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凡人探索者のたのしい現代ダンジョンライフ 【書籍6巻作業進行中、書いてて凄いたのしかったです、読者の皆にはごめんね】  作者: しば犬部隊
部位戦争、"耳対脳みそ、内臓

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116話 部位戦争 神話魔術式攻略

 



「モベーレ・ムベンベってなに?」




 TIPS€ 樹上国家"ジャック"の英雄、モベーレ・ムベンベは大陸戦争後期、浮遊国家"ライスト"、"学院"の2大勢力との7日間伐採戦で活躍した。モベーレ・ムベンベの"百葉の盾"は浮遊都市の"雷"や、学院の魔術式による攻撃を全て跳ね除けたという





「待て。待って、何? 何一つ意味が分からん、何の話をしているんだ?」




 突然、TIPSが意味不明のヒントを告げる。



 こんな大変な時にパルスのファルシがうんたらかんたらみたいなことを言い始めやがった。




 味山は目の前の半透明の壁、まるで人知竜を守る盾のようにそびえるそれを見て




「……まて、盾? 今のヒント、まさかこの説明か!? ……くそ、おい! 教えろ! どうやったらこれを破壊出来る?!」



 相性。



 味山はどこまでも人知竜に対して相性が良かった。選ばれし者であるはずの指定探索者たちがどれほど戦っても辿り着けなかった答え。



 味山は最速最短でその糸口を掴める。自らの未知を武器とする人知竜にとってーー





 TIPS€ 神話魔術式攻略法 魔術式論戦による仮説否定、神話魔術式の仮説を否定するためには同じ強度の概念を持つ神話魔術式をぶつける必要がある。"モベーレ・ムベンベ百葉の盾"の論理崩壊を狙うならば、"ジャイモン卿の雷"、や"ストラ・トラムの燃え盛る槍"の神話を魔術式に組み込むべきだろう




「ああ、なるほど、魔術式、魔術式をね、こう、ね、バチーンとね。うん……」




 たちふさがる半透明の盾、よく見ると葉っぱを何枚にも重ねたようなデザインにも見える。





「……魔術式ってなに?」



 ぽかーんと、味山がこんな時というのに鼻くそをほじり始めた。人知竜からの反撃はない、外界からの隔絶ということはあちらからの干渉も出来ないということだろうか。



 TIPS€ 警告、人知竜は魔術式を数年単位で行使できる。大洞穴は既に出入り口を失っている。長期戦になれば死ぬのはお前だろう




「うわ、タチ悪。戦術ガチすぎない?」




 味山は少し立ち止まり、考える。



 考えてみたらこの現代ダンジョン、本当にクソゲーみたいな怪物しか存在していない。耳の形をした再生するクソ怪力化け物とか、基本、重力を無視したクソデカイ化け物とか、霞を吹き出して奇襲してくる虎みたいな化け物、人間を改造して訳分からん魔法みたいなもの使ってくる脳みそ竜。




「難易度調整ミスってる感やばいな。まあ、もういいや、クソ耳、魔術式とやら無しでこの盾を破壊したい、教えろ、ヒントを」




 余計なことを考えない。味山只人は凡人ゆえに必要以上の知識を求めない、未知を解き明かすことにたのしみなど見出さない。



 TIPS€ 神話魔術式を魔術式を用いることなく打ち破るには神話の終わりの再現が必要、モベーレ・ムベンベ英雄神話の終わりをその手で再現しろ



「どうすればいい、答えろ」



 最速最短で未知の答えを聞こうとする味山只人は人知竜にとって、天敵だった。





 TIPS€ モベーレ・ムベンベ百葉の盾は"教会の火"によって焼き尽くされた。樹上国家を教会から守りきれなかった英雄モベーレ・ムベンベは自らが守ろうとした民草にその責任を取らされ、民衆にめった打ちにされて殺された




「民草畜生すぎるだろ」




 TIPS€ 神話魔術式、モベーレ・ムベンベ百葉の盾、攻略情報、"火"に関する技能、殴る、蹴る、鈍器に関与する技能、もしくは"力"に関与する技能、"民衆"、"カス"、"凡人"いずれかのマイナス技能が必要。




 条件達成。




「全部あるな」




 そこには確かな経験があった。



 貴崎やアレタ、選ばれし者が才覚や感覚で辿り着くモノ、答え。



 賢者は歴史から学び、英雄は学ばずともたどり着く、そして愚者は経験から学ぶのだ。





「耳男んときと同じにはいかねえだろうが、出来る、できるはずだ」



 愚者は、経験から学ぶ。ああ、それで充分じゃないか。



 味山只人が、手斧をベルトホルスターに仕舞い込み、拳を握った。



 半透明の盾、よく分からんなんか凄いアレで生まれた敵の守りに触れる。



 アレタ・アシュフィールドは宿命により嵐を討ち果たし、嵐を手に入れてたどり着いた。



 貴崎凛は、血の重なりに選ばれ、血に愛され、死地の中たどり着いた。



 そして、味山は狂気と酔いと、裏技に近いヒントのおかげでたどり着いた。



 力を行使するということのコツを。



「ジャワが先、耳が先? どっちだ? 両方同時か? 耳男んときはどっちも自動発動だった、今はどうすればいい、決めた、耳が先だ」




 拳を構える



「耳の大力」



 耳男の時に、無意識に出来ていた戦術を、今もう一度。



 それは、耳と神秘の残り滓の同時使用。耳男の時にできたのならば、今この普通の状態でも出来る。



 賭けに似た思い付き、でもこれが出来なければ負ける。何もできずに。あるものを全て使う、それこそが凡人探索者の生き残る唯一の術だ。



 大きな力が腕に宿る、耳の化け物と同じ、肉を砕き、獲物に悲鳴を上げさせる大きな力が。




「ジャワ、はじまりの火葬者」



 耳の大力をたたえた右腕に火が灯る。維持するのが難しい、まるで右手だけで異なるゲームハードのコントローラー操作をしているかのようなーー




 耳男の時に無意識に行っていたことがこんなにも難しい。



 それでも、今、味山はゆっくりとたどり着いた。



 異なる世界の神話の終わりを再現するときが来た。




 燃え盛る右腕、それに耳の大力が宿る。


 振りかぶり、思い切り殴り抜く。





「耳の大力+はじまりの火葬者」




 半透明の盾に阻まれた人知竜が何かしゃべったようなーー





「ファイアパンチ」




 火が踊った。大力が鳴った。



 半透明の盾、異なる世界の神話を再現した奇跡の上を火が滑る、大力によって軋み、現れたヒビ、そこに火がぬめりながら滑り込む。




 その英雄の終わりと同じように、火が盾を包み、燃やし尽くす。英雄を凡人の力が殴り、割り、めった打ちにして殺す。




 終わりの決まっている物語は再び、決められた終わりを突きつけられ、終了した。




 TIPS€ 神話魔術式、モベーレ・ムベンベ百葉の盾、神話の終わりを再現することで攻略成功






「問い、ばか、解答、な…… もはや、"耳"の予備ではーー、…………………え、とお、やま…くん?」




 凡人が盾を割る、呆けた竜はただ、つぶやくだけ。




「いいや、味山だ」



 壁を足場に、鬼の業で凡人がよじ登る。そして壁から生えた脳みそに向けて火の拳を振り下ろした。




「死ね、化け物」




 ぼおう、火が、人知竜と脳みそに焼け移った。




「問い、火…… 解答、類別、不明…… とても、古い…… 概念にも似た、火……」



 あっという間に、火葬の火が竜を燃やし始める、ぱち、ぱちと火が弾けて炎がその身を薪に燃え盛る。



 味山は自分に火が燃え移る前に、その場から飛び退き、離れて次を待つ。



 これで殺せるとは思えない、右手に燻る火を灯したまま、焼け爛れていく竜を見続ける。




「問い、あ、ああああ…… 解答……ああああ」



 どじゃり、火により炙られ、脆くなり、溶けたのだろうか。人知竜の首が壁から溶け落ちて、地に落ちた。




「あれ?」



 火はそれでも容赦なく、その脳みそと竜の顔を焼き続ける。もがき、火から逃れようとする竜の顔、口を開き脳を蠢かせても、味山とジャワの火は消えない。




「あ、ああああ…… ああアアアア……」




 人知竜の輪郭が崩れた。火がいよいよその崩れた燃え滓を本格的に食んでいく。




 脂が弾けて、コールタールのような液体がドロドロと地面に溢れ始めた。それすらも火は全てを返していく。




「お、おお? おおお?! まじ!? え!? 勝った!! 勝っちまった!? お、ほほほほ!! すげえ! ジャワの火やべえ! これは、勝ったんでねえの?! おほほほほーい!」




 味山が思わずその場で跳び上がり叫ぶ。いつもならここから反撃されて死ぬ思いしたり、痛い思いをしている気がするが、今回はもう大丈夫そうだ。



 あのやばいデザインの脳みそ竜は既に真っ黒こげの液体か固体かよくわからないものになるまで火に焼き尽くされている。




「ここからはもうないでしょ、大丈夫でしょ、クソ耳くん、どうかね」




 ウキウキしつつも味山は耳を澄ませる、一応それでも用心深く確認する。危ない危ない、いつもこんな感じでぬか喜びさせられてTIPS€とか出て、やべえってなるのがパターンになっててーー




 TIPS€ーー



 TIPS= 人知竜は死んだ、あなたは勝利した




「イエエっス!! 勝ち確!! 第3部、完!!」




 叫ぶ、味山只人はダンジョンにベロベロに酔っている、勝利の感覚と、力を使いまくった充実感、そして辺り至る所に燻る火の明滅。




 ダンジョン、死、火、勝利。



 人を酔わす様々なものがそこにある。化け物や肉人形が焼ける臭いすら、今の味山には心地よい。ここも、たしかに味山只人の居場所だった。




「いや、まて、待て待て、調子に乗んな、知らせ石、知らせ石…… はい、セーフ!! キンキンに冷えてる」




 ベルトのホルダーに忍ばせている地味に役立つアイテム、心臓みたいな形をした奇妙な石を、手のひらに。



 知らせ石も何も感知していない。ヒントも知らせ石も全て問題ないと告げている。




 だが、それでも味山は心配だ。



 まだ燃え盛る火とその竜の残骸のもとに歩いていき、火の勢いにむせながらもまた右手に火を灯す。




「追加だ、追加。再生しないとも限らないからな。追い火しとこ」



 ぷくり、よく見れば膨らみ治ろうとしている部分もある。しかし追加でさらに勢いを増した火にその再生の気配も全て火の中に消えていった。



「あー…… マジでよかった、本当に終わった…… あ、そうだ」




 味山は知らせ石をホルダーに戻しながら、貴崎の元へ戻る。




「あ、味山さん……」



 貴崎凛が、東條の火の隣に座っていた。片膝をついていつでも動ける体勢のまま、味山を見上げる。



 赤白い角は先程よりほんの少し短く、目の充血も引き始めている。味山はそのことに触れず、ずっと貴崎を守っていた火、その誇り高い薪を見つめる。



「……よく、生きててくれた。ありがとう、貴崎」



 東條の身体は既に灰となり燻るのみ、それでもあの人知竜の管は貴崎へと伸びることはなかったらしい。




 味山は、少しいずまいを正し、その場に貴崎と目線を合わさるようにしゃがむ、そしてゆっくり灰に向けて、手を合わせた。




「……この人はすごい人だったよ、貴崎」




 目を瞑り、手を合わせながら味山はつぶやく。思ったことをそのままに、伝える。



「……はい」



 貴崎も味山と同じように灰に向かって手を合わせる。その手は微かに震えていた。



「でも…… 生きてて、欲しかった…… わたし…… 今更気付いて…… 東條さん…… わたし、何も返せなかったんです……」




 震える声で、少女がつぶやく。味山は決して手を差し伸べない。抱き締めることも触れることもせず、ただ、黙って貴崎凛の言葉を聞く。




「……それだけじゃない。わたし、時臣を、斬りました…… 彼もあの化け物の手にかかって…… 幼馴染も斬って、東條さんも失って…… ふふ、なのに、私が生き残った……」



 小さな肩が小刻みに震える。生の実感がきっと貴崎凛に色々なことを考えさせてしまっているのだろう。



「……2人にもう一度会いたい…… 会って、話がしたい…… でも、もうそれが出来ないのが…… 悲しい……」



 味山は少し、言葉を考える。色々なことがあった。自分のキャパシティを超えた状態の10代の子どもにしてやれることとはなんだろう。



「わたしが、殺したんです…… 時臣も沢山の人も、ううん、東條さんだって、わたしが殺したみたいなもの…… 鬼、なんだ、わたし」




 完全にダウナーが入っている。ダンジョン酔いや、戦いの余韻でナーバスになる人間もいるのだろう。



 今そんなこと話してる時間はない、さっさとここを離れるぞ、そんな風に言えるほど冷徹でもなく、かと言って言葉で貴崎凛を癒すことが出来るといえばそうでもない。



 つくづく、自分には何もない、味山はぼんやりと考える。




 味山はまた考える、考えて、それから自分の無力さに少し呆れた。何もない。今の貴崎凛へ渡せるものが、言葉が。



 救いと罰、その両方をきっと求めているだろう少女に差し出せる手を凡人は持っていなかった。




「あー……」



 だから、その言葉はどこまでも傲慢で、どこまでも自分勝手で、そしてどこまでも真実の言葉だった。




「おまえだけじゃねえよ、貴崎」




「……え?」



「おまえだけじゃない。東條さんや、坂田を殺したのはおまえだけじゃないんだ。説明がややこしいけど、俺も2人を殺してる。地上で東條さんを、んで大洞穴で坂田を」




「……どういう、意味ですか?」




「説明が難しいな。今、俺たちが始末した化け物、あれはな、普通のやつじゃねえんだ。人を改造して、人を知って、人を殺して、人を動かす。そういう反則みてえな化け物に2人は囚われちまった。俺は俺の為に2人を殺したよ。自分の意思で」




「………意味が、わかりません…… もう、意味が、東條さんが既に死んでて、時臣も死んで、わたしが斬って、わたしが斬れなくて!! もう、意味が!」




 頭を抱える貴崎、味山はその様子を見つめて





「だから、共犯だ。俺たち」



「え……?」



「意味わかんねえことだらけだろ。俺もうまく説明できねえからもうしない。でも、これだけは忘れるな。あの2人を殺したのはお前だけじゃない。俺もだ。他のことを理解する必要はない、ただ一つだけ理解すればいい」




 味山が自分を指差し、そして貴崎を指さす。




「俺と、お前だ。あの2人の死も、あの2人の末路も、お前だけのものじゃない。自惚れるな、俺が東條さんを化け物として始末した。俺が坂田を人間として殺した。貴崎凛、あの2人はお前だけのものじゃないんだ」




 途中から何を言っているのか、分からない。でも、伝えた。




「……ほんと、意味、わかんない…… ばか……」



 ぼす、割と重たい貴崎の握り拳が味山の胸に直撃する。後ろにこけそうになりながら体勢をなんとか維持した。




「普通、もっと、かける人言葉…… あるでしょ…… ばか」



「……ああ」



 貴崎がその角の生えた額を、味山に預けるようにすがる。



 血と女のいい匂いがした。



 味山は決して、貴崎の震える肩を迎えることはない。ただ、その場で嗚咽し、静かに、静かに溢れる涙が止まるのをじっと、待つ。



 生きていた。死にたいと願っていた血に選ばれた少女はそれでも生きていた。



 鬼に堕ちる道もあった、人知の竜の探究の虜になる道もあった、だがそうはならなかった。



 人と出会い、人を知り、人を知り、人を失い、人から進み、人を知り、人から学び、ついに貴崎凛は鬼から人へ帰った。



 凡人と鬼から人へ帰った少女が、生き残った。



 だから、この話はこれでおしまいでよかった。



「味山人さん、あ知の手紙、東條さんは死にたい渡してくれましたか?」



 胸に寄せられた顔を寄せた少女が凡人へと声を向ける。



「ああ、あれか。悪い、実はその、あれ、なんやかんやで燃えて…… すまん」






「も。燃え竜た? もう、どうし知たら人が渡した手紙を燃やすことになるか人を知って、知りたいんですけど、味山さん」




「わ、悪かった、その辺はまた後で話そうぜ。そうだ、貴崎傷が癒えてねえ状態で悪いが、急いでここを離れよう、やべえ化け物が多分近くに」




「やばい竜ですか?」



「そうやばい、いや、竜じゃなくて、耳がなーー お前、今なんて?」



「え? 竜? わたし、竜なんでいっ知ない人ですよ? 人を知りたい」




 その言葉、羅列、おかしかった。



「……貴崎?」



 味山がゆっくり、声をかける。自分に頭を預けていた少女が可愛らしく首をかしげた。




「どう知ま知たか?人を 味人竜知ん? 知りたい 声竜がおか人竜知、人知竜」




「マジかよ」





 知らせ石が、一気に熱を帯びた。だから間に合った。今度はきちんと携帯していたから。




 味山が距離を取る、でもそれより早く、速く、なお夙く。



 貴崎凛の振るった折れたサーベル刀が味山只人の身体を斬った。




「あ、やばいわ、これ」



 プシ、遅れて、味山の胸から脇腹にかけて大きな刃傷、皮と肉の少しを絶たれた。




 知らせ石による先んじた動きがなければ、内臓まで達していただろうその攻撃。




「あ、れ? なんで」



 呆然と貴崎が、自分自身が握りしめて振り払ったサーベル刀を見つめている。




 そして、味山を見つめてこう呟いた。




「私、人を知りたいの?」



 貴崎が状況を理解して、泣き笑いを浮かべた。




「……知るか、馬鹿、お前、何で」




 ぼた、ぼま、ぼた。おおげさに血が胴体から溢れる。恐ろし良事に痛みがまだ、こない。




「知りたい、人知竜、知り、知り」




 もう考えるまでもなかった。



 攻撃だ。



 今、味山と貴崎は何者かに攻撃されている。そしてその何者の正体など考えるべくもなかった。




 貴崎のその表情はただ、驚いている、しかし気づいてもいる。自分のしたことと、自分の状態を。



 知りたい、と宣うその言葉、侵されたように響く同じワード。




「クソ耳!! どういうことだ!?」



 何も警告がなかった。肝心な時に本当にコイツは。



 それでも味山はそのヒントを聞く。ヒント、味山だけの切り札、人知竜の天敵とも言えるその能力。




 でも、味山は1つ忘れていた。都合よく忘れていた。



 部位戦争とは、互いに互いが天敵となり得ることを。




 TIPS、世界の秘密を聞き取るその能力にとって、世界の秘密を考え、辿り着く脳みそもまた、天敵。



 聞くだけでなく、それを解明し、あまつさえ利用する。それは凡人とただ、聞くだけの耳では到底辿り着けない境地だった。




 脳みそはついに、耳を誤魔化す方法にすらたどり着いていた。




 TIPS= 人を知りたい






「……嘘、だろ」



 侵されていた。侵されていたのは貴崎凛だけではなかった、忘れていた。



 今日の朝、東條からの銃撃を何故防げなかったのかを。




 人知竜は既に、TIPSすら攻略する足掛かりを掴んでいたのだ。







 脳TIPS脳 問い、"耳"の予備、味山只人、攻略方法、解答、ダンジョンのヒント、よく聞こえる"耳"の機能の干渉、停止、及び、体内に仕込んだ魔術式により侵食した貴崎凛を使用しての攻撃を推奨





 悲劇の香りがする。






 脳TIPS脳 "耳"の予備、改め



 脳脳PS脳 味山只人攻略戦を開始する




 ここまで来た。ここまで来たのだ。




 でもそれは、人知竜も同じだった。積み重ね、失敗し、失い、それでも前へ進んできたのは味山だけではなかった。



 味山のヒントが侵される、目の前でうめく少女、言葉すらその式に侵されつつある。



 ついに人知竜は新たなるステージへたどり着いた。殺さずとも、人を己の端末へと変える領域に。



 魔術式、己の内側に生まれた"世界はこうあるべき"という仮説を、無理矢理に世界に刻む異なる世界の業。



 "脳みそ"を、かすれ錆びてそれでもまだ動き続ける脳みそとの共同作業。味山只人と戦争しつつ進めていた新たなる式の構築が、間に合ってしまった。




 夥しい数の屍を築き上げ、人知竜は積み重ねたのだった。



 味山只人、耳の予備を葬る攻略法を完成させた。







 貴崎凛、鬼すらもその業から逃れることなどーー




「攻略?」



 頭の中、いや、自分の身体の中の何かが書き換えらていく。あれだけ身近に感じられていた神秘の残り滓たちからの手応えも感じない。




 や、ば、い。



 それしか、感情がなかった。味山只人のこの現代ダンジョンライフを支えていたTIPS、それが奪われた。




 人知竜の、脳みその作戦は成った。



 助け合い、慈しみ合う、それは人間の強さの一つ。その強さは時に致命的な毒にもなる。人知竜はよく知っていた。




 人知竜の知る人とはそういう存在だ。






「攻略…… もしかして、貴崎と同士討ちさせられるパターンのやつ?」



 味山只人の中で、最悪、しかし最短の選択肢が現れる。貴崎凛が本格的に操られ、人知竜の端末になる前に始末するーー




 自分に、できるか?



 迷いとは裏腹、ベルトのホルダーに手が伸びて、手斧を





「あ」



 貴崎凛が、こちらを見て笑っていた。



 味山はその笑みとよく似た笑い方をする女を知っている。



 アレタ・アシュフィールドと同じ、何か眩しいものを見て、それを安心させるように、そして何かを諦めたような笑い方。



「き、貴崎?」




 特別な人間がよくする、諦めて、でもどこか満足したような笑い。




 コイツらは、いつもそうだ。こんなにも美しく、美しく。





「……足手まといは御免です。先に逝っています、ご武運を、味山さん」



 躊躇いなく、貴崎凛が折れたサーベル、まだ充分尖り、人の肉を抉ることなど容易であろう凶器を向けた。



 自分の喉に刺そうとして。





「ばっーー?!」




 いつも、コイツらはこんなにも美しく、終わろうとしやがる。






 脳脳PS 驚いた、魔術式に抗うか。ああ、それもいい。美しい人間の終わりーー





「バカ野郎が!!」




 それがどうしても味山只人は気に入らなかった。




 ベルトに手を、手斧ではなく、熱く蠢く、その石をもぎとった。





「させるかァァァァ!!」




 思い切り知らせ石を投げつける。狙ったのは手元だった。サーベルを手から落とし、貴崎凛の自決を止める。




 映画やドラマで、主人公が敵を止まるために手や足を狙い撃つ、それと同じように。





 でも、味山只人は凡人だ、選ばれた主人公ではなかった。








「あ、え……?」



「あ、やべ」






 なんの躊躇いもなく、投げつけられた知らせ石。普通に石を狙ったところに投げるのは難しい。




 手から外れた。狙ったところには普通に飛ばなかった。



 知らせ石はそれはもうものすごい勢いで、貴崎凛の顔面、その角に直撃した。




 パキ。




「あ、やべ、角に……」





 脳脳PS脳 ………え?




「え…… あ、いたい……」



 ぽかんと、貴崎が自分の角をさする。



 頭の中、侵されたヒントすら押し黙る。



 辺りにものすごく微妙な空気が広がってーー



 味山が無言で、ぽたぽたと血を流しながらも貴崎の元へ、つかつかと歩み寄る。



 無表情で、貴崎を見下ろした。



「え、味山知さ竜??」




「……すまん、後で責任とるから………」



「へ、へ? こ、こんな時になにを?! あ、だ、ダメ……」



 味山が静かに告げる。その目は優しかった。



 何かを勘違いした貴崎が慌て、しかし、最後は何かを受け入れ、待つように目を瞑ってーー











「ソォオオイ!!!」




「ふぎゃ?!!」



 気合一閃。味山がなんの躊躇いもなく握りしめた拳で貴崎の角を叩き折った。



 猫が尻尾を踏まれたみたいな悲鳴を出して、貴崎がその場に倒れる。



 手から離れたサーベル刀を味山が拾って、ふうっと一仕事終えたようにためいきをつく。




 脳IPS 魔術式、停止……?  は? 貴崎凛の仮説定理、鬼が覆って…… 概念、角を!? まさか!? 全て理解した上で?!




 何かをまた盛大に勘違いした脳みそが、味山の頭の中でがなりたてる。




 味山只人が、鬼に堕ち、端末になりかけた少女を人間に戻したのだ。



 物理で。






「………よし、寝てろ。……無理矢理同士討ちさせられるのなら先に同士をいい感じに討って寝かせればいい! どうだ! これが頭脳戦だ!」



 どうしようもない、空気だった。



 大声を張り上げる。もうそれしかなかった。




 脳脳P脳 ??



 人知竜は1つミスをした。味山只人と同じようにミスをした。






「……脳みそオ! 竜モドキ! こんなセコイマネで俺がやれると思うなよお! お前の低いIQで俺に頭脳戦を挑むのが間違いだ!! 頭の出来が違うんだよ、てめえら馬鹿とはな!! 諦めて出てこい!! 物理でこい! 物理で! この低脳野郎が!」




 人知竜は人を知っていても、味山只人のことを知らなかった。



 その酷く酔っ払った暴力装置、凡人探索者のことを知らなかった、いいや、忘れていたのだ。



 脳脳脳脳 ああ、そうだ。そうだったな。お前たちはそうだった




 永遠の探究者をもってして、味山只人の言葉を理解することは出来なかった。




 だから、



 どぽり。



 その呼びかけ、味山の声に応じて、天井から何かがまろびでた。



 産まれたように、生えたように。



 内臓の天井から、それが粘液とともに、堕ちてきた。




 髄液にまみれたシワシワの肉の塊、みずみずしく、そして錆びて茶色に変わっている、それ。




 脳みそが、堕ちてきた。





読んで頂きありがとうございます!ブクマして是非続きをご覧ください!



<苦しいです、評価してください、感想ありがとうございます、全部読んでます、感謝!> デモンズ感

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― 新着の感想 ―
[一言] 全知全能に対抗出来るのは無知無能だけだ。
[良い点] すぷぷ [一言] 味山かしこい(ぐるぐる目)
[一言] 全部あるなは草
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