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9話 星と凡人

 

「……この店はよく来るのか?」



 味山が店内を見渡しながら呟く。間接照明に照らされる店内は昼なのにどこか時間の感覚が曖昧になる。



 広い店内には上品な丸テーブルがいくつか並べられているがどれも空席だ。




「ええ、たまにソフィやアリーシャと来るかしら。会員制のレストランで、予約すればこんなふうに貸切にも出来るの」



「はー、すごい。……待って、アシュフィールド、貸切にしたのか?」



 やべ、財布になんぼ入れてるっけ? 最悪端末の口座で決済も出来るが。


「あっあー、タダヒト。必要ないわよ。お代は昨日、ソフィが置いていったお金がまだ残ってるもの」



「いいのか?」



「いーのよ、ほんとなら昨日使い切りたかったけど、あの子予想以上にたくさん置いていってるから…… お礼は今度ソフィに言いましょ?」



「あー、なるほど。それなら納得」



 まあ、なら特段気にすることもないか。あんま気を使いすぎるのもよくないし。



「ん? どうした、アシュフィールド、ニヤニヤして」


「ふふ、なんでもないわ。昨日はよく眠れた?」


「あー…… まあまあかな。なんか最近夢見が悪くてよ。寝たような寝てないような感じなんだ」



「夢? どんなの」


 アレタが机に頬杖をつきながら瞳を開きこちらをみてくる。


「それがよく覚えてないんだ、目が覚めたら忘れるんだよなあ」



「ふーん、あまり続くようだったらメディカルチェックに行った方がいいかもね。探索者にとって睡眠は何より大事なものだし」



「わかった、そうする」


「ん、そうして」



 アレタがにこりと笑う。何がそんなに面白いのだろうか。探索で見せる不敵な表情とはまるで違う。



「ふふ」


 アレタから笑みが溢れた。



「どした?」


「んーん、なんでも。タダヒトの顔って面白いなあって思ってた。探索ではいつも死にそうなほど必死なのに、今はとてもぬぼーってしてるのだもの」


「それまさか褒めてるつもりか?」


「もちろん」


 満足げにアレタが笑う。



「ねえ、タダヒト。噴水広場の人たちのこと覚えてる?」


「ああ、アシュフィールドのファンのこと?」


「ええ、あの人たち。ねえ、どうしてタダヒトはあの人たちとは違うの?」



「……言ってる意味がよくわかんねえ、人種とかの話じゃないのはわかるけど、違うって何が違うんだ?」



 味山が



「その目よ。みんなあたしを何か眩しいものをみるような目で眺めるの。別にそれが嫌ってわけじゃないんだけれど」


「俺の目は眩しそうじゃないてことか?」



「うん、タダヒトの目は違う。ソフィやグレン、ほかの指定探索者があたしをみる目とも、アリーシャがあたしをみる目とも違う。なんか、こう…… フツーな感じがするの」



 素朴な疑問のつもりなのだろうか。味山はなんと答えればいいかと少し考えゆっくりと言葉を紡ぐ。



 1つの1つの返答に気を使う。しかしそれでいて普通の言葉ではだめだ。



 アレタ・アシュフィールドが自分に何を求めているのか、それをよく考えてからーー





「えー、知らんけど。アシュフィールドが少し自意識過剰なだけじゃね?」


「へ?」



 アレタが目をまん丸に開く。


 厨房の奥で、ガシャんと何かが落ちるような音がした。



 あれ、何この反応。やべ、間違えた? ラフ過ぎた? 


 味山は内心の焦りを気合いで表情の裏に留めた。



 ポカンとした顔でアレタがこちらを見つめる。


 やべえ、怒らせたか、どうする、なんかフォローを。


 味山が腹に力を込めてーー



「ふん、ふん。そうか、なるほどね。自意識過剰…… たしかに、それはあるかもしれないわ」


「あ、アシュフィールド?」



 もにょもにょとアレタが1人でに呟く。どっちだ、どっちなんだ、セーフか、セーフなのか?



 味山の心配をよそにアレタが顔を上げて、それから。



「フっ、フフ。自意識、過剰かあー。タダヒト、やっぱり、貴方もそう思う? あたしもなんか最近、感覚が麻痺してたのかも! 大統領とか偉い人とがみんなあたしを褒めてくれるんだもん」


「あ、はは、へえー、え、大統領?!」



「そうよ、ステイツの大統領。月2回は電話してくれるの。何か必要なものはないかーって。あまり大げさなものばかりくれそうになるからいつも断ってるけどね」



 アレタが満足げに笑う。


 シャっ! オラっ!  セエエエフ! 


 さすが俺、この絶妙な特別扱いはされたいけど、あまり大仰に扱って欲しくないという面倒くさい女心に対して完璧な一言だ!



 いや、自意識過剰なわけないじゃん! だってキミ、あのアレタ・アシュフィールドだよ! 自意識正常ですよ!


 味山は心の中で叫んだ。


「えー、やべえな、アシュフィールド、規模のヤバいパパ活みたい」


「ぱぱかつ? ごめんなさい、バベル語がうまく機能しないみたい。日本の言い回しかしら?」


「あ! なんでもない! そう! 日本だけの昔の言葉なんだ。悪い、もうつかわない!」





 味山 只人は凡人だ。


 アレタのように運命に選ばれた特別な存在ではない。身の丈よりも少し高い幸せを望む一般的な人間だ。



 味山の生来の小物さは、周りの人間の顔色や欲しい言葉を探す慎重さをもたらしていた。


 アレタ・アシュフィールドが自分に何を求めているのか、それすらもぼんやりと理解して、無意識に彼女の欲しい言葉や態度を探すようになっていた。




 ひとしきり笑った後、ふいにアレタが黙った。



「あ、アシュフィールド?」



 味山が言葉に詰まる。


 自分とは違うその顔の作り。



 瞳はアーモンド型、切れ長の瞳に長いまつ毛がかかる。誰も足を踏み入れたことない蒼い海をそのまま閉じ込めた色の瞳が、味山を見ていた。



 やばい。飲まれる。



 味山は瞬時に、アレタにわからないように口の肉を犬歯でほんの少し噛み潰す。


 鋭い痛みが、きつけになる。


「……えーと、何か俺の顔についてる?」



 口から出る血を唾でごまかす。



「ええ、目と鼻と口と、それから耳がついてるわ」



 顔に触れてしまうのではないかと言うほどアレタがそのしなやかな身体をぐいと乗り出して、味山の顔を覗く。



 長い時間が経つ、不意にアレタがひょいと顔を離した。



「ふふ」



「……満足してもらえたか?」



「ええ、くるしくないわ。楽にしていいわよ」



「了解、将軍」


「誰が将軍よ」



 2人が笑い合う。


 もしこの店に他の客がいれば驚いたろう。


 星の笑顔を一身に向けられてなお、まるで普通の友人に接するごとく振る舞うその男の有様を。



 身のほど知らず、ヒモ、金魚のフン。そう嘲る者もいるだろう。


 しかし嘲る者は知らない。凡人がどれだけ気をつけながら星と接している事など、誰に知る由はなかった。






「くく…… 御歓談中、大変失礼致します。お待たせいたしました…… 完成…!  当店が誇る珠玉の品々をご賞味ください」



「あら、早かったわね、タテガミ」




 タテガミが音もなく、机に皿を構えてやってきた。


「くく…… アレタ・アシュフィールドの笑顔とは…… 良いものを拝見させて頂きました」



「あら、あたしふだんからみんなにむけて笑ってるつもりだけれど」



「ええ、そうでしょうとも。貴女様の笑顔は、そう、例えるならば、夜闇の道を照らす星明かりのようなもの。我々、凡人の先の見えない道を輝かせる一筋の光、けれど、先ほど貴女様が、味山様に向けていたものは…… おっと、失礼。口が過ぎました」



 タテガミが皿をゆっくりと机に置いていく。その腕のゴツさとは裏腹にとても繊細で静かな動き。




「おお」


「へえ、綺麗ね」



 スープだ。


 皿には静かにスープが溜まっている。



「くく、コース料理というわけではないのですが、まずは胃を温めて頂ければ…… 当店自慢、星空のスープです」



「すげ…… これどうなってんだ?」



 スープを見て驚く日が来るとは思わなかった。


 器に入ったスープはまるで星空を閉じ込めたかのやうにキラキラと輝いている。


「くく…… まずはご賞味あれ。色が黒いのはイカ墨を利用しているからです。安心安全……っ! 自然食品100% ……!」



「まじか」


「ん、美味しい、タテガミ、腕はまったく落ちてないわね」


「恐悦至極……」



 味山がためらっているうちにアレタが銀色のスプーンを静かに口に運ぶ。


 口の中、切ってるから染みるだろうなあ……


 味山もそれに倣って、おそるおそるスープを飲んだ。





「うっま」



 え、うっま。うま。


「うっま」



「プフッ、なんで2回言ったの?」



「いやこれ、美味い。なにこれ、美味い」



 語彙が地獄だ。



 深い潮の味、しかしなんの臭みもない。驚くことに先程噛み切った口の中の傷が少しも痛みはしなかった。



「ふふ、タダヒト、美味しい?」



「あ、ああ、美味い。これ、こんなもん初めて食べた。一体なんのスープーー」



 アレタとタテガミに味山が料理の由来を、()いた。




 TIPS€フタクチミズウミガメのスープ。濃厚な潮の香りとあっさりとした後味が特徴。接種すれば10の経験点を得る




「あ? フタクチミズウミガメ?」



 呟きがもれる。


 アレタが少し目を丸くし、フッと笑う。


 タテガミが大きな身体をわずかに揺らした。





「あら」



「……ほう!」



 ささやきが、スープの正体を告げる。



 これ、怪物種のスープて事か?



「くく、……アレタ・アシュフィールド。彼にこの店のことを……事前に?」



「ふふ、いいえ。そんな面白くない事しないわ。全部食べ終わった後にネタバレしようと思ったのだけれど」



 アレタが瞳を細く、あれはこちらを値踏みしている時の顔だ。味山はスプーンを置く。



「ほう……ほう! 素晴らしい…… 味山様、良い舌をお待ちで。貴方の言った通り、こちらは大湖畔に生息する怪物種34号、フタクチミズウミガメのスープ…… 取れてから2日以内のものはこのように澄んだ星空のような色になります」



「おお…… まじか」


「それにしても驚きました。怪物種由来の料理と見抜くばかりか、まさか名前までぴったりと当てられるとは…… 怪物種の料理は初めてではないのですか?」



 タテガミの目は柔らかい、しかししっかりと味山を見つめる。



「えーと、はい。組合の酒場に置いてあるメニューとか、以前摘んだことが」



「なるほど…… まだまだ怪物種の料理というのは万人に受けられるものではありません…… 貴方は実に探索者らしい方だ…… くく、次の料理をご用意して参ります」



「あ、どうも」



 綺麗に一礼を入れて厨房へと去っていくタテガミへ味山が頭を下げる。


 それにしても美味い。音をたてず気をつけながら味山がスープを啜る。



「美味しい?」


「うん、うまい」


「そ、なら良かったわ」



 にししとアレタが笑う。


 食べるところをじっと見つめれるのは気恥ずかしいが、スープの美味さに比べればどうってことはなかった。



「ねえ、タダヒト。食べながらでいいから1つ聞いてもいい?」


「おん、大丈夫。それにしたって美味い」



 フタクチミズウミガメの潮の香りをイカ墨がまろやかに包む。これでスープパスタなんて作られたら神の食べ物になってしまうだろう。



「12回」


「うん? なに?」



 アレタがぽつりと



「あたしたちがパーティチームを組むようになって一緒にごはんや飲みに行った回数よ」



「お、覚えてんの?」


「ええ、しっかりとね。知らなかったわ、タダヒトが怪物種の料理を組合の酒場で食べた事あるなんてね」



 ぶるり。


 あれ、空調弱くなった? 寒気が味山の背筋を撫でた。



「あたし、タダヒトと怪物種の料理なんて食べたことないわ。誰と行ったの?」



 あ、あー、そっちかー。


 味山はスープのあまりの美味しさに自分が地雷を踏んだ事に今、ようやく気付いた。



 事ここに至っては下手に誤魔化しても意味がねえ。


 味山はスープを何度か飲み、ナプキンで口を拭いてからアレタを見つめた。



「前のパーティチームの打ち上げで食べました」



「しっかりスープ飲んでから返事するのがタダヒトらしいわね。……ふーん、リン・キサキと?」


「はい。貴崎もいました」



「ふーん…… どっちが美味しかった?」



「こっちです。これはマジで」



 すすす。


 無意識に味山はまたスープをすする。やべと気付いてすぐにスプーンを机に置いた。



「ふ、ふふふ、だからしっかりスープは飲むのね。まあ、いいわ。ごめんなさい、変な事でムッとしちゃった」


 アレタが表情を和らげる。背筋に感じていた寒気が消えた。



「いや、別に。こっちの方がマジで美味いし、それに2人で食べるのは始めてだ」



「……ああ、そうなんだ。フーン。リン・キサキとは2人でごはん食べに行ったりしなかったの?」


「おん、絶対坂田もついてきてたしな。ああ、坂田っていうのは貴崎の幼なじみの奴な」



「……ええ、知ってるわ。報告書でみたもの」


「あ? 報告書?」



 妙な言葉を味山が聞き返す。アレタが小さく首を振り、スープを飲んだ。



「ううん、なんでもないわ。そうだ、タダヒト、明日はどうするの?」



「明日か? 次のチームでの探索に備えてアイテム揃えるために自由探索に行ってこようかなっつー感じ」



「あら、ソロでいくの? うーん…… まあタダヒトなら死ぬことはないだろうけど。あまり危険なことはしちゃだめよ?」



「大丈夫、ソロの時はなるべく怪物種とはかち合わないようにするよ。心配ありがとう、母さん」



「誰が母さんよ、バカ」



 そう言いながらもアレタは笑っていた。心なしか声も高い。


 なんか急に機嫌が良くなったような…



 まあ、いいか! 機嫌が良くなって悪りぃことはないし!


 味山は考えるのが面倒くさいとばかりにそのままスープに舌鼓を打つ。



「アシュフィールドはどうすんだ? なんか予定あるのか?」



「ええ、明日はソフィと一緒に少し出掛けてくるわ。野暮用ってやつね」



「ほーん、アシュフィールドも気をつけてな」


「ええ、ありがとう、タダヒト」



 味山を見て微笑みながらアレタが洗練された所作で食事を進める。




「くく、お待たせ致しました、本日のメイン! ハイイロヘビのステーキです……! 冷えないうちにどうぞ」



「おお、すげえ」


 熱せられた鉄板の上、ジュウジュウと音を鳴らしながら現れた肉。



 匂いで分かる、これは美味いやつだ。



「当店自慢のメニュー、ご賞味…… 実食!」



「いただきましょう、タダヒト」




 探索者の食事が進む。


 星の光に焼かれることも、奪われることも、見上げることもない凡人は食べる。



 食べて、喰べて、強くなる。いつか来るその日の為に。



 熱々の肉にナイフを入れると、肉汁が溢れた。




 TIPS€ ハイイロヘビの腹の肉、良く仕込まれており臭みはない。摂取すれば、筋力の向上、20点の経験点を得る




 ささやき、そして、気付き。


 経験点ってなんだ?


 沸いた疑問、肉を一口入れると、そんなものは一瞬で消えてしまった。




 味山はしばらくアレタとともに怪物種の料理に舌鼓を打つ。



 タテガミと再来店の約束をして店を出た後はアレタに誘われ、アメリカ街の出店を冷やかしひとしきり遊んだ後に、自宅へ戻る。



 積んでいた国家シュミレーションゲームや、アクションRPGをひとしきりやり終えた後、普通にシャワーを浴びて、普通に寝た。



 部屋の片隅に置かれた紙袋に入れたオカルトグッズ、それは次の日に解かれることになる。


 味山は手段を選ばない。集めて、集めて、強くなる。



 味山只人の現代ダンジョンライフ、その1日がまた終わる。



 明日は、ソロ探索だ。








読んで頂きありがとうございます!

宜しければ是非ブクマして続きをご覧ください!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 一人称と三人称と神視点がごちゃごちゃだ…。
[一言] 経験点……trpg的なアレか?
[気になる点] 誤字報告 フタクチミズウミガメのスープのヒントとハイイロヘビのステーキのヒントの摂種と摂取 どっちが正しいのでしょうか?
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