる。
瞬間。
ぶりゅ、ぶりん。
ホースが内側から弾け飛ぶように断たれた。黒いヘドロのような中身をぶちまけながら、斬り飛ばされた黒いホースが宙を舞う。
ばきん。
握りしめていた柄が砕ける。頑丈なはまぐり刃が冗談のように崩れた。
「あーあ…… また壊れた」
どしゃっ。
ホースに吊られていた樹原の死骸が地べたに堕ちる。
ぴくり、ぴくりと痙攣するその身体が立ち上がろうともがく。
「もういい」
味山が砕けた斧を地面に置き、ゆっくりともがく樹原に向けて歩き始めた。
「あ、ア、知り、シリ、知りたいいいい」
既にその身体は、哀れなほど痛んでいた。やんちゃなこどもにめちゃくちゃに扱われた人形のようだ。
まともな方向を向いている関節は1つもなく、元は端正だったであろう顔のパーツもその全てがへしゃげたり、もげたりしていた。
「もう、いい、立つな」
「あ………」
ぺたん、その死骸の膝が折れる。
地面に崩れ、そのボロボロの両手を味山へと向けた。迎え入れるように、すがる様に。
「……ろしテ…… 終わらセテ……」
「了解」
向けられた手を味山は決して握ることはしない。
感傷に浸り、弱者に哀れみを向けることが出来るのは強者、選ばれた存在のみ。
俺は、そうじゃない。
味山は自分の分を知っている。
両手を差し出す樹原、いや、死骸の背後に回った。
「……お疲れ様でした」
後頭部に残ったホースを掴み、一気にそれを引き抜く。華奢な背中を足蹴にし、力を込めた。
キュパン。
ぷしゅう。ホースが抜けた後頭部、ぽっかりと空いた穴から黒い霧が噴き出て、静まる。
「あ……りが……う」
静かに、その肉人形は2度目の落命を終えた。
1度目は恐怖と悔恨の中訪れた死は、しかし今度こそ安らぎと感謝とともに訪れた。
「………クソだな」
余計な感傷はない。
人を殺したとは思っていない。化け物の攻撃を凌いだだけだ。
味山は手に残るいやな感覚を拭うかのごとく、手のひらで土を握りしめた。
TIPS€ 人知竜の管。生体にとりつき遠隔から操る。生で食せば人知竜への逆侵食も可能、加えて経験点100を得る
「今更うるせえよ、馬鹿」
遅い。
それにそんなばっちい事するか。
味山は引き抜いた黒いホースを投げ捨てた。ぶるり、ぶるりと震えながら転がっていく。
「……手ぐらいは合わせといてやる。そして安心しろ。アンタの尊厳を奪った化け物は必ず滅びる。こんな危険な存在を、俺たち人間が生かしておくわけがない」
味山は満足そうに目を瞑り、ぴくりとも動かない遺骸に向けて手を合わせた。
南無阿弥陀仏。
今度生まれた時はもっと、マシな死に方が出来たらいいな。
味山が合掌をやめ、端末を取り出す。
探索の終わりを、菊池に報告しなければーー
熱。知らせ石が脈動。
TIPS€ 人知竜は人を知る竜だ。その知的好奇心はかつて1つの文明を滅ぼした
突如、味山の周りを囲むように地面からあの黒いホースがたくさん現れた。
1.2.3 いや、10本以上。
黒いホースが一斉に味山に向けて伸びてーー
「しつこい」
TIPS€ 録音、再生
「音量、最大」
TIPS€ 経験点を20消費
耳の業が世界を侵す。
[ばちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちちち]
味山の両耳から、音波を伴って音が再生される。
爆竹、中国においては魔を払うモノとして扱われるその火薬の音を"耳"の力で録音、音を何倍にも膨らませて再生。
へな。
味山へと迸った黒いホース、その全てはもがき、のたうち、そして一斉に地面へと沈んでいった。
「耳、痛え……」
どさり、味山が平衡感覚を失いその場に倒れ込む。
両耳から血を流しつつ、しかし味山は確かに探索を終えていた。
「あー…… もしもし、菊池さん。味山でーす。至急、回収部隊を回してください。ええ、この事態と関連ありまくり気な、サンプルたっぷりですよ。報酬期待してます」
端末へ向かって味山はこの上ないドヤ顔をかましていた。
味山只人 指名依頼"異常調査"を完了。
死亡届が出されていた探索者 樹原希の動く死骸との交戦に勝利。
現場に残された遺骸と、黒いホースは探索者組合によって回収、解析班に回される。
解析により黒いホースは未知の怪物種の肉体の一部であると判明。味山の帰還後、一部の精鋭上級探索者によるこの事態の追加調査の計画が立てられた。
「あれ…… そういや、肉人形とかいうの、最低2人いるって…… 耳もアテになんねーなー」
味山は呑気に呟いて、黒いホースの散らばるその場でハニーバーの包装を破いた。
早く回収班来ねーかなー。
TIPS€ 箱庭の管理人との邂逅をお前は生き延びた。経験点1000を獲得
「へいへい、……経験点って、だから何よ」
しばらく待っても耳からのヒントが来ないので、そのうち味山はその言葉を忘れてハニーバーをもぐもぐし始めていた。
うん、美味い。
…………
……
…
それは本体からの指示を受けて逃げていた。
後頭部につながる黒い管を振り乱しながら、走る、走る。生前よりもよっぽど速く。
本体からの指示はただ一つ。
生きて、生還し、あの人間の全てを伝えよ。
肉人形にもはや自由意思はない。
脳幹は全て啜られ、体の恒常性もこの黒い管を通して保たれているだけの、死骸。
そんな死骸でも感じた異質。
なんだ、あの男は。
なんだ、あの力は。
一撃で、本体の柔らかい部分とは言え、管が破裂するように断たれた。
あんな、あんなに小さな唯の手斧で。
いや、あの一瞬現れた大力よりもなお恐ろしいのは、あの男そのものだ。
なんの躊躇いもなく、姿形は同じ人間のはずの肉人形を停止させた。
そして、何より、何より、何より。
あいつ、食っている。あんなに死の匂いの濃い場所で、平気に、お菓子を!!
肉人形がほんの一瞬、人間であったころの豊かな感情を思い出すほどの衝撃。
危険、危険、危険、危険。
既にこの肉人形と本体は一蓮托生。
本体の死は、自分の死と同じ。
脳をなくし、思考を残したはずの肉人形がそれでも感じるのは恐怖。
あの男と、本体を会わせてはならない。
本体のことだ。きっと、あの男に対して好奇心を以って接する筈、しかしそれは間違いだ。
危険すぎる。
今この死した身体が感じる恐怖を、この身を以って本体に伝えなければならない。
「生き、ネバ…… ネバ、伝え、ナケレバ」
走る、現代ダンジョンを。
本体の管はこの地域に広がり、同胞たる肉人形も何体か活動している。
それらの助けを借りながら、なんとか、なんとか
「戻るンだ、、綾、アヤ…… ニイチャん、今度こそっ、バっ??!!」
混同する記憶、それは肉人形になる前、人間であったころの大切な存在の記憶。
それらが、名前が駆け巡り、そして。
ぶつん。
「エ」
「ターゲット、切断…… 王大校…… 指示通り、監視中の味山只人と同じように黒いホースを断つことに成功しました」
肉人形の身体が崩れ落ちる。
なんの反応も出来ない、本体の黒い管すら感知することが出来なかった一撃。
何もない、透明な空間から閃いた一撃は一瞬で、肉人形と本体の接続を断った。
「了解、これより通常任務、味山只人の監視に戻ります。ええ、至急、本国の回収班を、もちろん、組合には気取られてすらいません」
氷のように冷たい声が降りかかる。
肉人形と繋がっていた黒いホース、文字通りの命綱がびたり、びたりとのたうち、動かなくなる。
あ…… また、ダメだった。
「可怜,至少平静下来」
倒れ伏した肉人形の後頭部に、何かが突き入れられる。
熱さも冷たさも感じない。
「哀れですね、せめて安らかに」
もう名前もない肉人形は生前と同様、何も残さず、何も為すことのないまま2度目の命を落とした。
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