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12話 味山の仕事、経験点の使い方

 


「アレチ猿か…… さっきの仏さんをやった連中か?  そうなると、人間の味も知ってやがるな。どうしたもんか」



 味山が岩影から覗く。



 尖塔岩の根元に毛繕いを行う個体や、寝そべりいびきをかいている個体などが確認できる。



「3匹か…… チームでいたらサーチアンドデストロイなんだけどなー……」


 ソロの身を嘆きながらないものねだりをする味山。



 悲しくなるね、自分の弱さに。味山は自嘲しながらベルトを探る。



 味山のチームにいる誰もが、おそらくアレチ猿3匹程度ならば1人で真正面から皆殺しに出来るだろう。生命の危険もなく片付ける筈だ。



 だけど俺はあいつらとは違う。


 特別な連中と組んでるからと言って自分が特別になったわけじゃない。



 味山は自分に言い聞かせるように心中でつぶやき、ベルトに手をかけた。



 赤い爆竹を取り出し、ポケットに入れていたマッチをする。



 ソロにはソロの、やり方なんていくらでもある。




「よっと!」



 岩の影から導火線に火の灯った爆竹を投げ入れる。



 弧を描いて落ちていくそれが、ウホウホしている猿どもの中心に落ちてーー




 バチチチチチチチチチチ!!



「ウオ、ウオっ?!」


「ウオ?!!」


「ホオオト!!」



 一気に破裂する。爆音、閃光、そして煙。


 音に弱い怪物、例えば灰ゴブリンならこれで気絶する個体もいるほどだが、アレチ猿は残念ながらそこまで爆竹に弱いわけじゃない。



「まーだ、逃げないか」



 その証拠にウホウホ騒いでる割には煙が晴れた後もアレチ猿はまだ逃げ出していない。



 ならこれはどうだ。


 味山が2つ目の爆竹と青いカラーボールをポケットから取り出し、岩影から半身になってーー



 ぞくり。



「ウホ」


「やべ」



 あ、目が合っちゃった。


 知性を感じるその瞳、人間を嬲って殺す猿の化け物と目が確かに、合う。


「ウホホ」



 すっ、ぬる、ぬるり。




 長い手と足で二足歩行になりかけの体勢で1匹のアレチ猿がこちらに駆け寄る。


 あ、やばやば。めっちゃこっちきてる。



 隠れるか、どこに? 岩陰はここしかない。


 逃げるか? ダメだ、アレチ猿は大鷲から走って逃げることが出来るほどに足が速い。



「くそ、ミスった」



 味山は自分に残された手札が少ないことを自覚する。


 傍に置いていた手斧を握りしめ、岩陰に背を預け、大きく息を吸う。



 耳が聴いた哀れな探索者の断末魔がまだ、残る。


 多くの怪物種は人を喰う。





 戦う。


 もうそれしかない。


 引き付けて、それから岩陰からの飛び出し際で斧を振り下ろ準備をーー




 TIPS€ 経験点の使い方




「あ?」



 TIPS€ 未だ世界に進化の果実は実らず、位階の設定もならず。しかしてここに在るのは其の腑分けされた部位


 普段聞こえるあのささやきとは違う。しわがれた声だ。



「今、それどころじゃねえ。黙ってろ」



 アレチ猿は今この瞬間にも、こちらは駆け寄って。


 TIPS€ 耳の部位を宿した者は蓄音した怪物の声を経験点15を消費することで再現できる




「は?」


 なんだ、何を聞かされている?


 味山は耳のささやきに混乱する、しかしもうすぐそこまでアレチ猿は迫っていて。





 TIPS€ 耳の部位を宿した者は蓄音した怪物の声を経験点15を消費することで再現できる



「ああ! もうなんでもいい! 使う、使わせろ!」



 思わず大声で叫ぶ。



 TIPS€ 経験点を15消費。蓄音、再生



 男の声が女の声かもわからないささやき。そして次の瞬間。





[ビオオオオオオオン!  ビオオオオオオオオオオオオオ]



「……っ耳?!」



「ウオオホホ?!!  ウホホ!!」



「ウオオオホホホホホ!!ホホホ?!」



 耳、激痛。


 味山は思わず両耳を抑えてうずくまる。耳の穴に棒をねじ込まれて無理やり中身を引き摺り出されたような痛みだ。



「なん……だ、いったい?」



「ウホ!!? ウホホ?!」



 痛みはひどいが耳は聴こえる。岩陰から顔を覗くとアレチ猿達が足を止め、空に向かって吠えている。



 何かに怯えている? いや、それよりも今俺の耳から鳴った爆音、どこかで聞いたことが……


 味山は耳の痛みに目を瞬かせながらも考える。



 ビオオオオオオオ、聞いたことが、ある。


 つい最近、どこかで……



 聞いた覚えがある叫び、思い出せ。


 アレチ猿が空へと喚くのを隠れたまま覗く。


 あ。


 味山はその様子を見て、思い出した。



「大鷲の、咆哮だ……」



 味山の耳から突如鳴り響いた爆音、それは一昨日駆除した怪物種、大鷲のものだ。




 どういうことだ? 何が起きた、俺の耳から怪物の声が響いた。


 味山は自分の身に起きたことを考える。



 アレチ猿達はしばらくその場で喚き騒いだ後は、何かに怯えるようにその場から去っていく。



「まじかよ……」


 耳から鳴った咆哮に恐れをなしたのか? たしかにアレチ猿の天敵は大鷲だが……



 味山は痛みの引いた耳を撫でながら、岩陰から出る。


 周囲に怪物の気配はない。


 今のは本当になんだったんだ、経験点? 蓄音、耳の部位?


「くそ…… 説明をしろ、説明を」



 ぼやいても耳は何も伝えることはない。やはりこの力はまだ上手くコントロールが出来ない。




「……考えるのは後にするか」



 ともあれ今は探索中だ、得体の知れない力にあまり頼りすぎるのは危険すぎる。


 味山は違和感の残る耳を気にしつつ、先程までアレチ猿がたむろしていた尖塔岩のふもとまで歩く。



 TIPS€ 知らせ石が近い。つるはしを使え



「……てめえ、これでそのお宝がなかったら引きちぎるぞ」



 辺りを見回す。大丈夫、いない。アレチ猿は完全に逃げたようだ。



 味山はベルトホルダーに括り付けていた小型ピッケルを取り出し、尖塔岩の表面を削り出す。


 どんな現象が起きればこんな塔のような岩が出来上がるのだろうか。


 味山はそんなことを考えながら尖ったピッケルを振るった。



 かぃん、かぁん、かぃん。


 始めは鈍い音がしていたが、何度かピッケルで岩の表面を削っていくと徐々に甲高い音へと変わっていく。




 これはマジで何かありそうだ。



 味山が一際強くピッケルを振り下ろした。



 がん!



 ぼろりと岩の表面が崩れる。かさぶたが剥げ落ちるように。



「うお、なんじゃこりゃ」


 その中にすぐ味山は奇妙なモノを見つけた。茶色の石岩に混じって、灰色の何かが落ちている。


 ピッケルを離し、崩れた石岩の残骸を手で漁っていく。




 TIPS€ 知らせ石



「うわ、趣味悪りぃ」



 その手で拾った灰色の石、それは奇妙な形をしていた。


「これ…… 心臓の形してね?」


 手のひらに収まるビリヤードボールほどの石を味山は眺める。



 デコボコした表面、目を凝らすと見える表面に張り巡らされた筋のような模様。



 教科書とか人体模型で見た記憶のある心臓とそっくりの形。



 TIPS€ 知らせ石 所有者の身に危険が迫ると赤く輝き脈動する。危険が死に近い事態であればあるほど、その石は大きく身悶えするだろう



「解説どうも。それが本当なら探索者は絶対欲しがるな…… 組合に報告したら遺物認定もあり得る」



 味山はその奇妙な形の石、知らせ石をポケットから取り出した保管用のジップロックにしまい込む。



「さて、効果が本当にあるか試してみたいが…… 一旦セーフハウスへ向かうか」



 当初の目標はクリアした。多少のアクシデントは迎えたが怪我もしてないし、上出来だ。



 味山は端末を取り出し、サポートセンターへの通信を開始する。



 ザザザザザ……


 ノイズが走る。通信が混み合ってるのだろうか。


 しばらくノイズが走ったのち、



[ハい、こちらたんさくシャ組合、サポートセンターです]


「あ、繋がった。もしもし、すみません、今自由探索中の味山と申します。付近のセーフハウスの利用届けで連絡しました」



[アじやま様ですね、承知致しましタ。ふふきんのセーフハウス…… そこからだと東に1キロほど進んダところに、J-3のセーフハウスが空いてイマス、こちらはいかがですか?]


「1キロですね、分かりました。じゃあそこの予約をお願いします」



[ザザザザザ…… はい、かしこまりました。では良イタンサクを…… ザザザザザ]



 通信が消える。


 電波の調子が悪いのか妙にサポートセンターの電話は歯切れが悪かった。


「まあ、そんな時もあるか」


 味山は大して気にしたこともなく、そのまま端末で先程指示されたセーフハウスを検索し、向かうことにした。





 ポケットに入れていた知らせ石は灰色のまま静かにただずむ。



 少なくとも、今のところは味山の探索は順調に進んでいた。





 ………

 ……

 …


 表層


 〜探索者組合 日本サポートセンターにて



「あれ?」



「どうしました? 副室長」



 男が1人目の前のパソコンのディスプレイを眺めて首を傾げた。



 男の名前は菊池。探索者組合の職員でサポートセンターに所属していた。



 担当の探索者の端末反応を確認していたところ彼は奇妙な反応を見つけた。



「ああ、ごめんね。今一瞬、画面にノイズが走ったような。田島さんのは何もない?」



「ええ、至って問題なしですけど…… ああ、副室長、お気に入りの味山さんですか。あのアレタ・アシュフィールドの補佐探索者の」



 田島と呼ばれた妙齢の女性職員が菊池に向かってにこりと笑う。



「勘弁しなさいよ、田島さん。僕らは平等に探索者のサポートをしてるんだから。お気に入りなんてものはありません」



「ふふ、味山さんが1ヶ月前緊急搬送されてアメリカ支部に連れて行かれた時にはあんなに怒ってたのにですか?」



「あ、あれは通例にない対応を先方がするからさ。味山さんは日本の探索者だ。なのにうちに断りもなくだね……」



「ふふ、そういう事にしておきますよ、副室長」



 クスリと笑う田島の妖艶な微笑みに、菊池は目を奪われそうになる。いかんいかん、娘、嫁の顔を思い出してなんとか持ち直す。



 最近、田島が妙に綺麗に見えるのは何故だろうか、でもそんなこと言葉に出したらセクハラだしな…… 菊池が呑気なことを考えていたところ。





「あら? 副室長、少し良いですか?」



「んっ? な、何かな?」



 いかん、変な事を考えていたのがバレたか?菊池が取り繕いながら田島の呼びかけに応えた。



「副室長、今日味山さんからのセーフハウス申請を受けられていますか?」



「いや、まだないよ?」



「そうですよね…… 味山さんの端末反応がセーフハウスの近辺へと向かっています。それにこれ、使用許可がいつのまにか出てる?」



 田島がパソコンのディスプレイの前で頭をひねる。


 菊池がその様子を見て、室内の職員に向けて



「みんな! 少し聞いてくれ! 本日、自由探索へ出ている味山只人からのセーフハウス申請を受けた人いるかい?」



「僕は受けてないですよ」


「私もです」


「俺もでいーす!」



 菊池の問いかけに職員が皆返事をする。しかし誰も味山からの申請を受け取っだものはいない。



 なのに。



「……副室長、おかしいです。やはりこれ、味山さんの端末にウチからセーフハウスの使用許可が降りています」


「……システムの故障の可能性は?」



「副室ー! 今自己診断しましたけど、どの対応端末も問題ないでいーす」



 言葉遣いはいい加減だが、有能な新人が先回りして菊池の懸念に応える。



「……すぐに味山さんの端末へ連絡を入れてくれるかい?」



「承知致しました!」



 田島が手元の通信端末を触り耳元へ当てる。しばらくその姿勢で過ごした後、首を横に振った。



「……ダメです、応答されません」


「電波障害の発生は?」


「今のところ確認されていません。他の探索者とは連絡が取れています」



 この時点で、サポートセンター副室長、菊池清吾の判断は決まっていた。






「すぐに付近の自衛軍、もしくは各国の巡回部隊に連絡。味山さんの端末反応の地点へ向かってもらおう」



「……そこまでする必要がありますか?」



「責任は私が取る。日本支部の名前と私の名前を使って構わない、滝川くん、頼めるかい?」



「はーい、分かりました、すぐに自衛軍の短波通信を拾ってみます!」



 菊池の号令でサポートセンターが動き始める。現代に現れた最後の神秘、バベルの大穴の主役は探索者だけではない。



「副室長…… しかし、自衛軍が動いてくれらでしょうか? いくらあの"52番目の星"の補佐探索者とはいえ、彼はあくまで上級でもましてや指定探索者でもない一介の民間人あがりの探索者です」



 田島の最もな意見に菊池はふむ、と小さく漏らす。そして、小さな声で告げた。



「あまり、まだ公にはなっていないんだけどね、彼は現在、複数の国の諜報機関や軍の情報部からマークされているんだ。もちろん、アレタ・アシュフィールドの補佐だからという理由じゃない」



「と、おっしゃいますと?」



「彼はあの"接触禁止指定怪物種"2號の発見者なんだ」



「え? それって、あの、1ヶ月前にアレタ・アシュフィールドに発見されて、撃退されたっていう新種ですか? でも組合の発表じゃ彼の名前なんてどこにも……」




「うん、そうなんだよ。組合の判断で彼の名前は公には伏せられているんだ。まあ、組合に近い人間には余裕で漏れてるからね。そのうち周知の事実になるのも時間の問題だろう」



 菊池はマグカップに手を伸ばし、冷えたコーヒーをすする。



「この1ヶ月の間で、あの新種、"耳"の被害は異常だ。わかっているだけでも、探索者が、59人、上級探索者が18人、そしてこれはまだ未発表だけどスウェーデンとドイツの指定探索者、"開拓者"と、"魔弾"も耳の討伐に向かい、それきりらしい」



「指定探索者まで? その話が本当なら味山さんは指定探索者ですら手に負えない新種を発見し、生還したわけですか?」



「そういうこと。組合は彼へ極秘で監視を付けてる。怪物種の共通として一度逃した獲物をつけ狙う習性があるからね」



 まあ、恐らくそれだけが理由じゃないんだけど。菊池は胸中で締めの言葉をつぶやく。



 味山についている監視は組合由来のものだけじゃない。各国の暗部と呼ばれる組織すら関与しているという噂を菊池は手に入れていた。



「まあ、何はともあれ、この仕事においては気の回しすぎで人が死んじゃう事はない。ぼくらの仕事は少しでも彼らが生きて帰ってこれるようにすることなんだから」



 菊池は一度、味山と飲みに行ったことがある。個人的にも彼は死なせたくない、その思いは確かにあった。




「……ふふ、そうですね。それがわたし達の仕事ですよね」


「ああ、そうさ、さあ、仕事を続けようか!」



 菊池が手を叩き、コーヒーを一気に飲み干した。


 その時だった。




「あ、あの、副室長、すんません」



「ん? 滝川くん、どうした? 自衛軍と連絡はついたかい?」



 滝川が口元にヘッドホン型の通信デバイスを当てたままいつのまにか菊池の机の近くにまで来ていた。



「それが、その…… つながりません。付近の自衛軍も、他国の巡回部隊からも一切、応答がありません……」



「なんだって?」



 菊池は背筋が湧くような感覚に襲われた。



 1ヶ月前のあの時と同じ嫌な予感が頭をかすめていた。




 味山さん、あなたは本当に…… 大変だな。



 その感想はおくびにも出さず、菊池は次の指示を出していた。









TIPS 怪物種の区別について〜


怪物種 バベルの大穴内のみに生息が確認されているこれまでの生物学におけるどの生物範囲にも当てはまらない生物、皆共通して青い血液を持つ


指定怪物種 怪物種の中でも特に強力な種


接触許可指定怪物種 指定怪物種の中でも許可を受けた者のみ接触を許可させる、偶発的接触の場合、上級探索者未満の探索者はその探索の即時撤退が定められている



接触禁止指定怪物種 いかなる理由においても接触を禁止された怪物種。指定探索者のみ、組合に申請を出すことで討伐任務に向かう事が出来る。



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― 新着の感想 ―
菊池さんとの飲みの約束、果たせてたんですね 良かった良かった
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