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凡人探索者のたのしい現代ダンジョンライフ 【書籍6巻刊行予定、作業中、完全書下ろし】  作者: しば犬部隊
最終章 凡人探索者たちのたのしい現代ダンジョンライフ

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149話 凡人探索者達のたのしい現代ダンジョンライフ

 



「アジヤマ?! どうした?!」



「お、おいおいおい、おいおいおいおい、これ、マジでシャレになんねえすよ! タダ?!」



 2人の声が、遠く聞こえた。痛みが遅れてやってくる瞼が痛い、違う瞼の奥、中身がやばい。



 やべえ、これ、なんだこれ、マジでやべえ。



 顔、目の辺りを触ると少し濡れている。眼が見えない。



「汝、只の人なりて。即ち無力で無価値で、無意味な存在なりて」




「貴様!! アジヤマに何をした?!」



「タダ?! タダ! あ、お前、目が…… せ、センセ!! タダ、タダの目が潰れて……」



「目だと?! 馬鹿な、どうやって?!」




「あら、ソフィ。怖いわ、そんな顔貴方には似合わない」



「その話し方をやめろ、それはーー」




「アレタ・アシュフィールドの話し方、かしら? ふふ、だって仕方ないもの。わたしもそこの子と同じ52番目の星、同じ役割を課せられた者だもの。本質的に同じ存在なのよ」




「何を言っているんだ、オマエは……」



「ふふ、ソフィ。ソフィ、ソフィ。久しぶりに会えて良かった。でも、ごめんね。もうダメなの。今回こそわたしが全て終わらせる。そのわたし、アレタ・アシュフィールドがやろうとしていたことを私たちが引き継ぐわ」



「意味が、わからない…… だが、何故だ、何故オマエからワタシは懐かしさを……」



「く、クラーク、それとまともに話すな。アレは多分あんまり考えていいもんじゃねえ。怪物種と同じ、訳のわかんねえ敵だ。アイツがただでさえとちくるってるアシュフィールドを本格的に追い詰めた奴だ」




「……酷い言葉ね。まあいっか。ごめんね、ソフィ。なつかしい貴女とお話ししたいワタシもいるみたいだけど。あなた達放っておくと何するかわかんないから」




 TIPS€ 警告 ソフィ・M・クラークが死ぬぞ




「ッ?! クラーク、やばい、アイツお前に何ーーー ァ?!!!」


 喋れない。口が急に、無理矢理に閉ざされた?



 味山が口を押さえて必死に言葉を出そうとして




「あは、"汝、只の人なりて" 哀れね。凡人探索者、あなたは私の決定に逆らえない」




 TIPS€ 高次元移行段階 Ⅲ 【 ≒神】



 ありとあらゆる世界の52番目の星、それと同化した號級遺物の情報量は最早、個としての生命体の存在から逸脱している。


 膨大な情報量、エネルギーはこの世の物理法則からすらも抜け出している。惑星の摂理、人間の常識から著しく逸脱した存在。



 人は時にそれを神と呼ぶ。



 この人物には"神性"が備わる。


 この人物は"凡人"、"一般人"、"カス" などの選ばれざる者に対して絶対的権限を有する。



 この人物は過去、ありとあらゆる世界の"52番目の星"の獲得した號級遺物を使用出来る。



 この人物は個体ではない、群体である。



 この人物に対抗するには"英雄"特性などの選ばれし者に該当する技能が必要である。





「ッーーー……」



 なんじゃそりゃ。




 味山只人の感想はそれだけだ。



 なんだコイツ、なんだコイツ。



「遺物、顕現。そうね、これにしようかしら」




「オーバー・レイ」




 見えない。



 顔に感じる熱、何が起きているかもわからない。



 ただ、





「な、んだ、これは……」



「うっそ、だろ、おい…… 光……? 太陽……?」





「さようなら、アレフチーム。安心してよ、私の時もこうだったもの。……ああ、そうだ、そうだった。ええ、私のアレフチームもこうして、皆終わったもの」





 冷たい声だった。



 諦めと、怒りと、そしてどうしようもない悲しみの混じった声。



 なんて、自分勝手な声だ。味山は聞くだけでハラワタが煮えくり帰りそうになる。



 熱が、さらに近く。



 グレンとソフィの焦燥に満ちた声だけが響いてーー












「ごめんなさい、みんな。やっぱり、あたしこんな風にしか生きれない。この場で動かないでおくことなんて、あなた達の後ろにいることなんて、出来なかった」




「アレタ?!」



「あ、あんた、何を?!」




「っーー?!!」




 嫌な予感がした、嫌な予感がした、嫌な予感がした。



 風が吹いた、土の匂いが舞った、雨の匂いが降りた。




 ぽた。ほおに伝う冷たい水が、熱を和らげて。





「號級遺物・ストーム・ルーラー、顕現。お願い、全て使っていい。あたしはどうなってもいい。みんなを救うわ」





 ああ、嵐が、また。




 唸る雷、荒れる風、降り降りる雨。



 それらが轟音となり世界に満ちる。何も見えない、でも視覚以外の全てが嵐の到来を告げていて。











「ごめん、タダヒト。……ありがと、それと、さよなら」




「ーーー?!?!」




 凡人の身のなんと無力なことだろう。



 アレタのその言葉に返したい言葉がいくつもあった。しかし、その只の人としての肉体が、魂が、存在が。



 抗うことさえ出来ない。





 目が見えない、それでも今アレタが何をしようとしているのかはわかる。




「ア、アレタァァァァ!!!」



 ソフィの悲痛な声が痛い。



「光と、嵐がぶつかって、……これ、俺ら嵐に守られてる?! センセ!! だめだ!! 前に行くな!」



 グレンの切迫した声が痛い。



 味山だけが、何も話せない。声を出すことすらその矮小な身ではできない。



 見えない、けどわかった。



 これは瀬戸際だ。



 アレタが、52番目の星、彼女達の攻撃からアレフチームを庇っている。



「離せ!! 離せ、グレン!! アレタが!! アレタが!! アレタ! ダメだ、戻れ!! それはダメだ! たのむ、アレタァァァ!! あ、アジヤマ、アレタを、アレタを助けてよおおおお、消えちゃう! アレタがまたーー」




 悲痛な声、仲間の懇願の声すら、味山は返事すら出来ない。




「あは、哀れね。ほんとに哀れ。あなたは何も出来ない。もっと、這いつくばって」



 目の前の彼女たち、それに許可されていないから。



 それどころかその言葉通りに、また身体が丸まる。



 まるで、土下座をしているかのように。神の前に、人のなんと無力なことか。





「取り消しなさい」



「あら、わたしじゃないわたし。アレタ・アシュフィールド。よく頑張るわね。そんなボロボロの號級遺物で。ふふ、わたし達の後押しもなく、そこの凡人に概念を乗り越えられた"嵐"のなんと弱々しいことかしら」




「取り消せ」




「何を?」



 嵐が悲鳴をあげる音、強大な力同士が互いを食い潰し合っているような。




「……ああ、もう、ほんとあたし、大バカね。こんなふうだったんだ。こんなに横暴だったんだ。ひどい気分だわ、鏡を無理矢理見せられてる気分」



「アレタ、ダメだ!! お願いだ! 戻れ! ああ! このクソ眼球め! イヤなもの見せやがって!! アレタ!!」



「ソフィ、ごめんね。貴女ときちんと話し合うべきだった。いつも、あたしってこんな感じよね。……もしも、次があったら、今度こそ変わってみせるわ。だから、今だけは許してちょうだい」




「あ、アレタぁあ」



 クラークが泣いている、アレタがきっと笑っている。



 俺は何をしている? なんだ、この状況は。



 仲間の危機に、立ち向かうことも一緒に恐ることすらできないこの無力はなんだ?




「取り消しなさい。この人を哀れと言ったことを。ええ、わかってる、あたしにこんなことを言う資格がないのも、どの口が言ってるのかっていうのもね。ああ

 でも、気付いちゃった。あたしはバカね」




「あなた、何を言ってるの?」



「あたしとあなた達は同じだった。結局、他人を見下して人の弱さだけを見ていた。ふふ、笑い草ね、違ったじゃない、間違ってたのはあたし達のほう。彼らは強い。ほんとに強いの。もっと早くそれに気付くことができてたらな…… ま、これだけのことやらかして、今更よね」




「……今の貴女、すごく、すごく、不快ね。消えてちょうだい。貴女の魂、人格にはもう用はないけど、その力は惜しい。一時期はわたし達全てを飲み干しかけた星の中でも一等輝く強い力。あの女を消す為にそれだけは欲しいわ」



「あ、アレタ、か、身体が…… ダメだ、本当にダメだ! お願いだ、アレタ、よ、ようやくキミにたどりついたんだ! キミを失わずに済むたった1つの道を歩んだんだ! こんなの、こんなのってないだろう!? まだ何もお話ししてない! ぶったことも謝ってない!! アレタ、アレタァ!!」



 まて、なんだ、身体がどうなった? 何が起きている?!


 それを見ることすら、目をつぶされた味山にはわからない。



「センセ! ダメだ!!」



「ごめんね、ソフィ。来てくれて、嬉しかった。ビンタ、痛かったけど、うん、目が覚めたわ。ありがとう、親友」



「あ、アジヤマァァァァ!! 頼む、頼む頼む! 起きてくれ!! 立ち上がってくれ! キミなら出来るだろう!? アレタを思い出させてくれた! ワタシに立ち向かう力を、姿を見せてくれたキミなら今回だって!! お願いだ、お願いだ、アレタが、アレタが消えちゃう!! やだ、ヤダヤダヤダ!! ヤダああああああ!! アジヤマアアアア!!」




 泣き叫ぶソフィの声。



 それをいさめることも、隣で一緒に叫ぶことも出来ない。



 味山は只、その場に這いつくばり首を垂れるだけ。



 何をしてるんだ、俺。これ、なんだ、ほんとに。



 ここまで来て、結果がこれか?



 何を考えても、何をしようとしても身体が動かない。



 凡人だから、選ばれていないから。本当にやばい奴の前では無力以外の何ものでもない。




 あのニセモノの集合体の言う通り、哀れーー





「タダヒト」



 短い呼びかけ。それに応えることも、その顔を見てやることもできない。



 きっと、今命がけで自分たちを守ろうとしている仲間の姿を見ることさえできない。地面に這いつくばり、敵のいいようにされているだけ。




「あたし、今からすごく都合の良いこと言うわ。あなたはもしかしたら怒るかもしれないし、聞いてさえくれないかも知れない。でもね、あなたがあたしを打ちのめしてくれたから、信じさせてくれたから言える言葉。うん、もっと早くこれを言えれば良かったのね」




 何を言ってるんだ。その疑問さえ口にも出せない。



「あ、アレタ…………」



「センセ!!」



 ソフィの力ない言葉、グレンの叫び。



 味山は言葉を紡ぐことさえ。






「タダヒト、あたしを助けて」




 ーーあ。



「あとは任せたわ、凡人探索者」




 熱が弱まった、嵐の音が一際大きくなり、そして




「ふふ、お見事ね。そんなボロボロの遺物でよくがんばりました」


 音が、消えた。


 TIPS€ オーバー・レイによる範囲蒸発攻撃、ストーム・ルーラーの発動により相殺




「アレタァァァアアアアアアアアアアアアアアア!! イヤァアアアアアアアアアアアアア!! なんで、なんでなんでなんで、身体が消えてるんだ!? ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ!! いかないで、やだ、いかないでよ! 置いていかないで!! アレタ、アレタァァァァ!!」




 TIPS€ アレタ・アシュフィールド、オーバー・レイとストーム・ルーラーの限界使用の反動により、消滅




「あ、まて、まてまてまてまて!! アレタを食べないでーー アッ」



ソフィの悲鳴が止まる。




「ごくん。うん、ああ、凄い力。ふふ、断言するわ、アレフチーム。貴女たちがこの子の邪魔をしなければ、ええ、この子を人に戻さずに英雄のままでいさせてあげれば、間違いなく私たちはこの子に飲み込まれていた。ありがとね、ソフィ、ありがとね、グレン」





 TIPS€ アレタ・アシュフィールド "彼女達"と統合






「ありがとね、タ・ダ・ヒ・ト」






 ーーーー。



 アレタの声で、アレタの言葉で、アレタの喋り方で、"彼女達"が嗤った。




 アレフチームの選択により、何より味山只人の選択によりこの未来が確定した。



 身体と頭がどうにかなりそうだ。


 それでも、ダメだ。アレタの言葉も、その最期も、返事することさえ、見ることさえ出来ない。




 暗闇の中、ただ、哀れに、虫けらのように這いつくばり地面の匂いを嗅ぐだけ。




 ああ、雨上がりの匂い。




 嵐が、完全に消えて。





「あは」




「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」




「ああ! ああ! やっぱり! あなた達はこうじゃないと! ああ、ソフィ! その顔! 最愛の存在を本当に無くしたと理解してしまったその顔、とてもいい! わたしの時もそうだったもの! ええ! とてもよく似合ってる! あなたは絶望に沈み、歪み、狂うのがとても似合う!!」




「ああ!! グレン、その己の無力に歪む顔! とてもいい!! 似合う、本当によく似合う!! 大好きなソフィに何もしてやれない苦悩がよくわかる!! ああでも、安心して! あなたが死んでもソフィは同じように狂っていたから!! あなたはきちんと愛されていた!!」




「そして、あなた! いや、お前! 凡人探索者!! ああほんと! 惨めで哀れで矮小!! あなたが決めたせいで! あなたがカッコつけて救ったせいで! あなたが進んだせいで! あなたが戦ったせいで、あなたが立ち向かったせいで、あなたがたどり着いたせいで!!  全てが終わった! 英雄・アレタ・アシュフィールドは人に堕ちた! 最期は下らない感傷と似合わない満足感に満ちて消えた! あは!! あはははは! 汝、只の人なりて! ああ、人のなんと、くだらないことね! ああ、あなた達アレフチームには本当に、いえ、私達、アレフチームには本当に」





 もう、だまれ、喋るな、お願いだから、その声で、その話し方で、やめてくれ。





 それを止める力は味山只人にはなく。





「アレフチームには本当に、敗北がよく似合う」





 ーー人の形をしているものをここまでに殺したいと思うのは始めてだった。





「……殺す、殺す、殺してやる……」



 ソフィの震えた声、それはとても弱々しく。



「あら、ソフィ。怖い声…… あなたにそんなこといわれるのはとても悲しいわ」




「やめろ、その声で…… その顔で、その喋り方で、その目でワタシを、見るな、話すな、お願いだから」




「あら。ダメじゃない、ソフィ。銃口を向ける時はもっとしっかり体幹を安定させて、重心をきちんと地球に預ける。ふふ、アリーシャに一緒に教えてもらったでしょ?」




 おぞましい言葉だ。アレタじゃないアレタが、アレタとソフィの共通の思い出を手繰っている。




「やめて、やめてよう、その目でワタシを、見るなあ……」



「ふふ、ソフィ、可愛い」




 TIPS € ソフィ・M・クラークが死ぬぞ




 ヒント、最悪のタイミング。



 TIPS€ グレン・ウォーカーも死ぬぞ、ソフィを庇って死ぬ。そのあとお前の目の前でソフィが殺される。アレタの顔と、アレタの雰囲気を纏っている"彼女達"に殺される。




「うーん、決めたわ。先にグレンを殺しましょう。ソフィ、あなたがどちらを選ぶのかとても気になるわ。グレンの復讐を果たすことができるのか、それともアレタ・アシュフィールドによく似た存在に手を出すことはやはりできないのか。とてもとても気になるわ」




「なんで、どうして、こんなことを……」




「わたしの時もそうだったから」




「え?」



「わたしの時も、わたしの時も、わたしの時もわたしの時も。全部そうだったの。こんな感じでわたしのアレフチームは絶望に負けたの。だから、あなた達も同じようにしてもらいたいだけなの。だって不公平じゃない、あなた達だけハッピーエンドなんてさせないわ」




 は?



 身体の底が冷える。



 聞こえてきたのはあまりにも、あまりにも、本当に心の底からバカみたいで、反吐が煮え繰り返り、怖気が毛穴から噴出してしまいそうになる言葉と理屈だった。




「な。なんだ、それ。そんなことのために…… アレタを?」




「あは、ああ、ソフィ、ソフィ。その顔、とても素敵。私が消えた時もあなたはそんな顔をしてたもの」




「……てめえが悪い奴だってことだけは分かったっすよ、センセ。コイツは俺がやります」




「ああ、グレン。素敵。その決意に満ちた目、ふふ、死に顔にもその決意は残ったままかしら」




「この野郎……」



 TIPS€ まず、グレン・ウォーカーが死ぬぞ




 下剤を飲み過ぎて夜中の2時に飛び起きた時よりも遥かに嫌な汗が身体から噴き出る。




 ダメだ、ダメだ。ここまで来て、誰1人欠けてもそれは負けだ。失いたくない、なのに、身体が本当に動かない。



 睨みつけなければいけない敵を見ることさえ出来ない、仲間と共に轍を並べないといけないのに身体は這いつくばり、丸まり、敵に向かって土下座させられたままで。





「ぷっ」



 女が噴き出した。




「ははははははは!! ねえ、ソフィ、グレン! 気付いてる?! シュールだわ、貴女たち。あなた達がこんなにもなけなしの勇気を振り絞り私の前に立っているのに、亡き英雄の仇を取ろうと決意しているのに! そこの人! そこの凡人はなに?? ずーっと地面に這いつくばっているだけ! ふふふふ! 見て、身体が()()()()()()()()()()()()何もできやしない! 凡人! 嗚呼、凡人の身のなんと哀れなことかしら? ねえ、貴女達もそう思うでしょ? その無力で使えない雑魚をみてさ、そう思うでしょ!!」



「言っていいのよ! ソフィ、グレン! 失望を口に出してもいいの! たまたまここまでたどり着けた凡人、その真の姿がそれなの! 敵を前にして這いつくばるとしか出来ないその惨めさ、その無力さに嫌気が差したでしょ! ソフィ! 貴女はさっきこの男に助けを求めたよね? でも何も出来やしなかった、貴女の声に、期待に応えることは出来なかったのよ! ほら、言ってよ! 言いなさいな! あのときのように、私の時のように仲間割れしてよ! アレフチーム同士で疑心暗鬼に堕ちて、それこそが私達のーー」




 ドオン。



 鳴り響く火砲の音が、女の言葉を遮った。



 わずかに香る硝煙の香り。



 ソフィの銃の音だ。



「痛いわ、ソフィ。ふふ、いい銃ね」



「……もういい、よくわかったよ。オマエはアレタじゃない。オマエの中に1ミリたりともアレタの要素はない。オマエは只の化け物だ」




「てめーよー、言っていいこととわりーことがあるよなー。今、お前は俺たちの地雷を踏んだぜ、掛け値なしのど真ん中をよー」



 2人の声に力が戻った。ざり、聞こえてきた足音はきっと、2人が前へ進んだ音だ。





「……この男、アジヤマタダヒトは弱くない。惨めでも哀れでも無力でもない。ワタシの英雄にしてワタシの親友、アレタ・アシュフィールドが選んだ優れた探索者だ」



「お前、あとできっと後悔するぜー、タダを舐めた奴は皆例外なく痛い目にあってきた。そうさ、俺は信じてる、今はコイツこんなでも、必ずすぐ立ち上がってくるからよー。クソ女、よーく聞け、コイツの頭のイかれた笑い声が聞こえた時、それがテメーの最期っすよ」




 かち、ソフィが銃を構える音。



 きいん。グレンのパワーグローブが作動する音。




「「味山只人を舐めるな」」



 2人の声が重なって。



 ああ、2人が戦おうとしている。アレフチームが前へ進もうとしている。




 俺はーー




 俺はーーー




 







「……あら? 意外な反応。ソフィには闘志が、グレンには冷静さが戻ったの? ……ふうん、今までのあなた達とはやはり違うのね。でも現実は見ての通り、あなた達が高く買ってるつもりの凡人探索者は私の権能の前に身動き1つ取れず、芋虫のように()()()()………………… え?」





 女の声が止まった。何かに気づいたように。




「な、んで? 私は不動を刻んだはず。あれ、なんでみじろぎしてるの? 動ける、の?」



 女の声に始めて戸惑いが見えた。



 味山はその声を無視する。考えろ、怒りと焦りで止まるのではなく考え続けろ。



 ぴくり、身体が反応する。



 自分の中にあるものを全て使う。神性とやらに対抗出来る自分の中にある可能性を考えろ。



 味山只人が考える。



 人間奇跡はすでに終わった。人知竜の魔術式はもはや霧散し、その役目を終えた。



 だが、あのとき得た感覚はまだ味山の中に残っている、頭にある景色が蘇る。



 進め



 ーー君が進め



 大敵から送られた言葉。握りしめた燃え滓の報酬、その本質。



 そうだ、言葉通りだ。




 進むべきなのはーー




「………よ」



「うわ、喋、った? 嘘でしょ?」




 TIPS€ 汝、只の人なりて 対抗技能 確認





 TIPS€ 上書き開始 汝、只の人なりて。しかして汝、神秘の友人にしてーー





 TIPS€ 保有"神秘の残り滓" その全てに"神性"への対抗伝承を確認




「俺、たちを、舐めん……なよ」



「うそ、うそ……」



 女が異常な反応を示した。



 ざり、ざり、膨大な情報量、全ての52番目の星の歪んだ集合体、ついに嵐すら飲み込んだその神に近い存在が、這いつくばる矮小な凡人を見て、退がった。






 TIPS € "神秘の残り滓" 西国大将 九千坊 "水神の護り手" 伝承確認



 それは水の神に愛された大化生。神に選ばれた水の申し子の残り滓。




 TIPS€ "神秘の残り滓" 平安最恐 鬼裂 "神仏殺し"


 それは平安の世の闇、ヒノモトの国の闇を愉しみ渡り歩いた鬼の伝説。立ち塞がる土地神。古きモノ、その刀と血の式により多くを斬り伏せた。




 TIPS€ "神秘の残り滓" はじまりの火葬者 ジャワ
















  "はじまりの火"





 それは多くの伝説、神話の原型。プロメテウス、ホノカグツチ。あらゆる地域、あらゆる文化圏内においたら共通する火を与えた神、その神話の原型。




 原初の神性、神よりも古いモノ。



 それすらも、味山只人の探索者道具。




 TIPS€ "神秘の残り滓"保有の神性にて、"彼女たち"の神性に対抗ロール開始ーー



「お前、忘れてるのか?」



 その戒めが緩む。只の人に神が課した絶対優位権、それが少し緩んだ。



 凡人探索者の口が動く。




「……なぜ、しゃべれる? 汝、只の人ーー」




「ああ!! そうだ! 俺ァ只の人間だ!! ここにいる資格なんざねえかもしんねえ!」




 這いつくばったまま、それでも、味山只人は前を向く。




「だが、お前、もう一度言うぞ。お前、本当にあの時のことを忘れてるのか? 病室だよ、あの時、お前に消されそうになった俺を助けた連中、俺の中にいるコイツらのこと忘れてたのか?」




「なに、を…… ァ…… いた、い? 頭……? これは…… 記憶が、ズレてる? 何が、あ、アレタ・アシュフィールド、まさか、わたし達の記憶を……? まだ消えてないの? あり得ない…… 病室、病室、あ、火、古臭い、煙臭い火、生臭い水、血生臭い骨…… やってくれたわね……」




 頭を抑えながらブツブツと女が呟き始める。



 力の入らない身体、凡人の身体にしかしわずかに力が戻り始めた。




 味山只人は凡人だ。それは間違いない。その生まれ、その血、その宿命はまさしく選ばれざるモノ。



 遍く大凡なる人々の中の1人に過ぎない。




 でも、味山只人の中にいるものたちは違う。



 ぼおう。



 右手に、火が灯る。味山の意思とは関係なく。



 きゅ。



 ぎちり、首にエラが開く。そこから覗く水かきの腕。




 しゃりん。



 左手の肉が溶けて骨になる。




 右手が土を、花を燃やしながら地面を掴む。




 左手の指の骨が地面に突き刺さり、深く根差す。




 エラから生えた水かきの手が地面掴んだ。




「なに、それ」




「お前は、忘れている。ああ、そうだ、そうだった。俺ん中にはコイツらがいるんだ、汝、只の人なりて? ああ! そうだ! 俺はそうだよ! 只の人間だ!! でも、コイツらは違う!! 舐めんなよ、俺の道具を! 舐めんなよ、俺の河童を! 俺の鬼を! 俺の原人を!!」



 叫ぶ。



 味山の中の彼ら。



 人間奇跡【前進】は彼らにも影響を与えていた。



 味山の夢の中、味山只人の前進を特等席で焼き魚食べながら観戦していた彼らは完全に影響されていた。




 即ち。






 TIPS キュッキュッ!! マー!!



 河童の声が聞こえる、前へ進めと。



 水かきが、動かない凡人の身体の代わりに前へと地面を掻く。




 TIPS ゆけ、今代の鬼狩り。気に入らないものその全てを蹴散らしにゆけ、この俺がお前の在り方を肯定しようぞ



 骨の指が、動かない凡人の身体の代わりに前へと地面を掻く。





 TIPS ぼおう! ぼぼぼぼ!!



 火の右手が地面を燃やしながら動かない凡人の身体の代わりに前へ地面を掻く。





 即ち、神秘の残り滓たちに空前の"前進"ブームが訪れていた!




 神秘たちが、凡人を前へと進ませる。泥だらけになり、煤だらけになりながら、地面に這いつくばったまま、それでも味山只人が前へ進む。





「ひっ」



「俺が進む、俺たちが進む。邪魔だ、邪魔なんだよ、お前」



 前へ進むため、前を見据える目が潰れてもなお、味山只人が進んだ。




「ふん、ビジュアルは相変わらず酷いね、アジヤマ」



「うわ、エラっすか?それ、やべー」



 軽口が今度は両隣から聞こえる。前じゃない、追いついた。



 アレフチームの戦列に、味山只人が加わる。




「うるせーよ、俺特攻のクソデバフ受けたんだ、これだけでもすげー苦労してんだよ」



 軽口を返す。見えないけど、きっと2人とも笑っている。




「アシュフィールドがよ、始めて言ったんだ。俺に、助けてって」




「頼む、クラーク、グレン。俺はまだアイツに返事を返してない。答えてやらねえといけない頼みに、返事すら返せてないんだ」




「ああ、そうかい。どうすればいい、アジヤマ」



「決まってるだろ、あのクソ女を始末する。いつもの探索と同じだ。邪魔なもん排除して、目的を達成するのさ」



「そうかい」



「ああ、そーだ」




 悲壮な雰囲気は消え去った。



 味山只人が前に進んだ。言葉を取り戻した、それだけでアレフチームが向く方向は一致した。




 ソフィが、グレンが、そして目の潰れた味山がそれでも前を向く。




 敵の眼前に立つ。





「もういい」



 女の冷たい声。



「もういい、なにそれ。ずるい、ずるい、なんで、まだ前を向けるの? なんでまだ壊れないの? 私の時はわたしののときは私のときはとっくに終わってたのに、どうしてなんで、ねえ、どうして」




「うるせえ、ブス」



 女の声が止まった。











「遺物再誕」




「あーあ、タダが悪口言うから」



「いや、スカッとしたよ、ナイスアジヤマ」



「うい」




 呑気な会話をするアレフチーム。



 その頭上にそれは現れた。




『52番目の星』




 それは全ての52番目の星、それの集合体。遺物すら飲み込んだ英雄達の成れの果て。




「……TRPGの探索者になった覚えはないんだけどね」



「…….なんすか、センセそれ」



 上空、ストーム・ルーラーの真体が変化していく。




 球体が、割れてそこから何かが生えた。



 それは腕、それは頭、それは胴体、それは翼、それは顔。



 腰から上部分、白く発光する人形のナニカが、ストームルーラーを割って這い出る。


 腰から下は球体、だらりと垂れ下がる上半身が起き上がった。




 顔、長い髪の毛がうねる。



 白い光の巨人。ああ、その頭上に誰もが知るマークがまるで天使の輪のように現れる。





「星…….、ふん、笑えないね」



「でけー」




「じゃあ、行ってくるよ、アジヤマ、早めに参加するように」



「タダ、俺らが追いついたんだ、お前も追いついてこいよ」




 TIPS€ ソフィ・M・クラーク 技能発動


 "反英雄"


 汝、只の人なりて、神性 無効化


 TIPS€ グレン・ウォーカー 技能発動


 "人造英雄"


 汝、只の人なりて、神性 無効化





 2人が進む。自分とは違う神に立ち向かうに相応しい選ばれた2人が進む。



 勝てないと分かっていながらも譲ることのできないことの為に死地へとむかう。



 不恰好で無様で、それでも並び立った味山只人に信頼を託して、進んでいく。





「ああ」



 答えた。今度は答えることが出来た。



 神秘の残り滓たちが必死に味山只人を前へ進ませる。それでもまだ立ち上がることが出来ない。



 ソフィがゆく。


 グレンがゆく。



 ここだ。ここが恐らく全ての分水嶺。



 人事を尽くした。



 耳の化け物の力すら飲み込み、人知竜から託された切り札の魔術式、そして人が積み重ねてきた奇跡により嵐を超えた。




 神秘の残り滓達の力により、折れずに前へ進めた。




 前へ進んだ。ならあとは成し遂げなければならない。



 わかってる、このままでは負ける。ソフィもグレンも、そして助けを求めたアレタも全て喪う。




 そして負ける。それだけがわかっていた。



「なんで、俺が失わないといけないんだ」



 土の香りを感じながら言葉を噛み締める。いつもこうだ。いつも、ギリギリだ。


「なんで、俺がてめえみたいな負け犬の嫉妬に付き合わなきゃあならないんだ」




 いつも世界は敵ばかりで、自分のものを奪っていこうとする。



 ムカつく、ムカつく。




「ほんと、気分悪い」



 それが原動力だった。その感情、それだけで味山只人は進めた。



 耳男、神秘の残り滓、使えるもの全て使い倒した。



 自分の力は全て出し切った。



「ここまで、来た。あと、もう少しが足りねえ。()()()()()()()()()



 言葉が漏れた。頭が痛い。すごく、痛い。



 呼吸が浅くなる、地面を這い続けて少しでもアレフチームの近くへ。



 ここまで来たんだ、ここへ来たんだ。




「来たぞ、ここまで」



 自分の意思、それとは関係なく言葉が漏れ出した。



 ああ、何故か。見えないはずの視界に紅く染まる空がチラつく。




「来たぞ、俺は。何もまだ失わずに、ここまで()()()()()()



 誰をだ? いや、何を? 自分の言葉のはずなのに、自分じゃない誰かが話しているような。酔いのせいだろうか?



 頭が、痛い。とても、悲しくて、胸が締め付けられる。



 とても、寂しい。





「ここだ。ここしかないだろ、超えるのは今だ。やるのは今だろ」




 声が離れない。



 見えない世界の中、響いたアレタの最期の言葉。初めて聞いたその言葉。




 ーー助けて




 ああ、そうだ。



「考えたら、俺もあんま人に、助けてって言えなかったな」



 昔から何故か、人に助けを求めるのが苦手だった。



 あれだけアレタをぶちのめしていた味山も、少し本質はあの英雄とにていたのかもしれない。




 それでも、最後にはアレタ・アシュフィールドはその言葉が言えた。




 きっと、笑って、その言葉を託したのだろう。




 味山只人はただ、心のままに誰に伝えるかもわからない言葉を紡ぐ。



 神秘の残り滓達の力が、味山に言葉を話す権利を取り戻してくれていた。




 だから、この場で、このタイミングで、この言葉が言えるのだ。




 アレフチームが駆けていく。



 空に坐るニセモノ、数多の52番目の星のいくつく先、神に似たナニカに、探索者達が立ち向かってーー





「俺が、俺たちアレフチームが、アレタ・アシュフィールドを助けるよ。俺たちが俺たちの仲間を助ける、探索を続けるよ だからさ」




 アレタが最後に言えた言葉、味山只人があまり言えなかった言葉。



 英雄と凡人、必要な言葉は同じだった。





「だから、俺たちを助けてくれよ」






















 かなーー



 セミの声が、響いた。



 じんわり、空気が暖かくなる。何故か、空気に混じって運ばれるのはカレーの匂い。




「ああ、ようやく、その言葉が言えたね。長く、永く待ったよ。君がその言葉が言えるようになるのを」





 ふと、目に感じるのは暖かさ。ホットアイマスクを当てたような。




「その凡人は癒すことを目指した。アレフチームの戦力にはならないことを受け入れ、それでも仲間の傷を癒すための特別を求めた」




「………あ? マジかよ」




 目の痛みが消えた。瞼が開ける。



「やあ、人間。いいや、凡人探索者、そして、味山只人」



「……お前かよ、ガス男。なんか、久しぶりだな」



「いいや、ずっと見ていたさ。ずっと、ずっと、とても長い時間をね。やはり、君は中々のものだった」



 黒もやの男が、味山只人の眼前に立つ。



 いつのまにか夢に現れるようになっていた謎の存在、それが目の前に。




「……お前が俺たちを助けてくれんのかよ」



「ああ、その言葉だよ、味山只人。"私たち"がついぞ、誰にも言えなかった言葉、誰にも届かなかった言葉だ。それでいい、君は1人で完成している、だけどようやく、人に助けを求めることができたんだ」




 かなかなかなかなかなかなかなかな。



 セミの声が、世界に染み渡る。



 どこかで聞いたことがあるセミの声。



 ああ、なんだ、これ、世界が夕焼けに染まっていて




『あ、あ、ああああ……… なに、これ」




 光の巨人の動きが止まる。ぼんやりと夕焼けの空に浮くソイツもまた夕焼けを見上げて動きを止めていた。





「な、なんすか、これ、またあいつがなんか……」



「いや、違うようだよ、グレン。ああ、やはり、信じていたよ、アジヤマタダヒト。君はやはり、優れた探索者だ」




 アレフチームが歩みを止めて、味山の方を振り返った。















「時は来た、ああ、本当に長い永い時だった」



「君はついに何も失わずにここへたどり着いた。それこそが我々の勝利だ」



 ガス男が両手を広げる。歌劇を演じるように、モヤを軌跡として残しながら夕焼けの空の下に立つ。



「積み重ねた敗北、届かなかった祈り、振り抜けなかった怒り、手を伸ばせなかった仲間の断末魔、消えてしまった星、果たせない約束、その全てはこの時の為に」




 夕焼けが、世界を照らしている。セミの声がもっと大きく、大きく。


 染み渡る。



「どれ一つ無駄なことなどなかった。ああ、ありがとう。ただ、君にありがとうを伝えたい。味山只人、我らの最前、我らの最後。君が進むかぎり我々の敗北は最早ありえない」




 何を言ってるかわからない。



 でも。




「ああ、ここだ。ここだとも。たどり着くべき場所はここだ。超えるべき所はここだ、今だ。味山只人、よく聞きたまえ」



 高揚した。



「君が決めたおかげだ、君がカッコつけて救ったおかげだ、君が進んだおかげだ、君が戦ったおかげだ、君が立ち向かったおかげだ、君がたどり着いたおかげだ、全てが繋がった」




 その言葉に、その振る舞いに高揚した。



 借りを返す、何故だろう、そんな言葉がふと脳裏に浮かんで。





 ああ、夕焼けが味山只人を照らしている。



 影が伸びていく、ずっと、ずっと永く長く。



 影法師が伸びていく。ガス男の影と、味山只人の影が重なる。





「たのしかった。辛いことがあった、別れがあった、無力さに打ちひしがれた。ああ、それでも、君のことを見ていたら我々はこう思えたよ」




 がらり。



 どこかで、石が崩れる、いや、石が砕ける音がした。



 それは合図だ。それは狼煙だ、それは




「我々の人生は確かにたのしかった。そう思えたよ」




「さあ、続けよう。未だ終わらぬ探索の続きを」




 影が、影が、影が。



 どより、どろり、蠢く。



 膨れて捩れて、それが現れる。




「さあ、始めよう。待ちに待った逆襲劇を!」





「うそだろ」



「な、なんだい、コレは」




『……ありえ、ない、どう、して』




 アレフチームが、そして"彼女達"が目を剥き、味山の背後に現れたそれら、いいや、"奴ら"を見つめていた。




 影がつながる、膨れる、捩れる。



 ああ、石だ、()()()()()()()()()()



 数多の影が連なり始める、膨れた影から伸びる影法師は枝分かれに広がり続ける。



 氷に垂らした血液が広がるように、脈々と影が、互いにつながり、受け継ぎ、広がる。



 ああ、赤い夕焼けが伸ばしていく影法師達、それが味山只人の背後一面に広がる。





「ここが我々の終着駅、我らの最前、我らの最後、味山只人を前に、更に、前に! 我らが凡人探索者の最後を未来に進めるために!!」




「マジか」



 影から、生まれるのはガス男によく似た人形の影たち。



 十人十色。



 身の丈よりも大きな刀を担いだもの。



 弓を構えるもの。



 岩の固まりのような大槌を担ぐもの。



 逆さまに浮きながら座禅をくむもの。



 ありとあらゆる姿の影達が、味山只人の背後に並ぶ。



 それは敗北者たち。それはさまざまな道、さまざまな力を選び理不尽に立ち向かった墓石に刻まれた人の残り香。



 それはたどり着けなかったものたち。



 しかして、只の人がここまで連れてきたものたち。




 ガス男が叫んだ。夕焼けに響け、影に届け。決意の言葉。



 ーー別れの言葉。






「そして! 終わらせよう!! 凡人探索者達(我々)のたのしい現代ダンジョンライフを!!」






TIPS € ガス男・改め"墓石の男たち"



それはひどく懐かしく、ひどく寂しい。



多くを語ることはない。しかし、そこには誰も知らない彼らだけが覚えている物語と人生があった。



味山只人はその最前だ、その最後だ。



決まり切ったバッドエンドを覆す時がようやく訪れた。敗北した凡人達はその生前に得た力を全てお前に貸すだろう。



彼らが力を貸す理由は1つだけ。


お前も同じことをするだろう?




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― 新着の感想 ―
何の気なしに読み始めて一気にここまで来た。 ガス男てっきり“耳”なのかと思ってましたw 多分2度目?のタイトル回収、とにかく鳥肌…。 この作品はセリフが、特にガス男と総理の言葉がとにかくかっこいい。 …
[良い点] ほんともう最高
[一言] 『逆さまに浮きながら座禅をくむもの』 ぼ、凡人?
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