第81話 変化の杖
オレがシミターを振り下ろした瞬間、マスキロが杖を振るった。
マスキロの杖からまばゆい光線が発射され、アクリスを直撃した。
オレは「アッ」と思ったが、もう動作を止めることはできない。
そのまま剣を振り下ろしたが、アクリスの首を落とした感触はなく、刃は何もない空間を通過し、そのまま自分の足を切りそうになった。
オレは地面に倒れ込みながら自分への攻撃を回避した。
顔を上げるとアクリスが消えていた。
「アステイオスの娘よ、その名のとおりコオロギにしてやったぞ」
「アステイオスの娘? なんだそれは?」
マスキロはオレの問いに答えなかった。
「アクリスはどこへ行ったんだ?」
オレが別の質問をすると、
「ほれ、そこにおるよ」
とマスキロが答えた。
見るとオレが倒れ込んだ砂地の側に、小さな黒い虫がいた。
持ち上げて手のひらに乗せても、全く抵抗しない。
よく見ようと目の前に近付けてみた。3対の脚のうち、一番前の脚だけ第一関節が欠損していた。
そのときその虫が後ろ脚を使って大きく飛び上がり、オレの頭の上に飛び乗った。
そしてそのままオレの髪の毛の中に潜り込んでしまった。
「うわっ!」
オレは髪の毛の中から虫を取り出そうとしたが、あまり強く掴むと潰してしまいそうで、なかなかうまくいかなかった。
「すまぬ、つい情けをかけてしまった。しかしもうその虫にアクリスの頃の記憶はないじゃろう」
「変化の杖か?」
「そうだ。だがその娘もそれを望んだようであったが」
オレ達は顔を見合わせ、どうしようかと目で合図を送り合った。
しばらくしてオレはシミターを鞘にしまった。
「アクリスは死んだ。大蠍と共に」
皆うなずいた。
大蠍はあまりにも大きかったので、尾針だけ切り取り、クレーネの街へ持ち帰った。




