第二章5
嫌に眩しい西日が視界に飛び込んでくる。
ゆっくりとベッドから起き上がり時計を見ると六時を回っていた。
決して僕は眠っていたわけではない。天井を見上げて考えを巡らせていたのだった。
シロエの考えてくださいという言葉はホワイトに関することだけではなく、今続けている自己満足の行為について考えを改めてというものであろう。
ホワイトが我を忘れて暴走し始めたとき、僕はすぐに動き出すことができなかった。
そしてようやく腕を掴んだものの、その後何もすることができなかった。
彼女の狂気にのまれていないと言えば嘘になる。
そもそも奴隷を更生させるこの行為は、その人の凄惨な過去を共に背負うだけの覚悟をしなければならない。
そして凄惨な過去は奴隷の期間が長ければ長いほど大きく膨れ上がる。
ホワイトの過去は僕にとって荷が重すぎたのだ。
それを冷静に判断せず、シロエの面影を見て安易な同情を抱いた自分が今回のホワイトの暴走を招いたのだ。それをシロエは理解しているのだろう。
だからこそ考えなおせと、そう言ったのだろう。
立ち上がり、机へと足を運ぶ。そして一番上の引き出しを開けた。いくつかの瓶は既に空になっているため、近々薬をもらいに行く必要があるだろう。
薬とは病を治すものではなく、病の苦しみや痛みを一時的に和らげるものだという。
つまり薬によって得た安らぎは決して病が完治したことによる安らぎではないのだ。
故に苦しみは断続的に襲ってくる。そしてその度に薬に安らぎを求める。
しかしその安らぎは日に日に弱くなっていき、薬が足りないと一度の量を増やし、やがて中毒になってしまう。
今の自分がそんな状況に置かれていた。
シロエは案じているのだろう。奴隷を更生させ、安堵を得ようとしている僕が中毒に、挙句その方法でも安らぎを得ることができなくなり、心の破滅を招くことを。
扉をノックする音が響く。その直後にシロエの声が聞こえてきた。
「アステル様。夕食のお時間です。」
「先に行って待っててくれないか。すぐに行く。」
「かしこまりました。では。」
扉の向こうで足音が遠ざかっていく。
それに僅かな安堵を覚える。しかし彼女は食卓の席につき、僕が来るのを待っているのだ。
廊下へと続く扉に視線を送る。
それを隔てたシロエの言葉は、夕食を待っていてほしい旨に了承しただけのものではなかった。
そろそろ、真の意味で向き合う必要があるのだろう。
自分の罪の処遇を彼女に押し付けるのではなく、罪悪感から逃れるためにあらゆる手段を講じるのではなく、彼女の負った傷の意味を断定するのではなく。
向き合わなければならない。
彼女は僕の罪をどう考えているのか、僕の抱く罪悪感をどう思っているのか、彼女は自身の傷にいかなる意味を見出しているのか。
決してそれを認識しなければならないわけではない。向き合わなければならないのだ。
僕が壊れる前に。
彼女が乗り越えるために。
ゆっくりとベッドから立ち上がる。日はすっかり落ちていて光源のない部屋は闇に包まれていた。
ドアノブに手をかける。
いつだって扉の先に待っているのは彼女だった。国が変わって、町が変わって、僕が変わって、彼女が変わってもそれは未だ変わらない。
それを変えなければいけないのだろう。立ち位置を換わるのではなく、扉を廃するという手段をもって。
ノブを下に下ろし、ゆっくりと手前へと引く。留め具に金属を用いた木製の扉はいとも容易く、音を立てることもなく開いた。
目の前は照らされた廊下。続く階段は二階から一階へと向かうもの。
足が重い。さながら鎖につながれているように。
それでも僕は一歩を踏み出した。




